第27話 もう一人の器
第27話 もう一人の器
ふわりか村の広場。
山の守護者が姿を消したあとも、村人たちは動けずにいた。
『お前たちが、まだ気づいていない者だ』
その言葉が、全員の頭から離れない。
「……誰なんだろう」
クララが不安そうに呟いた。
「黒き王の器になった人が、村の中にいるってこと?」
セシルが周囲を見回す。
エラは村人たちの顔を一人ずつ確認した。
「全員、自分の胸元を確認して!」
「黒い紋章があるかどうか?」
「そうだ」
村人たちが一斉に確認する。
「私はない」
「僕も」
「こっちも大丈夫!」
次々と声が上がる。
エコーが空から降りてきた。
「今のところ、黒い紋章がある人はいないよ」
「本当に?」
アリスが確認する。
「うん」
エコーは頷いた。
「でも――」
「でも?」
「一人だけ、ずっと黙ってる人がいる」
全員が振り返った。
広場の隅。
そこに立っていたのは――。
マルセルだった。
「俺?」
マルセルは驚いた顔をする。
「いやいや、俺は何もしてないぞ?」
エラが近づく。
「胸を見せて」
「えっ?」
「確認するだけだ」
マルセルが服を少し開く。
何もない。
「……ないな」
「ほら!」
マルセルが胸を張る。
「俺は潔白だ!」
ミアがじっとマルセルを見る。
「でも、マルセルさん」
「何だ?」
「さっきから、汗すごいよ」
「……」
マルセルが固まる。
「暑いだけだ!」
「今日、そんなに暑くないよ?」
エコーが言う。
「……」
マルセルは黙り込んだ。
アリスが心配そうに近づく。
「マルセル、本当に何もない?」
「……ない」
その声が、少し震えていた。
---
地下。
レオンたちは、守護者の言葉について考えていた。
「『まだ気づいていない者』……」
レオンが石板を睨む。
「単純に考えれば、村人の誰か」
ノアが頷く。
「だが、全員に黒い紋章が浮かんでいたわけではない」
セドリックが静かに言った。
「黒き王が器を選ぶ方法は、まだ完全には分かっていない」
ヴァルターが苛立つ。
「だったら、村人を一人ずつ調べればいい」
「それでは時間がかかりすぎます」
アルベルトが考える。
「何か、器だけに現れる特徴はないのか?」
黒い影が答えた。
「……ある」
全員が振り返る。
「どんな?」
「黒き王が中に入ると――」
黒い影が自分の胸を指した。
「その人の魔力の一部が、山の心臓とつながる」
レオンが目を見開く。
「だから、魔力の流れを調べれば分かる」
「そういうことだ」
---
レオンは急いで村へ戻った。
「みんな、聞いてください!」
広場に集まった村人たちへ説明する。
「これから一人ずつ魔力の流れを確認します」
「危険はない?」
クララが聞く。
「ありません。少なくとも、黒き王の力を刺激しない方法を使います」
ソフィアも頷いた。
「私も手伝う」
「ありがとう」
一人ずつ調べていく。
クララ。
問題なし。
セシル。
問題なし。
エラ。
問題なし。
エコー。
問題なし。
ミア。
問題なし。
「私も?」
ミアが魔法陣の上に立つ。
レオンが調べる。
「……大丈夫です」
「よかった!」
ミアが胸を撫で下ろす。
「じゃあ、次はマルセルさん!」
「……」
マルセルが動かない。
「どうした?」
エラが聞く。
「いや……」
マルセルは俯いた。
「俺は、後でいい」
レオンの表情が変わった。
「なぜです?」
「……」
「マルセル?」
アリスが優しく声をかける。
しばらく沈黙したあと――。
マルセルは小さく息を吐いた。
「……実は、昨日から変なんだ」
「何が?」
「腹の中が熱い」
全員が驚く。
「熱い?」
「うん」
マルセルが自分の腹を押さえる。
「飯を食っても、全然満たされない」
エコーが首をかしげる。
「それ、いつものことじゃない?」
「違う!」
マルセルが即座に反論した。
「いつもの空腹とは違う!」
ミアが真剣な顔で頷く。
「それは重大だね」
「お前だけは分かってくれるか!」
「食べ物の話なら」
「……」
エラがため息をついた。
「とにかく調べよう」
マルセルは魔法陣の中央に立った。
レオンが魔力を流す。
白い光がマルセルを包む。
最初は何も起こらない。
「問題なし……?」
アリスが呟く。
しかし。
突然――。
バチッ!
白い光が黒く染まった。
「!」
マルセルの足元に、黒い紋章が浮かぶ。
「マルセル!」
エラが叫ぶ。
マルセルが胸を押さえる。
「ぐっ……!」
黒い霧が身体から噴き出した。
「俺じゃ……ない!」
マルセルが叫ぶ。
「俺は……器になりたくない!」
「分かってる!」
アリスが駆け寄る。
「あなたのせいじゃない!」
黒い霧がマルセルを包み込む。
その中から――。
黒き王の声が響いた。
『ようやく見つけた』
「違う!」
マルセルが叫ぶ。
『お前の強固な身体』
『大地を守る力』
『そして――』
黒い霧がマルセルの胸へ入り込む。
『何より、誰かを守ろうとする心』
「やめろ!」
マルセルは必死に抵抗する。
「俺は……!」
そのとき。
村人たちが一斉にマルセルの周りへ集まった。
「マルセル!」
「一人にしないよ!」
「みんなで助ける!」
マルセルの目から涙がこぼれた。
「……みんな……」
しかし黒い霧は、さらに強くなる。
『無駄だ』
『この者の身体は、私にとって最高の器となる』
ズズズズ……。
マルセルの胸に、黒い亀裂が広がっていく。
レオンが叫ぶ。
「まだ完全には入っていません!」
「どうすればいい!?」
ヴァルターが叫ぶ。
「攻撃は駄目!」
アルベルトが言う。
「ならば、どうする!」
そのとき。
ソフィアがマルセルの前に立った。
「私に任せて」
「ソフィア?」
「眠らせる」
ソフィアが両手を合わせる。
淡い光が広がった。
「黒き王の力を――」
「眠らせる!」
光がマルセルを包む。
黒い霧が一瞬止まった。
『……小賢しい』
黒き王の声が響く。
ソフィアは必死に魔力を込める。
「マルセルは……渡さない!」
アリスも手を重ねる。
「私も!」
エラ。
クララ。
セシル。
エコー。
ミア。
次々と仲間たちがソフィアの魔法を支える。
「みんな……」
マルセルが呟く。
「俺のために……」
グレゴリーが笑った。
「当たり前だろ!」
ノアも頷く。
「仲間だからな」
ヴァルターが拳を握る。
「二つの村の仲間だ!」
アルベルトも続ける。
「一人を見捨てる理由などない」
その瞬間――。
マルセルの胸の黒い亀裂が、少しずつ小さくなった。
「いける!」
レオンが叫ぶ。
しかし――。
黒き王が突然笑った。
『……なるほど』
「何?」
『この者を器にする必要はない』
黒い霧がマルセルから離れる。
「え?」
黒い霧は空中へ集まり、一つの巨大な目になった。
『器は一人ではない』
レオンが顔を上げる。
『この村には、もっと相応しいものがある』
黒い目が――。
村の中央にある時計塔を見た。
『あれこそ、最初から私のために作られた器』
「時計塔……?」
レオンが凍りつく。
セドリックが呟いた。
「……そういうことか」
「何が分かったの?」
アリスが尋ねる。
セドリックは時計塔を見つめた。
「時計塔は、村の魔力を集めるために作られたものじゃない」
「じゃあ……」
「黒き王を封じるための装置だったんだ」
その瞬間――。
時計塔の鐘が鳴った。
カーン……。
カーン……。
そして文字盤に、新たな文字が浮かび上がる。
『器、再選定』
黒き王の声が響く。
『今度こそ――』
『本当の器を選ぶ』
時計塔の針が――。
ゆっくりと、逆方向へ動き始めた。




