第26話 目覚めた山の守護者
第26話 目覚めた山の守護者
山の奥から――。
ドクン。
ドクン。
低い鼓動が響いていた。
ふわりか村の人々は、誰も声を出さずに山を見つめている。
黒い光は一度消えた。
しかし、完全に終わったわけではない。
「……まだ動いてる」
ソフィアが小さく呟いた。
エラが剣を握る。
「黒き王が、まだ山の中にいる」
そのとき――。
ゴゴゴゴゴ……!
山の中から地鳴りが響いた。
地面に大きな亀裂が走る。
「危ない!」
グレゴリーが叫び、土の壁を作る。
バキバキッ!
亀裂は壁を避けるように伸び、村の外へ向かっていった。
「村には来てない……?」
クララが呟く。
レオンから魔法通信が入る。
『みんな、聞いてください!』
「レオン!」
『山の心臓の鼓動が、こちらではなく山の頂上へ移動しています!』
エコーが空へ飛び上がった。
「見てくる!」
「エコー、無理するな!」
「分かってる!」
エコーは山頂へ向かって飛んでいく。
---
地下。
三つの鍵を前に、レオンたちは異変を感じていた。
黒い鍵の光が消えている。
「……おかしい」
レオンが鍵を調べる。
「黒き王の魔力が弱くなっている」
ヴァルターが言う。
「なら、勝ったんじゃないのか?」
「まだです」
レオンは首を振った。
「黒き王が力を失ったんじゃない」
「では?」
セドリックが静かに答えた。
「別の場所へ移ったんだ」
その瞬間――。
部屋の奥から、大きな音がした。
ドン……。
全員が振り返る。
古代遺跡の壁が崩れ、その奥に隠された空間が現れた。
「こんな場所が……」
アリスが驚く。
レオンが近づく。
壁には、古代文字がびっしりと刻まれていた。
「これは……守護者について書かれている」
ノアが読む。
「『山を守る者は、眠りから目覚める時――』」
その先に、巨大な絵が描かれていた。
山の中から現れる巨大な存在。
その胸には――。
二つの村の紋章。
そして、その中央には白い光。
レオンが息をのむ。
「……守護者だ」
セドリックが頷いた。
「昔、二つの村を守っていた存在」
ヴァルターが壁画を見る。
「じゃあ、あの山の守護者が起きれば、黒き王を止められるのか?」
「分からない」
セドリックは答えた。
「だが――」
「今、目覚めようとしている」
---
その頃。
山頂。
エコーは上空から山を見下ろしていた。
「……何これ」
山頂に、巨大な黒い穴が開いている。
その穴の中心で、黒い光が渦巻いている。
そして――。
その奥から、巨大な腕が現れた。
「うそ……!」
エコーは急いで村へ戻ろうとする。
しかし。
「――エコー」
誰かが呼んだ。
振り返る。
誰もいない。
「誰?」
風が止まる。
そして、もう一度。
「……助けて」
エコーの表情が変わった。
「この声……」
聞き覚えがある。
黒い影が発していた声と似ていた。
「あなたなの?」
返事はない。
代わりに、山頂の黒い穴から白い光が漏れ始めた。
黒い光ではない。
白い光。
エコーは目を細める。
「……黒き王だけじゃない」
「この山には、まだ何かいる」
---
ふわりか村。
エコーが戻ってくると、全員が集まった。
「山頂に巨大な穴がある!」
「それで?」
エラが尋ねる。
「中から腕が出てきた」
「腕?」
グレゴリーが眉をひそめる。
「巨大な?」
「ものすごく巨大」
グレゴリーが少し考える。
「俺より?」
「うん」
「……それはかなり大きいな」
「そこ比較するところ?」
エラが呆れる。
エコーは真剣な顔に戻った。
「それだけじゃない」
「何?」
「山の中から、声がした」
「声?」
「『助けて』って」
アリスが顔を上げた。
「まさか……」
「私も黒い影と同じ声だと思った」
レオンが地下から通信を繋ぐ。
『エコー、その声を聞いたのは本当ですか?』
「うん」
『なら……山の守護者ではない可能性があります』
「え?」
レオンの声が低くなる。
『黒き王とは別に、山の中に閉じ込められている存在がいるのかもしれません』
その瞬間。
山頂から――。
ドォォォォン!
巨大な衝撃が走った。
山の一部が崩れる。
「全員、伏せて!」
エラが叫ぶ。
黒い岩が村へ向かって飛んでくる。
グレゴリーが両手を地面につけた。
「止まれ!」
巨大な土壁が立ち上がる。
ドガガガガッ!
岩が次々とぶつかる。
「グレゴリー!」
「大丈夫だ!」
「本当に?」
「……ちょっと重い!」
「やっぱり!」
クララも土魔法を合わせる。
「私も支える!」
二人の力で、巨大な壁が岩を受け止めた。
---
山頂。
黒い穴が大きく広がっていく。
そして――。
巨大な身体が姿を現した。
しかし、それは黒き王ではなかった。
全身は白い石。
胸には、ふわりか村と野獣村の紋章。
頭には二本の角。
そして、その瞳には青白い光が宿っている。
古代の山の守護者。
守護者はゆっくりと山頂から立ち上がった。
「……目覚めた」
セドリックが地下で呟く。
だが、守護者の胸には――。
一本の黒い亀裂が入っていた。
レオンが気づく。
「黒き王の魔力が……守護者の中にも入り込んでいる!」
「じゃあ敵なのか?」
ヴァルターが身構える。
そのとき。
守護者が山の頂上から、二つの村を見下ろした。
そして――。
口を開いた。
『……二つの村よ』
声が山全体を震わせる。
『長き眠りの間に――』
『再び、争いを始めたのか』
ヴァルターとノアが顔を見合わせる。
アルベルトも黙っている。
守護者の胸の黒い亀裂が広がった。
『争いが生まれれば――』
『黒き王は、再び力を得る』
「待って!」
ソフィアが叫んだ。
守護者が彼女を見る。
「私たちは争ってない!」
エラも続ける。
「二つの村は今、一緒に戦っている!」
守護者の青い目が揺れた。
『……一緒に?』
ノアが前に出る。
「そうだ」
「昔は別れてしまったかもしれない」
「でも、今は違う」
ヴァルターも一歩前へ出た。
「俺たちは、ふわりか村と戦うために来たんじゃない」
「一緒に黒き王を止めるためだ」
アルベルトも頷く。
「二つの村は、今度こそ同じ方向を向いている」
守護者はしばらく二人を見つめていた。
やがて――。
胸の黒い亀裂が、少しだけ閉じた。
『……ならば、まだ間に合う』
レオンが息をのむ。
「まだ間に合う……?」
『黒き王は、完全には目覚めていない』
『だが、山の心臓はすでに彼の器となりつつある』
守護者が山の奥を指す。
『心臓を眠らせよ』
『三つの鍵を、一つに戻せ』
『そして――』
守護者の目が、ふわりか村の地下へ向く。
『黒き王の器となった者を、救え』
全員が驚いた。
「器となった者……?」
アリスが呟く。
守護者はそれ以上答えなかった。
その身体が再び石へと変わり始める。
「待って!」
エコーが叫ぶ。
「誰が器になったの?」
守護者は最後に一言だけ残した。
『お前たちが、まだ気づいていない者だ』
そして――。
守護者は静かに目を閉じた。
山頂に、再び静寂が訪れる。
しかし。
ふわりか村の広場では――。
一人の村人が、誰にも気づかれないように胸を押さえていた。
その胸元には。
小さな黒い紋章が、浮かび上がっていた。




