第25話 山の心臓を止めろ
第25話 山の心臓を止めろ
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
山全体が震えていた。
ふわりか村の向こうにそびえる山肌が、黒い光に覆われていく。
「山が……黒くなってる……」
クララが呟いた。
「これ以上広がったら、村だけじゃなくて森も畑も全部……」
セシルが青ざめる。
エラは村人たちを見回した。
「みんな、慌てないで!」
しかし、その声とは裏腹に、地面の揺れはどんどん激しくなっていた。
ズズズズ……。
家の窓が震える。
時計塔の鐘が勝手に鳴り始めた。
カーン……。
カーン……。
「時計塔まで……」
アリスが見上げる。
すると時計塔の文字盤に、古代文字が浮かんだ。
『山の心臓、第二段階へ』
「第二段階……?」
ミアが首をかしげる。
「第一段階は何だったの?」
「たぶん、魔力を集めることだ」
レオンの声が魔法通信から響いた。
「そして今は――」
ゴォォォォ……!
山の奥から巨大な黒い光が噴き上がった。
「山そのものに魔力を流し込んでいる」
ノアが険しい顔をする。
「野獣村でも同じ現象が起きている」
「なら、急がないと!」
エコーが空へ飛び上がる。
「地下のみんな! 何か分かった?」
『分かったことはある!』
レオンが答える。
『でも、まだ山の心臓を直接止める方法がない!』
「ええっ!?」
エコーが叫ぶ。
「じゃあ、どうするの!」
『三つの鍵を元に戻す!』
---
地下深く。
レオンたちは、三つの鍵を囲んでいた。
ふわりか村の鍵。
野獣村の鍵。
そして黒い第三の鍵。
黒い影が、中央に立っている。
「この鍵を戻せば……」
レオンが呟く。
「山の心臓への魔力の流れを逆にできるはずだ」
ヴァルターが黒い鍵を見る。
「なら、さっさとやろう」
アルベルトが頷く。
「同感だ」
セドリックが首を横に振った。
「まだ駄目だ」
「なぜだ!」
「第三の鍵が拒んでいる」
黒い鍵から、黒い鎖が伸びていた。
鎖の先は――。
山の奥へと続いている。
「この鎖を切る必要がある」
ノアが言った。
「でも、魔法で切れば吸収される」
レオンが頷く。
「そうだ」
ヴァルターが頭を抱える。
「また魔法を使えないのか……」
アルベルトが真顔で言う。
「我々の得意技が封じられ続けているな」
「お前の雷もな」
「君の炎もだ」
「……」
二人は顔を見合わせた。
「腹が立つな」
「同感だ」
エコーが笑う。
「二人とも、魔法以外なら何ができる?」
ヴァルターは考えた。
「……走れる」
アルベルトも考える。
「……殴れる」
レオンがため息をついた。
「それしかないんですか?」
「ある!」
グレゴリーが手を挙げた。
「俺には土を動かす力がある!」
「それも魔法では?」
「……」
グレゴリーが固まる。
エコーが吹き出した。
「グレゴリー、それ魔法!」
「しまった!」
「そこは気づいてよ!」
緊張した地下に、笑い声が響いた。
だが、黒い影は笑わなかった。
「……僕がやる」
全員が振り返る。
「僕なら、この鎖に触れられる」
セドリックが首を振る。
「君が触れれば、黒き王にさらに侵食される」
「それでも……」
黒い影は鎖を見る。
「僕は、この山を守りたい」
---
その頃、地上。
山から伸びた黒い根が、ふわりか村へ迫っていた。
ズズズズ……。
エラが村人たちを避難させる。
「広場から離れて!」
グレゴリーが地面を見つめた。
「根が地面の中を進んでいる」
「どこへ向かってるの?」
アリスが尋ねる。
グレゴリーが目を閉じる。
「……時計塔だ」
「時計塔?」
「山の心臓と時計塔が、地下でつながってる」
レオンの推測と一致していた。
アリスが時計塔を見上げる。
「なら、時計塔を止めれば――」
「駄目!」
エラが叫んだ。
「壊したら、魔力が一気に逆流するかもしれない!」
「じゃあ……どうすれば……」
そのとき。
ミアが時計塔の裏側を指差した。
「あれ!」
小さな扉がある。
「今まであんな扉あった?」
エコーが降りてくる。
「私も知らない」
ミアが扉へ近づく。
「これ……新しく作られたものじゃないよ」
「分かるの?」
「うん」
ミアは扉を触った。
「木が古い」
エラが驚く。
「つまり、昔から隠されていた?」
「そう!」
ミアが頷く。
「そして――」
扉の下から、小さな紙が出ている。
ミアが拾った。
そこには短い文字が書かれていた。
『山の心臓を止めるには、心臓を壊してはならない』
アリスが目を見開く。
「どういう意味?」
レオンが魔法通信越しに答える。
『……なるほど』
『壊すのではなく、眠らせるんだ』
ソフィアが顔を上げる。
「眠らせる……?」
レオンが続けた。
『ソフィアの魔法だ』
ソフィアが驚く。
「私の?」
『黒き王を眠らせるためじゃない』
『山の心臓そのものを、もう一度眠らせるんです』
ソフィアは時計塔を見る。
「できるかもしれない」
---
地下。
黒い影が鎖に手を伸ばす。
「待って!」
アリスが叫ぶ。
「一人でやらないで!」
黒い影が振り返る。
アリスはゆっくり近づいた。
「あなたが守りたいなら、私たちも一緒に守る」
ノアも頷く。
「一人で背負う必要はない」
ヴァルターが拳を握る。
「俺たちもいる」
アルベルトが続ける。
「二つの村もな」
黒い影はしばらく黙っていた。
そして――。
「……ありがとう」
初めて、穏やかな声で笑った。
全員が鎖へ手を伸ばす。
黒い影が鎖をつかむ。
ヴァルターとアルベルトが両側から支える。
グレゴリーが石の台を固定する。
レオンが古代文字を読み上げる。
「今だ!」
黒い影が力を込めた。
ギギギギ……!
黒い鎖に亀裂が入る。
「もう少し!」
バキッ!
一本の鎖が切れた。
その瞬間――。
ドォォォォン!
山の心臓が激しく脈打った。
「まずい!」
黒い光が地下へ押し寄せる。
しかし――。
地上では、ソフィアが静かに目を閉じていた。
「……眠って」
淡い光が、時計塔から山へ流れていく。
「お願い……」
光は黒い根を包み込み、その動きを少しずつ止めていく。
ドクン……。
ドクン……。
山の心臓の鼓動が弱くなる。
黒き王の声が響いた。
『やめろ……』
ソフィアは目を開いた。
「今度は――」
「あなたが眠る番」
山全体が、白い光に包まれた。
そして。
黒い光が、一瞬だけ消えた。
だが――。
山の奥から、まだ小さな鼓動が聞こえる。
ドクン。
ドクン。
レオンが呟いた。
「……完全には止まっていない」
セドリックが険しい顔をする。
「黒き王は、まだ山の奥にいる」
そして黒い鍵の表面に――。
新たな文字が浮かび上がった。
『最終段階へ』
誰も言葉を発しなかった。
山の奥で――。
何かが、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。




