第23話 選ばれた器
第23話 選ばれた器
ふわりか村の中央。
黒い扉の向こうから伸びた巨大な目が、ゆっくりと村人たちを見渡していた。
そして――。一人の胸元に、黒い紋章が浮かび上がった。
「……え?」
声を上げたのは――。
ソフィアだった。
「ソフィア!」
アリスが駆け寄る。
ソフィアの胸には、黒い円形の紋章。
その中心で、紫色の光が小さく揺れている。
「なに……これ……?」
ソフィア自身も何が起きたのか分からない。
「動かないで!」
エラが周囲を警戒する。
「全員、ソフィアから離れないで。ただし、触れるのも慎重に!」
「どうして私なの……?」
ソフィアの声が震える。
すると――。黒い扉の向こうから、低い声が響いた。
『眠りを司る者よ』
ソフィアが顔を上げる。
『お前の魔力は、他の者たちとは違う』
「……私の魔法?」
ソフィアは睡眠魔法の使い手。
普段は穏やかで、争いを好まない。
だからこそ――。
黒き王にとって、その力は都合がよかった。
『眠りとは、意識を閉ざすこと』
『心を閉ざすこと』
『そして――世界を静かに支配すること』
「そんな……」
アリスがソフィアの前に立つ。
「ソフィアは、あなたの器なんかじゃない!」
『ならば証明してみせよ』
黒い扉が――。
ドンッ!
大きく揺れた。
「きゃっ!」
ソフィアがよろめく。
その瞬間、胸の黒い紋章から黒い糸のような魔力が伸びた。
「ソフィア!」
エラが手を伸ばす。
だが――。
「待って!」
アリスが止めた。
「直接触れたら、エラまで巻き込まれるかもしれない!」
「じゃあどうする!」
「……まず、紋章の正体を調べる!」
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その頃。
地下の「選定の間」。
レオンたちは、地上で起きたことを魔法通信で聞いていた。
「ソフィアが……?」
レオンの顔が険しくなる。
セドリックも目を閉じた。
「やはり、黒き王は人を直接支配する方法を選んだか」
ヴァルターが拳を握る。
「だったら、俺があいつを叩き潰す!」
「駄目です!」
レオンが即座に叫ぶ。
「またそれか!」
「今回は本当に駄目です!」
「……なぜだ!」
「黒き王はソフィアを通して村の魔力を吸い上げようとしている!」
レオンは三つの紋章を指差した。
「ソフィアを攻撃すれば、黒き王に力を送ることになる!」
「くっ……」
ヴァルターが拳を下ろす。
アルベルトが腕を組んだ。
「つまり、殴れない敵ほど厄介ということか」
「そういうことです」
「では私が雷で――」
「アルベルトさんも駄目です」
「……」
アルベルトは少し考えた。
「では、殴る?」
「それも駄目です!」
エコーが吹き出す。
「二人とも結局、力技しか思いつかないんだね」
「お前は何か思いついたのか!」
「……まだ」
「なら笑うな!」
地下に、久しぶりの笑い声が響いた。
だが、その直後。
黒い影が膝をついた。
「……うっ」
胸の紫色の魔石が激しく明滅している。
アリスが駆け寄る。
「大丈夫?」
「黒き王が……ソフィアの心に入ろうとしている」
全員が息をのんだ。
「心に?」
「うん……」
黒い影は苦しそうに続ける。
「でも、まだ完全には入れない」
レオンが顔を上げた。
「なぜ?」
「ソフィア自身が……拒んでいるから」
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地上。
ソフィアは目を閉じていた。
「……怖い」
小さな声。
アリスがそばに座る。
「怖くていいんだよ」
「私、戦えないよ……」
「戦う必要はない」
「でも……私が器になったら、みんなが……」
ソフィアの目から涙が落ちる。
「私のせいで、村がなくなったら……」
アリスは静かに首を振った。
「ソフィア」
「……うん」
「この村では、誰か一人のせいにすることはないよ」
エラも頷く。
「そうだ」
クララが続ける。
「みんなで守る。それが、この村だから」
セシルも手を握る。
「植物だって、一本だけじゃ森にはならないもの」
マルセルが胸を張る。
「それに、俺たちは簡単には食われないぞ!」
「食われるって何に?」
エコーが首をかしげる。
「いや、黒き王にだ!」
「だったら最初からそう言ってよ」
「細かいことはいい!」
「細かくないよ!」
緊迫した状況なのに、村人たちから小さな笑いが起きた。
ソフィアは涙を拭いた。
「……みんな」
そして、ゆっくり立ち上がる。
「私……眠りの魔法なら使える」
アリスが驚く。
「ソフィア?」
「黒き王が私の心に入ろうとしているなら……」
ソフィアは胸の黒い紋章を見る。
「逆に、私が眠らせることはできないかな?」
レオンが地下から魔法通信で答えた。
『……可能性はあります』
「本当に?」
『ただし、危険です』
ソフィアは少しだけ震えた。
それでも頷いた。
「やってみる」
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ソフィアが両手を胸の前に合わせる。
「……眠りの魔法」
ふわっ……。
淡い光が広がった。
しかし黒い紋章が、それを吸い込もうとする。
「うっ……!」
ソフィアの身体が揺れる。
『眠れ』
黒き王の声。
『すべてを忘れよ』
黒い霧がソフィアを包む。
「ソフィア!」
アリスが叫ぶ。
だがソフィアは目を閉じたまま、静かに言った。
「……嫌」
『何?』
「私は……忘れない」
黒い霧が止まる。
「この村で過ごしたことも」
ソフィアの周囲に、淡い光が集まっていく。
「みんなと笑ったことも」
クララの畑。
セシルの森。
エコーと屋根の上で話した日。
ミアと木の実を探した日。
グレゴリーが村の橋を直した日。
そして――。
みんなで黒い扉に立ち向かっている今。
「全部……私の大切な記憶だから!」
光が一気に強くなった。
「だから――」
ソフィアが目を開く。
「眠るのは、あなたのほう!」
ズドォォォン!
睡眠魔法が黒い扉へ向かって放たれた。
黒い霧が大きく揺らぐ。
『ぐ……』
初めて、黒き王の声に苦痛が混じった。
地下でも異変が起こる。
三つの鍵が同時に輝き始めた。
レオンが叫ぶ。
「今です!」
セドリックが顔を上げる。
「三つの鍵を戻せる!」
「どうやって!?」
「三つを一つにするには――」
セドリックが中央の紋章を見る。
「ふわりか村と野獣村、両方の代表が同時に鍵へ触れる必要がある」
ノアがヴァルターを見る。
ヴァルターもアルベルトを見る。
「……俺たちが?」
「そうだ」
セドリックが頷く。
「二つに分かれた村の力を、一つに戻すんだ」
アルベルトが静かに笑う。
「ならば、やるしかないな」
ヴァルターも拳を握る。
「当然だ」
二人が同時に中央の鍵へ手を伸ばす。
その瞬間――。
三つの鍵が白く輝いた。
だが。
黒い扉の向こうで――。
巨大な目が、ゆっくりと開いた。
『……まだ終わってはいない』
黒き王が笑う。
『器を一人選ぶ必要などない』
「何……?」
レオンが振り返る。
黒き王の声が地下まで響き渡る。
『この村そのものを器にするなら――』
『村人全員の心を、私のものにすればいい』
そして。ふわりか村の空に、無数の黒い紋章が浮かび上がった。
一つ。二つ。十。百。
村中の人々の足元に――。黒い円が広がっていく。
エラが息をのむ。
「……まさか」
アリスが空を見上げる。
「全員を……?」
黒き王の声が響いた。
『さあ、ふわりか村よ』
『一人ずつではなく――』
『全員で、私の器となれ』
黒い紋章が、一斉に輝いた。




