第20話 第三の鍵が眠る谷
第20話 第三の鍵が眠る谷
ふわりか村と野獣村。
二つの村のちょうど中間にある、深い谷。
そこは昔から、誰も近づこうとしない場所だった。
木々はほとんど生えておらず、谷底には濃い霧が立ち込めている。
そして今――。
その谷の中央から、巨大な黒い柱が空へ伸びていた。
ゴゴゴゴゴゴ……!
「……あれが第三の鍵?」
エコーが空を見上げる。
レオンは第二の鍵を握りしめた。
「たぶん、あの黒い柱そのものが第三の鍵じゃない」
「じゃあ何?」
「鍵を動かすための装置だ」
セドリックが静かに答えた。
「第三の鍵は、谷の地下にある」
ヴァルターが眉をひそめる。
「なら、さっさと地下へ行くぞ」
「待って」
ノアが地面を指差した。
黒い柱から伸びた細い魔力が、二つの村へ向かっている。
「このままだと、ふわりか村と野獣村の魔力が吸い上げられる」
アルベルトが村の方向を見る。
「すでに始まっている」
遠くに見えるふわりか村の結界が、少しずつ弱くなっていた。
反対側の野獣村でも同じだった。
「急がないと!」
アリスが叫ぶ。
「行こう!」
---
谷へ降りる道は、想像以上に険しかった。
崖沿いの細い道。
少しでも足を滑らせれば、谷底まで落ちてしまう。
「みんな、慎重に!」
エラが先頭から声をかける。
「分かってる!」
グレゴリーが答える。
その直後――。
ズルッ。
「うわっ!」
グレゴリーの足が滑った。
「グレゴリー!」
エラが腕をつかむ。
「危ない!」
「す、すまない!」
「だから慎重にって言ったでしょ!」
「今のは道が悪い!」
エコーが笑う。
「グレゴリーが慎重に歩くと、山のほうが驚いて崩れそう」
「どういう意味だよ!」
「静かに!」
ミアが突然叫んだ。
全員が止まる。
「……何か聞こえる」
ミアが谷底へ耳を向ける。
「水の音?」
リリアが聞く。
「違う」
ミアの顔が曇る。
「鐘の音」
カーン……。
遠くで、小さな鐘が鳴った。
カーン……。
レオンが息をのむ。
「第三の鍵の起動音だ」
カーン……。
三度目の鐘が鳴った瞬間――。
谷底の黒い霧が、一気に吹き飛んだ。
「何だ!?」
巨大な魔法陣が地面に浮かび上がる。
その中央には、三つの紋章。
ふわりか村。
野獣村。
そして――。
見たことのない、黒い紋章。
「三つ目の紋章……」
レオンが呟く。
セドリックの表情が変わった。
「これは……」
「知ってるの?」
アリスが聞く。
セドリックは答えなかった。
代わりに、黒い柱を見上げた。
「第三の鍵は、もう目覚めている」
---
その瞬間。
黒い柱から無数の黒い鎖が飛び出した。
「来るぞ!」
ヴァルターが叫ぶ。
鎖が地面を走る。
ズガガガッ!
エラが剣で一本を弾き飛ばす。
「多すぎる!」
ノアが風を起こす。
「まとめて吹き飛ばす!」
「待って!」
レオンが叫ぶ。
「黒い魔力を使いすぎると、また吸収される!」
ノアが風を弱める。
「じゃあ、どうする?」
「鎖そのものを壊すんじゃない!」
レオンが魔法陣を見る。
「魔法陣の流れを止める!」
「どこを?」
「三か所ある!」
ミアがすぐに指を差した。
「右!」
エコーが走る。
「左!」
ノアが向かう。
「真ん中は俺だ!」
ヴァルターが飛び出した。
「待って!」
アルベルトが叫ぶ。
「そこは一番強い!」
「だから俺が行く!」
ヴァルターが炎を小さくまとわせる。
「今回は力を使いすぎない」
アルベルトが少し驚く。
「……学習したな」
「俺だって成長する!」
「失礼した」
二人のやり取りを聞いて、エラが思わず笑う。
「こんなときまで仲がいいんだから……」
「仲良くない!」
二人の声がまた重なった。
---
三つの魔法陣を同時に止める。
レオンが合図した。
「今!」
エコーが風で魔法陣の線を消す。
ノアが風圧で石を動かす。
ヴァルターが炎を一点だけ当てる。
バシュッ!
黒い鎖が一斉に消えた。
「成功!」
ミアが喜ぶ。
しかし――。
ゴゴゴゴゴ……。
地面が大きく揺れた。
「……今度は何?」
エコーが振り返る。
谷の中央がゆっくりと開いていく。
そこから巨大な階段が現れた。
地下へ続いている。
レオンが第二の鍵を見る。
青い鍵が強く光っていた。
「第二の鍵が、地下へ反応している」
「なら、行こう」
ノアが言う。
セドリックも頷いた。
「第三の鍵を止められるのは、今しかない」
一行は階段を下りていった。
---
地下深く。
そこには巨大な円形の部屋があった。
中央には、石の台座。
その上に――。
一本の黒い鍵が浮かんでいた。
「……あれが第三の鍵」
アリスが呟く。
しかし、誰も近づかなかった。
鍵の周囲には、黒い魔力が渦巻いている。
そして台座の下には、古代文字が刻まれていた。
レオンが読み上げる。
「『三つの鍵は、扉を開くものにあらず』」
「じゃあ、何のため?」
エラが聞く。
レオンは続きを読む。
「『三つの鍵は、災厄を選ぶためのもの』」
全員が凍りつく。
「……選ぶ?」
ヴァルターが低い声で言う。
セドリックが目を伏せた。
「そうだ」
「何を選ぶ?」
「器を」
セドリックは黒い影を見る。
黒い影が一歩下がった。
アリスが驚く。
「まさか……」
セドリックが言った。
「三つの鍵がすべて開けば、黒き王は器を選ぶ」
レオンが続ける。
「そして、その器に完全な力を与える……」
「じゃあ、黒い影を守ればいい!」
エコーが叫ぶ。
「そう簡単じゃない」
セドリックが答える。
「王が選ぶ器は――」
そのとき。
地下室の奥から声が響いた。
『もう決めた』
全員が振り返る。
黒い霧の中に――。
巨大な目が開いた。
『器は、その者ではない』
黒い目がゆっくり動く。
そして――。
ふわりか村の方向を向いた。
『私が選んだのは――』
黒い霧が一気に広がる。
『ふわりか村そのものだ』
「……!」
全員が息をのむ。
同時に、地上から凄まじい音が響いた。
ドォォォォン!!
「村が……!」
エラが叫ぶ。
レオンは青ざめた。
「第三の鍵は、村を器にするつもりなんだ!」
セドリックが黒い鍵を見る。
「急げ!」
「どうするの!?」
ミアが叫ぶ。
セドリックは答えた。
「第三の鍵を壊す!」
レオンが驚く。
「でも、鍵を壊したら……」
「分かっている」
セドリックは黒い鍵へ近づく。
「山の心臓そのものが暴走する」
「それじゃあ村も危ない!」
「だから――」
セドリックは仲間たちを見た。
「三つの鍵を、破壊するのではなく、一つに戻す」
レオンが目を見開いた。
「一つに……?」
「二つの村が一つだった時代の、本来の封印に戻すんだ」
その瞬間。
黒い鍵が浮かび上がった。
そして、黒い霧の中から巨大な手が現れる。
『させると思うか』
ズンッ!
巨大な手が地面を叩く。
地下室が崩れ始めた。
「全員、下がって!」
グレゴリーが大地を操る。
しかし――。
巨大な手が、グレゴリーの作った岩壁を一撃で砕いた。
「グレゴリー!」
「大丈夫だ!」
ヴァルターが炎を構える。
アルベルトが雷をまとわせる。
ノアも風を集める。
「今度は、俺たちの番だ!」
「二つの村で――」
アルベルトが続ける。
「一つの力を使う!」
二人の魔力が重なった。
その光が、第二の鍵へ吸い込まれていく。
青い鍵が輝く。
黒い鍵も反応する。
そして――。
二つの鍵の間に、一本の白い光が現れた。
レオンが叫ぶ。
「これだ!」
「何が起こるの!?」
エコーが聞く。
レオンは驚きながら答えた。
「三つの鍵は――最初から、敵同士じゃなかったんだ!」
白い光が、地下室全体を包み始める。
しかしその瞬間。
黒き王の声が響いた。
『ならば――』
巨大な目が赤く光る。
『私自身が、地上へ出よう』
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
山全体が震え始めた。
そして、地上では――。
ふわりか村の中央に、巨大な黒い扉が出現していた。
扉の向こうから――。
何かが、こちらへ出ようとしていた。




