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第5話 磁力の怪物と奪われた自由

企業都市で、借金を背負った剣士が日本刀と知略で成り上がっていくSFバトルものです。

テンポと引きを重視して書いています。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

“契約要項 : 支給医療品の横流し、無許可譲渡、及び医療資産の契約外運用を禁ずる。反復違反者は資格・等級を剥奪され、回収または討伐対象となる”


 ――少女の名は、朝日あさひあい。

 先日、旗中の車から瞬たちが救出した。


「それにしても、なんであんなところに?」


 アパートのロビーで、瞬があいに尋ねていた。


「それが……よく覚えてないんです……。誰かに後ろから襲われたと思って、気づいたら暗闇にいて……」


 丸いメガネにセーラー服でおさげ姿のあいは、まだ少し震えている。


 座愛が呟いた。


「この街でよくある“人身売買”ってやつかもな」


「あい、若くて可愛いですもんね」


 電子が温かいお茶を差し出す。

 久しぶりに向けられる優しさに、あいの震えが少しずつ収まっていく。


「もし、上が関わってるなら依頼課に返すのは危険だな。俺たちで匿うのがベターだろう」


 瞬は白い激甘人工コーヒー片手に、しばらく考えた。


 ……そんな瞬や座愛の刀と銃を見ながら、あいは小さく口を開いた。


「……あの……。私に何かできることってありますか?」


 瞬たちは少し驚く。


「何か特技でもあるのか?」


「いえ……あ、家事とか。人工コーヒーを淹れるのも得意です」


 これに、瞬が一番嬉しそうに反応した。


「ってことは、これからは毎朝淹れたて人工コーヒーが飲めるのか?」


「ええ、人工豆さえあれば……それなりのは」


「なら十分だ。あいも今日から俺らの仲間だ。部屋なら空いてる」


 こうして、あいの部屋もこのアパートに決まった。


 そして、電子が話題を変える。


「前回、元Aランク2位を倒したことで、ランクポイントがかなり変動しました」

「瞬がAランク15位、座愛がAランク20位です!瞬は異例の飛び級ですよ」


「よっしゃ!」


「負けた!」


 瞬は純粋に喜び、座愛は少し悔しそうに笑った。


「Aランクってことは、固定給にプラスアルファだろ?」


「はい。さらに厳しく、高給の仕事も入り込んできます。……そうなると、やっぱり心配です」


 その時、電子の端末から通知音が鳴った。


「確認します。少し待ってください」


 電子が自分の右手から端末をニョキっと出した。


 それを見たあいは、引いた。


「うぇっ、痛そう……」


「見た目と違って全然痛くないですよ。この部分は痛覚キャンセラー……んっ、うん。この都市の技術が入ってますので」


 あいに寄り添いながら説明しつつ、電子は連絡欄を確認する。


 だが、その表情が一瞬で曇った。


「……瞬、座愛。また、討伐の依頼が来ていますが……」


 2人が顔を寄せる。


「相手は、契約違反により契約剥奪となった、元Sランク20位、黒乃核くろのかくです……いわゆる、Sランカーです」


「追放されて元とはいえ、Sランカーって……」


「はい、“ほぼ超能力者”と呼ばれる域です」


「なんで俺にはこんな依頼ばっかりなのかねぇ……」


 瞬がロビーのソファーに頭を抱えて倒れ込む。


「その剣、暗殺向きだしな。タイマンじゃ強いし、その点が上にも評価されてんだろ」


 座愛がなだめた。

 だが瞬の頭には、前回の旗中戦が蘇っていた。


 刀が通らなかった時の反動で痛めた手が、少し疼く。


「この刀、通るのかな……」


「それなんですが……」


 電子が申し訳なさそうに続ける。


「……黒乃のアイコニック強化モジュールは、腕の“磁力操作”らしいです」

「腕そのものを強力な磁石みたいに扱えるとか」


「マジでほぼ超能力者じゃねぇか……」


 ただ、この時、電子と座愛は同時に思った。

 弾丸を斬るあの姿を思い出して思った。


(お前だってほぼ超能力者だろ……)


「……それで、この依頼は受けるのか?」


 座愛が切り出した。


「額によるな」


 瞬と座愛の2人は電子の方を向いた。


「1200万Vicksです。固定1000万に加えて、Aランクボーナスで2割増しです……」


 電子は目を伏せたまま、控えめに言った。


「……受ける」


 瞬は刀を持ち、背を向けた。


「なら、私も」


 座愛も立ち上がった。


 電子は少しがっかりしたような顔をし、あいはきょとんとした。


「S3500で現場まで行こう。渋滞がひどい第1地区とかじゃなければ、どこであってもすぐ着くだろ」


「あいはどうします?」


 3人があいを見る。


「わ、私も行きます!」


 あいは、お荷物になりたくなかった。


「やめとけ。Sランカー相手だ」


 瞬がきっぱり言う。

 そして、元ギャングを呼ぶ。


「おい、お前」


「はい、親分」


「このお嬢さんを守れ。誰かが連れて行こうとしたら、そいつを撃て」


「わかりました」


 あいは唇を噛んだ。

 助けてもらったのに、自分だけが置いていかれる。


 瞬みたいに刀は使えない。

 電子みたいにハッキングもできない。

 座愛みたいに砲台化して銃も撃てない。


 ――瞬たちが車に乗り込む。

 前回の戦利品、高性能セダン“ヤナギ・S3500”だ。


 運転席に座った瞬の手つきは、妙に慣れていた。

 運転は得意だった。

 こう見えて、運び屋をやっていた時期がある。


 刀とバッグを助手席の座愛に預ける。


「電子、黒乃の潜伏先は?」


 エンジンをかけながら、瞬が聞く。


「確認されたのは第8地区のスクラップ工場です。手下などはいない様子」

「追跡を恐れて、第8地区まで行ったようです」


「第8地区か……高速周回道路を使った方が早いな」


 V10ハイブリッドエンジンが、甲高く、悲しげに叫んだ。


「傭兵は、活動中であれば、ある程度のスピード超過や信号無視は許される……か」


 座愛が、長い髪を強い風にさらしながら呟く。


 その通り、車はパトロールに止められることなく、第8地区へと向かう。


 ビル街を抜け、人工川を越え、螺旋状の坂を登る。


 高架へ出ると、普段は見上げる企業の広告がすぐそこに見えた。


『何かを永遠にくっつけたい?それなら、ケイヨウ化学のワンダフルグルー!!透明、瞬間接着、素材を選ばない!』

『――注意。超強力です。接着の際は十分な注意を』


「……瞬、黒乃の“追放理由”ですが、医療用品の横流しらしいです。それで、何か作戦でもあるんですか?」


 電子が後部座席から声をかけた。

 体はフワフワのシートに押さえつけられて、顔しか前に出せない。


「ない」


「出た。脳筋モード」


 座愛が呆れたように突っ込む。


「これでも俺なりに考えてる。前もって作戦を組みすぎると、それが崩された時に負け筋ができるからな」


 電子と座愛は少し納得した。


 だから瞬は、前もって組み上げた作戦より、その場で掴む一手を好んだ。


 しばらくして、目的地に着く。


「目的地に到着しました」


 ナビが無愛想に告げた。


 正確には、目的地の少し前だった。

 戦闘で強くない電子を巻き込まないために、少し離れたところに停めた。


 そして、瞬と座愛が自分の足で少し走った。


 目標は、すぐそこにいた。


 スクラップの上に、どこか悲しげな目をした好青年が1人。


 ツーブロックの髪。

 すらりとした体。

 腕は金属になっていた。


 刀を見た黒乃が残念そうに振り返る。


「サムライ……?最近登録されたっていうCランクか。てっきり、“兄さん”でも呼ぶのかと思ってたよ」


 黒乃は悲しげだった。


「追放理由は医療用品の横流しだったな!企業に雇われて討伐に来た!ちなみに、今はAランクだ!!」


 瞬が刀を向ける。


「やれやれ……良かれと思ってやったことなのに……しょうがない」


 そう言って、黒乃は腕を光らせた。


「確か、銃は効かないんだよね。ただ、これなら」


 途端、刀が吸い寄せられた。


「マジかよ……いや、だよね。そうなるか」


 瞬は刀を地面に突き刺し、耐える。

 座愛も蜘蛛脚を地面に噛ませ、耐える。


 そうしている間に、鉄のスクラップが黒乃の腕に集まっていく。

 いびつで巨大な腕が形を成した。


「それじゃ、さよなら。Aランクさん」


 黒乃は、その固まったスクラップを一斉に放出した。


「瞬!やばい!」


 座愛がすぐに掃射を開始した。

 鈍い連射音。


 鉄の塊が火花を散らし、50口径弾の反動で勢いを失って落ちていく。

 重いものから順に、地面へ落ちた。


 その代償に、スプラッターキャノンの銃身が赤く焼け、蒸気を噴いた。


 ――オーバーヒートだ。


「はぁ……はぁ……マジで超能力者じゃねーか」


「へぇ……今の耐えたんだ。じゃ、もう一回」


 黒乃が再び腕にスクラップを集める。


「瞬、まずいぞ」

「次に同じような弾幕張ったら、スプラッターキャノンはまたオーバーヒートだ!」

「その次の攻撃は……耐えられない!」


「なら、俺も斬る」


 次のスクラップ攻撃が来た。


 座愛がまた弾幕を張り、瞬は自分に飛んできたスクラップを斬る。

 だが形がまばらだった。

 斬っても、弾丸みたいに綺麗には逸れない。


「うっ……しまった!」


 瞬の腹に、鉄の棒が一本刺さった。


「瞬!大丈夫か!?」


 座愛がすぐに引き抜く。


「……基幹システム、“マグネトロ”オーバーヒートか」

「たった2回の全開出力で……使い方が違うとはいえ、やっぱり兄さんのようにはいかないか……」


 黒乃が悲しげに語り、攻撃が止んだ。


 腕から蒸気が噴き出す。


 黒乃の強制排熱の間に、瞬は急いで傷口に止血剤を塗っていた。

 座愛もこれを手伝う。

 銃もオーバーヒートしているため、反撃に転じる時間はなかった。


 そうしてる間に黒乃が強制排熱を済ませた。


「……飛ばしてもまた落とされる」

「なら、叩き潰そう」


 黒乃の腕に、また鉄が集まる。

 だが、今度は放出の構えではなかった。


 巨大な塊のまま、腕を持ち上げる。


 その巨大な鉄塊が、ゆっくりと頭上へ持ち上がっていく。


「瞬!あれをまともに喰らったら、さすがにやばい!」


「……ああ、息を合わせてそれぞれ違う方向に跳ぼう。直撃は回避するぞ」


 鉄塊により、巨大な影ができる。

 そして、それが振り下ろされる。


 ガシャーン!


 轟音と振動。


 細かい鉄屑は宙を舞う。

 重いスクラップは地面にめり込んだ。


「……座愛!大丈夫か!?」


 瓦礫と化した鉄塊の中から瞬が鉄を斬って現れた。


「……ああ、ギリギリだったな!」


 座愛も、蜘蛛脚を即席の盾として使い、なんとか無事だった。


 それを見ていた黒乃が呟く。


「こっちの方が効く……かな?じゃ、悪いけどもう1回いくよ」


 黒乃の腕に、また鉄が集まっていく。

 再び、巨大な腕が形を成す。


「あいつ、自分の強いモッドモジュールに頼りすぎだろ!」


 黒乃の姿と、座愛のその一言が、瞬の中で噛み合った。


「巨大な磁石の鉄の腕……能力に頼り切り……」


 ――はっ。


「座愛、思いついたぞ、必勝パターン!」

「とにかく、今は建物内に走れ!」


「やっと!?でも今言う!?」


 2人は走った。

 建物の入り口めがけて全力疾走。


 それを黒乃は許さない。


「屋内ならこの手は使えないと踏んだ、か……なら、今叩き潰す!」


 ガシャーン!


 また鉄塊の飛び散る轟音。

 建物の入り口ごと叩き潰した。


 ……。


「……はぁ……はぁ……本当に間一髪だったな」


「……はぁ……ああ……そうみたいだな」


 入り口は潰れた。

 2人は、その直前に中へ滑り込んでいた。

 荒い呼吸だけが、暗い建物の中に残った。


「……よし、狙い通り入り口も破壊してくれた」

「これで時間を稼げるはず!座愛!まだ奥まで行くぞ、走るんだ」


 2人はまた走り出す。


「……それで、必勝パターンって!?まさか、またガスタンクがあるか祈りますって!?」


 座愛は皮肉を混じらせて言った。


「いや、神頼みじゃない!もっと具体的なことだ!」


 建物の中は、幸いなことに大きなスクラップはなかった。

 しかし、黒乃が攻撃に使えそうな鉄はどこにでもある。


 瞬が痛みで立ち止まる。


「瞬、大丈夫か?」


 座愛が瞬の先ほどの傷を心配した。


 そうしてる間に、なんと黒乃が追いつく。


「まさか……磁力で飛んできてるのか?」


「御名答。入り口を潰したところでどうにかなるとでも?」


 黒乃はその磁力操作によって、動きも俊敏。


「基幹システム・マグネトロ。鉄を集めて、敵目掛けて掃射を開始せよ。なんてね」


 黒乃がそう言うと、施設内にある、固定されてない鉄の部品が集まる。


 瞬は刀を地面に突き刺し、座愛は蜘蛛脚を地面に噛ませて、また耐える。


「瞬!こっちもオーバーヒート覚悟だ!全部撃ち落とす!」


 座愛がそう言うと、黒乃の腕から鉄の部品が放出された。


 そして、座愛がスプラッターキャノンを掃射。

 鈍い連射音。

 ただ、致命傷になる部品をしっかり狙って撃ち落としている。


 それでも、撃ち落とし切れない小さな部品が、座愛と瞬に向かう。


「やばい!」


 座愛の綺麗な顔に、鉄片が刺さった。


 そして瞬の腹に、鉄の棒が刺さった。


 電子が通信してきた。


『……もう無理です!任務放棄して逃げてください!!』


 ――瞬は、返さなかった。


 もう一回来る。


 鉄が、また黒乃の腕に集まり始める。

 ガリガリと音を立て、不揃いの鉄が集まった。

 工具、ホイール、ネジ、鉄筋入りのコンクリート、鉄片。


 瞬は刀を地面に突き立て、座愛は蜘蛛脚を地面に噛ませ、また耐える。

 今はこれしかできない。


「……放出」


 また、鉄の放出が始まった。

 銃弾ほどの速さではないが、殺傷するには十分な重さと速度だ。


 座愛が、オーバーヒート覚悟でスプラッターキャノンを撃ち続けた。


 しかし、撃ち漏らした大きな鉄の部品が座愛の腹に直撃する。

 皮膚アーマーが押され、内臓にダメージをもたらす。


「うっ……ちくしょう、スプラッターキャノンもオーバーヒートか……さすがにやばいな……」


 黒乃の腕から、また蒸気が噴いた。

 その数秒だけが、命綱だった。


「瞬!今踏み込めないなら、このうちにもっと奥へ!」


 瞬と座愛は、施設の奥へと逃げることには成功した。


 奥まで逃げ切ると、2人は急いで止血剤を塗った。


 そして、瞬は痛みに耐えながら、壁の配管やドアなどの鉄を斬り落とした。


「何してる?」


 座愛が息を切らしながら聞いた。


 瞬はバッグから小型のボトルを取り出した。

 透明な液体を、切った鉄の切断面から縁まで素早く走らせていく。


「時間がない。急がないと」


 座愛にも何をしているのか分からない。


「まさか……ね。でも、勝つためなら手伝うよ」


 瞬は、次の鉄片にも同じ液体を塗った。

 暗い屋内では、それはほとんど見えない。


 しばらくして、黒乃が瞬と座愛を見つけた。


 相変わらず、黒乃は磁力で滑るように飛んできた。

 もはや人じゃない速さだった。


「あ、こんなところにいた。探したよ。それじゃ、そろそろとどめだね」


 瞬の周りには、自分が斬った鉄の扉や配管などが散らかっている。


「えーと、敵に弾送ってどうすんの?」


 黒乃が再び、磁力でそれらを集めながら言った。


 両手を開く。

 周囲の鉄が低い唸りと共に引き寄せられ、腕へと重なっていく。


 最初に浮いたのは、すぐ脇に倒れていた非常扉だった。

 そこへ、配管、鉄板、フレーム。

 瞬が斬り落とした鉄まで巻き込みながら、巨大な腕がまた形を成した。


「待て!取り引きしよう!」


 大量の鉄を纏った黒乃を前に、瞬は取り引きを申し出た。

 瞬は刀を鞘にしまい、両手を上げる。


「俺がお前を討伐したことにする。そうすれば、お前は死んだことになり、自由の身だ。どうだ?悪くないだろ?」


 瞬の提案に、黒乃は悲しげに答えた。


「無理だね。討伐対象となったら、死体が確認されるまで続けられる」

「偽装はできない。つまり、ここでどちらかが死ぬまでやるしかないって話さ」


「……そうか、そうだよな。残念だ」


 瞬がまた刀を抜く。


「……はっ。はなから降伏するつもりなんてなかったさ……」


「そうか。良かったよ。今から殺す相手が、降伏するような小物だと思いたくなかった」


 黒乃の腕が光り始める。


「それじゃ、さよなら」


 扉や鉄のパイプを引き寄せていた黒乃が、それらを磁力操作で放出しようとした。


 そして、放出――されない。

 正確には、放出はされたが、ごく一部の小さなネジやボルト類だけ。

 瞬が斬った、非常扉から先の、壁の一部やパイプ類といった、致命傷になる鉄部品が放出されない。


 瞬はフラッシュで小さな部品だけに反応し、斬って逸らす。


「バカな!なんで鉄が離れない!」


 何度も“放出”を実行しても、鉄は腕から離れない。

 こんなに鉄を纏っては、重くて動けない。


「これは……!まさか……!接着剤!」


「……御名答……この部屋にあるデカい鉄には、斬った後で接着剤を塗っておいた」

「すぐには引き剥がせない。しかも、その塊を無理に動かすほど、天井や配管に噛むようになってる」


 瞬が答えた。


「なら……このまま潰す!」


 黒乃が、接着された巨大な鉄塊ごと腕を持ち上げようとした。


 浮く。

 確かに、浮く。


 だが、巨大になりすぎた塊は低い天井へぶつかり、張り出した配管へ引っかかる。

 一つずつだった鉄と違い、塊となったせいで逃げ場がない。


 ギギギギ……。


 鉄とコンクリートが、悲鳴みたいな音を立てた。


 黒乃はさらに力を込める。

 磁力で無理やり引き上げる。


 だが、狭い。

 振りかぶれない。


 ――身動きが取れない。


「しまった!」


「遅い!」


 瞬が横に回り込む。


 動けなくなった黒乃の横から、踏み込み、刺突一閃。


 刀が、薄いアーマーの隙間に簡単に入っていった。

 そして、黒乃の体が震えた。

 鉄を纏ったまま、その鉄にもたれるように崩れた。


「……がっ……これは……本当か……?負けた……のか……」


 息が切れそうになる黒乃が言った。


「……僕はただ、恵まれない下層の子供たちに……はぁ……VIP用の特別医療品を回しただけだ。兄さんとは違う」

「もちろん……そのせいで……本来使われるはずだった正規の治療が潰れた。はぁ……上層の誰かから見れば、僕はただの横流し犯だろうね」

「でも……あの子たちを見殺しには……うっ……できなかった」


「……そうか……でも、それで助かったやつもいれば、助からなかったやつもいるってことだな」


「はぁ……はぁ……ああ。だから、企業側の判断は勝手だと思うんだ。この討伐依頼、どっちが正しいか言い切れる?」


 瞬は、すぐには答えられなかった。


「……はぁ……はぁ……重要臓器損傷の表示が出た。もう長くない」

「……聞け、君なら兄さんを止められるかもしれない……」


 黒乃がそう言うが、この時の瞬にはなんのことかわからなかった。


「……兄さんは……この街の……」

「……契約を……全部……」

「……黒乃、虚空を……止め……」


 黒乃は必死に何かを伝えようとしていた。

 だが、息が絶え絶えで、言葉は途切れていく。


 そして、黒乃が事切れた。

 鉄塊に顔を埋める形だ。


 ――しばらくして、任務完了の報告画面が、瞬の端末にきた。


『任務 : 完了』

『報酬 : 支払い済み』

『功績 : 閃野 瞬』

『主担当 : 閃野 瞬』


 その文言を見た瞬間、瞬は左手を壁に叩きつけていた。

 軽く血飛沫が飛ぶ。

 この部分に神経は通ってない。

 だから、痛みはないが、なぜか痛い。


“――どっちが正しいか言い切れる?”


 瞬がスクラップの上で膝をついた。


 そんな瞬を見て、座愛が後ろから優しく瞬を抱きしめた。


「今は、答えがなくても大丈夫だよ……大丈夫なはず」


 その時だった。


 電子の端末が、短く鳴った。


『死亡確認 : 黒乃 核』

『関連人物情報 : 自動照会』

『血縁関係 : 兄』

『黒乃 虚空』

『現等級 : Sランク1位』


 電子の顔から、血の気が引いた。


「……瞬」


 その声を聞いた瞬の中で、途切れていた黒乃核の言葉が蘇った。

 聞き取れなかったはずの声が、遅れて意味を持つ。


 ――兄さんは、この街の契約を……。


 ――黒乃虚空を、止めてくれ……。


 瞬は、何も言えなかった。


 太陽が、ビル群の向こうで沈んでいく。

読んでいただきありがとうございます。

少しでも続きが気になったら、次話も読んでいただけると嬉しいです。

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