第22話 みんなで作る未来が見たい
企業都市で、借金を背負った剣士が日本刀と知略で成り上がっていくSFバトルものです。
テンポと引きを重視して書いています。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
最終話
“契約要項 : 契約者は、市民および企業の意思を不当に拘束し、これを支配してはならない”
『――そんな!座愛!!』
通信の向こうで電子が泣いていた。
監視カメラで一部始終を見ていた。
『瞬…!うっ……うっ…座愛は…』
忍城ビルに向かうあいもまた、通信を聞いていたので状況が分かっていた。
「…」
瞬は何も応えない。
『…ねぇ!応えてよ!瞬!誰も死なないって、みんなで約束したじゃん!』
あいは立ち止まり、泣いて叫んだ。
周りを行き来する都市の住人が、冷たい目で見て見ぬフリをした。
それでも、瞬は返事をしない。
「…」
泣きじゃくっていた電子が、頭を振る。
そして、勇気を振り絞る。
『…瞬。ピリオドを追いましょう…座愛のためにも…』
「…」
『瞬…。聞いて』
『ピリオドは追跡を防ぐために、最上階でエレベーターを壊しました』
電子は泣きながら続ける。
『ですが、かご本体と制御系統は生きてます。…電子がオーバーライドして操作します』
『…今、瞬がいる第3階層に向かわせました。…これに乗って、ピリオドとコアを止めてください』
電子が涙を拭きながら続ける。
『…瞬!もう、あなたにしかできない!お願い!ピリオドを止めてください!』
『聞こえているなら…エレベーターに乗って…!』
「…」
電子がそう言うと、瞬のもとにエレベーターが降りてきた。
ボタンから煙が出ていて操作ができないが、電子が遠隔操作するという。
『瞬!』
『瞬!』
“瞬!”
電子、あいの呼びかけのあとに、座愛が瞬の名前を呼ぶ姿がフラッシュバックした。
記憶の中の座愛も、笑っていた。
――第4階層
「っ…」
ピリオドが傷に応急止血剤を塗っていた。
止血剤を塗りながら、最後の扉の開錠を試みていた。
「…エレベーターもオーバーライドされたか」
「…まぁ、よい。来るなら、来い。相手をしてやる」
ピリオドがスキットルで酒をあおった。
そこに、エレベーターが到着する。
瞬は、亡くなった座愛を抱えていた。
顔を下に向け、深い影を落としていた。
そこにピリオドが言う。
「…来たか。サムライ」
「…」
「…その女は見事だった。この私に傷を入れた」
「…」
瞬は、何を言われても何も答えなかった。
…廊下の脇に花壇がある。
花は小さく、まばらだが、咲いている。
瞬は、そこに座愛の亡骸をそっと置いた。
花壇の土が、かすかに音を立てた。
「…見てな。次は勝つ」
瞬が座愛に話しかけた。
それを見て、ピリオドが更に酒をあおる。
「感動的だな」
「…サムライ。こちらにはもう誰もいない。文字通りの最後の一騎打ちだ。相手をしてやる。…来い」
ピリオドがそういうと、周りにある何かを構えた。
金属の音が微かに聞こえた。
それを受けて瞬も刀を抜く。
そして…。
「…サムライ…何をする気だ…」
瞬は刀を己へ向けた。
そして、少しの迷いもなく腹へ刺した。
“…好きだよ”
座愛の最後の言葉が、痛みと恐怖を押し越えた。
刀に血が滴る。
「バカな…気でも狂ったか」
ピリオドがそう言うが、瞬に迷いがあるようには見えない。
その瞬間――。
『サブシステム スピードー ステータス : システムオンラインへ』
『基幹システム フラッシュ 起動中 (平常)』
『サブシステム スピードー 起動中(平常)』
瞬の視界に文字が浮かんだ。
瞬の鼓動がずっと速くなった。
周りにも聞こえるほどに。
「…自傷で、スピードーを起こしたか…」
「…」
いや、それだけではなかった。
瞬は、自分の血で血まみれになった刀をピリオド目掛け、振り下ろす。
血しぶきが舞う。
その血しぶきが、ピリオドの周囲にある“何か”についた。
――これで、“何か”の位置が見える。
「…まさか…貴様…!」
ピリオドがヘルメットの下で目を剥いた。
座愛の最後の声が、脳裏に蘇る。
“ピリオドの能力は…磁界操作だよ…光学迷彩も使って…強さを演出してる”
自身も、銃も、壁も。
磁力で浮かせ、光学迷彩で消していた。
飛んでいるように見えたのも、見えない位置から撃てたのも、そのせいだ。
「こんな…バカなことが…」
見えない“奇跡”の正体が、血の中に浮かび上がった。
瞬の血によって明らかになったピリオドの隠し装備は、足場に固定されたアサルトライフル4丁、壁2枚、予備の足場1つ。
そして、鉄入りのブーツ。
それら全てが、磁力操作によって浮いている。
「…っ!見えるからなんだと言うのだ。こちらの有利には代わりない!」
ピリオドはアサルトライフルを磁力で飛ばして、瞬を取り囲むようにした。
「…これなら無理だろう」
そう言うと、ピリオドは遠くから磁力を使って引き金を引く。
「…ふっ」
ピリオドは勝ちを確信した。
だが――。
…瞬がいない。
取り囲んでいたライフル4丁は空を撃った。
「なっ…」
そして、瞬はピリオドの真横にいる。
そのまま刀を構えた。
腰を落とす。
足はどっしりと地面を掴む。
上半身はしなやかに。
そして、ピリオド目掛けて踏み込む。
(速い!)
ピリオドは間一髪、ブーツを磁力操作で横にやり避ける。
だが、左の脇腹――アーマーの薄い部分を抉られた。
「くそっ…スピードーか…」
その瞬間、ピリオドはアサルトライフルを磁力で引き戻そうとする。
瞬の血でそれは見えている。
だから――。
「何っ…!?」
瞬は、磁力で浮いているライフルを足場ごと蹴り、その推進力でピリオド目掛けて飛ぶ。
今度はど真ん中のコース。
ピリオドの腹を確実に刺突する。
だが、ピリオドはまた避けた。
ピリオドが反撃に転じ、空中に浮いたアサルトライフルを構えた。
そして、一斉掃射。
乾いた音がホールに響き渡る。
だが、今の瞬はスピードーの効果により、人間離れした速度で動ける。
しかも、フラッシュも起動している。
銃弾の雨でも、関係なかった。
全弾、斬り落とした。
その時、脇腹の傷がピリオドの動きを鈍らせた。
その痛みごと、座愛がまだ戦っているようだった。
…そして、座愛が最後の最後に撃って、傷で少しアーマーが抉れた腹のど真ん中。
そこ目掛けて瞬は、飛び、刺突。
刀を突き立てた。
「…っ!」
「…」
童子切安綱でも、一撃では外骨格を抜けない。
だが、座愛が穿った傷だけは、確実に深くなっていく。
ピリオドはまた、磁力でアサルトライフルを操作し、瞬の正面4方向から同時に射出した。
ピリオドは長期戦も見ていた。
浮かせたアサルトライフルには、携行を捨てた超大型マガジン。
赤い照準レーザーポインタが、瞬を幾重にもなぞる。
「…っ!」
「…」
一斉掃射。
だが、瞬のフラッシュは最大出力で動く。
刀を真っ直ぐ、ある時は斜めに、ある時は反対側へ構え直し、更にある時には柄を回転させて、全弾を斬り落とした。
それを見たピリオドが宙へ逃れ、 ライフルを前後左右へ展開する。
――だが、それが隙になった。
瞬は、後ろのライフルを足場ごと蹴り、それが回避と同時に踏み込みになり、またピリオドの元へ。
速い。
スピードーの効果で、踏み込みも速くなっている。
だが、ピリオドは上へ上へと逃げる。
5m…6m…。
それでも、今は瞬が撒いた血によって、浮いてるものが見えている。
瞬は、空中に浮いているライフルや鉄の壁を“血のマーキング”で見つけ、それを蹴り、登っていく。
そして、8m付近。
それでも、届いた。
瞬の刺突がまた腹のど真ん中の傷を更に抉る。
瞬はそのまま落下した。
刀が音を立てるが、瞬は受け身は取る。
この時、ピリオドの視界に赤い文字が浮かぶ。
『基幹システム : マグネトロ オーバーヒート』
磁力操作がオーバーヒートした。
ピリオドも落ちてくる。
浮いている銃や壁も音を立てて落ちる。
その瞬間、瞬のフラッシュもオーバーヒート。
2人が首の後ろから熱を帯びた蒸気を出す。
そして、睨み合う。
強制排熱は、2人ほぼ同時に終わった。
排熱を済ませたピリオドが、すぐに銃を浮かせて、両翼から一斉掃射する。
広いホールの空気を切り裂く連射音。
それは余りにも無慈悲な音。
だが、瞬はフラッシュで全て叩き落とした。
火花が線香花火のように散り、消え落ちていく。
そして、真っ二つになった弾丸が、後ろの壁に無数の穴を開ける。
そして、瞬は背後の壁を力の限り蹴り飛ばす。
すると、力を受けきれなかったその壁が崩れる。
そして、瞬は真っ直ぐピリオドの元へ。
――速い。
座愛から受けた痛みが走り、ピリオドは避けられない。
ピリオドは、深く抉られていた腹のど真ん中で、また刀を受ける。
遂に貫通した。
だが――。
瞬とピリオドの血で柄が滑り、刀が最後まで入りきらない。
しかも、抜けない。
そこでピリオドは磁力も使い、刀を捉えた。
…刀を奪われた。
瞬が距離を取った。
「…っ…ハハハ、愚か者が。こちらはちょうど弾切れだった」
「まさか自分が撒いた血に、足を掬われるとはな」
ピリオドが腹に刺さった刀を抜きながら、息絶え絶えに言う。
「…はぁ…はぁ…私を止めて、どうしようというのだ」
「私を止めても、企業の搾取は止まらない!この都市は、どうせ緩やかに死ぬ!」
ピリオドが続ける。
「…何も変わらない!私が支配する側に回るだけ!何も…変わらない!」
そんなピリオドへ、刀を失った瞬が座愛から受け継いだ愛銃“スプラッターキャノン”を向けた。
だが、瞬は目を瞑り、手が震えている。
「どうしたサムライ!震えているぞ!まさか、銃は撃てないのか!?」
「…いや、その銃はスタビライザー無しでは扱えまい。私は知っている」
「…最後はお前が得意な“刺突剣”で終わらせてやる!」
ピリオドが刀を構え、磁力で浮いた。
「さぁ、答えてみよ!…私が支配することで、この都市は確実に理想郷へと近付く!」
「…私の支配が無ければ、企業の搾取は続く!」
「それを見過ごしていい理由を、今すぐに答えよ!」
それに瞬が答える。
「…未来」
震えている。
「未来?」
ピリオドが聞き返した。
受けて瞬が言い直す。
「俺は…みんなで作る未来が…見たい」
「…みんなで作る未来。そんなもの、幻想にすぎない」
「企業に吸われ、この都市は緩やかに死んでいく。未来など…無い!」
そういうと、ピリオドは磁力で加速した。
刀を真っ直ぐ構え、刺突してくる。
「…幻想。確かにそうかもしれない」
「終わりだ!サムライ!」
「でも…俺は…それでも!」
――瞬の頭に、仲間たちとの思い出がフラッシュバックした。
“瞬!”
「…それでも俺は!みんなで作る未来が見たい!!」
その時、瞬の額の第3の目が開いた。
その目は赤く、涙を浮かべている。
…そして、背中から蜘蛛脚スタビライザーが展開される。
「――何!?」
“スプラッターキャノンも、蜘蛛脚も…今度は、瞬が撃って”
…瞬は、座愛から託された装備を、あの時すでに背負っていた。
まだ使うつもりはなかった。だが、今だけは違う。
着流しの背中を破り、座愛から継承した蜘蛛脚スタビライザーが、叫ぶような音を立てて展開され、地面を噛む。
「バカな!?」
ピリオドが立ち止まろうとするが、もう遅い。
「うおおおおおおおおおおお!」
背中に残る、あの日の温もりが蘇る。
“今日は本当に撃たなくてもいいから、しっかり、構えてみて”
座愛の声が、震える指を支えた。
そして、瞬とスプラッターキャノンが、怒りを上げた。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
鈍く重い連射音が、悲しく響き渡った。
開いた第3の目が、獲物を捉える。
瞬はそのまま引き金を引いた。
そして、両目も開ける。
…ピリオドの最期を、支配の終わりを、そして、みんなで作る未来を見るために。
…涙を浮かべていた。
ピリオドの腹の真ん中の傷めがけて、50口径の強装弾が真っ直ぐ飛ぶ。
「これで…終わりだ!」
距離が無い。
ピリオドは壁を用意する間もない。
すると、弾を受けたピリオドが紙切れのように踊った。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
連射は止まらない。
全弾ピリオドに命中する。
血が飛び散る。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
空の薬莢が積まれ、煙で前が見えなくなる。
ピリオドはまだ喰らい続ける。
風を浴びた紙のように舞い続ける。
…そしてピリオドは、スプラッターキャノンがオーバーヒートで連射が終わると同時に、自分の血の海へと崩れた。
広いホールに、もう銃声はなかった。
ただ、薬莢が転がる小さな音だけが遅れて響いた。
「こんな…バカなことが…」
瞬から奪った刀が飛び、ピリオドの前に落ち、音を立てて刺さる。
…そして、瞬の第3の目が閉じた。
「座愛…勝ったぞ…」
瞬が座愛の方を向いた。
だが、瞬も出血がひどい。
意識が飛びそうになる。
目の光を暗くし、その場に座り込む。
『…瞬!』
薄れいく意識の中、聞き覚えのある声。
電子だ。
『瞬!勝ったんですね!?よかった!』
瞬が朦朧とする中、立ち上がり、ピリオドの前から刀を抜いた。
そして、自分で刀を刺した場所へ止血剤を塗り、激痛に耐えながら応急処置をした。
すると、ピリオドが瞬の足を止める。
まだ辛うじて息がある。
「…待て、サムライ。……コアはレーザー障壁で守られている……近寄るのは不可能だ…」
瞬は少し驚き、ピリオドの方を向く。
「…そして…これで、終わりではない…」
「私が死んだりして…しばらく応答がない場合…人造人間たちが、最後の作戦として…武力で都市を支配する仕組みだ…」
ピリオドからどんどんと血が広がっていく。
「…はぁ…そして、それを止めるにはコベナントコアを物理的に破壊する他ない」
すると、ピリオドは、首から下げているドッグタグを外し、瞬に渡した。
血で濡れている。
「…それが…コベナントコアの物理キーになっている。…使え」
ピリオドが血の海の中で半身を起こし、更に血を吐いた。
「…サムライ…貴様は…実に面白い存在だった…」
「さぁ、“みんなで作る未来”とやら、その目で…見届けるがいい…」
瞬がドッグタグを奪うように受け取ると、ピリオドから力が抜けた。
血の中へと再び崩れる。
手の中でドッグタグの小さな金属音が鳴る。
それが今は妙によく響いた。
…瞬は最後まで返事をしなかった。
怒り、恨み、悲しみ。
あらゆる感情がこの男には被せてある。
が、もう終わったことだった。
…ピリオドはもう動かない。
瞬が立ち去り、コベナントコアに向かう。
『瞬!コベナントコアのある部屋のロックを解除します!ただ、中がどうなってるかはこちらからは分かりません!』
電子は焦っていたが、瞬には確信があった。
「…多分、大丈夫だ…物理キーを手に入れた。それと…急いで破壊しないと人造人間兵が最後の作戦に出るらしい」
扉を開くと、レーザー障壁の向こうで柱が脈打っている。
銀色の円状の壁に囲まれ、真ん中の柱が怪しく赤く光る。
瞬は、部屋に入ってすぐの、右側にあるスロットにピリオドのドッグタグを入れた。
すると、警告音と共に、レーザー障壁が音を立てて消え、真ん中の柱が口を開けた。
赤く光る巨大な宝石のような物体が見える。
その瞬間、機械的なアナウンス。
『警告!レーザー障壁解除、コベナントコアへのアクセスが可能になります』
瞬がそれを気にすることなく、コベナントコアに向かって歩いていく。
『瞬!コベナントコアを破壊してください!』
『これで権限は元へ戻るはずです…童子切安綱なら、きっと斬れます!』
その言葉に、瞬は刀を振り上げた。
傷が痛む。
だが――。
「…頼んだぞ…童子切安綱…!」
刀を振り下ろす。
刃が入っていく。
柔らかな布を裂くように、刃が通る。
そして、破片もなく、刃はコベナントコアを通り抜けた。
途端、音を立ててコベナントコアシステム全体が停止する。
赤い光が消え、宝石はガラクタのように真っ二つに砕け、落ちる。
そして、また機械的なアナウンスが流れる。
『コベナントコアの破壊を確認』
『これにて、非常時権限プロトコルの全行程を終了』
『人造人間への機能停止命令を送信』
ザザッとノイズが走る。
『…地上へのエレベーターを解除』
『コベナントコアシステム…完全停止します』
…終わった。
それは全てを終わらせた合図だった。
電子が胸を撫で下ろす。
『……瞬…!やってのけました…!コベナントコアの破壊、これによって、各権限が元の企業上層部へ戻っていきます…』
『そして、ピリオドの人造人間兵の停止も確認できています…』
『さぁ、直通エレベーターに乗って…帰ってきてください』
それを聞いた瞬が、座愛の方に目をやる。
「……勝ったぜ…相棒」
その時、電子が何かに気づいたように続けた。
『瞬、館内図を追っていて気付いたんですが、地下に妙な区画があります』
『搬出用エレベーターが直結していて、扉は二重。認証もVIP専用です。…金庫区画かもしれません』
瞬は少しだけ、血に濡れたドッグタグを見た。
「そうか…そこまで用意していたのか」
――しばらくして、瞬は座愛の亡骸を抱えてエレベーターを降りてきた。
電子とあいが合流し、忍城ビル1階に集まる。
「…座愛……!」
電子とあいが座愛の亡骸を見て涙を流した。
そして瞬が呟く。
「彼女は…立派に生きたよ」
腕の中の座愛は笑顔だった。
しばらく、誰も喋れなかった。
忍城ビルの静寂がその場を包み込み、そこだけ時間が止まったみたいだった。
「…なぁ、前に座愛が話してただろう。“母は個別火葬された”っていう」
電子とあいが涙を浮かべながら頷く。
「…はい、覚えてますが…“自分も死んだら個別火葬がいい”って言ってましたね」
「…今なら、このビルのシステムが使える。さっき、VIP火葬炉って見えた気がするんだ」
「…そうですか……火葬炉、使うんですね…?」
「ああ、送る」
瞬に迷いはなかった。
…VIP火葬炉の前。
そこだけは時間が止まっているかのような静けさ。
あいが涙を流す。
「…本当に…これでさよならなんて…」
「いや、そうじゃない。一緒にいた時間は、消えない」
瞬が火葬炉内に座愛を寝かせた。
火葬炉内は冷たく、静かだった。
さっきまで戦っていた世界から、そこだけ切り離されているみたいだった。
そんな空間の中、座愛の笑顔を瞬は最後に目に焼き付けた。
…この瞬間は、永遠になる。
火葬炉内から出て、厚く冷たい扉を閉めて、瞬が出てくる。
「…やろう」
瞬がボタンに手をかけた。
電子とあいは涙で目が真っ赤になっている。
「…確かに、これでお別れかもしれない」
「でも、俺たちは、それでも未来へ進んでいかなくちゃならない」
「そうやって、みんなで未来へと進んでいく時間は、消えない」
「…さようなら、座愛」
…瞬が火葬炉のスイッチを入れた。
無慈悲な炎の音が、無音によく響く。
そして、熱が涙を撫でる。
電子は膝を落として顔を押さえて泣いている。
あいは、瞬にしがみつき泣きじゃくっている。
…瞬は、僅かに見える炎を見つめていた。
…しばらくして、炎が止まった。
炉内の冷却が始まり、人が入れる温度になった。
ほんのりと暖かい扉に手をかけ、そこに瞬たちが入ると、台には小さな骨だけが残っていた。
さっきまでそこにあった身体は、もうない。
炎が全部、煙と一緒に連れ去ってしまった。
「座愛…頑張ったんだな」
瞬は、ポケットから1つ、座愛の機関銃から外しておいた金属片――空の弾帯リンクを取り出した。
そして、その小さな骨をリンクに通した。
「…連れていくの?」
あいが涙を拭いながら瞬に尋ねた。
「ああ。置いていかない」
リンクに通した骨はお守りにした。
そのお守りを瞬が掲げる。
「これからもずっと一緒だ」
「…うん!」
「ずっと一緒…ですね」
…泣いて終わるわけにはいかなかった。
座愛が命を賭けて繋いだ未来を、今ここで止めるわけにはいかない。
「だから、一緒に確認したい物もある」
「…電子、地下の金庫区画らしき場所のセキュリティは?」
瞬が電子に尋ねた。
「…金庫区画ですか…はい、まだ権限は復帰してなくて、私たちでアクセス可能です」
電子がそこで、瞬の手の中のドッグタグに目を止めた。
「待ってください。そのドッグタグ、ただの物理キーじゃありません」
「何?」
「コベナントコアを開けた時、認証ログが少し残っていました」
「これ、VIP認証媒体も兼ねています。地下区画にも紐づいているはずです」
電子が右手の端末を伸ばし、ドッグタグを読み取る。
「照合します。忍城ビル地下保管ログ…VIP認証履歴…」
数秒の沈黙。
「…出ました」
電子の声が震えた。
「この認証コードが最後にアクセスしていたのは、個人保管庫、96番です」
「ピリオド個人の金庫でほぼ間違いありません」
瞬が、血で汚れたドッグタグを握り直す。
「未来を作るための金…ってわけか」
「はい、行きましょう」
地下へのエレベーターに乗る。
現金を運ぶ前提なのか、少し広めに作られている。
そして、地下へ着く。
まず目に入ったのは、分厚い扉が1枚。
ピリオドのドッグタグを差し込むと、アナウンスが入る。
『VIPのアクセスを確認』
『金庫区画へのロックを解除します』
次の瞬間、ロック解除する時の、金属が外れる音が地下中に響いた。
その中は、両サイドが人間の身長を超える巨大な金庫で、冷たく番号が並んでいた。
「…96番だっけ、これだ」
3人は足を止めた。
そこが96番…ピリオドのものと思われる金庫。
現金を運ぶためのカートなどがそこら中にある。
瞬が、ピリオドのドッグタグを見つめてから挿し込む。
すると、ロックが外れる音が響いた。
「やはり、ピリオドの金庫…!」
「ここからは私がやります。瞬は、罠だった場合に備えてください」
電子が最後の作業に名乗り出た。
それを受けて、瞬は巨大なハンドルを電子に譲る。
そして、瞬は刀の柄に手をかけて、開け口で待機する。
電子が頷き、巨大なハンドルを必死に動かなくなるまで回した。
そして、それを力の限り引く。
巨大な扉が軋みながら動き出す…。
その瞬間、札束が1つ、瞬の足元に落ちる。
扉が開いていくたびにまた札束が落ちてくる。
…そして、扉が開くと、束ねられた現金が、金庫の中から次々とあふれ出した。
中で整然と積み上げられていたはずの札束は、扉が開いたことによって支えを失い、雪崩のように崩れてくる。
紙の束が床を打つ乾いた音が地下金庫区画に響き渡った。
「…うそ!?」
あいはそう言うが、金庫は奥まで現金がぎっしりと詰まっていた。
瞬が言葉をこぼす。
「…マジかよ」
「これなら…スラムを…」
電子もまた泣いていた。
瞬は刀の柄から手を離し、座愛の遺骨を通したお守りを握り直した。
「ああ、これだけあれば、スラムの住人全員の市民登録も…」
「…瞬!」
3人は抱き合った。
そして、座愛の小さな骨のお守りもみんなで一緒に握る。
「急いで運び出そう。ありったけを車に積んで、積めない分は…電子、敵が乗ってきたトラックを拝借しよう」
「…はい!」
――しばらくして、車への現金積み込みが終わった。
「瞬、忍城ビルの権限も復帰します。ここもすぐに立ち入り禁止になります」
電子が端末を見ながら言った。
「ああ、行こう。金は全部積み込んだ」
「そうですね。瞬の車に積めなかった分は、鹵獲したトラックに載せて自動運転で追跡させます」
「…そろそろ、完全自律砲台ムサシも再起動します。行きましょう」
瞬は現金まみれの車のアクセルを踏んだ。
忍城ビルが遠ざかっていく…。
その瞬間、電子の端末が震えた。
『忍城ビルセキュリティオーバーライド : オフライン(権限がありません)』
「忍城ビルが…復旧します…全権限が持ち主に返されました」
「ああ、間に合ったな…そして、また、企業都市ヒートシンクが始まるんだ」
「ただ、今から始まる未来は今までと少し違う」
「…俺たちが作る未来だ」
満杯に積んだ札束が段差の度に少し跳ねる。
そんな希望を乗せて、瞬たちの車がビル群を走り抜ける。
ふと、助手席を都市の明かりが照らす。
…座愛がいない。
それでも、彼らは未来を背負った。
未来に向けて歩き続けなければならない。
「…あ、蝶々」
車が信号待ちの時に、あいが車にとまる蝶々を発見した。
「…蝶々なんて……また珍しい」
「そうだな…」
その蝶が車を離れ、高く舞い上がり、ビル群の空へ消えて行った。
――瞬は、その蝶が消えていく先から、しばらく目を離せなかった。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、次話も読んでいただけると嬉しいです。
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