第1話 暗闇の優位と視界の逆転
企業都市で、借金を背負った剣士が日本刀と知略で成り上がっていくSFバトルものです。
テンポと引きを重視して書いています。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
“契約要項 : 任務放棄を繰り返した傭兵は等級を剥奪される。反復違反者は回収または討伐の対象となる”
――瞬が切山に負け、手術を受けてからしばらくして。
「ふーん…傷の塞がりは悪くないな」
狭く、ごちゃついた診療所で、ドクターがモニターを眺めながら言った。
血の匂い。
消毒液。
剥き出しの機材。
相変わらず、ここは人を助ける場所というより、人を無理やり生かす場所に見える。
それか、殺す場所。
診察台に座る瞬は、首の後ろにある妙な熱と違和感にまだ慣れきっていなかった。
視界の端では、時折文字めいたノイズが走った。
「…リハビリも済んだ。で、結局俺はどうなったんだ、ドクター」
瞬が尋ねると、ドクターは椅子を鳴らして振り向いた。
「どうもこうもない。お前さんは腹を2発撃たれて、脳まで損傷していただろ」
「腹は縫った。だが、脳は放っておけば終わりだった。だから、お前さんが俺に売ったモッドモジュール、フラッシュを脳の代わりに入れた」
「わかってると思うが、モッドモジュールは人体の強化改造パーツだ。途方もない種類がある…フラッシュはその中でも特別だが」
瞬は首の後ろに手をやる。
「やっぱり、あれが入ってるんだな」
ドクターが続ける。
「フラッシュは“見える・読める・閃く”を無理やり底上げする代物だ」
「スピードーは“死ににくくする”ための心臓の代わりだと思え」
「便利そうに聞こえるな」
瞬がぼそりと呟くと、ドクターは鼻で笑った。
「代償を無視すりゃな」
「どちらも人間のキャパシティを大きく食う。フラッシュは熱も溜まる。だから首の後ろに排熱機構もつけた」
「今の体に、これ以上は載らん。欲張れば死ぬ」
瞬はため息をつく。
「つまり、速くはなったが、骨格コートも皮膚アーマーも無い紙装甲ってことか」
「そういうことだ」
「何しろフラッシュとスピードーを入れた人間なんてお前が初めてだ。どっちも高負荷だ」
「もっとも、お前さんの踏み込みと刺突なら、十分武器になる」
ドクターのその言葉に、電子が少しだけ頷く。
「実際、スキャン上の反応速度はかなり良好です」
「今機能してるのはフラッシュの方だけですが、それでも前よりずっと戦えるはずです」
「前より、ねぇ…」
瞬の脳裏に、切山の顔と、白く焼けた視界が蘇る。
ドクターがそんな瞬を見て、わざと軽い調子で言う。
「ところで、瞬。お前さんはもうそろそろ動けるだろう?今日のスキャン結果も良好だ」
「…仮登録が有効な内に登用試験を受けてみたらどうだ?」
そういうと、ドクターは瞬に何かを放り投げた。
「ヒートシンク製の軽量防弾の着流しだ」
「お前さんの好みのデザインのまま、軽い防弾仕様にしてある」
瞬がそれを受け取り、袖を通す。
着心地はそれまでの着流しと変わらないが、都市の技術で軽防弾だという。
「…何から何まで悪いな」
「そう思うなら、さっさと出世して色々と返せよ」
ドクターが皮肉たっぷりに返した。
「瞬、もう仕事を探してるんですか?」
ゴスロリ姿の電子は、既に依頼の画面を開いていた。
「ああ、なにしろ借金が1.5億もある」
瞬がドクターの方を見ながら皮肉っぽく言った。
「なら早速ですが、登用試験を兼ねた仮ID向けの依頼が来ています」
「要約すると、契約に違反した元傭兵の討伐です」
それを受けて、瞬が左手を操作すると、肉が割れ、画面とキーパッドが出てきた。
当たり前のように血は出ないし、痛みもない。
ヒートシンクでは珍しくもない埋め込み端末だ。
大体は利き手と逆の腕に仕込まれる。
『依頼 : 討伐』
『報酬 : 固定 100万Vicks・企業傭兵への本登録』
『受諾しますか? >はい >いいえ』
瞬の左手の個人端末に依頼内容の要約が表示された。
「ふーん…」
瞬は少し悩んだ。
だが、次の電子の言葉でその迷いは消えた。
「討伐対象は…元Bランク20位、“切山截”…任務を何度も途中放棄し、等級剥奪…」
「現在のアジトは都市とスラムの境目の、封鎖された軍用特殊塗料工場跡地…」
「暗視モッドモジュール持ち…これ、間違いないですよ!」
電子が驚きながら詳細を読んだ。
「…ああ、俺をこんな素晴らしい体にしてくれた“アイツ”だな」
「ハハッ、傑作だな。“こんな素晴らしい体”の動作は俺が保証する。やってみろよ。瞬」
ドクターは、机の端末を弄りながらニヤついた。
「間違いなく同一人物だ。受けよう。まだ、あの金も持ってるかもしれない」
瞬の迷いは消えて、『はい』を選んだ。
「あの古い塗料工場なら、都市側を行ったほうが近いか…」
「それじゃ、ドクター。行ってくる」
「また搬送されてきたら…次は、これだ!」
ドクターは中指を立てて瞬に向けた。
思わず、瞬は目を瞬かせた。
ドクターがこんな露骨な冗談を見せるのは珍しい。
湿っぽくしたくないなりの、不器用な気の利かせ方なのだろう。
「次は緊急手術じゃなく、定期調整で来いよ」
ドクターの声を受け、瞬が立ち上がり、刀を取った。
歩き出す。
問題はなかった。
瞬は刀を持って外へ出る。
企業都市側のヒートシンクは、久しぶりだった。
ドアを開け、スラム寄りの路地を抜ける。
――光と音が五感を刺す。
『代替肉ならサンキュービーフ!まるで本物の牛の味!さあ、ご賞味あれ!2020年代を思い出そう!』
『自分に合うモッドモジュールが分からない?それなら、ネオ・サンシャイン・クリニック!』
『今、手術をすれば、アルマジロを30%割引き!』
ビルに貼られた巨大モニターや、飛び交うドローン。
企業CMの爆音が、街の空気そのものみたいに流れ続けている。
人の声は企業CMに喰われ、何を話しているか分からない。
そびえ立つビルの隙間から、太陽が細く差し込む。
ゴォー。
その音の合間を縫って、高架橋を走る電車がビルの隙間を次々に駆け抜けていく。
高架橋は何重にも重なり、所々で上下にクロスしている。
下は渋滞…見渡す限り車。
後ろから出る排気ガスが空気を揺らしている。
「…都市は久しぶりだな。相変わらずうるさいもんだ」
「そしてこの匂い…懐かしい。サステナブル燃料が燃える独特の匂い」
「…ところで、瞬。依頼を受けたのはいいんですが、作戦はあるんですか?」
電子が、右手の個人端末を弄りながら尋ねた。
彼女は左利きだ。
「あるさ」
「新しいモッドモジュール…フラッシュとスピードーのことでしょうが、それの性能に頼るのはさすがに危険かと…Bランクとはいえ元ランカーです」
瞬は首を横に軽く振った。
それだけじゃない。そう言いたげに。
「もちろん、このモッドモジュールは強いだろうが、念には念を。で、電子の協力が必要だ」
瞬が詳細を言う前に、電子は気づいていた。
「ハッキングでの支援ですね。放棄されたスラムの施設なら、OSも更新されてないでしょうから可能です」
瞬の歩幅は少し広い。
電子は遅れそうになるたび小走りで追いついた。
気づいた瞬が、足を少し緩める。
――そして、しばらく。
喧騒と雑踏の中を歩き、依頼の現場である、都市のスラムの境目の廃棄された塗料工場に、瞬と電子は到着した。
「…テスト。通信は良好か?」
『はい。ばっちり聞こえます』
「それなら…作戦開始か?」
『はい。作戦開始です』
電子との通信が安定しているのを確認し、瞬は1人で施設内に侵入を開始した。
中は暗い。瞬は用意していた暗視ゴーグルを取り出し、起動した。
『予想通り、照明は落とされて、足元にトラップがありますが、このOSならこちらからオーバーライド可能です』
『瞬の通り道にあるトラップは全部無効化します』
『生体反応までは感知できませんが、各部屋の使用している電力量から考えて、ターゲットは“管理センター”に潜伏しているかと』
電子のアナウンスで、瞬は“管理センター”への看板を探す。暗視ゴーグルのため、視界は狭く、緑がかっている。
瞬は左手でバッグの口を軽く開いた。
装備を確認する。
止血剤、ピアノ線、グレネード、接着剤。
…刀が本命なのは変わらない。
だが、刀だけで生き残れるほど、ヒートシンクは甘くない。
「…管理センター…あった。この階段を登って左だ」
瞬がターゲットを目指して侵攻を進める。
闇と静寂と埃やゴミがその場を支配している。
巡回の手下が数名いる。
ただ、瞬にとっては何も問題はない。
暗闇の中、刀はほとんど音もなく腹を貫く。
敵は順に倒れた。
だが、最後の1人だけは違った。
瞬に気付いた男は引き金を引き、乾いた銃声が施設内に跳ねた。
――幸いにも、敵の銃弾は分厚い暗視ゴーグルに当たって、瞬の頭は軽い出血だけで済んだ。
…暗視ゴーグルは砕けたが、瞬の刺突は止まらない。
最後の手下もその場に倒れた。
『瞬!大丈夫ですか!?銃声が聞こえましたが!?』
「…ああ、問題ない。暗視ゴーグルをやられただけだ。続けよう」
そう返しても、違和感だけは残った。
背中の痒みのような、届かない何か。
違和感を消しきれないままのその時だった。
「ハハッ。相変わらずだねぇ」
…切山だ。
「俺のアイコニックモッドモジュールは、目だけだと思った?」
「残念。お前の金で、耳と鼻も強化した」
「さっきの銃声や刀の音と血の匂いですぐに気づいて、場所もピンポイントでわかったよ」
切山が鼻や耳を指さしながら得意げに続けた。
「暗視ゴーグルで済むものを、わざわざメインの強化にするわけないじゃん」
「俺は、全ての感覚を改造して、自分を超人の域に持っていくつもりだ」
切山の位置は、瞬からはぼんやりとしか掴めない。
刀を片手で構え、切先をそのはずの方向へ向けながら、瞬は叫んだ。
「金は使ったのか!?お前を倒して色々と返してもらうつもりだったが…電子!!」
「わかりました!」
外で端末を操作する電子が答える。
『電源操作 可能 認証 > GO』
次の瞬間、施設の照明が一斉に点いた。
「…弱い上にバカだな」
そして切山が、こめかみの辺りの制御スイッチらしきダイヤルを回した。
「一気に明かりをつけて、暗視モードになってる目を潰そうとしたんだろうが、そんなのは浅知恵だ。読んでいたよ」
その時、さらに事態が動いた。
サイレンがけたたましく鳴り出す。
『…電源復旧。防衛プロトコル・待機モード。管理者の承認待ち』
館内の自動アナウンスが、大音量で無慈悲に読み上げた。
切山が自分の端末を操作する。
「わざわざ電源復旧してくれてありがとう。防衛モード、有効ね」
その瞬間、天井や壁から機関銃が現れ、瞬を狙って火を噴いた。
「…まずい!」
瞬は即座に物陰へ飛び込み、身を隠す。
「電子!作戦変更だ!!電源を落として非常灯だけにしろ!」
『りょ…了解!』
電子は焦りながらも、端末操作は冷静だった。
施設の電源が落ちる。
壁の機関銃も沈黙した。
瞬はこの隙に身を引き、非常灯だけが灯る別の位置へ移った。
息を整えながら、先ほどから引っかかっていた違和感の正体を探る。
「はぁ…はぁ…。弾が…見えた?いや、感じたのか?」
「まさか…これが?」
首の裏に手をやる。
そこに、かすかな熱があった。
「…やはり、そうか」
…部屋の片隅に、黒い塗料が見えた。
その瞬間、瞬の中で何かが繋がった。
――はっ。
切山は感覚を頼りにしている。
そして今、こっちの手を読もうとしている。
…なら、読むこと自体を罠にすればいい。
瞬は黒い塗料の入ったバケツを持ち出した。
「…電子、今から言うことをよく覚えておけ」
――そして、少しして。
瞬は再び、廊下で切山と対峙していた。
暗視ゴーグルはない。非常灯の僅かな明かりだけが頼りの状態だ。
瞬から切山の正確な位置は見えない。
「もしかして、諦めモードってやつ?それとも、最後の特攻?」
瞬は刀を抜いていた。
だが、その背にはどこか暗い影のようなものが宿っている。
「…それじゃ、遠慮なく」
切山が暗視状態で銃を素早く撃つ。
暗闇にマズルフラッシュが2発。
あの時と同じ、瞬の腹を撃ち抜く軌道。
だが、次の瞬間。
――キン!キン!
斜めに置いた銀の線に、火花が散った。
銃弾が真っ二つに裂け、後ろの壁に刺さる。
瞬は無傷のまま立っていた。
刀を斜めに構えている。
「うそ…だろ?まさか、刀で弾丸を斬ったのか…?」
「…それも、マズルフラッシュの明かりだけを頼りに…?」
切山がうろたえた。
それでも、撃つたびに立ち位置を変える。
マズルフラッシュで位置が割れると気付いたからだ。
判断としては正しい。
だが、信じられない現実に、切山は乱射した。
パァン!パァン!パァン!パァン!
乾いた音が4発、暗闇を裂く。
だが、結果は同じだった。
刀から火花が散り、後ろの壁に倍の数の穴が増えるだけ。
「バカな…」
これが、瞬のアイコニックモッドモジュール・フラッシュの力の1つ。
超人的な反射神経。
銃口が火を吹く、そのわずかな瞬間だけで十分だった。
フラッシュで底上げされた反応へ、瞬の剣術が噛み合う。
その結果として、刀は弾丸に追いついていた。
「今だ電子!明かりを“つけろ!”」
「…またその策か」
切山は即座に読んだ。
強い明かりで暗視を潰す気だ、と。
だから先に、暗視を切る。
視界が真っ暗になる。
その瞬間、瞬は後ろ手に隠していた黒い塗料を頭から浴びた。
暗闇の中、黒に塗れた体は輪郭ごと闇に溶ける。
電子による電源操作は――ない。
「しまった!」
切山が歯噛みする。
暗い。何も見えない。
――切山は反射的に暗視能力と聴力を最大にした。
「くそっ、これじゃマズルフラッシュで位置がバレるから銃も使えない!」
切山は動けない。
暗視を戻したせいで、暗闇の輪郭だけがかえってくっきりと見え始めていた。
その時だった。
「今だ電子!明かりを“消せ”!」
だが、それは切山に聞かせるための嘘だった。
次の瞬間、その指示とは逆に、一斉に明かりが点いた。
『電源復旧。防衛プロトコル・待機モード。管理者の承認待ち』
切山は暗視も聴力も最大にした状態だった。
刺すような明るさ。
叩きつけるような大音量。
非常時の復旧アナウンスは、工場全体に向けた最大音量だった。
――眩しくて何も見えない。
――うるさくて何も聞こえない。
「…うっ…くそっ!」
切山が目を押さえた。
その一瞬で、瞬は踏み込んだ。
照明が戻った瞬間、切山の位置だけが浮いた。
瞬はゴミだらけの地面を力一杯蹴り、埃が舞う。
そして、銀の線が一直線に切山の元へ飛ぶ。
最後の一押しに、しなやかに使う右腕を伸ばす。
…切山の腹に嫌に冷たく、熱い感覚が走る。
皮膚アーマーの隙間を縫うように、刀は血を纏って背中から抜けた。
「こんな…バカなことが…」
切山の体から刀を抜く。
すると切山は全身から力が抜け、血の中に倒れた。
「はぁ…はぁ……電子。よくやった…任務完了だ」
瞬が膝をつきながら通信する。
首の排熱孔から、蒸気が出た。
刀を鞘に収める。
金具の音が悲しげに鳴る。
『えっ!?今ので本当に勝てたんですか?“指示と逆のことをしろ”って言ってましたが…』
「ああ。成功だよ」
『やったぁ!』
電子は小躍りし、おかっぱ頭がサラサラと弾けた。
『これで企業都市への本物の傭兵に登録できますよ』
「そうか」と、忘れていたように瞬は自分の端末を開いた。
「任務完了を送信っと」
――しばらくして、まず電子の端末に返信があった。
この間に瞬は建物を脱出して電子と合流していた。
「こちらにも依頼課から返信が来ました。回収班を回すとのことです。瞬の端末も確認してください」
瞬が顔に残った塗料をタオルで拭きながら、自分の端末を確認する。
『仮登録 : 終了』
『本登録 : 手続き中…』
画面に冷たい文字が走り始める。
『傭兵登録 本登録完了』
『個人識別名 : 閃野 瞬』
『個人識別ID : 11049996』
『代理人名 : 出理葉 電子』
『等級 : Cランク15位 (参考・Bランク無力化)』
『支払い : 完了』
『備考 : これより契約要項を遵守せよ』
「…これで…俺も本物の傭兵ってわけか」
瞬は長い契約要項をスクロールして飛ばそうとする。
そうしていると、画面にノイズが走り始めた。
「電子、ちょっと見てくれ」
故障かと思い、電子と一緒に瞬の端末を覗き込む。
『契約完了 : コベナントコア』
――ザザッ。
ノイズと共に謎の一文も消えた。
「…コベナントコアってなんだ?」
「さあ?聞いたことがありませんが……ノイズもひどかったですし、何かのエラーでは?」
画面が通常に戻る。
『未払い : 手術費用』
『宛先 : ドクターキセノンの診療所』
『残額 : 149,000,000 Vicks』
瞬は、乾いた笑いを漏らした。
「……勝ったのに、全然終わってねぇな」
電子が少しだけ笑った。
「はい。ようこそ、企業傭兵の世界へ」
瞬は端末を閉じ、まだ塗料の残る手で刀を握り直した。
「払ってやるよ。全部」
そして、ヒートシンクの広告が夜を白く焼いた。
読んでいただきありがとうございます。
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