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プロローグ 奪取された力と失われた選択

企業都市で、借金を背負った剣士が日本刀と知略で成り上がっていくSFバトルものです。

テンポと引きを重視して書いています。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 ――斜めに走った銀の線に、弾丸が爆ぜた。


 敵の銃が火を吹く。

 その瞬間、時が遅くなるように感じる。


 いや……弾が、見える。


 閃野瞬せんのしゅんは刀を振った。


 飛来した弾丸が、刃に触れた瞬間、左右に割れて散る。

 1発。

 2発。

 3発。


 何発来ようが、関係なかった。

 瞬は、弾丸を斬った。


「なんだって言うんだよ……お前は!!」


 敵の声が裏返る。


 銃が効かない。

 こんな剣士が、いるのか。


 ――数日前。

 閃野瞬は、まだ銃弾を斬れなかった。


 持っていたのは、刀だけだった。

 それでも、金が必要だった。


 どうしても、金が必要だった。

 ……だから、刀で男を刺した。


 男の持っているケースが地面に落ちる。


「瞬……それって!」


 瞬は無言で刀を引き抜いた。

 男の体が崩れ落ちるより早く、ケースの南京錠を刀で断ち切る。


 ケースを開ける。

 中にあったのは、まるで脳の一部のような奇妙な形のパーツだった。


 辺りには金属製の腕や人工の皮膚のようなものが散らばっている。

 だが、瞬の視線はそこには向かない。


「……電子でんこ、当たりだ。こいつは金になる」


「まさか……“フラッシュ”ですか!?」


 電子の声が少しだけ上ずった。


 暗闇の中で、それは他のモッドモジュールとは明らかに違う艶を放っていた。

 脳に直結し、反射神経と思考速度を跳ね上げる基幹モッドモジュール――フラッシュ。


「ああ、間違いない。電子、“ドクターキセノン”の診療所までのルートを出せ」


「最短ではなく、一番安全なルートを検索します」


 電子の右腕から端末の画面が立ち上がった。


「冴えてるな、電子」


「当たり前です。フラッシュを手に入れる機会なんて、人生に1回あるかないか……この建物の物陰を伝って、左折です」


 瞬はケースを持ち上げ、電子と共に路地へ滑り込んだ。


 刀は使った。

 だが、まだ騒ぎにはなっていない。


 企業広告の白い光が一瞬だけ路地を焼く。

 そのたびに2人は足を止め、光の届かない影へと身を滑らせた。


 その明かりの中に、銃を持った男の影が見えた。


「どうする電子、刺しておくか?」


 電子は端末から顔も上げず、手でバツを作る。


「ダメ!監視カメラに映ります。まわり道です」


 瞬は刀に添えていた手を下ろした。


「監視カメラも避けます。痕跡は残したくありません」


 2人は暗い路地を選び、物陰から物陰へと進む。

 やがて、ドクターキセノンの診療所が見えてきた。


 路地裏に埋もれるように建つ、小さな診療所。

 中に入ると、血の匂いに消毒液の匂いが混ざった。

 端の手術台には、乾ききっていない血痕が残っていた。


「よぉ、瞬。まだ生きてたのか」


「ああ、今日は急ぎの用事だ。これを見てほしい」


 瞬がケースを開く。


 ドクターの目が見開かれた。


「……なっ!これは……本物なら、えらいことだ」


 さっきまで机の上を雑に片付けていた手が、フラッシュに触れる時だけ震えていた。


「マジかよ……現物は初めてだ」


 震える手でケーブルを繋ぎ、スキャンを走らせる。

 短い沈黙のあと、ドクターは息を呑んだ。


「……本物だ」


 その声は、さっきまでよりさらに低く震えていた。


「スキャン結果……ヤナギ・フラッシュmk2、ver1.05……。ここにある現金で足りるかも怪しい」


 そう言うと、ドクターは金庫を開けた。

 中の札束を、次々と机の上へ放り出していく。


 札束はみるみる積み上がり、やがて机の木目が見えなくなった。


「……8000万Vicks。今、俺が出せるのはこれが限界だ。買わせてくれ」


 瞬と電子は、その大金を前に言葉を失った。


「すごい……」


 先に声を漏らしたのは電子だった。


 瞬はしばらく黙り込んだあと、小さく息を吐く。


「……やった。これならスラムを救う金になる」


 その声は、いつもの冷静さの奥に、わずかな熱を含んでいた。


 故郷のスラムでは、都市の正規住人登録を受けられず、医療や教育から遠ざけられていく。

 金は、そんな状況を変える鍵になるはずだった。

 だから、瞬は金に必死に手を伸ばしていた。


「さあ行くぞ。この金は、いつもの場所に隠す」


 瞬はケースに現金を詰め込み、電子と共に足早に診療所を出た。


「すまねぇなドクター」


 ドクターは軽く手を挙げるだけだった。


 2人はまた薄暗い路地を行き、古びた廃棄施設へ向かった。

 目的の隠し場所までは、そう遠くない。


「電子、後ろは見えているか」


「大丈夫です。暗視ゴーグルで確認しています。今のところ追跡はありません」


 電子は後方へ、瞬は前方へと意識を割いた。

 そうして進んだ先に、古びた廃棄施設が現れた。


 施設内は非常灯だけが灯り、薄ぼんやりと明るい。

 瞬は最後に周囲を確認し、床板をめくった。


 中から大きな金庫が現れる。


 暗証番号を打ち込むと扉が開いた。

 中には、これまで蓄えてきた札束がぎっしり詰まっている。


「今回は8000万か……」


 そこまで言いかけて、瞬は眉をひそめた。


 金を突っ込み、金庫の扉を閉めた。

 そのうえで、視線だけを暗がりに向けた。


「あの角の壁の近くのパイプ……30秒に1回は熱い蒸気を出すよな?」


「はい」


「今は出ていない」


 電子は暗視ゴーグル越しに確認する。


「敵ですか?」


「いや、だが確実に変だ」


 瞬は刀を抜いた。

 非常灯に銀の線が走る。


「誰だ!」


 瞬は声を張った。

 すると男が6人ほど、それぞれ角から出てきた。


「やれやれ。隠れるために蒸気を止めるからバレたんだよ」


「俺のせいかよ」


 軽口を叩きながらも、全員手には銃がある。


「金が目的だな」


 瞬が唸った。


「それ以外に何がある」


 男たちは言った。

 そして、銃を構える。


「電子、隠れてろ」


 電子は一歩下がり、物陰に身を沈めた。

 男たちはその間に左右へ広がる。


 そして、1人の男が瞬に銃を向けた。

 その瞬間。

 刀が一閃。


 すると、銃身がばらばらと音を立てて崩れた。


「……なっ!?」


 驚く間もなく、男の背中から刀が出た。

 瞬が男を突き刺した。


「……がっ……!」


「野郎!やりやがったな!撃て!」


 男たちは一斉に瞬を撃つが、瞬は先に刺した男を盾にしている。

 瞬に銃弾は当たらない。

 

「くそっ!速い!」


 瞬は男の体から刀を素早く抜き、銃声の切れ目に飛び込んだ。


 薄暗い中、銀の線だけが走り回る。

 速い。

 照準を合わせる時間がない。

 銃は空を撃つ。


 1人目を刺してから、まだ数秒も経っていない。

 床にはすでに、倒れた体と血が広がっていた。


「こんなの聞いてねぇ!」


 残りの男たちは震えていた。

 震える手で引き金を引く。


 瞬はその瞬間を逃さない。

 見ているのは指先でなく、体の震え。


 震えによって、発射する時が分かる。

 だからその瞬間、横に半歩ずれる。

 弾は当たらない。


 そうやって左右へのステップを繰り返しながら、瞬は最後の男たちの元へ向かう。


「くそっ!」


 最後の男たちは合わない照準で瞬を追う。

 当然、弾は当たらない。


「……どうした?」


 瞬が刀を上げ、構えた。

 そして力の限り踏み込み、刺突。


「……っ!!」

 

 男の背中からまた刀が生えてきた。


 それを見ていた最後の男は戦慄し、震える手で場当たり的に銃を撃つ。

 瞬はそれを読んでいる。


 まだ弾丸を斬ることはできない。

 ただ、読みでどこに来るかは大体分かる。

 ……避けた。


 そして、最後の男も突き刺した。


 血の中に身体が崩れていく。

 床には、銃と倒れた男たちだけが残った。

 鳴り響いた銃声だけが、虚しく施設の壁に反響していた。


 その音を破るように、暗闇の奥から拍手が聞こえた。


 さらに3つの影が現れる。


 先頭の男だけ、足音が違った。

 瞬にはすぐに分かった。

 先頭の男が、ボスだ。


「雑魚は一蹴ってか。やっぱりただのスカベンジャーとは違うね」


 先頭の男が、倒れた仲間の体を靴先で軽く蹴る。


 その後ろに2人。

 片方は先頭の男のすぐ後ろ。

 もう片方は、不自然に配電盤の近くへ立っていた。


「雑魚はともかくさ。君、本物の企業傭兵って相手にしたことある?元だけど、僕がそう」


 男は語った。


「元企業傭兵だかなんだか知らないが、降りかかる火の粉は払う以外にないだろ」


 瞬が刀を構えたまま答えた。


 非常灯の弱い灯りだけが床を反射する中、瞬は男たちを観察する。


「お前、暗視系のモッドモジュール入れてるだろ」


 男が口元だけで笑う。


「へぇ」


「ここまで電子は後ろを確認してきた。それなのに、お前は暗視ゴーグルも無しにここを突き止めた」


 瞬の推測に、男は感心した。


「わかってるんじゃん。なら、これから起こることも予測できるよね?」


「……ああ、始めろよ」


 瞬がそう言うと、電子がすぐに暗視ゴーグルを差し出した。

 瞬はそれを受け取って装着する。


「読みは悪くない」


 手下が配電盤に手をかける。

 不自然に片隅にいたのは、このためだった。


 バチン!


 灯りが落ちた。

 施設内が完全な闇に沈む。


 しかし、瞬には暗視ゴーグルがある。

 緑がかった視界に、男たちの輪郭がはっきりと浮かぶ。

 踏み込む先は、もう決まっていた。


 瞬は足に力を溜めた。

 次の一撃で先頭の男を落とす。

 そう確信した。


 その時だった。


 何かが、足元を転がる。

 カラン、という軽い音。

 靴に当たる感触とその状況で、それが何か瞬にはすぐ分かった。


 ――フラッシュグレネード。


 男はわざとらしく下を指さしているが、瞬は見ない。

 見たら負けだと分かっているからだ。


 瞬は足元に視線を落とさない。

 男の腹だけを見た。


「見くびったな!その手には乗らん!」


 地面を蹴る。

 一気に距離が潰れる。


 刺突一閃。

 この一撃で終わる――はずだった。


 その瞬間。


 男の腹で、白が爆ぜた。


「……っ!」


 近すぎた。


 足元のグレネードは、炸裂しない。

 囮だ。


 本命は、男が片腕の陰に抱えていたもう一つのフラッシュグレネード。

 腹を狙って踏み込んでくる瞬に合わせ、至近距離で起爆したのだ。

 本人は耳栓をして目を閉じていた。


「しまった!」


 暗視ゴーグル越しの閃光が、瞬の視界を焼き潰す。


 見えない。

 何も見えない。


 耳の奥で、破裂音が何重にも反響する。

 平衡感覚まで揺らぐ。


 その瞬間を逃さず、男が引き金を引いた。


 パァン!パァン!


 乾いた音。

 腹に2発。

 そして……。


 パァン!


 最後の1発は頭に向かう。

 暗視ゴーグルに当たり砕け飛び、その破片と弾欠片が瞬の頭を打った。


「瞬!」


 視界は真っ白だった。

 それでも瞬は本能だけで刀を振るう。

 だが、刃は虚しく空を切る。

 そして、倒れた。


 足音が近づいてくる。

 やけに大きく聞こえた。


「俺が相手とは運が悪かったな」


 男の声は落ち着いていた。

 手下たちが無慈悲に続けた。


「切山さん、金庫です。こっちにもあります」


「当然だ。暗視とズームで暗証番号は見てる。残していく理由がない。開けるぞ」


 ――切山。


 薄れていく意識の中で、その名前だけがやけに鮮明に残った。


「瞬!」


 照明が非常灯に戻った。

 瞬は床に倒れたまま、声だけを頼りに電子の手を掴んだ。


「……ダメだ……電子……お前は隠れてろ……」


「そんな……」


 白く焼けた視界のまま、瞬の意識は闇に沈んでいく。


「……瞬!聞こえますか!?瞬!」


 電子の声が遠い。

 途切れ途切れにしか届かない。


「……瞬!電子がトラックを確保しました!ドクターキセノンのところへ向かいます……」


 どれくらい時間が経ったのか、わからない。


「……なんてこった!何をやったらこんなことになるんだ!」


「お腹を撃たれてます……!頭も、血が!」


 ぼやけた視界と耳に、ドクターと電子の会話が断片的に流れ込む。


「スキャン開始!」

「……くそっ、脳も損傷してる!これしかない!!モッドモジュール、フラッシュを入れるぞ!」


「急いで手術を開始してください!」


「黙ってろ、今やってる!」


 ――ザザッ……。


 瞬の意識が途切れた。


『インストール進行中 基幹システム・フラッシュ』

『インストール進行中 サブシステム・スピードー』


 ……何かが体の奥へ食い込んでいく感覚だけははっきりしていた。


 熱い。

 頭の中が焼けるように熱い。


 それから、どれくらい経ったのか。

 数分にも、数日にも思えた。

 時間の感覚はもう壊れていた。


『インストール完了 基幹システム・フラッシュ』

『インストール完了 サブシステム・スピードー』


 気がつくと、瞬は診察台の上にいた。


「うっ……俺は……?」


 頭の痛みや眩暈がひどく、まだ起き上がることは叶わない。


 首元にも、金属が張り付くような違和感があった。


 ――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


「気がついたか。瞬」


 狭く、血の匂いがする診療所で、ドクターがレントゲン写真を見ながら言った。


「電子がトラックをハックして、自動運転でここまでお前さんを運んできた。感謝しておけよ」


 横では電子が泣いていた。

 瞬が手を伸ばすと、電子はすぐにその手を握った。


「お前さんは腹を2発撃たれてた。さらに、脳までやられていた」


 ドクターが血の付いたガーゼを替えながら続けた。


「腹はどうにかなった。だが、脳は放っておけば終わりだった」


 瞬はかすかに目だけを向ける。


「……だから、フラッシュを入れた」


 その言葉が、瞬の意識を少しだけはっきりさせた。


「何を……した?」


「生かすために、お前さんが俺に売ったフラッシュを、損傷した脳の一部に入れた」

「それだけじゃ足りなかった。弱ってた心臓も、心拍を強制的に底上げするサブシステム――スピードーに置き換えた。無茶苦茶だが、他に手はなかった」


 8000万Vicks。

 切山に奪われた金。

 売ったはずのフラッシュ。


 全部が最悪の形で繋がった。


 フラッシュは消えたわけじゃない。

 今、自分の中にある。


 ドクターは心電図の音を聞きながら、低い声で言う。


「わかってると思うが、命は助かった」


 そこで少しだけ口元を歪める。


「――だが、安くないぞ」


 瞬は黙ったまま、天井を見た。


「モッドモジュール代と手術費用、合わせてかなり高い」

「今のお前さんには払えない。だから今日で、スラム街のスカベンジャーごっこは終わりだ」

「回復したら、本物の企業傭兵として金を稼いで借金を返せ」


 ドクターが端末を操作し、申請書を表示した。


「傭兵の仮登録ID申請書だ。用意してやる」


 ドクターは瞬の方を見た。


「ようこそ、閃野瞬。ここからが、本物の“ヒートシンク”だ」


 瞬は両手を目の前でゆっくり広げた。


 命は助かった。

 でも、もうただの人間じゃない。

 ただのスカベンジャーでもない。


 そこへ、ドクターが無慈悲に告げる。


「……で、助かったってところに悪いんだが」

「――治療費はモジュール代込みで1.5億Vicksだ。きっちり払ってもらうぞ」

読んでいただきありがとうございます。

少しでも続きが気になったら、次話も読んでいただけると嬉しいです。

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