プロローグ 奪取された力と失われた選択 【2026/04/29 微改稿しました】
企業都市で、借金を背負った剣士が日本刀と知略で成り上がっていくSFバトルものです。
テンポと引きを重視して書いています。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
――どうしても、金が必要だった。
――刀が男を刺した。
男の持っているケースが地面に落ちる。
「瞬…それって!」
瞬は無言で刀を引き抜いた。
男の体が崩れ落ちるより早く、ケースの南京錠を刀で断ち切る。
ケースを開ける。
中にあったのは、まるで脳の一部のような奇妙な形のパーツだった。
辺りには金属製の腕や人工の皮膚のようなものが散らばっている。
だが、“瞬”の視線はそこには向かない。
「…電子、当たりだ。こいつは金になる」
「まさか…“フラッシュ”ですか!?」
“電子”の声が少しだけ上ずった。
暗闇の中で、それは見慣れたモッドとは明らかに違う艶を放っていた。
異様なほど静かで、異様なほど高そうな光だった。
「ああ、間違いない。フラッシュだ。電子、“ドクターキセノン”の診療所までの最短ルートを出せ」
「いえ、最短ではなく一番安全なルートを検索します」
電子の右腕から端末の画面が立ち上がった。
「冴えてるな、電子」
「当たり前です。フラッシュを手に入れる機会なんて、人生に一回あるかないか…この建物の物陰を伝って、左折です」
瞬はケースを持ち上げ、電子と共に路地へ滑り込んだ。
刀は使った。
だが、まだ騒ぎにはなっていない。
ビルの物陰を伝い、暗闇に溶けた。
企業広告の白い光が一瞬だけ路地を焼く。
そのたびに2人は足を止め、光の届かない影へと身を滑らせた。
その明かりの中に、銃を持った男の影が見えた。
「どうする電子、刺しておくか?」
電子は端末から顔も上げず、手でバツを作る。
「ダメ!監視カメラに写ります。まわり道です」
瞬は刀に添えていた手を下ろした。
「監視カメラも避けます。痕跡は残したくありません」
2人は暗い路地を選び、物陰から物陰へと進む。
やがて、ドクターキセノンの診療所が見えてきた。
路地裏に埋もれるように建つ、小さな建物。
表向きの診療所には見えない。
入り口から漂う血の匂いが、それを何より雄弁に物語っていた。
中に入ると、血の匂いに消毒液の匂いが混ざる。
狭い屋内には医療物資が山のように積まれ、端の手術台には乾ききっていない血痕が残っていた。
「よぉ、瞬。まだ生きてたのか」
「ああ、今日は急ぎの用事だ。これを見てほしい」
瞬がケースを開く。
ドクターの目が見開かれた。
「…なっ!これは…本物なら、えらいことだ」
さっきまで机の上を雑に片付けていた手が、フラッシュに触れる時だけ震えていた。
「マジかよ…現物は初めてだ」
震える手でケーブルを繋ぎ、スキャンを走らせる。
短い沈黙のあと、ドクターは息を呑んだ。
「…本物だ」
その声は、さっきまでよりさらに低く震えていた。
「スキャン結果…ヤナギ・フラッシュmk2、ver1.05…。ここにある現金で足りるかも怪しい」
そう言うと、ドクターは金庫を開けた。
中の札束を、次々と机の上へ放り出していく。
札束はみるみる積み上がり、やがて机の木目が見えなくなった。
「…8000万Vicks。今、俺が出せるのはこれが限界だ。買わせてくれ」
瞬と電子は、その大金を前に言葉を失った。
「すごい…」
先に声を漏らしたのは電子だった。
瞬はしばらく黙り込んだあと、小さく息を吐く。
「…やった。これならいける」
その声は、いつもの冷静さの奥に、わずかな熱を含んでいた。
「さあ行くぞ。この金は、いつもの場所に隠す」
瞬はケースに現金を詰め込み、電子と共に足早に診療所を出た。
「すまねぇなドクター」
ドクターは軽く手を挙げるだけだった。
2人はまた薄暗い路地を行く。
目的の隠し場所までは、そう遠くない。
慣れた道だった。
だが、今は持っている物が違う。
「電子、後ろは見えているか」
「大丈夫です。暗視ゴーグルで確認しています。今のところ追跡はありません」
電子は後方へ、瞬は前方へと意識を割いた。
そうして進んだ先に、古びた廃棄施設が現れた。
施設内は非常灯だけが灯り、薄ぼんやりと明るい。
瞬は最後に周囲を確認し、床板をめくった。
中から大きな金庫が現れる。
暗証番号を打ち込むと扉が開いた。
中には、これまで蓄えてきた札束がぎっしり詰まっている。
「今回は8000万か…」
そこまで言いかけて、瞬は眉をひそめた。
金を突っ込み、金庫の扉を閉めた。
そのうえで、視線だけを暗がりに向けた。
「あの角の壁の近くのパイプ…30秒に1回は熱い蒸気を出すよな?」
「はい」
「今は出ていない」
電子は暗視ゴーグル越しに確認する。
「敵ですか?」
「いや、だが確実に変だ」
瞬は刀を抜いた。
非常灯に銀の線が走る。
「誰だ!」
瞬は声を張った。
すると男が2人、角から出てきた。
「やれやれ。隠れるために蒸気を止めるからバレたんだよ」
「俺のせいかよ」
軽口を叩きながらも、手には銃がある。
「金が目的だな」
瞬が唸った。
「それ以外に何がある」
男たちは言った。
そして、銃を構える。
「電子、隠れてろ」
電子は一歩下がり、物陰に身を沈めた。
男たちはその間に左右へ広がる。
「やっぱり狩るならスラムに限る…」
そんな男たちの余裕は一瞬で崩された。
――銀の線が、非常灯の中を駆け抜けた。
「うっ…」
男の1人の腹に、いつの間にか瞬の刀が突き立っていた。
距離はあった。
それなのに、音もなく一瞬だった。
「そんな…バカな…」
もう1人の男はうろたえた。
そして、銃を構える。
「こんなの聞いてねぇ!」
その隙に、瞬は足に力を溜め、地面を蹴る用意をしていた。
そして、砂埃が舞う。
瞬が飛ぶ。
距離が潰れる。
息をするより速い。
次の瞬間、刃が男の腹を貫いていた。
刺突一閃。
「ぐはっ…!」
刀を引き抜くと、男はその場に崩れ落ちる。
その時だった。
暗闇の奥から、さらに3人の男が現れた。
「雑魚は一蹴ってか。やっぱりただのスカベンジャーとは違うね」
先頭の男が、倒れた仲間の体を靴先で軽く蹴る。
その後ろに2人。
片方は男のすぐ後ろ。
もう片方は、不自然に配電盤の近くへ立っていた。
「雑魚はともかくさ。君、本物の企業傭兵って相手にしたことある?元だけど、僕がそう」
男は語った。
「元企業傭兵だかなんだか知らないが、降りかかる火の粉は払う以外にないだろ」
瞬が刀を構えたまま答えた。
非常灯の弱い灯りだけが床を反射する中、瞬は男たちを観察する。
「お前、暗視系のモッド入れてるだろ」
男が口元だけで笑う。
「へぇ」
「ここまで電子は後ろを確認してきた。それなのに、お前は暗視ゴーグルも無しにここを突き止めた」
瞬の推測に、男は感心した。
「わかってるんじゃん。なら、これから起こることも予測できるよね?」
「…ああ、始めろよ」
瞬がそう言うと、電子がすぐに暗視ゴーグルを差し出した。
瞬はそれを受け取って装着する。
「読みは悪くはない」
男の片割れが配電盤に手をかける。
不自然に片隅にいたのは、このためだった。
バチン!
灯りが落ちた。
施設内が完全な闇に沈む。
しかし、瞬には暗視ゴーグルがある。
緑がかった視界に、男たちの輪郭がはっきりと浮かぶ。
踏み込む先は、もう決まっていた。
瞬は足に力を溜めた。
次の一撃で先頭の男を落とす。
そう確信した。
その時だった。
何かが、足元を転がる。
カラン、と言う軽い音。
靴に当たる感触とその状況で、それが何か瞬にはすぐ分かった。
――フラッシュグレネード。
男はわざとらしく下を指差しているが、瞬は見ない。
見たら負けだけと分かっているからだ。
瞬は足元に視線を落とさない。
男の腹だけを見た。
「みくびったな!その手には乗らん!」
地面を蹴る。
一気に距離が潰れる。
刺突一閃。
この一撃で終わる――はずだった。
その瞬間。
男の腹で、白が爆ぜた。
「……っ!」
近すぎた。
足元のグレネードは、炸裂しない。
囮だ。
本命は、男が片腕の陰に抱えていたもう一つのフラッシュグレネード。
腹を狙って踏み込んでくる瞬に合わせ、至近距離で起爆したのだ。
本人は耳栓をして目を閉じていた。
「しまった!」
暗視ゴーグル越しの閃光が、瞬の視界を焼き潰す。
見えない。
何も見えない。
耳の奥で、破裂音が何重にも反響する。
平衡感覚まで揺らぐ。
その瞬間を逃さず、男が引き金を引いた。
パァン!パァン!
乾いた音。
腹に2発。
そして…。
パァン!
最後の1発は頭に向かう。
暗視ゴーグルに当たり砕け飛び、その破片と弾の欠片が瞬の頭を打った。
「瞬!」
視界は真っ白だった。
それでも瞬は本能だけで刀を振るう。
だが、刃は虚しく空を切る。
そして、倒れた。
足音が近づいてくる。
やけに大きく聞こえた。
「俺が相手とは運が悪かったな」
男の声は落ち着いていた。
手下たちが無慈悲に続けた。
「切山さん、金庫です。こっちにもあります」
「当然だ。暗視とズームで暗証番号は見てる。残していく理由がない。開けるぞ」
――切山。
薄れていく意識の中で、その名前だけがやけに鮮明に残った。
「瞬!」
照明が非常灯に戻った。
瞬は床に倒れたまま、声だけを頼りに電子の手を掴んだ。
「…ダメだ…電子…お前は隠れてろ…」
「そんな…」
白く焼けた視界のまま、瞬の意識は闇に沈んでいく。
「…瞬!聞こえますか!?瞬!!」
電子の声が遠い。
途切れ途切れにしか届かない。
「…瞬!電子がトラックを確保しました!ドクターキセノンのところへ向かいます…」
どれくらい時間が経ったのか、わからない。
「…なんてこった!何をやったらこんなことになるんだ!」
「頭もお腹も撃たれてしまって!」
ぼやけた視界と耳に、ドクターと電子の会話が断片的に流れ込む。
「スキャン開始!」
「…くそっ、脳も損傷してる!これしかない!!モッドモジュール、フラッシュを入れるぞ!」
「急いで手術を開始してください!」
「黙ってろ、今やってる!」
――ザザッ…。
瞬の意識が途切れた。
『インストール進行中 基幹システム フラッシュ』
『インストール進行中 サブシステム スピードー』
…何かが体の奥へ食い込んでいく感覚だけははっきりしていた。
熱い。
頭の中が焼けるように熱い。
それから、どれくらい経ったのか。
数分にも、数日にも思えた。
時間の感覚はもう壊れていた。
『インストール完了 基幹システム・フラッシュ』
『インストール完了 サブシステム・スピードー』
気がつくと、瞬は診察台の上にいた。
「うっ…俺は…?」
頭の痛みや眩暈がひどく、まだ起き上がることは叶わない。
首元にも、金属が張り付くような違和感があった。
――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
「気がついたか。瞬」
狭く、血の匂いがする診療所で、ドクターがレントゲン写真を見ながら言った。
「電子がトラックをハックして、自動運転でここまでお前さんを運んできた。感謝しておけよ」
横では電子が泣いていた。
瞬が手を伸ばすと、電子はすぐにその手を握った。
「お前さんは腹を2発撃たれてた。さらに、脳までやられていた」
ドクターが血の付いたガーゼを替えながら続けた。
「腹はどうにかなった。だが、脳は放っておけば終わりだった」
瞬はかすかに目だけを向ける。
「…だから、フラッシュを入れた」
その言葉が、瞬の意識を少しだけはっきりさせた。
「何を…した?」
「生かすために、お前さんが俺に売ったフラッシュを脳の代わりに入れた」
「それだけじゃ足りなかった。弱ってた心臓もスピードーに置き換えた。無茶苦茶だが、他に手はなかった」
8000万Vicks。
切山に奪われた金。
売ったはずのフラッシュ。
全部が最悪の形で繋がった。
フラッシュは消えたわけじゃない。
今、自分の中にある。
ドクターは心電図の音を聞きながら、低い声で言う。
「わかってると思うが、命は助かった」
そこで少しだけ口元を歪める。
「――だが、安くないぞ」
瞬は黙ったまま、天井を見た。
「モッドモジュール代と手術費用、合わせてかなり高い」
「今のお前さんには払えない。だから今日で、スラム街のスカベンジャーごっこは終わりだ」
「回復したら、本物の企業傭兵として金を稼いで借金を返せ」
ドクターが端末を操作し、申請書を表示した。
「傭兵の仮登録ID申請書だ。用意してやる」
ドクターは瞬の方を見た。
「“ヒートシンク”へようこそ。閃野瞬」
瞬は両手を目の前でゆっくり広げた。
命は助かった。
でも、もうただの人間じゃない。
ただのスカベンジャーでもない。
そこへ、ドクターが無慈悲に告げる。
「…で、助かったってところに悪いんだが」
「――治療費はモジュール代込みで1.5億Vicksだ。きっちり払ってもらうぞ」
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