第12話 斬られた右手と逆転の短刀
企業都市で、借金を背負った剣士が日本刀と知略で成り上がっていくSFバトルものです。
テンポと引きを重視して書いています。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
“契約要項 : 独断による処刑、および契約外決闘を禁ずる。反復違反者は等級剥奪とし、回収対象となる”
「――ワン、ツー、ワンツースリーフォー!ココココケッコ!コケコッコー♫ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン♫」
ロビーの固定端末から妙な動画が流れている。
ニワトリがテクノミュージックに合わせて、ノリノリで踊っている動画だ。
ロビーにいた全員が大爆笑だった。
流しているのは、あいだ。
「もういいから…止めてくれ。笑い死ぬ」
「どこで見つけてくるんですか、そういうの」
電子も笑いを堪えながらあいに尋ねる。
「動画投稿サイトだよ」
あいは楽しそうに答えた。
「ふふふっ…止めて。コーヒー吹き出して飲めない…ぷっ…」
座愛ももう限界そうだった。
「こういうの、都市中の画面で流したら面白そうじゃない?」
「敵も企業も、戦いをやめて大爆笑するかもしれない」
あいはそう言うが、瞬が答える。
「ははははっ…。こんなの公共の場で流したら、“笑い死に”が続々と出て大惨事だ…」
「えー、面白そうなサプライズだと思ったんだけど」
不満そうに膨れっ面をするあいに、電子が答える。
「不可能ではありませんよ。緊急放送系統に割り込めば、流すことはできます」
「ただ、瞬の言う通り“危険”です。やりません。ぷっ…」
それを聞き、あいが残念そうに端末の動画を閉じた。
「これから先、俺が突然コーラを吹き出したら、“アレ”の後遺症だからな。突然思い出して笑いかねない…」
瞬が、やっと飲めるコーラにまだ口をつけない。
余韻で吹き出す自信があったからだ。
「んんっ…。それはそうと、瞬。新しい本物の刀が必要って言ってましたよね?」
電子が咳払いをして笑いを一旦落ち着かせる。
「…これに関して、ちょうどいい依頼が来ています」
そこでようやく、場の空気が切り替わった。
「契約違反を繰り返して回収対象となった元ランカーの無力化、確保です」
「それが、刀と何か関係があるのか?」
瞬がやっとコーラを飲みながら電子に聞く。
「回収対象は瞬と同じ剣士――サムライです。強いですよ。元Aランク1位、“日向疾風”です」
「勝手な私刑や、契約外の決闘を繰り返し、ランクと権利剥奪。使用している刀も一級品かと」
電子は手元のデータを見ながら続けた。
「正規登録品なので、勝てば所有権も移るはずです」
「…噂では、Sランククラスの腕前ですが、なぜか昇級も断っていたとか」
だが、瞬の耳にはもう“剣士”という部分しか残っていなかった。
「今時、刀を使うランカーが俺以外にいたのか…強い剣士相手の戦いなら、あれが必要だ」
そう言うと、瞬はエレベーターで自分の部屋に戻り、何かを取りに行く。
「間合いが変わるかもしれない。短刀が必要だ。それと…」
瞬は短刀を腰に差した。
そして、自分の右腕を見ながら顔をしかめた。
「…できれば使いたくはないが、追い詰められたら、“これ”も必要になるかもしれない」
その“何か”を手に取り、バッグに入れようとするが、一瞬ためらった。
だが、覚悟を決めたのか、その“何か”をバッグに入れる。
ロビーに戻ると、腰には、代用の刀の他に短刀が1本。
「瞬…カッコいいけど、作戦は二刀流?」
座愛が銃を弄りながら尋ねた。
「同じ剣士なら、いつもと間合いが変わる。短刀も必要になることがある。だが、これは腹に隠しておく」
瞬が、短刀を腰から鞘ごと抜き、懐に突っ込んだ。
そして、電子が依頼項目にあった潜伏先を伝える。
「現在疑わしい潜伏先は都市の果て、第9地区の廃墟地域です」
「この辺りは、人もいないので、銃撃が起こってもセキュリティが起動しません」
「それなら安心してスプラッターキャノンが撃てるな。なんなら、私が仕留めてもいいよ」
「強い剣士と言っても、さすがに、瞬みたいに弾丸が効かないわけじゃないでしょ」
座愛が愛銃を軽く空中に投げてはキャッチしながら言った。
「よし、それも込みで作戦にしよう。全員、よければ車に乗るぞ。第9地区まで行く」
「うん!」
「はい!」
座愛、電子、あいが返事をした。
…4人で車に乗り込む。
走り出す。
夜だった。
下弦の月が、ヒートシンクの明かりと蒸気で揺れる。
雲が流れる。
風が気持ちいい夜なので、少し窓を開けて走る。
すると、各店先で流している曲が違うので、間を通る時に奇妙な不協和音になる。
それが企業のビル広告と重なり、余計にわけがわからない曲になって聞こえる。
そんな不協和音を、V10ハイブリッドの甲高いエンジン音で切り裂いていく。
ボンネットは、ステンレスシルバーだが、企業広告が反射し、広告が変わるたびに色が変わる。
そんな広告が終わり、ニュース番組が流れ始めた。
車のナビゲーションシステムにも同じ画面が流れている。
「先日9日に発生した、配給車列襲撃事件につきまして、続報が入りました」
「都市警備局は、回収された適性体について、“人造人間”である可能性が高いと発表しました」
ニュースが続ける。
「詳細な製造元は不明。調査中とのことですが、やはり外部勢力の関与が引き続き疑われています」
「…あれって人造人間だったのか」
「ああ、そうらしい。道理で、血の匂いが薄いし、動きが揃いすぎてるわけだ。…驚くことじゃない」
4人とも、そこまで驚きはしなかった。
「しかし、それなら、どこから入ってきてるんですかね…」
「都市入り口の一本橋のセキュリティを通過するなんて、並大抵のことじゃありませんよ」
電子の言う通りだった。
都市の外は深い堀で囲まれている。
出入り口は、一本橋だけだ。
見た目をパトロールに似せるだけならともかく、個人識別IDまで偽装するのは簡単じゃない。
それでもやつらは入ってきている。
――そうしてるうちに、第9地区に着いた。
「この辺りか」
瞬と座愛が車を降りる。
電子とあいは後衛なので、車を降りない。
「車は防弾仕様だから、窓を閉めてここにいろよ」
瞬が、車に残る電子とあいに声をかけた。
「荒廃してて、ハッキングできそうなアイテムもありませんが…」
「一応、通信は可能にしておきましょう。瞬、座愛、気をつけて」
瞬と座愛が歩き出す。
「ひどい匂いだね」
ここは完全に捨てられた土地。
行き場のないゴミなどもここに捨てられる。
廃棄されたビルに、投棄されたゴミ。
人の気配はない。
生き物の気配が、すっかり抜け落ちた場所だった。
そんな場所で、血の匂いがした。
「瞬、あれ」
座愛が銃を構えながら、その銃で指す。
そこには、倒れた巨体がいた。
分厚い防弾チョッキを着ているが、斬られている。
血を流している。
が、息はあった。
「…ひっ……サムライ…!」
巨体の男は、瞬の姿を見るなりに驚いた。
「落ち着け。確かにサムライだが、敵じゃない」
瞬がなだめると、男は息絶え絶えに話し始める。
「…確保の依頼で来た…だが、あのサムライは異常だ。…この特殊アーマーごと斬られた……強い」
「ああ、わかってる。俺も同じ依頼で来た。ほら、止血剤を塗ってやるから、おとなしくしてろ」
瞬が男に応急処置として止血剤を塗る。
傷に染みるのか、巨体が一瞬ピクリと動く。
「…このアーマーを斬るって、普通の刀じゃないな。瞬、近いぞ。気をつけろ」
座愛の声が少し揺れた。
ただ、男はまだ何か呟く。
「うぅっ……敵は、2人だ。…相方は銃を持ってる」
それを受けて、座愛はすでに立たせていた鳥肌を更に高くした。
「聞いたか、瞬」
「ああ、敵は2人。ターゲットは剣士、その味方が…銃使いか」
瞬が座愛に顔を寄せた。
「…銃のほうは――」
座愛が何か言おうとした時、銃声。
瞬が素早く刀を抜き、空中に置くように構えた。
すると、後ろの方で弾丸が2つ、ゴミの山に着弾する音。
弾は斬った。
銃声がした方向を見ると、撃ってきたのはスーツ姿の男。
その脇に、瞬と同じく着流しの剣士。
――今回のターゲット、“日向”だ。
だが、先に、スーツの男。
「日向さんをやらせはしない!」
男は声を張った。
対して、座愛が蜘蛛脚を展開しながら言う。
「瞬!このスーツは私に任せて。あんたは日向の方を!」
「わかった!」
瞬が刀をいつもの順手に持ち替えて、構え直しながら言った。
すると、日向の方は走り、廃棄されたビルに逃げるように飛び込む。
スーツの男はそのまま開けた場所にいる。
「刀は閉所、銃は開けた場所…定石通りだな」
瞬が1人で呟いた。
呟きながら追った。
スーツの男が瞬を狙う。
その瞬間、スプラッターキャノンの鈍い連射音が、スーツの男を捉えた。
ダン、ダン!
2発。
返ってきたのは、皮膚アーマーが弾を砕く独特の音。
「ちっ、.50も砕くのかよ」
座愛が舌打ちした。
「…闇クリニックでインストールした強化皮膚アーマーだ」
「人体への負荷が高いが…50口径でも軽く20発は耐える」
スーツの男が異様に大きいハンドガンを構えながら言った。
「なるほど、相手に取って不足はないな。名は?」
座愛がそう聞くと、スーツの男が答える。
「…丈」
「こっちは座愛。善名座愛!よろしく!」
――その瞬間、遠くで刀を抜く音が聞こえた。
閉所に来た日向は、刀を抜いて構える。
鋭い光、澄んだように響く音。
このビル内は、非常灯が生きていてやや薄明るい。
「相当な上物だな」
「ああ。我が日向家に伝わる家宝なり…いざ!」
日向が叫ぶとすぐ、飛びかかって斬撃を繰り出してきた。
斜めからくる読めない斬撃。
瞬はフラッシュを使い、超速で反応し、刀と刀がぶつかる。
キン!
火花が舞って消える。
「なるほど。腕は確か。だが、そちらの刀は凡庸…なにゆえか事情ありか」
「ああ、本物の刀は折れた!これは代用品だ!」
瞬が答えた。
答えると同時に、脚に力を入れ、爆発させる。
踏み込み――刺突。
いつもならこれで終わる。
だが…。
日向は読んでいる。
読んでいるというか、見ている。
しかも見ているのは切先ではない。
瞬の腰の浮き沈みだ。
その“腰の浮き沈み”から、どこに剣が来るか…見ている。
キン!
瞬の得意、刺突は脇へと逸らされた。
同時に襲ってくる感覚…。
「まずい!」
間一髪。
フラッシュを使い避けたが、完全に斬られたコース。
踏み込みとは逆の方向に力を入れ、後退して距離を取る。
しかし、日向はそれを逃さない。
常人離れした飛び込みで斜め上から刀を振り下ろしてくる…。
――銃声が聞こえる。
座愛が丈と向かい合って、銃弾を避け合い、緊張状態が続いている。
「硬い上に俊敏ときた」
座愛が少し呆れ気味に漏らした。
「ああ、いくら強化皮膚アーマーとはいえ、それを受け続けるのは危険だからな」
丈は銃を構えたまま答えた。
「ここは遮蔽物がない。そして、攻撃力はこっちが上、防御力はそっちが上」
「…で、条件はイーブンか」
座愛が冷静に分析した。
だが。
「…本当にイーブンか?」
丈が答えながら、背中から蒸気を出した。
その瞬間、聞き覚えのある機械音。
「なっ!?まさか…」
そう。
丈の背中から2本脚が出てきて、固定砲台化。
座愛と似た機構だ。
そして、反動を地面に預けることができるようになった丈が、異様に大きい銃を連射できるようになる。
パァン!パァン!パァン!パァン!
重い連射。
座愛と同じ、連続した爆発のような連射。
「ちっ」
座愛が蜘蛛脚の2本を前に出して、それを盾に弾を受ける。
そして、丈がリロードに入るタイミングで、蜘蛛脚を4本地面に刺し、連射。
しかし丈はそれを受け切る。
アーマーから破片と煙。
だが、貫通はしない。
「くそっ」
しかし、座愛にはあるものが見えていた。
「あのスタビライザー、私のと違って地面を噛まない。置くだけだ」
「だから引きずって歩ける。機動力も残してる」
そして、ある物があった。
丈の足元のゴミの山に、“高性能エンジンオイル”と書かれた缶。
まだ封がしてある。
開いてない。
――はっ。
座愛が閃いた。
「日向さんはこの都市の新しいトップになるお方!」
「お前ら如きに躓く器じゃない!」
そう言った丈に、座愛は銃を連射し、その最後の連射を撃ち損じる。
いや、外したフリをした。
「どうした女!お前の腕前はそんなものか!?」
丈が叫んだ。
叫ぶと同時に、リロードが終わり、連射。
座愛も自分の強力なアーマーで受ける。
その時、丈が足元の違和感に気づく。
「これは…オイルか」
「まさか…こんなものでスタビライザーを崩せるとでも?なんという浅知恵」
「ちっ」
座愛が舌打ちした。
丈はその大きな銃を撃っても、確かに倒れない。
座愛のアーマーから煙が飛ぶ。
「くっ…私のアーマー、どれだけ耐えられる?」
「…いや、耐えられるかじゃない。耐えるんだ!」
丈はそんな座愛をお構いなしに撃つ。
皮膚アーマーに当たり、弾丸が潰れて砕ける。
「打つ手無しで諦めたか!?」
「いや!違うね!見えた!」
丈が一瞬頭を傾げるが、構わず引き金を引く指に力を込める。
そして…銃口が火と光を放ち、弾が発射される。
その時。
ダン、ダン!
鈍い発射音。
2発。
「なっ……スタビライザーが!何をした!」
丈のバランスが崩れて、後ろに倒れた。
座愛も数発喰らって、撃たれた所から煙が出ている。
「簡単なことさ、撃つ瞬間にスタビライザーに“重さ”を預けるだろ?そこを狙って撃っただけ」
「同じスタビライザー使いだから弱点が分かるんだよ」
座愛は、丈が撃つところを何度も見ることで発射の瞬間を見極め、その瞬間に銃を叩き込んでスタビライザーのバランスを殺した。
撃つ瞬間だけ、重さは後ろに逃げる。
そこを叩けば、支えは簡単に崩れる。
そして…。
「くそっ、オイルで滑って立てない!」
スタビライザーが地面で滑る金属音が虚しく辺りに響く。
体勢を立て直すことは叶わない。
そこに、座愛が蜘蛛脚を進め接近する。
そして、最後に脚を地面に刺して固定し、スプラッターキャノンを連射する。
「な…そのままで動けるのか!?」
ダン、ダン、ダン、ダン…!
だが、丈の強化皮膚アーマーはその連射に耐える。
強化したスプラッターキャノンでも、オーバーヒート寸前まで撃ち続ける。
空の薬莢がその場に積もる。
皮膚アーマーで耐えてるとはいえ、丈は50口径弾の直撃の反動で立てない。
「なんて硬さだ!」
座愛がうろたえた。
「はぁ…はぁ…それがオーバーヒートした時がお前の負け時だ!勝ちを確信して接近してきたお前のミスだ!」
丈が連射を受けながら言った。
――だが。
「残念、私の銃のバレルは交換式になった。オーバーヒートしても交換すればまた撃てるんだな、これが」
座愛が、熱さに耐えながらバレルを外す。
耐熱性の高い皮膚アーマーを手にインストールしたとは言え、熱い。
熱による痛みで、座愛の可愛い顔が少し歪んだ。
そして、ポケットから素早く新しい銃身を取り出して取り付ける。
「…っ!思ったより熱い!」
それを見た丈は驚愕する。
「バカな!そんな技術、見たことがない!」
丈がこの隙に、急いで立ち上がりながら、銃を構え直して言った。
「――これが仲間の力。世間から逃げたあんたたちには分からないだろうね」
座愛のスプラッターキャノンが火を吹く。
連射。
連射。
連射。
丈のアーマーは、既に受けていた攻撃で穴が空く寸前。
そして、連射に次ぐ連射に耐えきれず、丈のアーマーが破られた。
破片が飛び散り、内部に達する。
「…じゃあね」
座愛の連射が、ついに破れたアーマーの隙間に入り込む。
丈の痩せた体が後ろに弾かれ、壁に叩きつけられた。
――刀が交わる音が聞こえる。
キン!
刃がまた重なる。
全て読まれている。
呼吸も重なる。
呼吸まで読んでいる。
二撃、三撃。
斬り方を変えても、日向は対応してくる。
ゼロ距離からの刺突も読まれる。
刀の先に刀を置かれ、刃が交わる音が出るだけ。
ただ、この繋ぎの刀も高性能。
折られはしない。
しかし、軌道を読まれる。
そこで、瞬は刀を“順手”から“逆手”に持ち替える。
瞬時に柄を返す。
刀の切先が逆になる。
これが逆手だ。
逆手での下からの刀の軌道…
しかし、これも読まれる。
「はぁ…はぁ…強いな」
「否。貴様が弱い…正確には剣か」
日向は息を切らさずに答えた。
逆手から順手に戻し、踏み込みの刺突をしようと下がる。
すると、それ以上の速度で日向は飛びかかって斬りつけてくる。
瞬の息が乱れる。
だが、日向の呼吸は乱れない。
合っていた呼吸がずれるのが聞こえた。
余裕があるのは向こうだった。
――はっ。
その時、瞬が閃いた。
「これだけ不利な状況なら、あの手が使える。…手だけにか」
瞬がまた距離を取り、今度は飛びかかられる前に踏み込む。
刺突。
だが、何度も見せた軌道。
読まれる。
刀を置かれて弾かれ、斜めの斬撃がくる。
そして、間一髪…。
避けきれなかった。
瞬の右腕が飛んだ。
「くそっ、やられた!」
瞬が苦痛に顔を歪める。
『瞬!大丈夫ですか!?』
通信してきたのは電子だった。
『座愛は“自分の敵は倒した”と言っています!あとは、ターゲットの日向の無力化だけです!』
電子はそう言ったが、瞬の方は…。
右腕が日向の前に落ちた。
「利き腕を持って行かれた!」
『…瞬!!』
電子が通信越しに慌てた。
「…斬った感触が妙に軽い。だが、この“童子切安綱”の切れ味なら、それもあり得るか…」
瞬が右手の傷口を押さえる。
左手で即座に剣を仕舞い、左手で、着流しの上から止血剤を塗る。
そして、またすぐに左手で刀を抜いた。
逆手ではなく、順手だ。
左手一本で刀を上げたまま、瞬はゆっくり日向に歩み寄った。
右腕を失ったはずの瞬の重心も構えも明らかに崩れていた。
呼吸も浅い。
左手一本での上段一閃に賭けた――そう見えた。
「…」
「なるほど、実力は伯仲。最後は一閃の真剣勝負というわけか。受けよう!」
日向が続ける。
「この都市は腐敗しきった!ゆえに、私が世直しの正義を下す!腐った企業の連中に、正義の刃を!」
そんな日向に対して、左手だけで刀を振り下ろそうとする構えで、瞬が近寄る。
「…」
そして、答える。
「腐っているのはその根性だ!都市は確実に新しい未来へ向かう!未来は、正しいことでしか正しくならない!!」
――瞬が叫んだ。
そして、互いに構えたまま、間合いが潰れた。
刀を振り下ろせば斬れる距離だ。
…この時、日向には明確な勝ち線が見えた。
左手一本の順手とその構えから、初撃は上からしか来ない。
そこを受ければ、次に瞬は刀を上げ直す。
その隙に振り下ろせば終わる。
構えを見た時点で、日向はそう読んでいた。
「ふっ…愚か也」
だが、その時、斬られたはずの瞬の右手が、着流しの懐から現れた。
「なんだと!?」
…その時点でもう遅かった。
瞬は右手で、腹に隠してた短刀を逆手で抜いた。
一撃目を防ぐために刀を上げた日向の腹はガラ空きだった。
瞬はそこを、右手の逆手で持った短刀で一気に裂いた。
――剣士が好んでよく使う、動きやすい薄い皮膚アーマーを切り裂く。
「こんな…」
日向が血を吐いた。
「…あの腕は、俺の右手に似せたサンプルだ。こういう時のために、持ち歩いていた」
「お前の斬撃をギリギリで交わして、視線の影になった瞬間にバッグから取り出して落とした」
「そして、この流れてる血は、お前に肉だけ斬らせて出たものだ!」
瞬が腕のサンプルを拾い上げる。
「つまり、本物の右腕は斬られていない!着流しの懐にずっと隠していた」
ただでさえ精巧に作られた腕だ。
薄明かりの中では、飛んだそれは本物にしか見えなかった。
そんな日向に、瞬が吐いた。
「そして、俺が左手の…“片手での剣撃”で勝負を決めに行ったと思い込んだ…お前の負けだ」
「…はぁ……なるほど…つまらぬ」
日向が息を切らせながら、自分の刀を鞘に仕舞い、抱えた。
「片手を囮にするか…狂っている」
両膝をつく。
「…その刀はもらう」
瞬が手を伸ばす。
――だが。
「…この日向家に伝わる名刀…“童子切安綱”、貴様のような企業の狗には渡せぬ」
そう言い残し日向が前のめりに倒れた。
ただ、その胸はまだ上下している。
気絶しただけだ。
『瞬!腕がどうしたんですか!?』
電子が通信でまだ焦っていた。
「あー…いや、問題ない。無力化成功だ」
瞬が、そんな電子に調子良さげに答えた。
そして、倒れた日向から刀を奪う。
「もらっていくぜ」
「…」
――しばらくして、パトロールと回収班が来ることになった。
都市から離れているので、時間がかかる。
瞬は新しい刀の“やいば”を、下弦の月に照らして、眺めていた。
ガラクタの上に座っている。
行き場のないゴミが山積みに捨てられている。
「…“この都市は腐敗しきった”か…あの時は否定したが、確かにそうかもしれない…」
「瞬!よかった!」
座愛、電子、あいが嬉しそうに駆け寄ってきた。
――彼女らの笑顔を見て、改めて思った。
「いや、やっぱりそんなことないな」
「…“そんなことない”って、なんのこと?それより、その刀…すごく綺麗…」
座愛が目を輝かせていた。
電子とあいの目も、刃の光が反射してキラキラしている。
「――これで、まだ先へ行ける」
読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、次話も読んでいただけると嬉しいです。
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