↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

第12話 斬られた右手と逆転の短刀

企業都市で、借金を背負った剣士が日本刀と知略で成り上がっていくSFバトルものです。

テンポと引きを重視して書いています。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

“契約要項 : 独断による処刑、および契約外決闘を禁ずる。反復違反者は等級剥奪とし、回収対象となる”


「――ワン、ツー、ワンツースリーフォー!ココココケッコ!コケコッコー♫ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン♫」


 ロビーの固定端末から妙な動画が流れている。

 ニワトリがテクノミュージックに合わせて、ノリノリで踊っている動画だ。


 ロビーにいた全員が大爆笑だった。

 流しているのは、あいだ。


「もういいから……止めてくれ。笑い死ぬ」


「どこで見つけてくるんですか、そういうの」


 電子も笑いを堪えながらあいに尋ねる。


「動画投稿サイトだよ」


 あいは楽しそうに答えた。


「ふふふっ……止めて。コーヒー吹き出して飲めない……ぷっ……」


 座愛ももう限界そうだった。


「こういうの、都市中の画面で流したら面白そうじゃない?」

「敵も企業も、戦いをやめて大爆笑するかもしれない」


 あいはそう言うが、瞬が答える。


「ははははっ……。こんなの公共の場で流したら、“笑い死に”が続々と出て大惨事だ……」


「えー、面白そうなサプライズだと思ったんだけど」


 不満そうに膨れっ面をするあいに、電子が答える。


「不可能ではありませんよ。緊急放送系統に割り込めば、流すことはできます」

「ただ、瞬の言う通り“危険”です。やりません。ぷっ……」


 それを聞き、あいが残念そうに端末の動画を閉じた。


「これから先、俺が突然コーラを吹き出したら、“アレ”の後遺症だからな。突然思い出して笑いかねない……」


 瞬が、やっと飲めるコーラにまだ口をつけない。

 余韻で吹き出す自信があったからだ。


「んんっ……。それはそうと、瞬。新しい本物の刀が必要って言ってましたよね?」


 電子が咳払いをして笑いをいったん落ち着かせる。


「……これに関して、ちょうどいい依頼が来ています」


 そこでようやく、場の空気が切り替わった。


「契約違反を繰り返して回収対象となった元ランカーの無力化、確保です」


「それが、刀と何か関係があるのか?」


 瞬がやっとコーラを飲みながら電子に聞く。


「回収対象は瞬と同じ剣士――サムライです。強いですよ。元Aランク1位、“日向疾風(ひゅうがはやて)”です」

「勝手な私刑や、契約外の決闘を繰り返したため、ランクと権利を剥奪されています。使用している刀も一級品かと」


 電子は手元のデータを見ながら続けた。


「正規登録品なので、勝てば所有権も移るはずです」

「……噂では、Sランククラスの腕前ですが、なぜか昇級も断っていたとか」


 だが、瞬の耳にはもう“剣士”という部分しか残っていなかった。


「今時、刀を使うランカーが俺以外にいたのか……強い剣士相手の戦いなら、あれが必要だ」


 そう言うと、瞬はエレベーターで自分の部屋に戻り、何かを取りに行く。


「間合いが変わるかもしれない。短刀が必要だ。それと……」


 瞬は短刀を腰に差した。

 そして、自分の右腕を見ながら顔をしかめた。


「……できれば使いたくはないが、追い詰められたら、“これ”も必要になるかもしれない」


 その“何か”を手に取り、バッグに入れようとするが、一瞬ためらった。

 だが、覚悟を決めたのか、その“何か”をバッグに入れる。


 ロビーに戻ると、腰には、代用の刀の他に短刀が1本。


「瞬……カッコいいけど、作戦は二刀流?」


 座愛が銃をいじりながら尋ねた。


「同じ剣士なら、いつもと間合いが変わる。短刀も必要になることがある。だが、これは腹に隠しておく」


 瞬が、短刀を腰から鞘ごと抜き、懐に突っ込んだ。


 そして、電子が依頼項目にあった潜伏先を伝える。


「現在疑わしい潜伏先は都市の果て、第9地区の廃墟地域です」

「この辺りは人もいないので、銃撃が起こっても都市セキュリティはほとんど反応しません」


「それなら安心してスプラッターキャノンが撃てるな。なんなら、私が仕留めてもいいよ」

「強い剣士と言っても、さすがに、瞬みたいに弾丸が効かないわけじゃないでしょ」


 座愛が愛銃を軽く空中に投げてはキャッチしながら言った。


「よし、それも込みで作戦にしよう。全員、よければ車に乗るぞ。第9地区まで行く」


「うん!」


「はい!」


 座愛、電子、あいが返事をした。


 ……4人で車に乗り込む。

 走り出す。


 夜だった。

 下弦の月が、ヒートシンクの明かりと蒸気で揺れる。


 雲が流れる。


 風が気持ちいい夜なので、少し窓を開けて走る。


 すると、各店先で流している曲が違うので、間を通る時に奇妙な不協和音になる。

 それが企業のビル広告と重なり、余計にわけがわからない曲になって聞こえる。


 そんな不協和音を、V10ハイブリッドの甲高いエンジン音で切り裂いていく。


 ボンネットは、ステンレスシルバーだが、企業広告が反射し、広告が変わるたびに色が変わる。


 そんな広告が終わり、ニュース番組が流れ始めた。


 車のナビゲーションシステムにも同じ画面が流れている。


「先日7日に発生した、配給車列襲撃事件につきまして、続報が入りました」

「都市警備局は、回収された敵性体について、“人造人間”である可能性が高いと発表しました」


 ニュースが続ける。


「詳細な製造元は不明。調査中とのことですが、やはり外部勢力の関与が引き続き疑われています」


「……あれって人造人間だったのか」


「ああ、そうらしい。道理で、血の匂いが薄いし、動きが揃いすぎてるわけだ。……驚くことじゃない」


 4人とも、そこまで驚きはしなかった。


「しかし、それなら、どこから入ってきてるんですかね……」

「都市入り口の一本橋のセキュリティを通過するなんて、並大抵のことじゃありませんよ」


 電子の言う通りだった。


 都市の外は深い堀で囲まれている。

 出入り口は、一本橋だけだ。

 見た目をパトロールに似せるだけならともかく、個人識別IDまで偽装するのは簡単じゃない。

 それでもやつらは入ってきている。


 ――そうしているうちに、第9地区に着いた。


「この辺りか」


 瞬と座愛が車を降りる。

 電子とあいは後衛なので、車を降りない。


「車は防弾仕様だから、窓を閉めてここにいろよ」


 瞬が、車に残る電子とあいに声をかけた。


「荒廃してて、ハッキングできそうなアイテムもありませんが……」

「一応、通信は可能にしておきましょう。瞬、座愛、気をつけて」


 瞬と座愛が歩き出す。


「ひどい匂いだね」


 ここは完全に捨てられた土地。

 行き場のないゴミなどもここに捨てられる。

 廃棄されたビルに、投棄されたゴミ。

 人の気配はない。

 生き物の気配が、すっかり抜け落ちた場所だった。


 そんな場所で、血の匂いがした。


「瞬、あれ」


 座愛が銃を構えながら、銃口で示す。


 そこには、倒れた巨体がいた。

 分厚い防弾チョッキを着ているが、斬られている。

 血を流している。

 が、息はあった。


「……ひっ……サムライ……!」


 巨体の男は、瞬の姿を見るなり怯えた。


「落ち着け。確かにサムライだが、敵じゃない」


 瞬がなだめると、男は息絶え絶えに話し始める。


「……確保の依頼で来た……だが、あのサムライは異常だ。……この特殊アーマーごと斬られた……強い」


「ああ、わかってる。俺も同じ依頼で来た。ほら、止血剤を塗ってやるから、おとなしくしてろ」


 瞬が男に応急処置として止血剤を塗る。

 傷に染みるのか、巨体が一瞬ピクリと動く。


「……このアーマーを斬るって、普通の刀じゃないな。瞬、近いぞ。気をつけろ」


 座愛の声が少し揺れた。


 ただ、男はまだ何か呟く。


「うぅっ……敵は、2人だ。……相方は銃を持ってる」


 それを受けて、座愛の背筋に、さらに寒気が走った。


「聞いたか、瞬」


「ああ、敵は2人。ターゲットは剣士、その味方が……銃使いか」


 瞬が座愛に顔を寄せた。


「……銃のほうは――」


 座愛が何か言おうとした時、銃声。


 瞬が素早く刀を抜き、空中に置くように構えた。

 すると、後ろの方で弾丸が2発、ゴミの山に着弾する音がした。

 弾は斬った。


 銃声がした方向を見ると、撃ってきたのはスーツ姿の男。

 その脇に、瞬と同じく着流しの剣士。

 ――今回のターゲット、“日向”だ。

 だが、先に、スーツの男。


「日向さんをやらせはしない!」


 男は声を張った。

 対して、座愛が蜘蛛脚を展開しながら言う。


「瞬!このスーツは私に任せて。あんたは日向の方を!」


「わかった!」


 瞬が刀をいつもの順手に持ち替えて、構え直しながら言った。


 すると、日向の方は走り、廃棄されたビルに逃げるように飛び込む。


 スーツの男はそのまま開けた場所に残る。


「刀は閉所、銃は開けた場所……定石通りだな」


 瞬が1人で呟いた。

 呟きながら追った。


 スーツの男が瞬を狙う。


 その瞬間、スプラッターキャノンの鈍い連射音が、スーツの男を捉えた。


 ダン、ダン!

 2発。


 返ってきたのは、皮膚アーマーが弾を砕く独特の音。


「ちっ、50口径も砕くのかよ」


 座愛が舌打ちした。


「……闇クリニックでインストールした強化皮膚アーマーだ」

「人体への負荷が高いが……50口径でも軽く20発は耐える」


 スーツの男が異様に大きいハンドガンを構えながら言った。


「なるほど、相手として不足はないな。名は?」


 座愛がそう聞くと、スーツの男が答える。


「……丈(じょう)」


「こっちは座愛。善名座愛!よろしく!」


 ――その瞬間、遠くで刀を抜く音が聞こえた。


 閉所に来た日向は、刀を抜いて構える。

 鋭い光、澄んだように響く音。


 このビル内は、非常灯が生きていてやや薄明るい。


「相当な上物だな」


「ああ。我が日向家に伝わる家宝なり……いざ!」


 日向が叫ぶとすぐ、飛びかかって斬撃を繰り出してきた。

 斜めからくる読めない斬撃。

 瞬はフラッシュを使い、超速で反応し、刀と刀がぶつかる。


 キン!

 火花が舞って消える。


「なるほど。腕は確か。だが、そちらの刀は凡庸……なにゆえか、事情ありか」


「ああ、本物の刀は折れた!これは代用品だ!」


 瞬が答えた。

 答えると同時に、脚に力を入れ、爆発させる。

 踏み込み――刺突。

 いつもならこれで終わる。

 だが……。


 日向は読んでいる。

 読んでいるというか、見ている。

 しかも見ているのは切先ではない。

 瞬の腰の浮き沈みだ。

 その“腰の浮き沈み”から、どこに剣が来るか……見ている。


 キン!


 瞬の得意の刺突は、脇へと逸らされた。

 同時に襲ってくる感覚……。


「まずい!」


 間一髪。

 フラッシュを使い避けたが、完全に斬られていた軌道だった。


 踏み込みとは逆の方向に力を入れ、後退して距離を取る。


 しかし、日向はそれを逃さない。

 常人離れした飛び込みで斜め上から刀を振り下ろしてくる……。


 ――銃声が聞こえる。


 座愛が丈と向かい合って、銃弾を避け合い、緊張状態が続いている。


「硬い上に俊敏ときた」


 座愛が少し呆れ気味に漏らした。


「ああ、いくら強化皮膚アーマーとはいえ、それを受け続けるのは危険だからな」


 丈は銃を構えたまま答えた。


「ここは遮蔽物がない。そして、攻撃力はこっちが上、防御力はそっちが上」

「……で、条件はイーブンか」


 座愛が冷静に分析した。

 だが。


「……本当にイーブンか?」


 丈が答えながら、背中から蒸気を出した。

 その瞬間、聞き覚えのある機械音。


「なっ!?まさか……」


 そう。

 丈の背中から2本の脚が伸び、固定砲台のように地面を支えた。

 座愛と似た機構だ。

 そして、反動を地面に預けることができるようになった丈が、異様に大きい銃を連射できるようになる。


 パァン!パァン!パァン!パァン!


 重い連射。

 座愛と同じ、連続した爆発のような連射。


「ちっ」


 座愛が蜘蛛脚の2本を前に出して、それを盾に弾を受ける。


 そして、丈がリロードに入るタイミングで、蜘蛛脚を4本地面に刺し、連射。


 しかし丈はそれを受け切る。

 アーマーから破片と煙。

 だが、貫通はしない。


「くそっ」


 しかし、座愛にはあるものが見えていた。


「あのスタビライザー、私のと違って地面を噛まない。置くだけだ」

「だから引きずって歩ける。機動力も残してる」


 そして、ある物があった。

 丈の足元のゴミの山に、“高性能エンジンオイル”と書かれた缶。

 まだ封がしてある。

 開いてない。


 ――はっ。


 座愛が閃いた。


「日向さんはこの都市の新しいトップになるお方!」

「お前ら如きに躓く器じゃない!」


 そう言った丈に、座愛は銃を連射し、その最後の連射を撃ち損じる。

 いや、外したふりをした。


「どうした女!お前の腕前はそんなものか!?」


 丈が叫んだ。

 叫ぶと同時に、リロードが終わり、連射。

 座愛も自分の強力なアーマーで受ける。


 その時、丈が足元の違和感に気づく。


「これは……オイルか」

「まさか……こんなものでスタビライザーを崩せるとでも?なんという浅知恵」


「ちっ」


 座愛が舌打ちした。


 丈はその大きな銃を撃っても、確かに倒れない。

 座愛のアーマーから煙が飛ぶ。


「くっ……私のアーマー、どれだけ耐えられる?」

「……いや、耐えられるかじゃない。耐えるんだ!」


 丈はそんな座愛をお構いなしに撃つ。

 皮膚アーマーに当たり、弾丸が潰れて砕ける。


「打つ手なしで諦めたか!?」


「いや!違うね!見えた!」


 丈が一瞬頭を傾げるが、構わず引き金を引く指に力を込める。

 そして……銃口が火と光を放ち、弾が発射される。


 その時。


 ダン、ダン!


 鈍い発射音。

 2発。


「なっ……スタビライザーが!何をした!」


 丈のバランスが崩れて、後ろに倒れた。

 座愛も数発食らって、撃たれた所から煙が出ている。


「簡単なことさ、撃つ瞬間にスタビライザーに“重さ”を預けるだろ?そこを狙って撃っただけ」

「同じスタビライザー使いだから弱点が分かるんだよ」


 座愛は、丈が撃つところを何度も見ることで発射の瞬間を見極め、その瞬間に銃を叩き込んでスタビライザーのバランスを殺した。

 撃つ瞬間だけ、重さは後ろに逃げる。

 そこを叩けば、支えは簡単に崩れる。

 そして……。


「くそっ、オイルで滑って立てない!」


 スタビライザーが地面で滑る金属音が虚しく辺りに響く。

 体勢を立て直すことは叶わない。


 そこに、座愛が蜘蛛脚を進め接近する。

 そして、最後に脚を地面に刺して固定し、スプラッターキャノンを連射する。


「な……そのままで動けるのか!?」


 ダン、ダン、ダン、ダン……!


 だが、丈の強化皮膚アーマーはその連射に耐える。

 強化したスプラッターキャノンでも、オーバーヒート寸前まで撃ち続ける。


 空の薬莢がその場に積もる。

 皮膚アーマーで耐えているとはいえ、丈は50口径弾の直撃の反動で立てない。


「なんて硬さだ!」


 座愛がうろたえた。


「はぁ……はぁ……それがオーバーヒートした時がお前の負けだ!勝ちを確信して接近してきたお前のミスだ!」


 丈が連射を受けながら言った。


 ――だが。


「残念、私の銃のバレルは交換式になった。オーバーヒートしても交換すればまた撃てるんだな、これが」


 座愛が、熱さに耐えながらバレルを外す。

 手には耐熱性の高い皮膚アーマーをインストールしている。それでも、熱い。

 熱による痛みで、座愛の可愛い顔が少し歪んだ。


 そして、ポケットから素早く新しい銃身を取り出して取り付ける。


「……っ!思ったより熱い!」


 それを見た丈は驚愕する。


「バカな!そんな技術、見たことがない!」


 丈がこの隙に、急いで立ち上がりながら、銃を構え直して言った。


「――これが仲間の力。世間から逃げたあんたたちには分からないだろうね」


 座愛のスプラッターキャノンが火を吹く。


 連射。

 連射。

 連射。

 丈のアーマーは、既に受けていた攻撃で穴が空く寸前。

 そして、連射に次ぐ連射に耐えきれず、丈のアーマーが破られた。

 破片が飛び散り、内部に達する。


「……じゃあね」


 座愛の連射が、ついに破れたアーマーの隙間に入り込む。

 丈の痩せた体が後ろに弾かれ、壁に叩きつけられた。


 ――刀が交わる音が聞こえる。


 キン!


 刃がまた重なる。

 全て読まれている。


 呼吸も重なる。

 呼吸まで読んでいる。


 二撃、三撃。

 斬り方を変えても、日向は対応してくる。


 ゼロ距離からの刺突も読まれる。

 刀の先に刀を置かれ、刃が交わる音が出るだけ。

 ただ、この繋ぎの刀も高性能。

 折られはしない。


 しかし、軌道を読まれる。

 そこで、瞬は刀を“順手”から“逆手”に持ち替える。


 瞬時に柄を返す。

 刀の切先が逆になる。

 これが逆手だ。


 逆手で下から斬り上げる軌道……。

 しかし、これも読まれる。


「はぁ……はぁ……強いな」


「否。貴様が弱い……正確には剣か」


 日向は息を切らさずに答えた。


 逆手から順手に戻し、踏み込みの刺突をしようと下がる。

 すると、それ以上の速度で日向は飛びかかって斬りつけてくる。


 瞬の息が乱れる。

 だが、日向の呼吸は乱れない。

 合っていた呼吸がずれるのが聞こえた。

 余裕があるのは向こうだった。


 ――はっ。


 その時、瞬が閃いた。


「これだけ不利な状況なら、あの手が使える。……手だけにか」


 瞬がまた距離を取り、今度は飛びかかられる前に踏み込む。

 刺突。

 だが、何度も見せた軌道。

 読まれる。

 刀を置かれて弾かれ、斜めの斬撃がくる。


 そして、紙一重のはずだった。

 避けきれなかった。

 瞬の右腕が飛んだ。


「くそっ、やられた!」


 瞬が苦痛に顔を歪める。


『瞬!大丈夫ですか!?』


 通信してきたのは電子だった。


『座愛は“自分の敵は倒した”と言っています!あとは、ターゲットの日向の無力化だけです!』


 電子はそう言ったが、瞬の方は……。


 右腕が日向の前に落ちた。


「利き腕を持って行かれた!」


『……瞬!!』


 電子が通信越しに慌てた。


「……斬った感触が妙に軽い。だが、この“童子切安綱”の切れ味なら、それもあり得るか……」


 瞬が右手の傷口を押さえる。

 左手で即座に刀を仕舞い、左手で、着流しの上から止血剤を塗る。


 そして、またすぐに左手で刀を抜いた。

 逆手ではなく、順手だ。


 左手一本で刀を上げたまま、瞬はゆっくり日向に歩み寄った。


 右腕を失ったはずの瞬の重心も構えも明らかに崩れていた。

 呼吸も浅い。


 左手一本での上段一閃に賭けた――そう見えた。


「……」


「なるほど、実力は伯仲。最後は一閃の真剣勝負というわけか。受けよう!」


 日向が続ける。


「この都市は腐敗しきった!ゆえに、私が世直しの正義を下す!腐った企業の連中に、正義の刃を!」


 そんな日向に対して、左手だけで刀を振り下ろそうとする構えで、瞬が近寄る。


「……」


 そして、答える。


「腐っているのはその根性だ!都市は確実に新しい未来へ向かう!未来は、正しいことでしか正しくならない!!」


 ――瞬が叫んだ。


 そして、互いに構えたまま、間合いが潰れた。

 刀を振り下ろせば斬れる距離だ。


 ……この時、日向には明確な勝ち線が見えた。


 左手一本の順手とその構えから、初撃は上からしか来ない。

 そこを受ければ、次に瞬は刀を上げ直す。

 その隙に振り下ろせば終わる。

 構えを見た時点で、日向はそう読んでいた。


「ふっ……愚かなり」


 だが、その時、斬られたはずの瞬の右手が、着流しの懐から現れた。


「なんだと!?」


 ……その時点でもう遅かった。

 瞬は右手で、腹に隠していた短刀を逆手で抜いた。

 一撃目を防ぐために刀を上げた日向の腹はガラ空きだった。

 瞬はそこを、右手の逆手で持った短刀で一気に裂いた。


 ――剣士が好んでよく使う、動きやすい薄い皮膚アーマーを切り裂く。


「こんな……」


 日向が血を吐いた。


「……あの腕は、俺の右手に似せたサンプルだ。こういう時のために、持ち歩いていた」

「お前の斬撃をギリギリでかわして、視線の影になった瞬間にバッグから取り出して落とした」

「そして、この流れている血は、お前に肉だけ斬らせて出たものだ!」


 瞬が腕のサンプルを拾い上げる。


「つまり、本物の右腕は斬られていない!着流しの懐にずっと隠していた」


 ただでさえ精巧に作られた腕だ。

 薄明かりの中では、飛んだそれは本物にしか見えなかった。


 そんな日向に、瞬が吐き捨てた。


「そして、俺が左手の……“片手での斬撃”で勝負を決めに行ったと思い込んだ……お前の負けだ」


「……はぁ……なるほど……つまらぬ」


 日向が息を切らせながら、自分の刀を鞘に仕舞い、抱えた。


「片手を囮にするか……狂っている」


 両膝をつく。


「……その刀はもらう」


 瞬が手を伸ばす。

 ――だが。


「……この日向家に伝わる名刀……“童子切安綱(どうじぎりやすつな)”、貴様のような企業の狗には渡せぬ」


 そう言い残し、日向が前のめりに倒れた。


 ただ、その胸はまだ上下している。

 気絶しただけだ。


『瞬!腕がどうしたんですか!?』


 電子が通信でまだ焦っていた。


「あー……いや、問題ない。無力化成功だ」


 瞬が、そんな電子に調子よさそうに答えた。

 そして、倒れた日向から刀を奪う。


「もらっていくぜ」


「……」


 ――しばらくして、パトロールと回収班が来ることになった。

 都市から離れているので、時間がかかる。


 瞬は新しい刀の刃を、下弦の月に照らして眺めていた。

 ガラクタの上に座っている。

 行き場のないゴミが山積みに捨てられている。


「……“この都市は腐敗しきった”か……あの時は否定したが、確かにそうかもしれない……」


「瞬!よかった!」


 座愛、電子、あいが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 ――彼女らの笑顔を見て、改めて思った。


「いや、やっぱりそんなことないな」


「……“そんなことない”って、なんのこと?それより、その刀……すごく綺麗……」


 座愛が目を輝かせていた。

 電子とあいの目も、刃の光が反射してキラキラしている。


「――これで、まだ先へ行ける」

読んでいただきありがとうございます。

少しでも続きが気になったら、次話も読んでいただけると嬉しいです。

感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。