第四話 邂逅
ルシアンが牢に向かう数時間前――
アイラの報告書も読み終わり、ある程度の国情も頭に入ったところで
「ずっとこの国の王として、まずすべきことは何かと考えていた」
「僕もただ寝ていたわけではないんだぞ、アイラ」
急な呼びかけに驚くアイラ
「そうですか…では何から始めるかはもう決まったのですね」
「あぁまずは次期国王だったはずの男の処遇を決めなければな」
「拘束から2ヶ月にもなるが、いまや国民の希望の光になっているようだな」
「そうですね元々征服前は前王とは違い、よく民衆の声に耳を傾けていたと聞きます」
「処刑しなかったのが唯一の救いになるかも知れないな」
「ですが、やはり腑に落ちません。あの陛下が処刑もせずに一人生かしておくというのは」
「まぁもともとあの人は趣味が悪いからな。一族全員殺され、独りになり自分の無力さに絶望させるのに悦に浸っていてもおかしくないしな」
「では生かすも殺すもルシアン様次第ですか?」
「そうなるな。できれば生かしたい…」
――そして今、鎖に繋がれた王子が目の前にいる。
男はひどくやつれているが、鋭い眼光が向けられる。
「久々に誰か来たと思えば、ただのガキじゃねぇか…なんの用だ」
「ただのガキではない。今お主が一番憎んでる男の息子だが…」
その言葉を耳に入るや否や、男の眼はさらに鋭くなった。殺気立った威圧感に一瞬で空気が張り詰める。
「おーこわっ 今鎖を放てばすぐにでも殺されそうだな」
ルシアンのこの言葉に王子は飛び出す。繋がれた鎖が伸びルシアンの面前まで近づく。
「嘲笑いにきたのか!処刑するなら早くしやがれ!」
「お前らがしたことは絶対に許さない…死んでもお前ら一族は絶対に呪い殺してやる」
絶望の淵にいる男の言葉にルシアンは跪き、頭を下げる。
「誠に申し訳なかった。僕の詫び一つで、この国がしたことが許されるとも思っていない」
「嘲笑いに来たわけではない。もちろん、処刑しに来たわけでもない。ただお主と対話をしたいと思いここに来た」
その言葉に男は呆気にとられる。あれだけ国を蹂躙に蹂躙を重ねた侵略国の皇子の言葉とは思えなかった。
「対話だと?お前ふざけているのか」
ルシアンはゆっくりと頭を上げる。
「単刀直入に言う――僕に手を貸してくれ」
力のこもった言葉が響く、ルシアンのまっすぐな眼が男を突き刺す。
「正気なのかお前は?一族もろとも殺された俺がお前らに手を貸すとでも?」
「君が生きるためにはこの方法しかない。僕も君を殺したくはない…」
男は少し声を立てて笑う。
「意外だな…あの皇帝の息子は人権派か」
「断る、お前の下には就かない… それでは国にも、隣国にも裏切られた民に面目つかない」
「君を殺せば暴動が起きる、多くが死ぬ」
「お前らがな」
「民もだ」
眉が動く。
「戦とはそういうものだ!」
「違う!それは指揮官の怠慢だ」
鎖が鳴る。
「俺の父は戦って死んだ!」
怒気が満ちる。ルシアンは否定しない。
「それで、何人死んだ…」
――沈黙、松明の火が揺れる。
「国は誇りで守れない。守れるのは、生きている民だけだ」
「侵略者が何を言う」
「俺は戦が大嫌いだ」
「だから、無駄に殺さない。憎しみは武器になる。だが制御できなければ凶器だ」
ルシアンは背を向けた。
「憎しみを持て。だが、それで死ぬな」
扉が閉まる。
地下牢に静寂が落ちる。王子は膝をつき、手のひらの血を見つめる。
――何人死んだ。
『国を、頼む』父の声が蘇る――
この国が滅亡に向かう最中、王族は民を売り、逃げたが、父だけは抗い続けた。怒りはある。だが、それだけでは足りない。
立ち上がる。鎖を握る。一度、引く。軋む。二度、三度。
皮膚が裂け、血が滴る。激情ではない。覚悟だ。
鉄が悲鳴を上げ、一節が外れる。鎖が床に落ちた。衛兵が駆け込む。
「止まれ!」
剣が向けられる。
「どけ」
低い声。だが、その響きに王家の威が戻る。
剣を手に取り、道が開く。階段を上る。血が床に落ちる。
玉座の間。ルシアンは座していた。
王子はまっすぐ歩く。
「俺は死なない」
「そうか」
「この国を守る。貴様のためではない」
「構わん」
剣を王座に向け、そして王子は言う。
「――レーヴァン・ギルベルト」
名乗りではない。宣言だ。クロガネ国王家最後の血。玉座の間の空気が変わる。
「俺と今から戦え… 下に就けたいのならば今、力で示せ」
ルシアンは立ち上がる。一歩、距離を詰める。
「殿下、いけません」
止めようとするアイラを、ルシアンは手で制する。
「いいだろう…望みとならば戦おう」
「アイラ、剣を貸せ…」
腰に携えた剣を引き抜き、ギルベルトに向かう。
「ではどこで戦う――ギルベルト」
その言葉に異様な笑みをこぼす。
「戦に場所もクソも関係ないだろう」
――その瞬間
剣に灼熱の炎が宿る。そのまま剣は横一線にルシアンのもとに放たれた。




