橇を滑らせる
僕とジャンは、それからしばらく石切場に通った。
僕の構想している石橋を実際に作れるかどうか、模型を実際に作ってみたりして確かめるためにである。
模型作りをすることで見えてくる、現実的な問題もあるだろう。
それに、模型を作ることで石橋作りの技術をギレンさんに覚えてもらわないと、僕たちは、ずっとそれに掛かり切りになってしまう。
今の僕やジャンは、それでは困るのだ。
「ギレンさん、ですからね、こういう風に下が丸くなるように石を積むというか、組み立てられれば、その下に空間が出来て、木だったりじゃなくても橋が作れて、その下を船が通れると思うんですよ。 この形をアーチと言います」
「橋として作って、その下を船が通れるような大きさのアーチというのはないですけど、王都の町の建物なんかだと、入り口部分がその形の石の建物とか、結構ありましたよ。
ですから大きさはともかく、その形を石で作れれば、その下に何もなくても支えられるのは確かだと思います」
「そうなのか。 俺は見たことがないから、石が空中に浮いた状態になるというのは、ちょっと信じられない気がするんだが」
「まずは小さいアーチの模型を一番最初に作ってみましょう。 それからです」
僕とジャンは数日で、ギレンさんと何だかとても親しくなった。
僕は過去の経緯なんて、とっくに忘れてしまっていて、正直に言うと、ジャンに指摘されるまで、ギレンさんが石切場に居るのにさえ気づかなかった。
それから、なんとなくギレンさんが他の周りの人と比べると高レベルな気がして、見させてもらうと、[職業]が石工であることを知り、単純に何て都合の良い人材がいるんだと喜んでしまった。
ジャンは少し複雑そうだった。
僕はギレンさんに意地悪はされたけど、そう大した実害はなくて、最終的には僕がギレンさんを殴って気絶させてしまったこともあって、意地悪されたことももう帳消しになっている気分だった。
ジャンの場合はそうではなくて、ギレンさんのせいで、初めてスライムの酸にやられる経験をすることになった。
僕も初めてスライムの酸にやられた痛みは、今でも鮮明に覚えているくらいだから、ジャンのギレンさん対する悪感情は、僕の比ではなかったのかも知れない。
それに僕は殴って報復して満足した感じがあるけど、ジャンはそういうのはないし、僕はギレンさんが石切場に連れて行かれる場は見てないけど、ジャンは実際に見ている。
そこら辺の違いもあるだろう。
だから僕とギレンさんが割とスムーズに新たな関係を構築することが出来たのと違って、ジャンとギレンさんは最初はギクシャクしていた。
ギクシャクしている理由は自分にあると、ギレンさんは重々自覚していたし、ジャンも大人の対応をしていて、それが問題化することはなかったのだけど、僕でさえ分かるほど、二人は最初ぎこちなかった。
そんな二人だったのだが、模型作りになって、色々と技術的な問題だとかを話し合っていたら、何だか急激に打ち解けた。
と言うよりも、過去のことに拘っているより先に、現在の問題点についての意見の出し合いの方が白熱して、それどころではなくなったという感じ。
機織り機を作った時にも、すごく感じたのだけど、ジャンもモノ作りとなると、他のことを忘れて熱中する質なのだ。
だから石橋の模型をいざ作りだしたら、ギレンさんとの過去のことは頭から完全じゃないけど、消えたらしい。
やれやれ良かったと、僕は安心したのだけど、その時、ふと思い出した。
あれっ、ジャンって、石を積んで遊ぶのは嫌いじゃなかったっけ。 なのになんで、石橋を作るのにこんなに夢中になっているの?
もしかして、ジャンは石を積んで遊ぶのが嫌いだったんじゃなくて、細かく色々と注意する僕が、小さい時は煩わしかったので、石積み遊びを僕とはしてくれなかったのかも。
うーん、新たな発見、いや考察か。
ジャンに「本当はどうだったの?」と尋ねはしないけどね。 肯定されても否定されても、何だかショック受けそうだし。
僕とギレンさんは、というと、昔の関係が嘘のように、とても意気投合しているる。
というのは、ギレンさんは[職業]石工の特殊技能なのだろうか、僕が空間認識で石のことが分かる以上に、どうやら石限定ではあるのだけれど、石のことが分かるみたいなのだ。
僕は地中に埋まっている石の形状が分かったり、硬いかどうかという性質、その石が鉄を多く含むとかの成分というようなことが、何となく分かるのだけど、ギレンさんは形状が分かるの同じで、それだけじゃなくて、内部のヒビの有無、割れる方向、それからもちろん石の硬さなんてのが分かるみたいだ。残念ながら僕のような成分みたいなことは分からないらしい。
分かることに、少し違いはあるのだけど、僕は今まで自分しかそういうことが分かる人がいなかったので、ギレンさんとは石についての話が共有できる部分が多くて、それでまあ、意気投合してしまったのだ。
石切場にギレンさんが居て、その[職業]が石工だったことは、もちろん他の人たちにも報告した。
その結果としては、領主様なんかは、まあ冷静に報告として聞いていたのだけど、元の孤児院メンバーは一様に顔を曇らせた。
僕が割と以前のなことなんて、何でもないことのように、軽い感じで話したのが余計に悪かったのかも知れない。
「それで、ギレン君は以前とは違って、もう大丈夫なの?」
中でもシスターとルーミエは、とても心配しているようだ。
フランソワちゃんは、その当時のことを知らないので、二人の深刻な様子に戸惑っている。
「シスター、大丈夫だと思いますよ。
僕も思うところがない訳じゃないですけど、ギレンさんは一番最初に当時のことを真摯に謝ってくれましたし、その後の態度にも変な事は何もありません。
それに、まあこれは僕は色々言ってやりたくなってしまうような話なんですが、自分は[職業]が石工だったからこそ、石切場に行くような運命が決まっていたのだと、なんていうか啓示を受けたような気分になってしまったらしくて、今回の仕事に関してはとても一生懸命に努力してくれています」
「そうなの、なら大丈夫かしら。
ナリートは、どうもそういうところは能天気に抜けているところがあるけど、ジャンがそういう風に言うなら」
えっ、シスターのその評価は酷いんじゃないかと僕は思ったのだけど、ウォルフ、ウィリー、マイアが頷いている。 流石に他の女性陣はそんなことはしてないけど。
領主様と文官さんなんて、ニヤニヤ笑っているよ。
ちょっとムッとしたけど、何か言うと藪蛇になりそうなので、黙っているけどさ。
「で、ナリートとしては、そのギレンを新たな橋作りの中心に据えたいという訳だな。
石工という[職業]だからというだけじゃあ、理由としてはちょっと弱いぞ」
「はい、単純に石工というだけじゃなくて、これはその特別なところなのかどうかは分からないのですけど、ギレンさんは石の強度とか、石の内部の割れ目とか、どっち方向に壊れやすいかなんてことが、分かるみたいでした。
その能力は石の建造物を作るのには、やはり突出した才能だと思うので、その才能を活かせる、陣頭指揮できる立場にするのが、最も良いと思います」
「なるほど、まあそういう事なら、とりあえずその方向でやらせてみろ。
最初はジャンが近くで監督すれば、問題行動を取るようなことがあれば、すぐに気づくだろう。
真面目に取り組むようなら、橋の後も、町の修復もやらせよう」
僕の構想に沿って決定がなされたのだけど、何となく腑に落ちないというか、僕としてはスッキリしない決定になった。
ジャンをはじめ、みんな領主様の言葉を普通に了解していたけどさ。
模型作りをしてみて出てきた問題点は、アーチを作る時にその下支えを竹で作ると、どうしてもシナってアーチに狂いが出ることだった。
竹では石の重みがかかると、どうしても曲がって変形する量が大きいのだ。
僕たちは一応模型サイズでは下支えの竹も細くして作ったのだが、どうしても少し大きな石を載せると曲がってしまって、きちんとしたアーチの形を保てない。
成程、この地方ではアーチのある石造建築が少ないはずだ。
僕らは竹製の水道橋を作った時には、ほぼアーチ形になるように作ったのだけどね。
模型を作っていたら、ジャンが思い出していた。
うーん、困ったな。
アーチにしないと、もっと橋脚の高さを高くして、石を徐々に迫り出す形にするしかない。
それとも、もう石の橋という構想自体を諦めて、ちょっと技術的には違い過ぎるけど、コンクリートで作ろうか。 かえって竹の骨格でもその方が作れるような気がしてきた。
ギレンさんが解決策を提案してきた。
「最初から、重い大きな石を使ってアーチを作らなくても良いんじゃないか。
まずは小さい軽い石で、石のアーチを作り、それでは道として使うには強度が足りないだろうから、その小さい石のアーチを土台にして、大きい石を使った本来のアーチを作るんだ。
どうだ、それなら出来る気がするんじゃないか」
なるほど、確かに一度に高い強度のアーチを作らないで、二度に分けて考えればできる気がする。
これも石工としての知恵なのかな、それとも石切場での経験から出てきた解決策なのだろうか。
よし、これで石橋は造れると思ったのだけど、ギレンさんに大問題を指摘された。
「最近というか、俺がここに来てから、あまり石の切り出しをした覚えがないんだ。需要が今は無い、とかいうことでな。
だから切り出そうと思えば簡単に切り出せる場所がたくさんあるし、使わないけど切り出したストックもある。使う石をここで賄うことは出来るとは思う。
だけど、問題がある。
石橋に使う石は、強度を上げるために、なるべく大きく切り出す必要があるだろ。
そうしたらそれを橋を造る場所まで、どうやって持って行くんだ。
川まで持って行ければ、あとは船に乗せるなり、二隻の間に吊るすなり、移動することは出来ると思うけど、船に載せる場所までは陸地を動かさないとならない。
それはどうしたら出来ると思う?」
これは大問題だ。
今までは、そこまで大きな石は使っていないで、荷車に載せて運んでいた。
「荷車だと、石が大きくなると重過ぎて、車軸が折れちゃうね、きっと。
だとすると橇に載せて引き摺って運ぶしかないと思うな」
ジャンが即座に現実的な意見を出した。
荷車に載せることが不可能なら、それが確かに一番現実的だ。
石をそのまま引き摺るよりは、橇に載せる方がずっと楽なはずだ。
「あとは丸太をどんどん並べていって、その丸太が転がるのを利用する方法だな」
「いや、ギレンさん、重い石を丸太の上に載せて動かしたら、丸太はどうしてもどんどん傷んで、取り替えていかなければならなくなる。後ろから前に次々と運んで、替えていってもそれは避けられない。そうなるとかなりの数の丸太が必要となる。
それに使えるだけの丸太があれば、現実的にはその丸太を使って橋を架けるよ。それがないから、石で作ろうとしているんだよ。
それに丸太は、町のところの橋の補修分を確保するのも大変なんだ。無理だよ。
かといって、丸太の代わりに竹という訳には流石にいかないと思うな。竹だと重さに耐えきれずに割れてしまう可能性が高いよ。それも無理だと思うな」
ジャンの言っていることに分があると僕も思った。
それにさぁ、上に載せて転がすとしたら、太さもある程度同じでないと上手くいかない気がするし、そんなのどうやって揃えるのかという話だ。
やっぱり、橇に載せて引き摺るというのが、最も現実的な気がする。
ま、橇もすぐに傷んでダメになりそうだけど。
橇か、橇って元々は雪原だとか、氷原の上で使う物だよね。 あれっ、これって僕の頭の中の知識なのかな。
おっ、ちょっと閃いた。
「ジャン、橇で運ぶとして、橇の地面と接する部分を凍らせたらどうだろう。
溝を掘っておいてさ、そこに水を入れて凍らせて、氷の上を滑らせるのさ」
「あ、なるほど。 氷の上なら、少しの力で動きそうだよね」
「おい、氷なんてどういう事だよ。 冬のとても寒い時だけ石を運ぼうというのか?
それで間に合うのか?」
「いや、ギレンさん、そうじゃない。
氷を作るのは、そんなに大変じゃないんだ。
ま、比較するのが鉄作りで、鉄を溶かすのに比べればという話なのだけど。
鉄を溶かすには炉の中だけど、千度以上にも温度を上げなくてはならない。
それに比べれば、氷を作るには高々数十度温度を下げるだけで用は足りる。
どちらも温度の上げ下げで、生活魔法のプチファイアからすぐ次に出来るようになるヒートの魔法の応用だよ。
ギレンさんは魔法の練習をしていないから、ちょっと様子が分からないかも知れないけど、ギレンさんのレベルなら、すぐに使えるようになるんじゃないかな」
そう言いながら、ジャンはドロップウォーターで小さな水溜りを作ると、それをアイスの魔法で凍らせた。
「ま、僕たちこの魔法は今まで、暑い時に冷たい飲み物を作ったり、狩った獲物の肉を傷まないように保存するくらいにしか使ってなかったのだけど、意外な使い道があったという事だね」
ギレンさんはジャンが魔法を使って見せるのを、目を白黒させて見ていた。
「ジャン、ジャンは俺にもそれが出来ると言うのか?」
そうまともに問われると、ジャンには確信を持って応えることが出来なかった。
それでちょっとだけ心配そうに言った。
「ナリート、ギレンさんも出来るよね?」
「ああ、ギレンさんにもしっかりと魔力の項目はあるから、少し練習すれば使えるはずだよ。 ギレンさんもシスターにヒールをかけてもらったりしているから、魔力の項目があって当然だよ」
「ということだから、僕がギレンさんに教えるよ。 ナリートは天才肌だから、そう、ナリートとルーミエは魔法を教えるのには二人とも向かないんだよ」
何だか急にジャンにディスられた。
「ジャン、よろしく頼む。 俺、きっと出来が悪いから、丁寧に教えてくれ」
「大丈夫ですよ。 孤児院から来た連中はみんな使えるようになっているから、ギレンさんも魔力があるということだから、すぐに出来ますよ」
本文にも少し書いてますが、橇というのは本来は雪上や氷上で使う物です。
エスキモーの犬橇だとか、サンタクロースのトナカイの橇とか、もっと現代的になると冬季オリンピックの競技のボブスレーとかですね。
石だとか、大木だとかを運ぶための物は、本当は橇ではなく、修羅といいます。
何年か、いやもう少し前かな、日本でも古代の修羅が発掘されて、修羅によって巨石を移動していたことが考古学的に証明されたなんてことがありました。
でも、修羅という言葉は一般的ではないので、ここでは橇という言葉を使っています。
ところで、少し太い木をくり抜いて、それを雨樋みたいな形にして斜面に設置して、細い木を斜面の上から下に滑らせて下ろすという装置があるとのことです。
どういう訳か、その道具というか装置も修羅という名前だそうです。
「面白いな」と思うのは、私だけかな。




