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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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204/206

石工

 僕たちが向かった石切場は、川の上流にある。

 川の上流側というと、僕らが育った東の村も上流側になるのだけど、東の村は支流に少し入った場所にある。 僕らがスライムの罠を作ったり、魚を捕っていたのは、その支流になる。

 石切場は、その支流を越えて、もう少し本流を゛遡った近くにある。


 岩山の石を切り出しているのだけど、その切り出した石で、町の建物や壁は造られている。

 といっても、主要というか重要な建物や、壁だけで、庶民の家はやっぱり簡単な土壁で造られていたり、良くて日干しレンガだ。

 畑を囲う壁も、他のところと同じく、開墾した時に出てきた石や、河原から持ってきた石がほとんどだ。

 石は重いので、遠くから運ぶことは、やはりとても大変だから、そこはしょうがない。

 そして、だからこそ舟を使って運ぶというのは、当然の選択だ。


 実は石切場として使えそうな場所は他にもある。

 下流、西の村の先の隣の領へと流れが向かう所は、少し渓谷になっていて、そこも切石にして良いような岩が露出しているのだけど、今のところはそこも石切場にしようという話はない。

 石を積んだ舟を上流に向かって流れに逆らって動かすことは、とても大変な作業になってしまうからだ。

 下流に向かって、流れに乗って動かす方が楽なのは言うまでも無い。

 で、上流の石切場から町へと石を運ぶ途中で、新道の橋が船の運行の邪魔になってしまったのだ。


 僕たちは、石切場が罪を犯した囚人たちを、作業員として使っている場所であることは当然知っていた。

 ま、昔、あれほど記憶に残る騒ぎを起こした相手が送られたと聞く場所だから、当然僕は覚えている。

 でも、その事を僕たちは気にしていなかった。

 だって、もう僕らにとっては遠い昔の子供の頃の出来事で、今の自分と何かの関わりがあるとは思ってもいなかったからだ。


 それでも僕は、その男に気が付いた。

 まさか彼が今でもこの石切場に居るなんて、僕は全く思ってもいなかった。 僕は何も考える事なく、彼はもうとっくにこの石切場から解放されて、どこか遠くに去ってしまっていると思い込んでいたからだ。

 忘れたい事柄だから、思い出そうとしたこともないからかも知れない。

 それでも僕は、彼が歳をとり、姿も顔も少し変わっていたはずなんだけど、彼だとすぐに分かった。

 そう、僕にとっては殺されかけたと認識している相手なのだ。 自分が考えている以上に僕の潜在意識は彼を敵として危険人物と認識していて、強く刷り込まれているのかも知れない。

 石切場には罪を犯した囚人たちも居るということで、僕は無意識に索敵をして、辺りを警戒する気持ちがあったからもあるかも知れない。

 その索敵に、彼は強烈に引っかかってきたのだ。


 彼は僕から見やすい位置に居た。

 なんで? と思ったが、すぐに僕は逆の可能性に気がついた。

 彼は僕らが見やすい場所に居たのではなく、僕らが良く見える位置に居させられたのかも知れない、と。

 僕は、自分が孤児という境遇だったからかも知れないけど、他人の悪意、そんなに酷い悪意ではないけど、ちょっと自分が楽しむようなちょっとした悪意にも敏感なところがある。

 そういった悪意を僕は感じてしまった。

 彼を監視している人が、彼に僕らを見せて、その反応を楽しもうとしたのだ。 嫌だな。

 彼は僕らのことに気がついていないというか、僕らが誰か認識していないようだ。

 彼を監督している者は、僕たちを直接では無いけど、誰だか知っていて、彼とどういう関わりがあるかを知っているのだろう。


 僕は彼に気がついたのだけど、ナリートは視察の目的である石の方にばかり意識が向いていて、彼には気がついていないようだった。

 僕はちょっとどうしようか迷ったのだけど、自分が気がついてしまったから、ナリートにも教えないといけないかなと思った。


 「ナリート、あそこに知り合いが居るよ」


 「えっ、こんなところに知り合いって居たっけ?」


 ナリートは注意を僕が示した方に向けて、すぐに気がついたようだ。

 そしたら僕の予想外に、ナリートは何の躊躇いも見せず、スタスタと彼に近づいて行った。


 「リーダー、久しぶりです。 まだここに居たんですね」


 「ナリート、リーダー呼びは失礼だよ。 ちゃんと名前で呼ばないと。

  もしかして思い出せないの? ギレンさんだろ」


 「えーと、そうだっけ。

  僕、リーダーとしか呼んだことがなかったから、名前忘れていたよ。

  じゃ、あらためて、失礼しました。 ギレンさん、お元気ですか?」


 彼、ギレンさんはぼーっとして、霞がかかったような目をしていたが、ナリートに話しかけられて、急激に目の霞が晴れていった。

 そしたら急に、ギョッとした顔をした。


 「お前、もしかして、ナリートか?

  もう一人はジャンなのか?」

 ギレンさんは、僕の方にも視線を向けて言った。


 「はい、お久しぶりですね」

 ナリートは何の屈託もない調子で、そう言った。

 

 僕も仕方ないので、それに合わせて返事をした。

 「はい、そうです。 本当に久しぶりですね」


 ギレンさんは、本当に気まずそうな様子で、ちょっと下を向いて何だか逡巡していたけど、意を決するように僕らの目を見て言った。


 「今になって言えることじゃないけど、あの時は本当に悪かった。

  許してくれ。

  今ここで、気が済むまで殴ってくれて構わない」


 「あははは、ギレンさん、そんなこと気に病んでいたんですか。

  僕たちは、もうとっくにそんなことは忘れていましたよ。

  なぁ、ジャン」


 「うん、そうだね。 随分と昔のことだからね」


 僕はそんなことないのだけど、ここはナリートに話を合わせるところだろう。

 ナリートはきっと本当に忘れていたのだろう。


 ギレンさんは、ホッとした顔をしてから、何だか眩しそうに僕らを見て言った。

 「二人とも立派になったなぁ」


 「そう言うギレンさんだって、立派な体格じゃないですか」


 ギレンさんは、僕らの身なりなんかを見て、孤児からそれなりの立場になったのだろうと見てとって、その上での言葉を発したのだろう。

 ナリートは単純に小さかった自分たちが、ちゃんとした体格に育った事を言われたのだと勘違いしたようだ。

 なんて言うか、ナリートはこういうところはとても鈍いんだよね。


 ギレンさんも、ナリートのその勘違いに気付いたようだけど、それに合わせて言葉を続けた。

 「ああ、俺の方も毎日、肉体労働だからな。 体だけは前より立派になったとは思うよ」


 そう言われてみると、他の労働者を見てみると、少しひょろひょろした人が多い気がするが、ギレンさんはしっかりとした体格をしている気がする。

 ナリートは何だか少し変な顔をして考えていたみたいだけど、急にギレンさんに言った。


 「ギレンさん、ギレンさんの事を見てもいいですか?」


 ギレンさんは何を言われているのか理解できず、急な話題の展開でもあって、呆気にとられている。

 僕は一瞬で理解した。


 「ナリート、それじゃあギレンさんは何を言っているか、全く分からないよ。

  ギレンさんは、ナリートが見れることを知らないんだから」


 「あ、そうか」


 「ギレンさん、ギレンさんは神父様に見てもらって、職業を知りましたよね。

  ナリートは神父様と同じように、誰かを見て、その人の[職業]、いえそれ以外も、神父様よりもたぶん詳しく見ることが出来るんです。

  それで、神父様と同じように、ギレンさんを見ても良いかと尋ねたのです」


 「何だか良く分からないが、神父様と同じようにというなら、俺がどうなる訳でもないから、別に構わないぞ」


 「それじゃあ、見せてもらいます」


 ナリートはギレンさんを見ると、何だか嬉しそうな顔をした。


 「ギレンさん、ギレンさんは神父様に職業は何だと知らされました?」


 「ん、そんなの普通に村人さ」


 「それ、違ってました。

  ギレンさんの本当の[職業]は石工でした。

  だからですね、きっと。 今のギレンさんの[全体レベル]は12ですから」


 12か、だからなんだな。 僕は納得した。

 どう見ても、ギレンさんは目の霞が晴れたこともあるのだけど、周りの人よりも強く感じるんだよね。

 [全体レベル]12というのは、僕たちの中ではもうちっとも珍しくはないのだけど、普通ならかなりの高レベルだから。


 僕はギレンさんのレベル12という値に注意が向いたけど、ギレンさん自身はそこではなく、石工という職業に注意が向いたようだ。


 「俺が石工?」


 ギレンさんは、ナリートにもう一度確かめると、次に僕にそれを信じて良いのかを問う視線を送ってきた。


 「ギレンさん、ナリートが言うことは、神父様に教えてもらった事より確かだと思いますよ。 僕もそうでしたから」


 「そうか、そうなのか、俺は石工だったのか」


 ギレンさんは自分が石工だったことに感動しているのかな。 納得しているのかな。

 どうしたのだろう?

 あ、そうか、僕たちは[職業]が全てではないということを、身近に、領主様なんていう強烈な存在で知っている。

 だけど、ギレンさんは普通のというか、今までのというか、[職業]によって人生が決まってしまうというような意識で生きていたんだ。

 だから、自分の[職業]が村人ではなく、石工だと知って、人生観の根底から揺さぶられているのかも知れない。


 「そうか、俺は本当は石工だったのか。

  そうか、俺は石工だから、運命が俺をこの石切場に連れて来たんだ。

  そうだったのか、俺は心から納得したぞ」


 いや、ギレンさん、あなたがこの石切場に送られたのは、あなたの素行が悪かったせいで、運命がここに連れて来た訳じゃないから。

 僕は、そう言いたい気持ちをやっとのことで抑えた。

 やっぱり僕はギレンさんのことを、かなり恨みに思っていたのかも知れない。


 僕がそんなことを、ギレンさんの様子を見て、つらつら考えていたら、ナリートが言った。

 「ジャン、何、平然としているんだよ。

  石工だよ。 ギレンさんは石工だよ。

  今、ちょうど必要としている人材じゃないか。

  きっと凄く助かるし、これで石橋作りはきっと上手くいくぞ」


 あ、なるほどね。 ナリートが興奮してたのは、そういう事か。


 「ギレンさん、ギレンさんは石工だから、これから僕たちが持って来る仕事をしてもらえると、きっとギレンさん自身のレベルもどんどん上がって、石工としての腕も上がりますよ」


 ギレンさんは、ナリートの言うレベルというのは何なのか分からないようだけど、石工としての腕が上がるという言葉には、凄く興味を示した。

 この後、僕らはギレンさんに案内してもらって、石切場を視察したり、採れる石が石橋を作るのに使えるかどうかなんかを確かめることになった。


 ギレンさんを監督していた者は、自分が考えていた結果と全く違う想定外の事態になって、驚いてもいたけど、内心ガッカリしたようだ。

 僕は態度には出さなかったけど、内心「ザマアミロ」なんて思っていた。

 僕はああいう、自分が密かにいじめて、楽しむためだけの、ちょっとした悪意が大嫌いなんだ。

 

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