石切場
「ギレン、これから視察の人が来るが、お前、問題を起こさないように、静かにしていろよ」
監督はわざわざ俺に向かって、そんなことを言った。
「騒ぐ訳ないです。 監督はいつの頃の俺のことを考えているんですか。 俺はもう何年も問題一つ起こしたことないです」
「まあ、確かにそうなるか。
だがな、ギレン。 俺の記憶の中には、どうしようもないクソガキのお前が、しっかりと残っているんだ。
その記憶が俺に言うのさ、お前に注意をしておけとな」
そう言われてしまうと、俺は何も言えなくなってしまう。
ここに強制的に連れて来られた時、俺は即座に逃げてやろうとした。
当然見つかって、俺は逃げられないように足枷をはめられることになってしまった。
足枷がはめられていては、どうにも逃げることなんて不可能だ。
俺は足枷をはめられたまま、石切場の苦しい労働を強制的にさせられることになった。 完全に罪を犯した囚人と同じ扱いだ。
「俺は罪を犯して、ここに来た訳じゃねえ! 」
そう大声で喚いたが、相手にされなかった。
「ギレンといったか、お前は何を言っている。
神父様が慈悲の心で、公式に罪が記録されるのを避けてくれただけで、お前は自分に罪があるのを良く知っているだろう?
そしてこれも慈悲で、最初は足枷を付けないでおいてやったのに、お前は自分からその待遇を拒否したということさ」
「俺は罪なんて犯してねえ!」
「そう思っていたいなら、そう思っていても構わないさ。 お前がどう思っていようと、お前の待遇を決めるのはお前の行いだ。 そしてお前の行いを見て、お前の待遇を決めるのはお前じゃない」
俺がいくら喚こうが泣こうが、全く相手にされなかった。 俺はチャンスを掴んで、絶対に逃げてやると誓った。
どうにもならず辛い労働の日々を過ごして、やっと足枷が外される時が来た。 俺は仕方がないから従順になったフリをして、この時を待っていたのだ。
十分油断をさせて、俺は逃げたつもりだった。 そんな俺の行動は予想されていたみたいだ。
俺はほとんど逃げることも出来ずに、すぐに捕まってしまった。
また足枷がはめられて、厳しい労働が課せられてしまった。 2度目は足枷が嵌められている期間も1度目よりも長かった。
それでも俺は、まだ逃げることを諦めていなかった。 こんな苦しい労働をさせられるなんて耐えられるか。 そんな風に常に思っていたからだ。
今度こそ失敗しない。 俺は慎重に機械を伺って、逃げようと考えた。
チャンスを待っていると、しばらくして俺への監視が緩くなる絶好の時があった。 この時だと思って、俺は石切場を逃げた。
石切場から見つからないように慎重に隠れながら脱出した。 さてどこに向かおうかと、やっとの思いで他の場所につながる道に出たその時、また俺はあっさりと捕まってしまった。
「ギレン、お前はバカだな。 お前への監視が、そう簡単に緩くなるはずがないだろうが。 脱走を企てた前歴があるのだからな」
「もしかして、緩くなったのは罠だったのか。 汚ねえぞ」
俺がそう言っても、俺を捕縛した監視の奴らは鼻で笑うだけだった。
俺は石切場に戻され、また足枷をはめられた。 そのまま前と同じに労働に従事させられるのだと思ったら、今度は少し勝手が違った。
「ダレン、2度も逃亡を企てたのだ、その上、もう成人に達しているのだから、軽い措置にはならない。 今度こそ必死で働くのだな」
俺は今までとは違う場所で働くことになった。
重犯罪者が働かされている、石切場の中で最も危険で過酷な場所だ。 事故も多く、死者が出たこともある現場だ。
流石に俺の心は折れた。 真面目に働いて、早く別の場所で働かせもらえるようにしなければ、俺は死んでしまうかも知れない。 死なずに済んだとしても、大石に手足を潰されるなんてことになるのも嫌だ。
とにかく真面目にやって、この危険な現場の中でも最も危険な場所にだけは配置されないように、監督している者にアピールしなければならない。
脱走を考えている余裕なんてない。 それ以上に、俺の心は完全に折れてしまった。 前に配置されていた場所に戻れるように頑張ろう。 そこに戻れれば、俺はもう満足だ、と。
ここまでの事態になって、俺はやっと自分のしてきたことを冷静に振り返った。
自分がしたことが、これ程までに罰を与えられるようなことなのだろうかと考えた時、それに反発するだけでなく、冷静に考えてみなければならないことに、やっと気がついたのだ。 いや、無理やり気付かされたのだ。
冷静になって、自分のしたことを考えてみたら、最低だった。
今の自分は、死の危険に怯えるような現場に配置されてしまったが、それでも十分に気をつけて、言われた通りに変なことをしなければ、事故は起こらず、自分の安全は何とか保てる。 ただし周りの一緒に作業する者も、しっかりきちんと作業するという前提が゛必要だけど。
でも自分が行ったのは、そうではなくて、死者が何人か出てしまってもおかしくない状況に、孤児院で自分が率いていた者たちを追い込んだのだ。
俺が今、自分が追い込まれた状況より、もっと理不尽じゃんか。 俺は自分でこの状況を招いたのに、彼らはそうではない。
俺は本当に心が折れてしまった。
俺が、今のような状況に置かれることは当然のことなのだ。 俺はそれだけのことをしてきてしまったのだ。
俺は、自分から何かをしようと考えることが出来なくなった。
でも、だからといって、死にたくはない。
死なないだけの為に、俺は何も考えず、監督に言われた通りに労働に励む。
今の俺に出来ることは、それしかないのだ。
空っぽになった俺に関係なく、時は流れていく。
従順になった俺は、一番危ない現場からは外されたが、何だかそれもだんだんどうでも良くなってきた。
死にたくないと思ったのは確かだけど、もう俺は自分が生きているのか、死んでしまっていて体が勝手に動いているのか、どっちだか分からないような感じだった。
確かに日常を過ごしている。 でも心はもう何も感じていない。
監督がわざわざ俺にしずかにしていろと注意した視察がやって来た。
視察が来たって、俺に何の関係があるのだ、俺のしなければならないことに変わりはないと思った。
俺は、そのやって来た視察に関わることなく、自分に与えられた仕事をしようとしていた。
だが、その日の俺を担当する監督は、俺に対して普段から厳しいというか、意地の悪い監督だった。 ま、それも今の俺にとってはどうでも良いことで、大した事ではない、という程度のことだ。 明日はまた担当が変わるのだ。
ところが、その日の監督はわざわざ俺を視察を近くで見る位置に連れて行って、そして言った。
「ほら、ギレン、見てみろよ。 お前の知り合いなんだろ。
お前と違って、彼らは偉くなったなぁ」
何だか、とても皮肉っぽく言われたが、俺にとってはどうでも良いことだ。 視察に来た者が誰であったって、俺には関係ない。
俺は言われたから、その視察たちに視線をチラッと向けたけど、興味もないから、それが誰か知り合いなのかを確かめてみることもなかった。
しかし、こちらから見ることが出来るということは、あちらからこちらを見ることも出来るということだ。
俺が考えてもいなかった事というだけでなく、俺を少し苛めるまでもいかないか、揶揄うくらいの気分で、見るように言ってきた監督も予想していなかったらしい事態が起こった。
俺が見た二人は、俺に気がつくと、二人て何か話していたみたいだが、その後、俺の方に向かって歩いて来たのだ。
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僕たちが川に架けた橋は、問題があることが発覚した。
何故誰も計画の一番最初の時点で気が付かないんだよ、という大きな問題だった。
僕らが架けた橋は、石材を積んで運行する船の妨げになってしまうのだ。
実はこの問題は、僕たちが架けた橋だけに限った問題ではなかった。
商人が整備した道の、川の浅瀬を渡る部分も、馬車が渡り易いようにと、川底に並べて設置された石が、船の運航を妨げるのだ。
南の村から町に通じるメインルートの橋が、木製ではあるけど、この地方の割には立派だったことには意味がやはりあったのだ。
僕たちは、そんなこと領主様とか文官さんとか、最初に気づいてよ、と思ってしまった。
僕らにはあまりに関係が無さ過ぎて、川を石材を運ぶ船が運行することさえ見たことがなかったし、知らなかったよ。
まあ、最近はずっと運行されていなくて、領主様や文官さんたちも忘れていたらしい。
ここに来て、町の建物や壁に補修の必要が出てきて、新たに石材がある程度の量が必要となり、運ぼうとして気がついたのだ。 全く何やっているのか、と思ってしまった。
まあ、考えてみれば石切場があることは僕らも知っていたのだし、そうしたらその切り出した石を運ぶ方法として、船が一番有効であるのは当然ではあるのだけど、なんでみんな忘れていたのか。
そもそもにおいて、僕らは石材という存在を忘れていた。
石を忘れていた訳ではない。
石は、鉄のナイフが買えるようになるまでは、僕らはせっせと手頃な石を加工して石のナイフなんかを作って利用していたのだ。
城下村を作り出してからだって、利用していなかった訳じゃない。
家の一番の基礎の部分とか、強度が必要になる場所には石を使っていた。 特に竈門なんかはやはり石を積んで作った方が、全然持ちが違う。
前は囲炉裏にすることが多かったのだけど、最近は家の中の暖房には暖炉にすることが多くなったりもしている。 煙の問題があるからね。 そうすると暖炉も石の方が都合が良い。 火を消してからの、温まっている時間も長い気がするんだよね。 煙突の部分の主原料は土だけど。
そんな風に石というモノを忘れていた訳でも、使用していない訳でもなかったのだけど、使用量が減ったのは確かだ。
石壁を作らないで、土壁の表面をハーデンで硬化させて耐久力を高める方法で、十分にスライムと一角兎を防げることになったので、まずは石壁を作らなくなったのが大きい。
それと僕たちの石の使い方では、畑作りの時に邪魔になって掘り出した石や、河原の石で用が足りてしまい、切石を使うまでの必要が無かった。
切石は、町の防壁や、町の大きな建物の建材として使われるモノであって、僕らが使うモノでは無かった。
そんなこともあって、石という素材は忘れていなかったけど、ぶっちゃけ切石という存在は、僕らは完全に忘れていたのだった。
だって、竹と、土があれば、土魔法でやれば大体のことは用が済んでしまう。
見栄えだとか、強度だとかが問題になるところも、レンガがあればほぼ大丈夫。
そして僕の頭の中では、石で作ることを飛び越えて、コンクリート造りに移行してしまっていたのだ。
もう少し、鉄の生産量を上げることが出来たら、それこそ鉄筋コンクリート造りが出来るんじゃないかと考えていた。 少なくともセメントの目処はついている。
ところがここで急に切石の必要性が出て来てしまったんだよなぁ。
原因は一番は町の施設の老朽化なのだけど、直接的には北の村で地滑りを起こした大雨の影響である。
大雨は北の村で地滑りを起こしただけでなく、町の諸々のところで、もう既にあった不具合を、それによって完全に対処を迫るまでに広げてしまったのだ。
それこそ僕は、最初安易に、そういう補修くらいならコンクリートで済ませてしまえばと考えたのだが、そういう訳にもいかないようだ。
まずはコンクリートで簡単に補修したのでは、周りと見た目が大きく変わってしまい、美観を損ねるという問題があった。 確かに安易なコンクリートによる石造物の補修は、違和感が大きいよね。
次に、コンクリートの補修では、出来る人が限られてしまうし、石の建築や土木工事を生業としている人の仕事を奪うことになるという問題があった。
そうなんだよね、新興開拓村で、その中心が元孤児の若い集団である僕らは、忘れてしまいやすい視点というか、根深い問題点なんだよね、そこは。
だけど、ここまで規模が大きくなって、領全体に関わってきていると、絶対に忘れてはいけない部分なんだよね。 ちょっと面倒なんだけど。
それで石を運ぶための少しだけ大きな船が通るには、僕らが新道のために作った橋は、邪魔になってしまうのだ。
橋の路面と桁を兼ねるコンクリートの板は、鉄筋には出来ず竹筋だし、板として制作する都合と、作ってから動かす都合で、大きさを決めた。 当然そんなに大きなモノではない。
それらを載せる橋脚はそれだから間隔が短く、川の中に幾つも作られた。
川の深さも問題になるけど、第一に橋脚と橋脚の間の距離が短か過ぎて、少し大きい船では通れないのだ。 元々船が通ることなんて考慮してない。
ということで、新たに、もっと橋脚の間の距離を開けて、今までよりも水面と橋の路面の高さが高い、大きな橋を作らねばならなくなった。 今までの橋は増水したら沈むことが最初から前提だったから当然だな。
ま、それ自体は少しくらいの増水では関係なく、橋が使用できることにもなる訳で、歓迎すべきことなのだけど、問題はその橋を作る素材だ。
木で作るのが最も普通で簡単だけど、そのためには他領からそれなりの太さ長さの木を買って、運んで来なければならない。 町近くの橋が、このパターンだ。
あの橋が作られた時にはそれしか方法がなかったのだろうけど、使う木を他領で見つけて、買って、運ぶという手間ひまがとてもかかるし、お金もかかる。 その上、あらためてこの領の、木材資源が不足している弱点を広く知らせるような行為であることも問題だ。
出来るなら他の方法で作りたい。
で、僕らが出来る選択肢は、鉄筋コンクリートというのはまだ鉄がそこまで作れないから却下。 レンガ作りは、水に強いレンガでないとダメなので、全てを焼成レンガにしなければならず、大量に生産するには時間がかかるので却下。 コンクリートのブロックを作ってという方法は、鉄筋ではなく竹筋でブロックを作るので、その耐久性が心許ない。
ということで、残った選択肢は、石造しかない。
橋脚の部分なんかは、集めた石を積んで、コンクリートで補強で構わないだろうけど、
橋脚の間を繋ぐにはアーチを作らなければならない。
アーチの部分と、アーチの土台となる部分は精密に積み合わさってないと、アーチは作れない。 他は良いけど、その辺りは、きちんと設計通りに切った石でないと作れない。
ということで、僕とジャンはまずは石切場の視察に行くことになったのだった。
町の補修に使う程度の大きさ、精度の石はともかくとして、橋のアーチに使うなら、大きさも形の精度も、しっかりとした石でないと困る。
それに切り出している石が、強度に欠ける石だった場合、石で作ること自体を考え直さねばならなくなるからだ。




