あの時期になっていた
橋作りは、まずは橋本体に向かう道を作ることから始まった。
今回の橋作りは、橋の下を船が通ることが出来るようにすることが目的だから、橋は川の水面からある程度の高さがなければならない。 アーチを作るのは橋脚と橋脚の間の距離を広くする目的もあるが、主目的は高さを得る為だ。
水面よりもある程度高い位置に路面があることになるのだから、当然川の水面の上だけでなく、、橋に向かう道の部分も高さが必要になる訳だ。
現実的には川のある場所は、城下村側からはなだらかに下った先に河原がある形で、対岸側は狭い河原の先が崖というか段差になって高くなっている。 で、こちら側は橋の路面となる予定の大体の高さの場所から盛り土をして道の高さを合わし、対岸は崖に作った坂道の途中に接続する形で、こちらも道を伸ばすことになる。
盛り土だけで用が済めば面倒は少ないのだけど、川の水面に近い部分まで単純に盛り土にしたのでは、川が増水した時には水が盛り土の部分にぶつかって、削ってダメにしてしまうだろう。
こちら側はある程度の距離、対岸側は河原が狭いので、そのままずっと橋脚を作って、橋の長さを普段の水面の幅よりもかなり長くする必要があるだろう。
ま、水面の上ではなくて、地上の部分で低い橋脚でアーチを作る試しが出来るから、悪い話ではない。
この橋作りの作業は、最初は元孤児院卒の年長の者を当てようかと考えた。
作業としては大変だろうから、レベルが高くなっていて、体力や筋力が上がっている者の方が良いだろうと考えたからだ。 それに年長組の中には水道橋の建設で、竹とレンガでだけど同じようなアーチの建造物を作った経験がある者もいる。 それを考慮したのだ。
ところが実際に工事を始めてみてからは、担当がすぐに交代になったようだ。 ようだというのは、僕たち、つまり僕とジャンも橋の工事から離れたからだ。 僕とジャンとしては石橋を作ることは、とても楽しく感じていたのだけど、それよりも優先するべきことがあったから仕方ない。
それについては後にして、橋作りを担当する人員が交代になったのは、効率の問題からだった。 橋を作るのに石を運んだり積んだりは、力が強く体力がある者の方が良いのは当然なのだが、土を柔らかくしたり、固めたりという魔法を使う機会は少なくて、魔力はあまり問題にならない。 それならば適している人員は別にもいる。
そう、元冒険者の先輩方がピッタリの人材なのだ。
つまり、先輩方が担当している干拓工事は、土や水の魔法が使える方が効率が良いのだけど、魔法に関しては先輩方は残念だけど、後輩の孤児院組よりも劣っている。 それならば干拓の方を孤児院組がやって、石橋の方を先輩方に担当してもらう方が、効率が良いのだ。
それとやっぱり、ギレンさんの悪評はちょっと孤児院組には広まっていたので、石橋作りにはギレンさんは関わってくるので、その辺のわだかまりがない先輩たちの方が問題がない。 それに冒険者の先輩方の指導に当たってもらっている三人はギレンさんを直接知っていて、ギレンさんは逆に彼らには元から頭が上がらなかったらしいので、スムーズに進みそうだ。
水道橋を作った経験者が数人、石橋作りにその経験を活かすために、担当として残ったのだけど、その数人が一番やりにくそうだけど、それは仕方ないかな。
そうそう、橋脚の石を積んで固定するのに、セメントを使うことにしたので、キイロさんもそれに加わっている。 セメントに関しては僕の次に詳しくなったのはキイロさんだからだ。
領境の壁も、まだ完成という訳ではないのだけど、石橋作りはかなり大きな事業になってきて、人員を取られてしまっている。 人手不足だけはどうにもならない。
さて、僕とジャンなのだけど、ちょっと前に領主様に言われてしまった。
「ナリート、完全に頭から抜けているみたいだが、今年はお前も行くのだからな。
ウィリー、ウォルフの二人は無理だから、二年連続になるが、ジャンもお前もだ」
僕ら二人が何を完全に忘れていたのかというと、貴族の務めである王都行きだ。
僕は領主様の養子になったけど、当然ながら自分が貴族の一員という意識はないから、王都に行く必要があるということをすぐに忘れてしまう。 ま、貴族という意識がないのは領主様自身もだろうけど。
去年は僕は行かなかったのだけど、今回はどういう人員になるのだろうか。
ウィリーは、まだ子供が小さいからダメだろうな。 マイアは行きたがっているから、きっと来年は行くことになるだろう。
ウォルフは、エレナが妊娠中だから当然ダメだ。 まだそんなにお腹が大きくなっていない気がするけど、馬車旅はダメだよね。
で、僕ら二人という訳か。
「私は今回は行かないけど、ルーミエとフランソワは行って、それぞれに義務を果たしなさい。
今回はミランダさんとマーガレットも一緒に王都に行くから、二人はマーガレットと共に、前に院長先生に連れられて行ったように、王都の教会や孤児院を三人で回ってね」
「えっ、領主様が行くのにシスターは今回は行かないの?」
ルーミエがちょっと意外だという感じで聞いた。
「今回はマイアだけじゃなくて、エレナの代が四人ともでしょ。 エレナは少し後の予定だけど、他はちょうど出産になってもおかしくない時期と重なっちゃったのよ。
人手が足りない可能性があるから、私は居残りね」
「マーガレットも一緒なんですか?」
こっちはフランソワちゃんだ。
「ミランダさんが教会の本部に用事があるのよ。
それで良い機会だから、マーガレットも連れて行くということね」
「ロベルトはちょっとがっかりかな」
ジャンがちょっと冗談を言った。
「私、あまりミランダさんとマーガレットさんを知らないから、ちょっと心配。
馬車の中は、私とその二人でしょ」
アリーが少し弱気の発言をした。
そうだった、僕らはルーミエとフランソワちゃんも含めて、馬車に長く乗るのには懲りていて、みんな自分で騎乗して向かう。 馬車に乗るのはその三人になるのかな。
「大丈夫よ。 確かにアリーはあまりマーガレットと今まで接点が無かったかもしれないけど、マーガレットは私とルーミエの学校時代からの友達だから」
「うん、マーガレットは僕とも気さくに話すから、アリーとも仲良くなれると思うよ。それからマーガレットはシスターの学校に入って王都で暮らしていたことがあるから、アリーが知りたい王都の衣料品屋とか知っているかもしれないよ」
あれっ、アリーも王都で何かしようとしているのかな?
僕たちはシスターやウォルフたちに見送られて、ミランダさんとマーガレットとは町で落ち合って王都を目指した。
待ち合わせを領境の砦にした方が楽なんだけど、領主様や文官さんたちは町の方にある書類なんかも必要だったみたいだし、ミランダさんも西の村から出て来て、やっぱり町にも用事があるようだった。 きっと当然院長先生のところにも行ったのだろう。
そう、今回、院長先生は王都に行かないみたい。 ま、もう歳だからね、王都まではやっぱりちょっと長旅という感じだからね。
王都への旅は、領主様たちだけでなく、僕とジャンも疎外されているような感じの旅路になってしまった。
つまり、ルーミエ、フランソワちゃん、アリー、そしてマーガレットのおしゃべりが移動の間中爆発を続けていたのだ。
最初こそ、アリーが馬車の中で、ミランダさんとマーガレットと一緒で緊張していたのだけど、馬車の中でずっと座っているのは辛いから、降りて一緒に歩いたりもする。 そうなると歳の変わらない女性陣のおしゃべりが、あっという間に大きく爆発したという訳だ。
僕とジャンにしてもそうだけど、ルーミエとフランソワちゃんも常に騎乗しているという訳ではない。 半分以上は馬を引いて歩いたりしている。
元々、馬車の旅なんて、何か特別に急ぐ事態でもない限り、振動の問題もあるから歩きと変わらない速度が普通だ。 騎乗しての移動も同様だ。 どちらもずっと同じことを続けるのは辛いから、半分は自分で歩いたりもするんだよね。 本当の貴族とか、お姫様はどうするのかな、なんて僕は思うのだけどさ。
で、まあ、アリーやマーガレットは、歩いたり、ルーミエとフランソワちゃんが引く馬に乗せてもらったりと、王都までの移動を楽しんでいるという訳だ。 アリーは前も馬車の移動で、その時はジャンの馬に乗せてもらったこともあったみたいだけど、マーガレットは自分で歩いての移動しか、今まではしたことがないらしい。 ま、学生とシスター見習いだったのだから、当然そうだろう。
で、可哀想だったのがミランダさんだ。
ミランダさんは自分も降りて歩いてしまうと、馬車の中が空っぽになってしまうので、御者をしている人になんだか申し訳なくて、乗り続けることになっていたらしい。
僕らも経験があるけど、ずっと乗り続けているのは辛いんだよなぁ。
ミランダさんも徒歩での移動しか経験が今まで無かったらしくて、馬車での移動を最初は辞退したりしていたけど、ちょっと喜んでもいたみたいだ。 ま、それはマーガレットも同じだけど。
でも現実では、かなりの苦行になってしまったみたいだ。
まあ、歳の差も立場の差もあるから、ルーミエたち四人に加わっておしゃべりというのも出来なかったというのもあるよね。
王都に着いた僕らは、ミランダさんとマーガレットの二人とは別れ、王都邸で翌日一日だけは休んだ。
休みは一日だけで、その次の日からは僕らは王都での役目を果たさなければならない。
まず王都での役目で最初に嫌なのは、普段とは違った服装をしなければならないところなんだよな。
僕は領主様の服装に準じた、似合もしないと思う貴族の格好をしなければならない。 ジャンも同行する必要から、きちんとした執事か何かという服装だ。 正確には執事の服装ではなく、文官騎士という格好らしい。 ま、剣を下げているから、そうなのかな。
僕とジャンは一緒に着替えたのだけど、去年の時、初めてそんな格好をしたはずなのに、なんだかジャンの方が僕よりも手慣れた調子で着替えを終えた。 ちょっと悔しく思った気持ちが顔に出たのかな。 ジャンに慰められた。
「ナリートの方は、貴族の格好だから。 僕の方がそれから比べればシンプルだから」
僕たち二人が着替えを終えて、玄関ホールで一緒に出かける領主様を待とうとしていたら、ミランダさんとマーガレットがそこでルーミエとフランソワちゃんを待っていた。 二人は領主様とではなくそっちで、今日は別々だ。
ミランダさんとマーガレットは、シスターだからいつもと変わらないのだけど、少しだけ普段より綺麗な服を着ているような気がする。
階段をルーミエとフランソワちゃんが降りて来て、僕とジャンは同じ顔をしてしまった。 何だよ、ずるいなぁ。
ルーミエとフランソワちゃんは、男爵家の女としてどんな格好をしてくるのかなとちょっと思っていたのだけど、二人ともミランダさんとマーガレットと同じ、シスターの格好をしてきたのだった。 その後ろにアリーがいたのだけど、アリーも普通の町娘の格好だ。
「あれっ、三人ともそんな格好なの?」
僕がなんと評しようかと迷っていたら、ジャンがストレートにそう言った。 しかし賢明にも、不満だという雰囲気は匂わせなかった。
「私とルーミエは、これからミランダさんたちと教会や孤児院に行くのですもの。 この格好で当然でしょ」
「私は、この屋敷の人に案内してもらって、王都の服飾店を中心に見て回るの。 だから一番普通の格好」
まあね、フランソワちゃんもルーミエも、本当にシスター、それも今は中級シスターとして登録されてもいるからね。
二人とも髪を隠すフードまできちんと付けているから、目立たなくて良いかもしれないけどね。 ルーミエの輝く金髪だけじゃなくて、フランソワちゃんのピンク髪も何だか艶やかで目立ってしまうんだよね。
「ねえねえ、私も良く見てよ。 ちょっと違いを感じない?」
マーガレットがそんなことを言ってきた。
いや、確かに普段の格好よリも綺麗なというか、なんか高級そうなシスターの服を着ている気がするけど、それは単に普段は古くなっている服を着ているからの気がするし。
ルーミエが気がついた。
「マーガレット、中級シスターになったの?」
「うん、あなたたちより遅れたけど、私も町で院長先生に任命されたの。
どう、ちょっと驚いた?」
「うん、なんで歩いている時に教えてくれなかったの?」
「えっ、だって、ちゃんとした格好で披露したかったのよ。
シスター・ミランダも昇級したのよ」
本当だ、ミランダさんの付けているリボンは黄色だった。 つまりミランダさんは上級シスターになったのだ。 他の三人も茶色のリボンだから、年齢からしたらびっくりらしいけど。
「私、マーガレットが中級シスターになるのは納得出来るのよ。 マーガレットはルーミエと同じように、イクストラクトで寄生虫を排除することも出来るからね。
でも私は、イクストラクトを使えなくはないけど、ナリートと同じで寄生虫の排除は出来ないのよね。 それなのに、私も中級なのは、自分のことだけど納得できないわ」
「フランソワちゃんが、イクストラクトで寄生虫を排除できないのは、寄生虫が気持ち悪くて見るのも嫌だと思っているからだと思うよ。
その気持ちの悪いのを、体内から排除してあげるんだ、と考えれば、フランソワちゃんが出来ない訳がないと私は思うんだけどな」
「それに、イクストラクトて寄生虫が排除出来るかどうかが、直接初級か中級かという基準じゃないよ。
見習いシスターでも、イクストラクトが得意で、寄生虫を排除できる子がいるよ。 でも、その子はまだ初級にもなれてない」
ミランダさんが上級になったという方に話が行くのかと思ったら、また中級の話に戻ってしまった。
ルーミエの説だと、僕も排除してあげるんだという気持ちが足りてないということなのかな。 フランソワちゃんじゃないけど、僕も寄生虫はどれも気持ち悪くて見るのも嫌なんだよね。
それにしてもミランダさんは上級シスターか、昔からすごく努力していたのは知っていたけど、凄いな。




