始まった修行は厳しかったけど
北の村から戻った僕とジャンは、もう二人とは違ってすぐにハードな毎日になってしまった。
なんでもう二人、つまりウィリーとウォルフだけどさ、その二人と違う毎日になってしまったかは、察しのとおり、僕たち二人は毎日領主様に修行をさせられているからなのが第一だ。
でも、今までだったら、そうして僕たち二人がそれに時間を取られて他のことが出来ない皺寄せがもう二人に行って、彼らも結局はハードな毎日となるのが普通だったんだ。 少なくとも今まではそうだった。 僕が他にそういう感じで迷惑を掛けることが多い印象かもしれないけど、実はけっこう僕だって迷惑を掛けられてもきたんだ。
それが今回に関しては、二人はのんびりしているのだ。
うーっ、なんだか凄く悔しい気分。
二人がのんびりとした調子でいられるのは、文官さんが領内の改革速度を大幅に緩めたからだ。
元孤児の冒険者であっても、僕ら城下村の元孤児たちのように、常に魔法も使って様々な工事をしたり、日常を過ごすことはできないことが分かり、ましてや他の領民たちが同様のことがすぐに出来るようになる訳がない、ということに改めて気がついて、文官さんが、自分の領内改革計画を大幅に見直したのだ。
僕らは結局、文官さんに急き立てられるように、言われるままに働かされていたのだが、その点に関しても反省してくれたらしい。
まあさ、私欲があった訳じゃなくて、純粋に領の発展を考えての行動だから、誰も止められなくて、それに僕らがなんとかその求めに答えられていたから、どんどん暴走してしまったのだけどさ。
そんな訳で、ウィリーとウォルフの二人だけじゃなくて、みんなが今までよりも少しのんびりした気分を味わっているのだ。
その中で、僕とジャンの二人だけ、とてもハードな毎日になっているのは、実に理不尽だ!!
「あなた、ちゃんと手加減はしてあげてくださいね」
領主様は嬉々として、僕ら二人の相手をしてくれているのだけど、シスターまでがそんなことを言うだけで、領主様の行為を容認している。
もう誰もこの暴走親父を止められない。
「いいか、二人とも、まずは素手の格闘を覚えるんだ。
素手の格闘がある程度出来るようになれば、ナイフや剣もその延長で、ある程度は使えるようになる。
もちろん武器を持った方が強いのは確かだが、武器を持った時に、その基本となる素手の格闘が出来るか出来ないかで、武器を扱う時にかなりの差が出るものだ。
ナリートは槍と弓を使うが、どちらもやはり[職業]がそれに完全一致という訳でもないのだろう、特別に扱いが上手いという訳ではないな。
ジャンは流石に槍の扱いは上手いが、それだけじゃ槍の間合いの内側に入られたら困るぞ。
それぞれに、それぞれの得意なことでも、モンスターに対するなら問題ないのだろうが、同じ人間に対したら、隙を突かれるぞ。
故に、まずは基本の素手の格闘だ。 実戦に勝る経験なし。 儂が相手してやるから、二人して掛かってくるように」
僕とジャンは、絶対に敵う訳がないと分かっていたから、最初から二人掛かりで領主様に向かって行った。 どうせ適当に済ませてもらえるはずがないのだから。
予想通り、もちろん手加減されていたのだろうけど、あっという間に二人とも動けなくなった。 本当に僕ら二人は息も絶え絶えという感じなのに、領主様は涼しい顔で、息も全く乱していない。 レベル差以上に、実践経験が違うからなのだろうけど、悔しいと思えもしない程の圧倒的な差だった。
「うーん、二人ともレベルが上がっているからか、反応は悪くないが、それだけだな。
もう少し、一つ一つの動きを工夫するようにしなければ、今のように即座に反撃を喰らうぞ。 今は、自分から攻撃されに近づいているような状態だ。
とは言っても、今日はもうここまでか。
明日以降、もう少し伸びるまで時間が掛かるようになるように、工夫を考えろ」
領主様が僕らとの訓練を終えて、それでも汗を拭きに家に戻ったので、シスターが終わったことを知った。 予想よりもずっと時間が早かったからだろうか、シスターがちょっと心配したらしく、僕らの様子を見に来た。 僕らは領主様とシスターの家の庭で訓練していたのだから目の鼻の先だ。 もしかしたら音がしなくなったからかも知れない。
シスターが見に来た時、僕らはまだ動けないで、地面に転がっている状態だ。
「あらあら、二人とも大丈夫?
ちゃんと手加減されていたみたいね。 ヒールを掛けてあげる必要はなさそうね」
シスターは、地面で伸びている僕たちを見て、なんだか嬉しそうだ。 なんか、ちょっと悔しくなってきた。
「シスター、なんで楽しそうなんですか?」
僕はシスターに、そう言った。
ジャンは黙っているけど、こういうところ、まだちょっとジャンは遠慮がちなんだよな。 ジャンもシスターに言ってやれば良いのに。 顔はしっかりとむくれているいるんだから。
シスターは笑って言った。
「そりゃあね。 あの人は楽しくて仕方ないという顔で戻ってきたし、あなたたち二人は、今、『悔しい』って顔をしているからね。
父親が息子二人に、自分の威厳を示せたと、満足そうな顔をしていて、それを息子たちが悔しがる顔をしていたら、母親の私は楽しくなってしまうわよ」
あ、そうなのか、そういうものなのか。 僕とジャンは孤児だから、父親に構ってもらって、叶わなくて悔しく思ったりするなんて経験がなかったから、そういう気持ちが分からなかった。 これがそうなのか。
ジャンの顔を見ると、ジャンもなんだか、ハッとした顔をしていた。 目が合ったら、なんだか二人とも嬉しくなってしまった。 そうか、これが父親に遊んでもらった時の、父親に叶わなくて、手加減されているのも分かっていての、悔しいような、嬉しいような感覚なんだ。
それから数日、ずっと僕らはそんな調子だ。
法律上というのか、それとも公式な立場上というのだろうか、僕は領主様の正式な息子ということになっている。
領主様は、僕とジャン、それにウィリーとウォルフを、公的な場所以外では差をつけずにに、同じように自分の子供のような扱いを、なんだかんだ言いながらもしてくれている。
それだからか、僕たちと領主様の関係は、シスターが領主様の妻となったこともあって、女性陣も含めてとても親しい感じになっている。
でも今まで時々、領主様とウィリー、ウォルフの関係は、僕やジャンとの関係より親しく見える時があって、「なんでだろう?」と感じてしまうことがあった。 いや、嫉妬という訳じゃないんだけどね。 なんていうか、一応書類上の息子は僕なのに、と思う気持ちが全然ないというと嘘かも知れない。
それがこうして、ジャンと一緒に毎日叩きのめされてたりしたら、なんだか分かってしまった。
ウィリーとウォルフも、まあ、彼らは衛士としてだけど、同じように領主様に鍛えてもらった時があったからなんだと。 で、きっとジャンもだろうけど、今までよりももっと領主様との間が、親密になっていっている気もして、嬉しくも感じているのも本当だ。
ルーミエ、フランソワちゃん、それにアリーも、そんな僕たちを、ちょっと羨ましく感じているみたいだけど、さすがにその訓練に混ざりたいとは言わなかった。
それでも、これはシスターも一緒なんだけど、毎日の訓練を観に来るようになった。
アリーは、良い機会だと、ルーミエとフランソワちゃんに、毎日ヒールの練習をさせられている。 ジャンも僕も、領主様に手加減されているとはいえ、軽い擦り傷や打ち身は避けられないので、良い練習台となっているのだ。
この調子でアリーもヒールの練習をしていると、[称号]に初級シスターがついているんじゃないだろうか。 少なくとも現時点で、見習いシスターの称号くらいは付いているんじゃないかな。 わざわざ見ないけどさ。
「ほら、お前たち、もう少し頑張れ。 このままだといつまで経っても、武器を手にしての訓練にならないぞ」
領主様は、シスターたち女性陣が見ているから、余計に僕とジャンを挑発して頑張らせようとしている感じかする。 僕たち二人が頑張るほど、領主様の強さも際立って見えるからね。 くそっ、なんだか悔しくなってきたぞ。
そう思ったのは僕だけじゃないみたいだ。 ジャンが、こんな事を言い出した。
「ねぇ、ナリート、ナリートお得意の頭の中の知識に、素手での格闘とかの知識ってないの? 何か一回くらい領主様をギャフンと言わせる方法ないのかな?」
「格闘とかって体を使ってすることだろ、そんなの知識でどうにかなることじゃないから、そんな知識ある訳・・・・。
あれっ、そういう知識ってあるのかな?
そんな格闘だとか、武器の使い方とかのテクニックとか、そんな知識があるかどうかなんて、考えてみたこともなかった」
「ナリート、何を言っているんだよ。
ナリートは武器に関しての知識はあるんだよね。 どんな武器があるかとか、その武器をどうやって作るかとか」
「うん、それは確かにある。
例えば、槍だって、竹槍から始まって、色々な槍があって、どうやって作るかとか、そのそれぞれの利点とか、そういうことなら分かる。
剣も種類があるし、どうすればもっと斬れるとか、丈夫になるとか、そういう知識があるのは意識している」
「それなら、それらを使う方法についてもナリートの頭の中には、知識としてあるんじゃない?」
「言われてみれば、確かにあるかも知れない。 いや、あるよ、うん」
「同じように、素手での格闘方法の知識もあるんじゃないかな」
「そう都合良く行くかな、体を動かすことは知識じゃなくて、経験じゃないの?
領主様も『実戦に勝る経験なし』なんて言って、僕たちの相手をしてくれているのだから」
僕はジャンに、そう言いながらも、頭の中の知識に意識を向けてみた。 なんだか久しぶりな気がする。
僕は自分の頭の中の知識が、どこで得られたものかとか、どうして自分の頭の中にあるのか全く分からないから、なんとなくあまりそれを意識的に見ようと言うか、知識を調べようとするというか、なんて言って良いのか分からないのだけど、とにかく意識をそこに向けようとはしないで日々の生活を最近ではしていた。 そこに意識を向けなくても、日々の生活に困らなくて、楽しく充実していたからかも知れない。
「あっ、ジャン、ジャンに言われて意識してみたら、あるよ。 確かにある。
あれっ、あるどころじゃないな、これ。 結構膨大な知識があるよ。
なんだ、格闘って、単純に実践だけじゃなくて、そのための技や技術、訓練の方法とか、諸々色々あるんだ。 それに素手の格闘と一言で言っても、色々な方法というか、やり方があるんだな」
「ナリート、急に一人でブツクサ言ってないで。 僕にも教えてよ。
それとも教えられないようなことなの」
「いや、そんなことない。 知識として知ったことが、実際に出来るかどうかは別として、どういうことかを教えることは出来るよ。
ただ、それがどうなのかという本当のところは、実際にやってみないと僕にも判らないのだけど」
「でも、もしかしたら、少なくとも領主様に『あっ、なんだ?』と思わせるくらいのことは出来るかも知れないよね、それじゃあ。
だとしたら、領主様には秘密にして、僕ら二人で、そのナリートの頭の中にある知識を元にして訓練してみない?
そして、なんとしても領主様をびっくりさせよう」
なんだかジャンがすごく前のめりだ。
きっとジャンは、領主様との訓練の後、何度もアリーにヒールをかけてもらうことになっているからだな。
ジャンと僕とでは、領主様との模擬戦で受ける軽い負傷の程度は同じなのだけど、僕のことはルーミエかフランソワちゃんがヒールをかけるから、一発で治ってしまう。 だけどジャンは、アリーの練習台になっているので、アリーでは一発では治らなくて、何度もヒールをかける形になってしまっている。 それでちょっと見、ジャンの方が酷くやられてしまっているような感じになるのだ。
それもあって、少し躍起になっているのかも知れない。
僕らは、拳での殴り方、蹴りの仕方なんていう基本から、僕の知識からそのコツや練習法を見つけて、二人で覚えて練習した。 それから相手の攻撃の捌き方とか、足の運びの重要性なんてのも覚えて練習した。
レベルは上がっているからだろうか、そういった事柄をすぐにちゃんと理解して動けるようになった。
「おっ、二人とも前よりも動きが良くなったぞ」
二人で秘密の訓練を始めるとすぐに領主様に褒められるようになった。
手応えを感じて、僕とジャンはますます二人で秘密の訓練にのめり込んだ。 なんとしても領主様に一泡吹かせてやる。 僕たち二人は、そんな風に固く決心するようになった。
領主様との素手での格闘は、基本的に殴ったり蹴ったりが主で、僕らのパンチや蹴りもだいぶ鋭くなって、領主様に褒められるし、領主様の攻撃もだいぶ捌けるようになった。 それも捌き方の知識と、二人での訓練のおかげだが、それでも今のところ二人がかりでも領主様に全くダメージを与えることは出来ていない。
そこで僕たち二人は考えた。 領主様を一泡吹かせるにはどうしたら良いのかを。
僕たち二人の作戦を実行する日が来た。
都合良く、シスターをはじめ、ルーミエ、フランソワちゃん、アリーも僕らの訓練を観に来ている。 和やかな雰囲気だ。
僕ら二人は、これからやろうとしていることに意識を向けて、密かに沸々と闘志を掻き立てていた。
いつもの様に、二体一の実戦形式の訓練が始まった。
少しだけいつもの調子で僕らは領主様との攻防を繰り広げる。 もうそのくらいではダメージを受けたりする僕らではない。
僕とジャンは、チラッと視線を交わす。
さすが領主様だ。 僕らが視線を交わすのに気づいて、「おっ、何だ」と警戒したようだ。
予定通り、僕らは領主様のパンチを誘う様に、素早く距離を詰める。 二人同時に距離を詰めて攻撃されては、さすがに分が悪いと思ったのか、領主様の方からも少しだけ僕の方に距離を詰めてきて、誘いにのってパンチを出してきた。
たぶんこうすれば7割くらいの確率で、領主様は僕の方に詰めて来るんじゃないかと予想していた。 予想通りだ。 ま、別にジャンの方に行ってくれても良かったのだけど。
領主様の狙いは、僕にパンチを避けさせて、距離を取らせて、その隙に今度はジャンに攻撃するという時間を作ることだろう。 手加減していることもあって、牽制のパンチだ。
僕はそれを狙っていた。 外に外れてそのパンチから逃れるのではなく、中に入り込む形で、そのパンチを掻い潜る。 領主様は、自分のパンチを掻い潜られたことで、次は僕のパンチが即座に飛んでくるだろうと考えて、いや反射的にだろうけど、僕のパンチに備える形で体が反応した。 僕はパンチには行かず、僕が内側に入って掻い潜ったために少し流れたパンチした腕を掴んで、領主様を投げた。
投げ技を全く予想していなかった領主様は、不意を突かれて、綺麗に宙を舞った。 しかし、そこはやはり流石である。 「やられた」とは思った様だが、素早く受け身をとって反撃しようと思ったみたいだ。
その瞬間、まだ領主様が投げられて宙を舞っているうちに、ジャンがもう一方の領主様の腕を掴んだ。
領主様の体が地面に落ちた時、もう僕とジャンは領主様の腕をそれぞれ極めていた。
「うおっ、参った。 今回は二人の勝ちだ。
腕を離してくれ。 このままでは両腕とも壊れてしまうわ」
領主様が即座にギブアップの声を発した。
やった、僕とジャンはガッツポーズだ。
女性陣はみんな拍手して喜んでくれた。 シスターまで笑顔で拍手していて、領主様は渋い顔だ。
「なんだ今のは。 儂の方が体が大きいのに、綺麗に投げ飛ばされてしまったぞ」
「そういう技なんです。 僕の頭の中にありました」
「そんなのもあるのか。 失敗したなぁ、ジャンの方を先に牽制するべきだった」
「いえ、同じですよ。 ジャンも同じことができます」
「僕ら練習しましたから」
「そうか、同じことか。 それにしても落ちた時には、両腕を二人に極められていて、心底驚いたぞ」
「両腕極めて使えない様にしないと、パンチでくるか、体勢を立て直して蹴りがくるか、どっちにしても危ないと思って、ナリートと二人でどっちが投げても落ちた時には次の攻撃をされないように、両腕とも極めて、動けない様にしようと作戦を立てていましたから」
「そうなのか。 いや、今回は完敗だな。
だが、相手が両手に武器を持っていたら、投げている最中にも致命的な攻撃を仕掛けられかねんぞ」
「いえ、今回は訓練ですから、怪我をしない投げ方をしたんですけど、変な抵抗をしたら腕が即座に折れてしまう投げ方もあるんです」
「そうなのか。 それで腕を極めたのは、捕縛の時の技の応用か?」
「えーと、確かに捕縛する時は一時的に動けない様にするのに、少しこんな風にしますけど、これもナリートの知識の中にあった技で、関節技と言って、もっと沢山色々な方法があるみたいなんです」
「そうなのか。 どうやら、俺も教わった方が良いかも知れないな。
よし、明日からはウィリーとウォルフも加えて、訓練することにしよう」
あ、ウィリーとウォルフにも飛び火してしまった。 恨まれるかな。
前話が、この話の200話目と、コメントをいただいて、やっと自分でも気がつきました。
そのコメントだけでなく、コメントしてくれている方、評価を押していただいている方、誤字脱字の指摘をしていただいている方など、本当にありがとうございます。
この話を書き始めた頃から、ここ数年、私生活上のトラブルと言えば良いのか、人生の流れ上仕方のないあれこれに、深く巻き込まれ続けて、して当たり前の返信とか、指摘の訂正とかも、時間がなかったり、精神的に一杯一杯で余裕がなくて、出来ずに過ぎてしまいました。
本当に失礼で、申し訳ないです。
やっと一連のことが大体収束して、普通の生活に戻りかけています。
これからは少しはきちんと対応することが出来るかな。
基本的に怠惰ですから、ダメかも。
いや、少しはちゃんと対応したいと思っています。
これからもよろしくお願いします。
話はまだ続きます。
アップする間隔が開いてしまったり、急に集中したり、一定しないでその時々になってしまうと思うのですが、見捨てずに暇な時に斜め読みでもしていただければと思います。
他の作品ともども、ちょっとだけ気に留めておいていただけたら嬉しいです。
並矢 美樹




