薪と柴の確保
「貴方、ちょっと良いかしら」
僕たちの話し合っている部屋に、ノックの音が聞こえると、そう言ってシスターがルーミエとフランソワちゃんも連れて入って来た。
シスターは、少し恥ずかしがっているのだけど、それを僕らには隠そうとしているらしい。 バレバレだけどね、僕らから見たら。
シスターは、領主様と結婚して夫婦になっても、領主様を呼ぶ時にはずっとそのまま「領主様」だった。 それを領主様が嫌がって、「貴方」呼びに変えさせられたのだ。
もう正式な領主夫人なんだから、シスターが領主様を「貴方」と呼ぶのは全くおかしくないと思うのだけど、シスターはそれがどうにも恥ずかしいらしい。 なるべく呼ばずに済まそうとするのだけど、そうするとどことなく会話がギクシャクして余計になんだか目立つような気もするらしくて、それでシスターは「貴方」と呼びかけるごとに、隠そうとしているのだけど恥ずかしく思っているのがバレバレなのだ。
領主様は、そんなシスターを見て、なんだか喜んでいる。
もう好きにやって、という気分になるんだよ。
僕とルーミエ・フランソワちゃんでは、そんな風には絶対にならない。 たぶん、ウィリーとマイア、ウォルフとエレナでもダメだな。
ジャンとアリーなら、少しはそんな感じになるかもしれない。
「ああ、カトリーヌ、何か話があるのか?」
領主様は入って来たシスターに、機嫌良く訊ねた。
「少し現在の問題を、私もルーミエとフランソワと話していたのだけど、それでちょっと気がついたことがあって、話に来たのよ。
ここでも今後の対応を考えていたのでしょ」
「ああ、お前にも話したが、北の村の村長は『廃村を視野に考えている』と言ってきたことを、こいつらにも話して、現状の確認と、今後の対応を話し合っていたところだ」
「どんな話になっているの?」
「ああ、まず北の村の畑だが、今回の地滑りであれだけダメになると、その復旧は難しいのではないかという結論になった。 畑に戻すには手間暇がかかり過ぎて、その間の村人の生活が立ちいかないだろうからな。 そこで今までの形に北の村を戻すというのは無理だというのが結論だ」
「それじゃあ、北の村は廃村になってしまうの?」
フランソワちゃんが驚いて声を上げた。
「いや、フランソワ、そんな事はないぞ。 儂もやむなしかと考えそうになったが、ウォルフが良い別の案を今出してくれたところだ」
領主様に目で促されてウォルフが説明した。
「いや、今回の災害の原因は雨だけじゃないんじゃないかと、ナリートが話し始めて、そこから北の村の住人は、木を育てることに長けているんじゃないか、という話になったんだ。
それだったら、元々あまり畑作りは上手く行っていなかったみたいだから、もうそこはスッパリと諦めて、木を育ててもらうことにすれば良いんじゃないかと提案したんだ。 ほら、いつまでも植林とかを鍛治師さんたちに任せる訳にはいかないだろ。 だから一石二鳥かとも思ってな」
おおっ、と女性陣はウォルフに感心したようだ。 なんだかウォルフの株がかなり上がった気がする。
「でもさ、そうすると北の村で作っていた作物の分を、全部という訳じゃないけど、かなり他のところで負担しなければならないってことだよね」
ジャンが問題点を指摘した。
「そうだな、その辺をどうだろうか?」
領主様の問いにウィリーが答えた。
「確実なことはマイアに聞いてみないと分からないけど、たぶん大丈夫じゃないかな。 今、この領内はこの城下村も含めてだけど、以前と比べるとかなり農作物は増産出来ている。 僕が思うに、米を作るようになったのは大きかった。
きっと北の村の減産分くらいは大丈夫じゃないかな、もうすぐ干拓地でも収穫がどんどん増え行くだろうしね」
うん、ウィリーは最近までマイアの代わりに事務仕事の取りまとめをしていたからな。 こういう数字には詳しいんだ。
「それでは、その確認はウィリーに任せるぞ」
領主様がそう言って、ウィリーは頷いた。
「でも、まだ問題は残っているよね。 一番は町で使う薪や柴の確保だと思うのだけど」
僕は最初に立ち返って、北の村が今まで通りのことができなくなっての一番の問題を指摘した。
「しばらくは、何をするにも邪魔になるし、そのまま放置しておいては危ないから、崩れた土砂に巻き込まれている根っ子を撤去しなければならないから、その根っ子を伐って薪にすることができるんじゃないか。
ただまあ、それはずっと継続出来るという訳じゃない。 新たに木を北の村の人に育ててもらっても、使えるようになるまでには時間がかかるから、そこにギャップが生まれてしまうのは、どうしようもないな」
ウォルフがそう分析調で言う。 誰も反論できないよね。 ため息が出そうだ。
「そう、そこなのよ。 私たちが話していたことも」
シスターが、ウォルフの言葉に即座に反応してそう言ったので、僕たち男性陣は少し驚いた。
僕らはそこだけはどうにもならないと、最初から諦め気分だったのだ。 シスターたち女性陣は何が出来ると言うのだろう。
「私たち、北の村に行って、怪我人の治療が終わってからは、食事の準備とかしていたでしょ。 その時、気が付いたのよ。 ね、フランソワちゃん」
「そうなんです。 調理の仕方が、なんだか懐かしい方法だねって、ルーミエと言い合ったんです。
それから私たちが、私たちの調理の方法を見せると、北の村の女性たちはとても驚いて、そこにこっちは驚いたのだけど」
「つまりね、私たちは、例えばスープを作るのにも、ボイルドウォーターで熱いお湯を鍋に出して調理を始めるのだけど、普通はそんなことしないのよ。
城下村ではそれが普通になっちゃっているから意識しなかったのだけど、確かに昔はお湯を沸かすところから始めていた。
北の村の人たちは、地滑りの影響だろうけど、使っていた水が濁ってしまったから魔法で水を出すのは納得していたみたいだけど、熱いお湯を出して調理に使うというのは、全くの予想外のことだったらしいの」
うん、確かにそうかも知れないなぁ。 僕たちは普段の生活の中で魔法を使うことに慣れきってしまっていて、それが普通になってしまっていて、他とは違う特別なことという意識がない。
でも、それと今の問題と何か関係があるのだろうか。 いや、確かに関係あるか。
僕は思いついたけど、他の男性陣は関係が思いつかないみたいだ。 少し不思議そうな顔をしている。
そんな男性陣の顔を見て、少し嬉しそうにシスターが言った。
「これは北の村に限らないのだけど、調理をするのにボイルドウォーターを使えば、いやそこまでじゃなくても、水を魔法で温めるだけでも、毎日のことだからかなりの燃料節約になるんじゃないかしら。
私も魔法を使って調理するのに、もう慣れきっていたから、ルーミエとフランソワに言われるまで、ちっとも気が付かなかったわ。 この2人のお手柄よ。
きっと日々の食事作りに魔法を活用しているのは、この城下村の中と西の村だけだと思うわ。 他の町や村の人にも、この調理法を教えれば、領全体で毎日のこととなると、かなりの燃料節約が出来ると思うの」
あ、なるほど、僕ら男連中は、町で必要とする薪や柴の不足をどこから補おうかということしか考えていなかったが、確かに言われてみれば、使う薪や柴の量の全体量が減れば、確保しなければならない量も減る訳だ。
それにこの案の優れているところは、僕らは町と北の村ばかりに意識が集中していて、領全体としては見ていなかったところだ。
僕らは、町で不足する分を他所から調達するとしても、領内ではあまり出来ないだろうという前提で考えていた。 でも、シスターたちの言うように、領内全体で薪や柴の使用量を減らせるならば、その節約出来た分を町に回すことも出来るのだ。
「確かにそれは妙案だと思いますけど、この城下村と西の村の連中なら出来ます、というかやっていますけど、他の村や集落の人が魔法を使っての調理を急に出来るようになるでしょうか?
強いて出来るとしたら、開拓を頑張っている先輩方はレベルが割と高いでしょうから、教えれば出来ると思いますけど」
おっ、ウィリーがシスターの言葉に反論するなんて珍しいな。 でも確かに、その通りだ。
「最初から出来るとは思わないよ。 でも、これは今計画されている各村への学校作りと、子どもたち全員への教育と合わせて、この領の人たち、みんなに教えるべきことなんだよ。 それに使う魔法は、誰でも練習すれば出来る生活魔法の、ちょっとだけ上のレベルの魔法だよ。 使おうとすれば、きっと誰でも使えるよ。 私たちは、誰でも使えているじゃん」
「そうよ。 ウォーターで出した水を、ヒートで温めようと意識して、なんて考えていた時は難しかったけど、ナリートがホットウォーターやボイルドウォーターという古真語を教えてくれたら、みんな簡単に使えるようになったじゃない。 きっと少し経てば誰でも魔法を使っての調理が出来るようになるよ。
お湯を使えるというのは、とても便利だから、きっとすぐに誰もが覚えると思うもの」
ウィリーの言葉にルーミエとフランソワちゃんが反論した。 うん、確かに城下村では、今では元孤児以外の人も、どれだけの量が出せるかは別として、みんなお湯を使うことは出来るようになっている気がするな。
「そうですね、子どもたちに対するだけでなくて、大人にも教えるというのは、良いかもしれないですね。 学校の有用性を大人たちも知れば、子どもたちを積極的に学校に通わせるようになるかも知れません」
文官さんがそう言った。 文官さんは、各村に学校を作っても、親が子どもを通わせないのではないかと危惧していたのだ。
「それと、私一つ思い出したのですが、当座の薪に関しては、どうにかなるかも知れません。
地滑りを起こした現場の木の根っ子を薪にするという案も出ていましたけど、薪そのものも余っているのがありますね」
そんなのどこにあるのだろうか、僕は知らない。 ウィリー、ウォルフ、ジャンの顔も見回してみたけど、やっぱり誰も知らないみたいだ。
あれっ、領主様がニヤッと、ちょっと悪い顔をした。
「みんな知らないみたいですね。
実は南の町では少し前に、多くの商人が南の村に泊まったり飲み食いしたりすると考えて、それに必要な薪を他領から買い込んだんですよ。 結局、そういう未来は来なかったので、買い集めた分の薪がそのまま残っているのです。 普段使う分は、南の村でも村周辺で調達出来ますからね。
その不要在庫になっている薪を安く仕入れましょう。 町の住人にとっても助かりますし、南の村でも不要な在庫が無くなって嬉しいでしょう」
「不要な在庫と言っても、安く仕入れられますか?
損をするのでは南の村が困ることになりませんか」
ウォルフが、南の村のことを心配して訊ねた。
「いや、そこは構わないだろう。 南の村の村長と、それに近い者たちが、儲けようとして失敗しただけのことだからな。
それに南の村は、唯一今回の件で北の村の援助をしようともしなかったからな。 それくらいのことはしてもらおう」
ああ、領主様の悪い顔はそういうことか。
確かに援助を何も申し出てこなかったことを、公式に罰することはできないけど、これなら不要な在庫を買い取ってあげるという恩を着せつつ、実際は自分たちだけの利益を考えた南の村の村長たちを罰することも出来るという訳か。
なかなか意地の悪い考えだけど、僕も大賛成だ。 男連中はみんな嬉しそうな顔をしている。 シスターたち女性陣は、少し困ったような、悪ガキのいたずらを苦笑するような、ちょっと複雑な顔をしている。 損をするのは、自業自得の者たちだし、その損も少なくなるのだから良いことだと思うのだけどな。
「あ、そうだ。 一つ忘れている大事なことに気がついたよ。
北の村の地滑りで助けられた人たちって、それによって家とかも失ってしまっているんだよね。 今現在はどこで寝泊まりしているんだろ」
「ジャン、偉いわ。 よく気がついたわね。
その人たちは、巻き込まれて怪我をしてたり、怪我してなくても消耗が激しかったりで治療を受けたのだけど、その時は教会に受け入れられたのよ。
結局今は、まだ北の村の教会に滞在しているわ。
北の村にも孤児院の施設もあって、最近はあまり孤児もいないから、そっちの部屋も使っているわ。 卒院者の寮も空いていたからね」
「だが、ずっとそのままという訳にはいかないな」
ジャンの気づいた疑問にシスターが答えて、領主様も問題だと言う。
「そうですね。 家を失った者に対しては、やはり家族ごとの簡単で良いでしょうが家を建ててあげる必要があるでしょうね。
怪我をしてたりする人、家族も失ったりもしているでしょうし、その上家だけでなく畑なんかも失っているでしょうから、その位は援助しないと無理でしょう」
文官さんが今後の援助方針を決めた。 みんな、そうだなと思っているみたいだ。




