南の町の陳情
「領主様、お時間を取っていただき、ありがとうございます」
「気にするな。 領主が村長の話を聞くのは当たり前のことだ。
で、いったいどんな話だ。 わざわざ村長が儂の所まで急に足を運んで来たんだ。 何か重要な話があるのだろう?」
「はい、ぜひ聞き届けていただきたいお願いがあって、やって参りました」
-------------------------------------------------------
僕たちの領内は、元々は領主様が暮らす領の中心である町と、本当の位置関係でいうとかなり間違っているのだけど、東西南北の村があって、それに加えて小さな集落がいくつかあるという構成だった。
その中で城下村は、ちょっと例外的に、僕たち東村の孤児院出身者が城下村の開拓を始めて、それが成功して、まぁ何だかんだと色々な、理由も、合理的ではない理由もあったりなんかして、今では領主様までが住んでいるという、まだ町までではないけど、かなり発展した場所となった。
また、西の村は一時は廃村まで考えられるような状態にまで、村の状態が落ち込んでいたが、こちらも今ではシスターのミランダさんにロベルトとマーガレットを中心として盛り返している。
僕らの出身村である東村が、フランソワちゃんの父親の村長さんの下で、今まで以上に発展しているのは言うまでもない。
それ以外の所も、農法の改善の他に、スライムの罠、一角兎の狩猟法などの知識の教授、綿や麻の栽培奨励なんてこともあって、以前から比べれば状況は上向いている。
そんな中、南の村は微妙になっていた。
南の村は、町と他領を繋ぐ道に面していて、つまり町と砦の間にある村だ。 それもかなり砦に近い。
そう言う理由もあって、以前はこの領に他の地域から誰かが来れば、必ず南村を経由していくという、利点というか特別なところが、この村にはあった。 とは言っても大したことはなくて、単に町以外できちんとした宿屋はこの南の町にだけ有った、という程度のことだ。 あとは冒険者組合に付属する施設、または教会が所有する施設くらいしか、他所から来た人が宿泊できる場所はなかったのだ。 あとは誰かの家に泊めてもらうしかない。
そんな宿があると言っても、そもそもこの領はつい最近まで、他領との行き来が盛んだった訳ではないので、それが栄えていて、南の村が潤っていたという訳ではなかった。
そんな状況が、急激に変わった。
僕らの城下村がスパイダーシルクをはじめとする糸や布、そして聖女印の薬や、女性用商品を、かなり大々的に王都でも売るようになって、それらの商品を王都に運搬するのと、逆にこちらでは以前はなかなか得にくかった物を商人が、こちらに向けて運搬するのとで、交通量が増えて、南の村に結果として中継点としてのかなりの利益をもたらしたのだ。
特に、商人が南の村と、城下村間の簡易的な直通の道を作った後は、南の村に最後の宿泊をする荷駄一行が多くなり、利益がずっと大きくなったのだ。 雨が降って、川の水嵩が増して、荷駄が滞ったりすると、南の村では宿だけでは足りず、村人の家までも臨時に宿となるような状況になっていたのだ。
----------------------------------------------------------------
「今回、領主様にお願いしたいのは、この今、領主様がいらっしゃる、この地、城下村と名付けられたのでしたか、とにかく、この地と領境の関所とを直通で結んでいる新たに作られた道を、商人の使用は禁止にしていただきたいのです」
「ん、どういうことだ? 商人が新道を使うことが何か問題なのか?」
「はい、大問題です。
新道を使われますと、商人たちは私どもの村で泊まらないどころか、通過することもありません。 それでは私たち南の村は何も潤いません」
「はあ、お前たちは何を言っているのだ?
お前たちは商人たちが、南の村を通らないと、南の村に金を落とすことはないから、強制的に南の村を通るようにしてくれ、と言っているのか?」
「はい、要約してしまうとそういうことになりますが、商人が南の村で金を使えば、それは領の収入も増えるということですから、領としても悪いことではないと思います」
文官さんが口を出した。
「商人が目的地としているのは、というか商人が持ってくる商品のほとんどは、この城下村にある店に卸すための商品です。 商人がより素早く苦労無く運べる道を使おうとするのは当たり前のことではありませんか?」
「それは商人の勝手な理屈で、それでは商人はこの領に金を落とさないではないですか。 商人に儲けさせるだけではなく、商人にも金を使わせて、この領の利益になるようにさせようという提案なのです」
文官さんは、南の村の村長の言葉に反論した。
「商品の価格とは、一定の物ではありません。
商品の価格は、仕入れた金額に、仕入れた場所から売る場所への輸送にかかる経費、そして商人の利益が加えられて決められます。 つまり、あなた方の南の村に宿泊なりなんなりで金を落とすということは、輸送にかかる経費が増えるということです。 それは商品の価格に影響を与えます。
あなたの言うように、南の村を必ず通らねばならないようにすれば、南の村に商人は金を落とさなければならなくなるでしょう。 しかし、そうなるとその落とす金の分は商品の価格に上乗せされることになります。 そうなると、こちらではその上がった価格で買わねばならなくなります。
結局、商人としては、価格を上げることで、南の村に落とす金と、南の村を通過しなければならないことによって余計にかかる輸送時間の経費を、商品価格に上乗せすることで対処するでしょうから、領全体として考えると、商人は全く利益に変化はなく、南の村で落とした金額以上の金額が商品の価格に上乗せされることになります。 何故なら余計の輸送時間がかかるからです。 つまり領としては余計に金を出さねばならなくなります。
南の村に落とされた金額以上に、他は負担しなければならないということになりますね。
あなた方は、自分たちが利益を得ようとすることが、他のこの領の者たちに負担を増やすかも知れないとは考えなかったのでしょうね」
南の村の村長と、それに付いて来た者たちは、文官さんの言っていることが理解できなかったようだ。
いや、最初から理解しようとしていなかったのかも知れない。 自分たちが新道が出来て不利益を受けているという被害者意識でいたからだろう。
「まあ、待て。 そういう理屈を言っても、何も納得しないだろう。 何しろこの者たちにとっては、せっかく少し村が裕福になってきたのに、また元に戻ってしまうという恐怖ばかりが強いのだろうからな」
「そうですね、何も理解していないみたいですね。
それ以前に他の者から見たら、どの様に見えるかなんて考えてみたこともないのでしょう」
領主様は文官さんとの話を切り上げて、南の村の村長たちの方を向いて言った。
「それでは訊ねるのだが、今、お前たちの南の村を通って行く人の人数は、以前よりも減ったのか?」
「もちろんのことです。 減ったなんてものではありません。 大きく人数を減らしました」
「あ、これは儂の訊ね方が悪かったな。 もう一度訊き返そう。
お前たちの村を通る人の数は、この城下村が出来る前に通っていた人の数と比べて、今は減っているのか?」
「さて、それはどうでしょうか? そこまで以前となるとはっきりしません。
何しろ昔は、私たちの南の村だけでなく、どこもカツカツの生活でしたから、他領から人が訪れる訳もなく、他領から何かを買うことなど夢でしたからなぁ」
「それでは先ほどの、大きく人が減ったというのは、何時と比べての話なんだ?」
「そんなのは決まっています。 新道が出来る前と比べてです」
「なるほど、だとしたらもう少し訊ねるのだが、新道が出来る前に人が増えた時、お前たちは人が増えるようにと、何かしらの努力をしたのか?」
「その様なこと、出来る訳がございません。 私たちは日々を生きるのに精一杯で、それ以上のことが出来た訳がありません」
「ということは、お前たちは何もせず、ただ他の者がしたことの恩恵を受けていたということだな。 違うか?」
「確かに、そう言われてしまえば、その通りだと答えるしかありません」
「それでは言おう、村長よ。 その努力をしたのは、他でもないこの城下村の者たちであった。 それは村長たちも知っておろう。
新道は何も、そなたたち南の村の住人の利益を侵すために作った物ではない。 これは領として、純粋にこの城下村と、領境の関所を最短で結ぶ必要があるから、新たに敷設した物だ。
まだ完成形ではなく、今後の改修を経て、もっと最短で結ぶことを考えている。
その工事も、領境の塀や関所の改修も、この城下村の者たちが主体で行なっている。 それはお前たちも知っているな。
だとしたら、この城下村が、その道を自分たちに都合の良いように使って何か問題があるのか? 商人がなるべく短時間でこの城下村にやって来ることができるなら、それはこの城下村にとっては利益になる。
どうして何の働きもしていない者のために、自分たちの利益を渡さねばならんのだ?
お前たちの言っていることは、あなたたちのお陰で私たちは利益を上げることが出来るようになりましたから、その利益のために、あなたたちは損をしてください、という事なのだぞ。
そんなこと、いくら儂が領主でも言える訳がなかろう」
「それでは、商人に新道の通行を認めたままでは、私たち南の村は以前と同じになってしまいます」
「それは仕方ないであろう。
そなたたちは自分たちで努力しないで、他の者の努力で豊かになろうとしても、それは虫が良すぎる話だろう。
そうならないように、自分たちで努力すれば良いではないか。
この城下村は、元々は孤児院にいた者が中心となって、努力してここまでにしたのだ。 孤児でもないお前たちが出来ないことはないだろう」
「いえ、それは無理というものです。
この城下村には、聖女様と聖女様の弟子の聖女様、それに農家の神様のようなフランソワ様もいらっしゃいます。 そんな所は他にはありません」
「確かに今この城下村には、儂の妻となった聖女をはじめ、今、そなたが言った者たちは居るな。
だが、この城下村の開拓が始まった時は、聖女はまだ単なる東の村のシスター、聖女の弟子の聖女と言われる者は単なる孤児院出身者、フランソワは東の村の村長の娘というだけの者だったのだ。
お前が言うような、聖女や、聖女の弟子の聖女や、農家の神様なんて誰も居なかった。 他の者も含め、なんでもなかった者たちが努力した結果、この城下村が出来て、その者たちもそんな風に周りの者から言われるようになったのだ。
最初から、そんな者が居た訳ではない」
「それでは私たちに、領主様はどうせよとおっしゃるのですか?」
「儂は何も、何かをしろとお前たちに命ずるつもりはない。 好きにするが良かろう。
お前たちが努力して、それによって南の村を通ったり、滞在する者が増えれば、それは儂も領主として嬉しいがな」
南の村の村長と、それに一緒に来た者たちは絶望感を漂わせて呆然としていた。
それを見て、さっきとは違って、文官さんが少し可哀想に思ったのか、助け舟を出した。
「せめて商人たちが道を作った時に、それに村として協力していれば、商人たちも人情で、南の村を配慮した行動をしたかも知れませんね。
一番良い方法は、商人たちが作った道の川の渡渉部分に、南の村全員の力で、商人のために橋を架ける工事をすれば良かったのです。 そうすれば新道を作るということもなかったかも知れません。 今となっては、もう全て遅すぎますが。
それでも、関所から、この領内でも最も人が多い町に行くには、南の町を通る道が最短です。
商人たちは、道が新道の方が圧倒的に整備されているので、町に向かうにもこの城下村から向かう方が楽だと、城下村経由で向かいます。 ま、一つにはその商人たちの一番の取引先の支店が、この城下村に置かれているからということもありますが。
それでも、関所から町まで最短というのは、商人にとっては魅力だと思います。
今ある道を綺麗に整備するくらいなら、そんなに村の負担にならずに出来るのではないですか。 道が整備されていれば、そちらを利用して町に最短で向かう商人も出て来るのではないでしょうか」
南の村の村長たちは、文官さんの言葉を今度はとても真剣に聞いていて、縋るような目で文官さんを見ていたけど、僕はちょっと難しいんじゃないかと否定的に考えていた。
道の整備をすると一言で言っても、僕らは魔法を利用してどんどん進めるが、それが無ければ道の整備もとても大変な作業になってしまうからなぁ。
楽を覚えてしまった南の村の人々を指揮して、そういう作業を延々とさせるだけのカリスマがこの南の村の村長や、一緒に来た人たちにあるようには、とても見えないからだ。
それに最初に商人たちが自分たちで新たな道を作ったのは、町とこの城下村の間に沼地があり、少しでも天気が悪かったり運が悪かったりすると、大変な悪路になってしまって苦労するからだった。
今はその問題を克服するために、町と城下村の間の新たな道も、干拓事業の大きな柱として計画されている。 農地の干拓以上に重要度の高い事業として計画されているから、その道はそんなにしないで開通するだろう。
そうしたら商人としたら、この城下村から町に向かう方が何かとメリットがあると判断しそうな気がするんだよなぁ。




