エレナたちはそわそわと動く
また新しい孤児が城下村に来たということは、そう、つまりは1年が経ったということだ。
この1年が過ぎたということは、エレナたち、つまりエレナとエレナの代の女性たちにはとても大きな意味がある。 そう、マイアと同じように、子どもを作っても良いとシスターに許される年齢になったということなのだ。
孤児である僕らにとっては、自分たちが家族となって、そして子どもを持つということの意味はとても大きい。 シスターによると、その気持ちが強過ぎて、孤児院を出てすぐに子どもを作って、若過ぎる故に亡くなってしまう事例も多かったらしい。 それで僕らはシスターに子どもを作ることをまだ禁じられている。 ま、僕らじゃなくて、女性陣なのだけど。 それが解禁される年齢となったのだ。
1年早く解禁されたマイアが、すぐに子どもを産んで、そのマイアが本当にすぐに子どもを育てながら仕事にも復帰する回復を見せて、シスターも安心したみたいだし、彼女たちも、それをごく間近に見ている訳だから、気持ちが昂るのが分からないことはない。
まだ乳飲みの子の娘にデレデレしているウィリーを見ると、ウォルフとジャンと僕だって、羨ましく感じるのだもの、女性陣はもっとだろう。
現実的なこととして考えると、マイアが子どもを産んで、その為の施設を建てたということもあるけど、本当に素早く仕事にも復帰出来たことを見て、自分たちの将来像も見えて、安心感が増したのもあるだろう。 それに今なら子育ての先達として、その施設にほとんど常に来てくれているタイラさんの恩恵を自分たちも得られるだろうし、という理由もある。 一緒に育てることができれば、その方が楽だろうし、何より心強い。
今、その昼間マイアが過ごしている建物に、一番足繁く通っているのがエレナだ。
エレナはマイアの子どもの世話を積極的にしようとするだけでなく、マイアの事務仕事の手伝いも、可能な限りはしようと努力している。 とはいえ、どちらも上手くいっているかというと、なかなか難しい。 エレナは自分より下の狩りを主な仕事としている連中を子分のように使っているので、きっと子どもがもっと大きくなれば、上手くあやしたりするんじゃないかという気がする。 だけど、乳飲み児にそんな能力が役に立つ訳じゃない。 今はマイアや、マイア以外の赤ん坊の世話に長けた者の手伝いを、言われた通りにするのでやっとだ。
それ以上に苦戦しているのが、マイアの事務仕事の手伝いだ。 今までそういう方向の仕事を嫌って、一切やってこなかったエレナが、いくら一念発起して手伝おうとしても、急に出来る訳がない。 エレナは物事の理解が遅い訳でもないし、他人の言う事に素直に耳も傾ける性格だし、僕らが学校で教わったことを教えていた時にも素直に勉強もしていた。 だから能力的にはそういうこともこなせると思うのだけど、とにかく今まで全くしてこなかったから、経験値が低過ぎる。 城下村を開拓し始めた時には、一緒に畑を作ったりもしていたのだけど、2年目からはほぼ狩りに専念してしまって、それ以外のことをしていないのだ。 例外が唯一、土壁を作ったことだけだ。
それはエレナの[職業]が狩人だったこともあって、女性であるのにそっちの能力が優れていて、子分たちを率いる統率力もあったから、肉の確保の意味もあって、そういう仕事は全て任せてしまっていた僕たちにも、責任はある。
自分が子どもを産んで育てることが、すぐ先の現実だと思える時になって、まさか乳飲み児を連れて狩りをする訳にはいかないと考えた時、他のことの出来ない自分に気がついたのだ。 それでエレナはとても焦っているのだ。
「姐御、ずっとこっちばっかりで、狩りの方は来てくれないんですか?」
「私は今、忙しい。 とてもお前たちに同行して狩りをしている余裕はない。
それに今はお前たちの主な仕事は、鍛冶屋さんたちの木を探すのの護衛だろ。 私が一緒しなくても何の問題もないだろう」
「ま、それは確かに、護衛の時に相手にするのは普通は一角兎ですから、言えば城下村の奴らなら誰でも対処できますからね。 俺たちが他より優れているのは、索敵がより広範囲なので、危険察知が早いくらいですよ。
本当にたまに、平原狼が近くに出ることがありますけど、その程度はどうということもないですからね」
「なら、私がいなくても問題ないじゃないか」
「でも、それじゃあ、俺たち、どんどん腕が鈍っていってしまっている気がするんです。
といって俺たちだけで、大猪とかを狙うのは、やっぱり少し危険度が高いかな、と思うんですよ」
「と、言われても、私は無理よ。
今は、今後のためにここで学ぶのに精一杯だし、本当に子どもが出来たら、それこそしばらくは狩りは私はお休みだから。
つまり、あなたたちはもう私から離れて一本立ちしなければならない時期になっているのよ」
「まいったなぁ。 俺たちだけで、大猪を狩るのは、少しまだ不安なんだよなぁ」
エレナは子分たちの実力を考えた。 まあ、大丈夫だろうと思うけど、確実に接近される前に大猪を仕留めることが出来るかというと不安が残るのは本当だ。
「うーん、仕方がないわね。
それじゃあ、しばらくの間、大猪を見つけて、それを狩ろうという時には、フランソワちゃんに同行を頼みなさい。
今はまだ、フランソワちゃんなら、大猪を狩ると言えば、きっと喜んで同行してくれるだろうから」
「えっ、フランソワちゃんですか?」
「あれっ、あなたたち知らないの?
フランソワちゃんは一発で大猪を倒すわよ。 ウチのウォルフやジャンは、フランソワちゃんと一緒すると何もする事がないからと、武器をフランソワちゃんと同じ物に変えようか迷っているわよ」
「フランソワちゃんて、そんなに強いんですか?
狩りなんてしているイメージがないんですけど」
「強いに決まっているじゃない。
ずっと、最初から私たちと一緒に色々していたんだもの。 レベルなんて私より上かも知れないわ」
「ええっ、そうなんですか。
姐御だって、俺たちよりずっと上なのに。 それにレベルは上になるほど上がりにくいのに。
フランソワちゃんて、農民の人から神様みたいに扱われるけど、それだけじゃないんですよね。 確かシスターとしても登録されているんですよね」
「そうね、私もヒールもイクストラクトも使えるけど、私はお前たちの怪我の治療ばかりしてただけで、フランソワちゃんは、シスターやルーミエと同じように体の中の寄生虫の排除なんかも出来るからね。
私が狩りばかりしている時に、懸命に努力していたのよ。 だから私も同じように子どもが産まれるまでに、狩り以外のことも出来るように努力しなくちゃいけないのよ」
「えっ、姐御、もう出来たんですか?」
「まだよ。 馬鹿!! それまでに狩り以外のことで役に立てるようになる努力で、今はだから手一杯で、お前らに構っている暇なんてない、ということよ」
棚から牡丹餅という感じで、時々フランソワちゃんが狩りに嬉々として同行することになった。 まだフランソワちゃんは、自分の投擲で大猪を倒すのが楽しくて仕方ないらしい。 一応、サポートという名目で同行しているから、自分の一発だけで倒すのではなくて、エレナの子分たちがまずは仕掛けて、止めを刺すという役回りに徹しているらしい。
最初、子分たちが失敗して、助ける形になったら、フランソワちゃんに対して話しかける時の呼び名が、「フランソワちゃん」から「フランソワの姐御」に変化したらしい。 フランソワちゃんは、何だかそれも嬉しそうなんだよなぁ。
ま、いいか。 ちなみに僕らはフランソワちゃんがエレナの子分たちの大猪狩りのサポートをすると聞いても、誰も心配しなかった。 それ以前に、フランソワちゃんの実力はさんざ見せつけられているからね。 問題は不意打ちだけだけど、エレナの子分たちはそこは流石にエレナに鍛えられていて、ジャンやウォルフよりも索敵は上だったりするからだ。
エレナはそんな調子で焦っているのだけど、その同期の女性陣はそこまで自分のことで焦ってはいない。
子どもを産みたいという強い気持ちは同じなので、何だか彼女たちの夫となった見習い騎士たちが少し狼狽えているように見えないこともない。
僕たちと違って、見習い騎士たちには家族がいるだろうから、同期の女性陣が彼らと結婚してからも今までと同じように城下村で働いていて良いのだろうか、と僕は疑問に思ったのだけど、彼らもこの領地には家族はどうもいないらしい。
文官さんによると、この地の領主様を直接に支えている文官・武官は、王都の邸の人たちも含めて、領主様の冒険者時代からの仲間や、その賛同者が占めているらしい。 騎士や騎士見習いも、そんな人たちや、冒険者としての活動時に合流した人もいるけど、それ以外は領地をもらった時に、家を離れた人達らしい。 つまりぶっちゃければ、下級貴族家の三男とか四男という立場の人たちだ。 だから領内にはほとんど係累がないらしい。
それもあって、領主様の奥方の保護下にある女性を妻とするのは、彼らにとっても悪いことではなくて、まして子どもを産み育てるのに、周りのサポートが得られることが分かっている所は貴重に思うということらしい。
うん、ま、何というか、ちょっと世知辛い気がしないでもないのだけど、双方にとって良いなら構わないかな。 普通なら孤児の女性が夫に出来るのは、孤児同士が普通だし、そうでなくても騎士見習いなんてないからね。
ここでは、僕やルーミエが孤児だったのに領主様の養子になったのから始まって、ウォルフ、ウィリー、ジャンも騎士になっちゃったし、マイアも城下村村長以上の権限が与えられているみたいだし、他にも色々で、特殊だからね。
おっと、話がズレてしまった。
エレナの同期たちが今真剣に取り組んでいるのは、各村、ここでは町も含めるけど、それら全てに公的に子どもの学校を作ることだ。
彼女たちがそんなことを考えた理由は、いくつかあるのだが、やはり一番の理由は、戸籍のような物を作る作業をしていた時に、各地であまりに識字率が低いことに驚いた事がある。
自分たちは孤児なのに、読み書きだけでなく、計算や、その他も町の学校で教わるようなことはみんな教わっている。 それが少し普通から逸脱していることなのだという自覚はあったのだが、各地を回ってみて、あまりに簡単な読み書きや計算さえ出来ない人が多いことに愕然としたのだ。
それと共に誰でも練習すれば使える簡単な生活魔法さえ、ほとんどの人が使えないという事実にも驚いたのだ。
もう一つ、最近になって確実だと確認された事実がある。
今までもたぶんそうだろうとは思われていたのだけど、例が少な過ぎて確実とは言えなかった、というか言いづらかった事が、確実な事だと判断されたのだ。
それは魔法は、生活魔法という簡単な物でも、子供の時から練習していないと、なかなか上達しないだけでなくて、魔力のレベルが上がらないのだ。 結局ほとんど魔法が使えないことになってしまうのだ。
僕たち城下村の元孤児たちは、城下村に来ると徹底的に魔法を使うことを練習というより強制される。 それこそ毎日毎日、確実に限界まで魔法を使うことを求められるのだ。 これは僕たちだけではなく、城下村に暮らすようになった元孤児は全員だ。
そもそも僕たちのしている作業は、事務仕事以外はほとんど全てが魔法を使うことを前提して作業が考えられている仕事だ。 故に孤児たちは全員が魔法が使えるように、それも一般から比べたらかなり強力な魔法が使えるというレベルになるのだ。
ところが、後から城下村に、大人になってから来た人は、たとえ僕やルーミエが見て[全体レベル]のかなり高い人でも、教えても僕らのようには魔法がなかなか使えないのだ。 もちろん中には僕らよりも高度な魔法を使える人もいる。 だけどそういう人も使える魔法の種類は限られてしまっていて、僕らのように何でもそれなりには使えるという状態にはならないのだ。 例えば、領主様なんかは火魔法だったら、僕よりも高出力の大きな火が出せたりするのだけど、それでいて、いまだにお湯を出すのは苦手だったりする。 飛んで来る矢を逸らすだけの風魔法は使えるのに、ソフテンは使えないなんて、僕らには不思議なくらいなのだけど、それが普通だったりする。
ま、今までそういう人たちは、文官さんや武漢さんだったりしたから、あまりそれを問題として考える場面もなかったのだけど、ここのところ開拓民として、冒険者をしていた僕らの先輩の元孤児を受け入れるようになって、問題として完全に上がってきたのだ。
僕らとしては、というか開拓民の担当になってくれたトレドさん、ロンさん、フロドさんたちにとっても誤算だったのだが、レベルはかなり高いはずの開拓民の人たちが、なかなか開拓に必要な魔法が上達しないのだ。
トレドさん、ロンさん、フロドさんの3人も、この領に戻ってきた当初は、今の開拓民の先輩たちと同じ状況だった訳だけど、こっちに戻って来てから、こっちのやり方を覚えて実践するうちに、レベルも上がって、冒険者の級も上がったのだけど、魔法もかなり使えるまでになった。
3人は、開拓民として戻ってきた先輩たちは、今ではもしかすると自分たちの方がレベルが上かもしれないかも、なんて風に少しは自惚れてはいたのだけど、それでもレベルはどっこいどっこいか、上の可能性も高いと思っていた。 それならば、最初はともかく開拓に必要な魔法を教えれば、いや、城下村などの元孤児が使う魔法を教えれば、すぐに上達するだろうと思っていた。 自分たちの経験からも、そうなるだろうと安易に考えていたのだ。
ところが予定外に、なかなか魔法が上達しない。 ホットウォーターなんかが上達しなくても、問題はまあ小さいのだけど、ソフテンとハーデンがなかなか上達しなくてあまり使えないのは開拓にとっては大きな痛手で、開拓予定の大幅な変更が必要な事態となってしまったのだ。
この事態から、小さいうちから魔法を使う、魔法を教える必要があるという事が分かったのだ。
城下村に来た孤児たちの中でも、僕らのいた東の村と町では、孤児院で教育に力を入れ、魔法を使うことも教えられるという事が続けられたが、他はそうではないので、城下村に来た時点では、学力も魔法も他の場所との実力差が大きくて、一緒には考えられないくらいだ。 ただまあ、魔法は全体レベルはまだみんな低いから、使えるといっても大差はなくて、来てからの伸びの方が大きいからあまり問題にならなかったのだけど、学力は問題になった。
それらの上に、最近は孤児の数は減ったけど、子供の数は増えていたりする。 そんなこともあって、彼女たちは小さい子供たちの教育を領として考えることを提案していたりするのだ。 そしてどうやらその仕事を、子どもを産んだり、子育てをしながらしようと考えているらしいのだ。
僕はすごく建設的で良いことだと思った。
「気がついたらラミアに(なろう改訂版)」が、今ちょうど最初の章が終わり、2番目の章に入りました。
そちらは毎日2話づつの更新となっていて、読み応えがあると思います。 時間に余裕がある方、毎日ある程度の量を読みたい方等には良いかと思います。 良ければ、ぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです。




