穴を掘って土を盛る
僕たちは早速、新たな領堺の壁作りに取り掛かった。
きっと、いや絶対に領主様が想像している物とは違うのだろうけど、始めてしまえば、ま、なんとかなるだろう。
僕はウォルフとジャンと計画を詰めることにする。
「今まで作ってきた壁はさ、関所が領の境の丘のこっち側にあるから、こっち側の丘の終わった所、関所の辺りを起点に、その左右に伸ばす形になっているじゃん」
「ま、当然そうだな。 工事をする都合で考えても、それが普通だったからな」
「今度はさ、丘の反対側、こっちから言うと、丘の間の道の出口辺りを起点に左右に伸ばそうかと思うんだ。
今度は面倒なことはしないで単に土を盛るだけだから、丘の終わりの少しの盛り上がりが左右に伸びているような感じ」
「ナリート、そうすると、今までの壁と新しい土壁、土壁で良いのかな、とにかくその二つの間って、かなり広くならないかな」
「うん、そうなるね。 今回の一番の目的は、今の壁を隣の領の方からはまともに見せないことだからさ、距離があった方が良いとも思うんだ。 それにさ、丘の端の盛り上がりが左右にも続いていたら、わざわざそれを登った先を見ようと考える人は少ないんじゃ無いかとも思うんだ」
「お前、なんか、それだけじゃないこと考えているんじゃないか」
やだなぁ、ウォルフ、疑り深いぜ。
「いや、ないって。 ただ今回は本当に土を掘って、その掘った土を盛るだけにしようと思うんだ。 わざわざ壁なんて作らない。 いや、全然ないと不自然かもしれないから、盛った土の一番上部に、形だけの土壁を作っても良いか」
「それだけなの?」
「うん、ジャン、それだけ。 ただし、掘る穴というか溝の深さは今までよりも深くしてさ、そこに落ちたらなかなか出られない程度の深さにしたいと思うんだ」
「やっぱり変なこと考えているじゃないか」
えーっ、少し掘る深さを深くしようとしているだけだよ。 ウォルフにそんな風に言われるほどのことではないと思うのだけどな。
工事を始めてみると、少しでも深く掘るというのは、かなり大変な作業だということが分かった。
僕は地面の表面だけでなく、少し深くなると掘ること自体が、岩なんかに当たって、とても大変なことになるのではないかと危惧していたのだけど、そういうことはあまりなくて、ソフテンをかけて作業すれば問題になることはほとんどなかった。
僕としては岩なんかが出てきて、それに苦労しつつもその岩を今度は石材として利用できるかも知れないなんて、取らぬ狸のをしていたのだけど、その意味では全くダメだった。 掘るのに苦労していないのだから、良いことではあるのだけどね。
今まで僕らが掘ってきた溝というか堀は、そんなに深い物ではない。 そもそも水路として使うことを前提にしていたり、狼や猪の動きを遮ることが出来れば良いという物だからだ。 水路として使うには、あまり深いと使いにくくなってしまうし、モンスターを含めて動物ならば、脚がそれぞれ嵌ってしまえば動けなくなる。 そんなに深さはいらない。
だから、今までの領境の壁を作るのに作った堀が、壁自体を版築で強固にしたこともあるし、人間を対象に考えた物であるので、最も深かった。 それでも背丈程度の深さの底に、杭と逆円錐状の穴という嫌がらせを作った程度で、深さとしては大したことはない。
何故そのくらいの深さかというと、掘った土の搬出が、そのくらいの深さを超えると途端にとても大変になるからだ。
そのくらいの深さまでは、持ち上げて上の者に渡すという作業だけで、済むからだ。
今回作っている溝、堀の深さは今までの倍以上。 3m50から4mを予定している。 これだけ深いと、簡単には這い上れなくなるからだ。
1人でも2mなら上に手は届くから、頑張れは登ることができる。 3mになると1人では難しくなり、2人で頑張ればとなる。 3m50を超えると、2人でも脱出が難しくなるのだ。
で、まあ、その位の深さに掘ることを始めたのだけど、最初は馬鹿馬鹿しい苦労もあった。 掘っていた自分たちが、掘った土の搬出に苦労するだけじゃなくて、気がついたら自分たちが登るのに苦労することになったりね。
土の搬出は、色々考えて試してみてはみたのだけど、結局はやはり計画的に溝を作る方向にスロープを作っていくのが、最も楽で効率的であるのが分かっただけだった。 うん、当然だよね。
「おい、堀の横壁は崩れないようにきちんとハーデンを掛けろよ。 忘れるな。 時々見回って、弱そうなところは掛け直せ」
ウォルフが厳しく指導している。 この深さとなると、変に崩れて事故ると、生死に関わる危険があるからね。
「掘った土は、すぐ横に適当に盛っていけば良いから。 一応堀の側は崩れてこないようにハーデンをかけるけど、反対側はその必要もないから」
ということで、掘った土を隣の領側に盛ると、掘った溝の底から見ると、盛り土の上はかなりの高さだ。 溝の側はハーデンをかけて崩れにくくして盛っているから、盛土の部分も急峻な角度になっている。
うん、溝の底からの高さは掘った深さと、盛った土で合わせると6mくらいになるのではないだろうか。 その上、最終的には盛った土の上に形ばかりだけど塀を作れば、塀の上からは7m以上だ。
よし、これだけの高さがあれば、乗り越えて簡単には入ってこれないだろう。 上から落ちたら、怪我をする可能性が高いよね。
「悪辣だよなぁ。 元の壁を見えなくするだけじゃなかったのか。
向こう側から見ると少し盛り上がっている先に、ごく簡単な土壁があるだけに見えるのに、その上に登ると、反対側は落ちたらただではすまない溝があって、這い上がることも簡単にはできそうにない。
そしてその先にも本当の壁があるんだもんなぁ。
これで入って来るとしたら、相当な準備が必要になる。 そんなことするやついるのか?
俺なら壁を越えるよりも、正々堂々と丘の間の道を行くな。 無理だろ」
「ま、そうだね。 でも僕だったら、その道にも罠を仕掛けとくな。
普段は罠なんてないように見せておいて、もしもの時には罠があるというのが良いよね。
あ、でも、実際はともかく普段から、いかにも罠がありそうだ、という風に見せかけておけば、それで良いのかも知れないね」
僕もまあ、なんだか防衛力は必要な気がして、こんな名ばかり目隠しの土塀を作ろうと考えたのだけど、僕よりジャンの方が考えることは悪辣なんじゃないだろうか。
ま、まだ先の話だよね。
新たな壁作りを始めたからといって、前からの壁がもう終わっている訳でもない。 新道側はもう壁作りは終わっているけど、レンガで覆うのは半分も終わってないし、反対側は半分程度の進捗状況だ。
つまり新人たちは二手に分かれて、同時並行で二種類の壁作りをすることになったのだ。 もちろん僕はレンガで覆うことも全く諦めていない。 本来の壁の方は簡易な版築の工法で作っているので、新たな方と比べると肉体的な手間がより多く掛かるが、魔力は少なくて済む。 その余った魔力は、全てレンガ作りに使わせて、しっかりと鍛えるのだ。
ということにしているからか、新しい壁作りの方が進みが速いから楽しいのか、新人たちに人気なのは新しい方の壁作りだ。 こっちも掘っては運んで、積み上げるという作業で、同じくらい大変だと思うのだけどなぁ。
そうこうしているうちに、また新たな新人を迎える季節になってしまった。 孤児の数は、シスターとルーミエが主導して行った寄生虫の撲滅と、生活魔法の一つであるクリーンを積極的に使っての衛生の見直し、そしてそれ以上にフランソワちゃんが旗頭になって行った新農法の普及で農産物の収穫量が増えたせいか、あ、あと一つ増えた兎を簡単に狩れるようになって、タンパク質の摂取不足も解消されたのもあるかも知れない。 とにかく、孤児の数はどんどん減ってきて、迎えた新人の数は少なかった。
新たな新人、変な言い方だな、今年の新人は数も少ないので、まずは新しい壁の建設を手伝うことになった。 あ、もちろん、村の誰もが教えられることは、当然半分の日はそっちだ。 でもまあ、半分の日は新壁作りなのだ。
2年目となった去年の子たちは、先輩風を吹かして、喜んで今年の子たちを指導している。
「私たちも去年の最初の頃は、こんなにも出来なかったんだ」
「いや、今年の子たちが出来ないことにも驚いたけど、それよりも今の私たちって、こんなにも出来るようになっていたんだと、そっちの方が驚きだよ。
私たち今まで、何しても一番出来なかったじゃん。 ここの監督に来ている人たちとかは別格だと思うけど、それでも他の人と比べても当然一番出来ない。 だから本当に私たちは成長してないと思っていたのだけど、良かった、私たちもちゃんと成長していたんだね」
「びっくりだよ。 今年の子たちは私たちのすることに、驚くんだよ。 その事に私たちの方がびっくりだよ」
去年の子たちは、今年の子たちを見て、やっと自分たちの成長を実感したようだ。 いや、レベルだって大きく上がっているのだから、すごく成長しているはずなんだけど、周りはもっと上なので、それが実感出来ていなかっただけなんだよね。 今年の子を見て、去年の自分と重ね合わせて、やっと自分が大きく成長した実感を持てたのかな。
その実感が新たな向上心につながれば良いな、なんて少し上から目線で思ってしまった。
今年の新人を迎えるに当たり、少し問題点が出た。
受け入れる新人を住まわせる宿舎の建設地がなかったのだ。
城下村の僕らが使っている最初の丘の上は、もうとうに新たな建物を作る余裕はない。 今までは堀と塀で囲った、城下村の城内とも呼ぶべき場所の中に、孤児たちの諸々の施設は作っていたのだけど、それももう限界が来たのだ。
どうしたものだろうと考えあぐねかけていたら、サラッとマルっとこの問題はあっさり解決した。
僕ら主要メンバーの次に城下村にやってきたすぐ下の奴らが、あっさり移住して、それが使っていた宿舎が空いたからだった。
「馬鹿ねぇ。 彼らだって、私たちの次にそれぞれに相手と共に暮らすようになるのは当然のことでしょ。 そんなの予定しているに決まっているじゃない」
彼らには現在開拓中の湿地の干拓地の、城下村から近い場所が割り振られて与えられていた。 夫婦となった2人の家を作るんでも、何組かで大きな家を作るのでも、その辺は彼らの自由裁量に任されていたらしい。
そういえば、確か、少し乾いている土地に、開拓者として戻ってきた先輩たちのとりあえずの家の区画だけじゃなく、別の区画もあったような気もする。 うーん。
この差配をしていたのは、口調から分かるだろうけど、マイアだ。
こんな風に僕が言われているというのは、つまりはそういう事だ。 マイアが事務仕事に復帰したのだ。
子どもを育てながらだから、まだ前のようにバリバリという訳ではないのだけど、マイアが復帰したら、途端に物事がスムーズに動いているような気がするのは僕だけだろうか。
ウィリーが「ああ、良かった」と安心する気持ちは分かるけど、文官さんまで、なんだか胸を撫で下ろしているんだよな。
そして、普段は町で仕事をしている文官さんまで、復帰したマイアに挨拶するために城下村まで来たりしている。 えーと、今のマイアの正式な肩書きって、確か城下村村長だよね。 領政を担っている事務方の文官さんが、復帰を祝って挨拶に来るって、ちょっと違ってないと思うのだけど、 ま、良いか。




