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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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領境の壁の方針変更

 領主様の友人の貴族は、単純に遊びに来たというだけでなく、貴族としては新米の領主様にアドバイスすることがあればしようと考えていたようだ。

 王都で、聖女印の薬や女性用の物がとても売れていたり、今現在スパイダーシルクの糸や布をほぼ独占状態で販売しているので、この領に対する注目度が上がっているのだ。


 元々が森や林という木もほとんど無くて、草地と荒地ばかりの僻地だったからこそ、そこを領地として与えられて男爵として叙爵されても、文句が出なかったというか無視されていた。

 凝り固まった貴族社会の中では、大きな問題となっていた悪党を退治したからといって、冒険者が、つまり貴族の血も引かない単なる庶民が貴族の地位を得るなんてことは、あってはならないことなのだ。

 ただし、その功績を無視することは王国としては政治的に出来ないから、まだ単なる冒険者だった領主様たちに、どのように報いるかが問題となったのだ。 その功績を挙げたのが曲がりなりにも貴族の末端であるなら問題はなかったのだが、リーダーを含めてその功績を挙げた者たちが、皆庶民の出であったのが、彼らにとっては大問題だったのだ。


 王国民皆が知るような功績を挙げた者が、一庶民であってはならないが、喜んで貴族社会に招き入れようとする者は少ない。 かといって金銭だけで済ませるには功績が大き過ぎる。

 王室というか国王は、固定化して得た権益にしがみついて、それを守ることばかりを考える貴族たちの新陳代謝をさせたい気持ちが強いのだが、多数がその固着している者たちなので、なかなか前に進まないのだ。 貴族の世代交代時に、自らの意向に沿う跡取りに継がせるように働きかけて、少しづつより強く自分の意向を反映させて行くしかない状況だ。

 国王にとっては、庶民を功績によって貴族にするというのは、なかなかない良い機会であって、功績を考えれば子爵にしたいくらいなのだが、貴族とは名ばかりで領地を持たない準男爵が良いという意見を抑えて、男爵にするのがやっとだったのだ。

 その男爵にするということのギリギリの妥協点が僻地である今の領を領地とするということだったのだ。


 領主様は、最初は貴族という名前だけで、僻地へと追いやられたことに怒りを感じていたみたいだけど、考えようによっては、そういう貴族たちとの関わりが最も少なくて済む場所を与えられたということで、考えの方向を変えたら、逆に清々しい気分になったらしい。

 貴族としての義務で王都に行く以外は、もう関係のない世界の話だと割り切ってしまって、自分の領地を幾らかでも発展させることに興味の対象が移ってしまったのだ。

 そして、僕らを見つけて、面白くなり、完全に固執貴族なんて頭の隅に追いやられてしまっていたのだ。


 領主様からは、もうどうでも良いと頭の隅に追いやられた古くからの貴族たちだが、彼らにしてみると、今の状況は面白くないらしい。

 王国の一番端っこの隅で、細々と、貴族の義務である領地経営に四苦八苦しているという状況になると思っていたら、そこに聖女が出たとかの噂が流れ、その聖女印の薬が王都でも売られるようになっている。 その上、王都近くの元の産地では絶えてしまったスパイダーシルクの生産がその地で始まり、今ではほぼ唯一の生産地となっている。

 古くからの貴族たちにしてみると、予定外の面白くない状況なのだ。


 遊びに来た貴族は、貴族の中では少数派の領主様と親しくしようと考える人で、少し状況を心配していたらしい。

 領主様は、他に何かしている訳ではなく、自分の領地を良くしようとしているだけのことで、他から何か言われることではないと思っていたし、他の貴族の思惑を考えねばならないという発想自体が希薄だった。 それだからレンガで覆った壁を見た時も、単純に喜んだ。

 少し貴族社会の中で、僕たちの領が話題になっていたらしく、そこに少し危うさを感じた2人が実際はどうなのかと、興味半分、ちょっとした先輩風を吹かそうという気分半分で、訪ねてきたらしい。

 実際に見てみると、かなり風変わりで面白かったのだが、やはり他の貴族の目を気にしていない危うさを感じたらしい。


 「ま、どうやら領境の壁の見た目が立派過ぎるらしい。 それは古臭い貴族たちの反感を買って、面倒な嫌がらせが増えたりしてしまう可能性があるらしい」


 領主様から、そういう相談を受けた僕が最初に感じたのは、「はぁ、めんどくさい」だった。 そんな貴族たちがどんな風に感じるかなんて、僕らに関係あるのか、というのが僕の本音だ。


 「レンガで覆ったのが、立派に見え過ぎるということなんですか?」


 「いや、覆ってない場所も高さはあるし、壁の前に堀もある。 それでも立派過ぎるらしい」


 「でも実際問題として、そのくらいに作らないと、野盗だとかの侵入は阻めないと思うのですけど」


 「そうなんだよなぁ。 それにもう作っちゃた物を壊す訳にもいかないしな、もったいない」


 「あ、そうか。 つまり今まで作った壁が、これ見よがしに見えなければ良いということか。 つまり簡単な目隠しがあれば良いということですね」


 僕の頭の中に、ちょっと悪いアイデアが浮かんでしまった。

 その僕の言葉に、領主様は何か胡散臭さを感じたみたいだ。


 「お前、何考えついたんだ? 悪い顔しているぞ」


 「いえ、ただ単に、今まで作った壁が見えるのが悪いのなら、簡単な目隠しの壁というより塀があれば、それで良いのではないかと。

  今まで作った壁は、覆ってない部分も叩き固めたりして頑丈にしてありますけど、それだと立派過ぎるなら、単なる土盛りしかないですよね。 それは僕らの得意技ですし」


 「うん、まあ、そうだな」


 僕の言葉で領主様が想像している物と、僕が考えている物はたぶん全く違うと思うけど、そこにはあえて触れない。


 「でも、そんな土盛りを作るとなると、また新人たち、もうすぐ次の新人も来る季節ですけど、彼らはその工事にかかりっきりになって、計画していた開拓には回せなくなっちゃいますね」


 「そうだな、そういうことになるのか。 ま、仕方ないな」


 よし、言質は取ったぜ。


 工事に人を回してやっていけているのは、今までよりも領として、食糧状況も改善しているせいだ。 もうこの辺はフランソワちゃん様様で、フランソワちゃんが普及させた農法によって、以前より単位収穫量が上がっていることが一番大きい。 それに加えて、以前よりも格段にスライムの脅威が減って、水田も増えたことも大きい。


 ま、究極、塩を自給できるようになったこともあり、他領との関わりがほとんどなくても、今はこの領だけでなんとか自給自足出来るのようになったのが大きい。

 金属製品とか、木工品とか、他領から今は買っている物も多いのだけど、鉄もなんとかなりそうだし、木はこれからどんどん増やしていく予定だ。 どうにかなる。


 で、僕は自分の考えをジャンとウォルフに相談する。


 「おいおい、ナリート。 そりゃ大工事じゃないか。

  良いのか、随分と時間も食うと思うぞ」


 「うん、大丈夫、領主様の言質は取った。

  それに工事としてやること自体は難しいことは何もないからさ。 もう彼らに丸投げして、任せてしまっても構わないと思うんだ。

  で、今度は人数は少ないみたいだけど、もうすぐ新しく入って来る者もいるから、それらも任せてしまえば、僕らの手間も一つ減るし」


 「ねぇ、ナリート。 文官さんは怒らないかな」


 「大丈夫じゃないかな。 僕らが勝手に始めようとしていることではなくて、あくまで仕方ないからする工事だから」


 僕が考えたのは、今の壁の前方、つまりこっちから見て外側に、もう一つの目隠し用の土壁、いや土盛りを作ることだった。

 でも、そこまで僕は単純じゃない。 土を盛るためには、盛る土が必要で、それはもう掘るしかない。 つまりその土盛りのこっち側は深い溝、空堀になるのだ。 これで他領側からは単に土が盛って、領の境をはっきりさせた程度にしか見えないけど、低い土塁のすぐこっちは深い空堀、そこを突破しても今度は本格的な堀と城壁という感じになる。


 壁と堀の前に土塁を作っている訳で、より強固に防御を固めていることになるのだから、余計に相手方というか、領主様を良く思っていない勢力を刺激するのではと僕は思わなくないのだけど、実際はともかくとして、豪華っぽく見える物が目隠しされた方が良いということなのかな。

 僕としては、ちょっと堅固な防御施設を作っていることになって、少し楽しいのだけど。

 当然、元の方の壁をレンガで覆うことも続けて行く。 元々はメンテナンスを楽にする為だったのだから当然だ。


 新人たちが、ずーっと工事をさせられて、文句を言い出すのではないかと、それを一番心配していたのだけど、意外なほど文句は出なかった。

 日常のサイクルが、もうそれで決まってしまっていて、慣れてしまったのかな。 それよりも、それと並行して行われている学習の方が辛いと思っている者が多いからかも知れない。 諸々の勉強は、普段はそれに使う時間も少ないし、雨などで作業を中止にしている時を主に当てているのだけど、とても大変な難行苦行だと思っている人数が少なくないことは問題だ。

 もっとそっちで能力を発揮して、事務作業を少しでも担える人材が欲しいのだけどなぁ。


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