領主様の友達?
「で、結局どうなったんだ? ウィリーとマイアの家を別に作ることになったのか?」
「いえ、そうはならなくて、育児所兼仕事場というような建物を作ろうということになりました」
「ほら、領主様、私の言った通りになったでしょう。
もうこの丘の上には、あまり土地はないですからね。 そうそう別の家をいくつも建てる訳にはいきませんから、当然の判断です。
それにそういうことになっていれば、あの騎士見習いたちと結婚した娘たちも、これからもここで働くことが出来ますからね。 それぞれにちゃんとした家を別の場所に持っても、そして子供が生まれても、その子供を連れてやってくれば良いのですから。
集まれば、全員がそれぞれに子供の面倒を見る必要は、ほとんどなくなりますからね。 ま、生まれてすぐはそうもいかないでしょうけど、少し大きくなれば、母親たちは育児と仕事を掛け持ちできるようになりますよ。
そんなのは普通は当たり前のことで、子供を連れて畑に行ったり、子供を傍らに置いて糸を紡いだりは、良く見る光景ではないですか。 ただ、領の事務仕事のようなことに、今まで女性があまり関わらなかったから、それが出来る体制が整っていなかっただけなのです。
体制さえ整えば、またマイアさんもビシバシと働いてくれることでしょう。 どうもマイアさんがいないと、サボろうサボろうとする輩が多くなる気がするのですよね」
うーん、何なんだろう。 文官さんの話を聞いていると、僕たちは文官さんの掌の上で上手く転がされているような気がしてしまう。
僕たちのしてきたことや、しようとしていることは、そうなるように上手く誘導されていたということなのだろうか、文官さんや領主様やシスターに。
それだけじゃないと思いたいし、城作りなんて言い始めたのは僕だから、絶対に全てがそうという訳じゃない。 でも、きっと、不味いと思ったこととか、ダメだと思ったことだとかは、それとなく止められて、僕たちが失敗をなるべくしないようにと配慮されていたのは確かな気がする。 それに少し、自分たち大人の都合が混ざっても、それはそれで仕方ないし、僕らにとっての不利益になっていないなら、それはそれで良いか。
あっ、僕は今、"僕たちの"と思ったけど、僕とルーミエとフランソワちゃんは今は正式に領主様とシスターの家族だった。 そうすると、僕たちのと思うのは、どういう範囲なんだろう。
何か、考えると難しい気がしてきた。
「なんだナリート、難しい顔をして。
ま、やってみないと分からないさ。 少なくともお前やウィリーが今よりも忙しくて大変になることは無いだろ。 少しでもマイアが復帰すれば」
領主様は僕の考えていたことを読み間違えたみたい。
うん、今はその話だった。
「そうですね。 マイアが仕事への復帰を嫌がっていないなら、きっとウィリーだけじゃなくて、僕も含めて沢山の人が楽になると思います。
でも、またマイアの負担が増えて、マイアが怒り出して、『やはり、あなたたちがきちんと自分でやりなさい』と言い出さないように、慎重にマイアにしてもらう仕事の量を考えないと」
「そうですね。 周りの者が手伝うとは言っても、子育てをする母親の負担は大きいのですから、そこは大いに慎重に進めなければならないでしょう。
とにかく、これはモデルケースとなるのですから、ここで失敗すると、続く人たちも仕事に復帰してくれなくなってしまうかも知れません。 慎重すぎるほど慎重に考えていきましょう。
でも、それが難しいのですよ。 何しろマイアさんは優秀ですから、つい誰もがマイアさんを頼ってしまいますから」
マイアが優秀なのは、僕らも良く理解している。 何しろ孤児院組の最強権力者だからね、この城下村の孤児院出身者は誰もマイアに逆らえないから。 単純に一番最初からのメンバーの中で、ウォルフ、ウィリーと共に最年長だったからじゃ無い。 みんなを従える確固たる実力があるからなのだ。
僕らにとっては、それは孤児院時代という本当に子供の頃からの自明のことなのだけど、やっぱり文官さんの目からも、マイアは優秀に見えるんだな。 僕は何だか誇らしい気分になってしまった。
「ところで話は戻すが、本当にエレナの代の女の子たちの家を作らなくて良いのか? そのくらいなら、まだ建てる場所はあるだろう?」
「いえ、無いですよ。
ウィリーとマイアの家の一軒くらいなら、どうにかなりますけど、それ以上はもう無理です」
「畑や田んぼにしている部分を無くせば、そのくらいはどうとでもなるだろう」
「領主様、何を言っているんですか。
畑や田んぼは、もうかなりの部分を潰しているじゃ無いですか。 今でも無くし過ぎなくらいです」
「いやな、ナリート。 もうこの城下村の丘の上の部分で、畑や田んぼをしなくても良いんじゃないか。 城下村は、もうお前らが開拓した時の規模を大きく超えて、村どころか町の規模だ。
今はまだ元の町の方が大きいが、しばらくすれば、町も抜いて、この領内で一番人の多い場所になりそうだ。
この丘の上は、この領全体の行政府として整備しても良いのではとも思うのだが」
「いえ、行政府としてはやはり元の町が良いと思います。
そもそも領主様が城下村で仕事しているから、そういう文官さんたちや事務の人たちもこっちに集まってきているだけで、領主様が前のように町の領主館で仕事をすれば、その方が多くの人は楽なんですよ。
今までは、城下村と町の間を行き来するのに、それなりの時間が掛かりましたし、天気が悪かった後なんかは、整備はしてましたけど、泥濘なんかも出来て道の状態が悪くなって、より一層困難になったりしました。
でも沼地の干拓が進めば、そういうこともなくなりますし、道自体も直通のなるべく真っ直ぐな道にするのでよね。 それならば、領主様が仕事をしに町の領主館に通っても、負担が然程大きくなくて済みます。 他の人にとっては大きく負担が減ります。
それらのことも考えての、開拓民の募集や、沼地の干拓だと、僕は思っていたのですが、違っていましたか?」
「それはその通りですね。 領主様が自分が楽をしようと、仕事を全部こちらでやろうとするのが問題なのです。
ま、正直に言えば、私のように領主様に付いて来て、こっちに家を持ってしまった者にとっては、その方が楽なのですけど、今でも多くの事務方などは町の方に住居があって家族もいます。 他の多くの人にとって負担が少なくなるのも確かですね。
どうです? 息子に正論で言い負かされる気分は?」
文官さんが、ちょっと楽しそうに領主様を揶揄っている。 なんか本当仲が良いんだよなぁ。
でも、僕はただ、仲間で最初に一生懸命開拓した土地が、全部最初の目的以外に使われることが嫌だっただけなんだけど。
「まあ、仕方ないなぁ。 畑や田んぼを残しておきたいという気持ちも、分からなくは無いからな。 カトリーヌも反対だしな。
だとすると、どうするかなぁ。 ここに客用の家を建てるという案がダメだとすると、丘の下はまだ場所があるけど、やはりちょっと違う気がするよなぁ」
領主様は文官さんの言葉を全く気にすることなく、揶揄いの部分を完全に無視して、話を進めた。 文官さんがちょっと口惜しがっている。
面白いなぁ、この2人。
ん、ちょっと待って。 客用? 客、客って何?
「あの領主様、文官さん、ちょっと良いですか。 僕、話が見えなくて。
客用の家って、誰かここに、そんなわざわざその人用の家を建てなければならない様な人でも来るのですか?」
「おお、そうだった。 ナリートたちには話してなかったか。
カトリーヌも話してないのか」
「そうでしたね。 それにそうなのですね 。
私はシスターから話をしてもらったのかと思ってましたよ」
「ええとな、ナリート。
お前も会ったことはあるはずだが、ま、言えば儂の友達の貴族がな、この領を訪れてみたいと手紙を寄越したんだ。
それで、急遽、その者たちを宿泊させる場所が必要になったんだ。
お前たちなら、今からでも建てられるんじゃないかと思ってな。
ほら、ここの儂とカトリーヌの家は、誰かを泊められるようには作られていないからな」
「何を言っているんですか!! そんなの場所の問題が無くたって、僕たちに建てられるはずがないじゃないですか。
僕らは元孤児ですよ。 貴族が泊まる宿なんて、どんな風に作ったら良いかなんて、知っている訳がないじゃなですか」
「そうか。 お前らなら、できるんじゃないかと思ったんだが」
「出来る訳ないじゃないですか、何考えているんですか。
常識的に考えてください」
「いや、ナリート君。 ナリート君たちに常識と言われても説得力がないのだけど、これは盲点でしたねぇ。
ナリート君たちなら、どうにかなると思っていて、そこの確認を怠ってしまっていましたね。 あははは・・・」
文官さん、軽すぎるよぉ。
どうにかするにも何も、そもそも資材がないよね。 僕らが土壁だとか、レンガだとか、そういうのを使って建物を建てているのは、今のところそういうものしか建設資材がないからだ。 一番の問題は木材がなさ過ぎることにある。
僕がセメント作りや、鉄作りを頑張っているのは、将来的には鉄筋コンクリートで建築物を作りたいからだ。 セメントが何とか目処がたったのだけど、鉄筋はもう少しだし、それよりも型枠をどうするかの問題がクリア出来てないんだよね。
それに貴族の人が使うのに、家具とかがみんな土製か竹製という訳にはいかないよね。
根本的に無理無理。
結局というか、当然というか、領主様の客人は町の領主邸に滞在することになった。 領主邸はこういう時のための部屋も当然あるのだから、最初からそれを考えないのがおかしいのだ。
とは言うものの、元々はやって来た客人2人の、(なんと2人の貴族がやってきたのだ)、希望だったというのだ、城下村での滞在は。
「ええと、何だったかな、そうそうクロキ男爵だったな、今度の家名は。 前のに比べれば余程呼びやすい家名ではあるな。 初めて聞く家名だけど、良いではないか」
「いや、そんなことよりも、ここは面白いところだな。
デーモンスパイダーの小さいのが、そこら中にいるのにはギョとしたが、すぐに慣れてしまうものだな。 気にならなくなって来た」
この片方は領主様と同じ男爵、もう片方はそれより上の子爵という爵位の2人は、その爵位の差を気にする様子もなく、領主様も含めて3人で話している。
領主邸を出来る限り朝早くに出て、こっちの城下村に来ているのだ。 2人とも思っていたよりも従者を連れて来なかったのだけど、従者の人にとっては迷惑な話だよね。 朝早くから引っ張り回されて。
それはともかく、2人にとってはこの城下村は、とても興味深い場所のようだ。
ま、確かに王都などの町とは作りが違うことは確かだ。 そちらは石作りの町だけど、ここは土壁だったり、土を固めたレンガで作った家だけど、防水や強度を上げるために塗られた漆喰で白い壁だったりする。
周りの水田や畑も計画的に機能的に配置されていたりもするから、確かに他ではあまり見ない光景だろう。 その上、それらの周りには、害虫の駆除を手伝ってくれている糸クモさんの移動のための糸が渡された、土を出来る限り固くして作った柱があちこちに立っている。 それに珍しい薬草畠が広がっていたりもするのだ。
うん、興味深いことは興味深いだろうなぁ。 僕も他では見たことのない風景ではある。 と言っても、ここと王都の間しか、実際に見たことのある場所はないから、狭い範囲だからかも知れない。
そんな2人が、最も喜んだのは、露天風呂と食事だ。
露天風呂は、そもそも貴族でも風呂に毎日のように入るという文化さえないので、屋外に湯船があって、景色を楽しみながら湯に浸かるという行為が、あまりに非日常的で印象に残ったのだろうと思う。
もう一方の食事については、これはもう僕の頭の中の知識で再現した料理を出したからだ。 やはり大猪の肉を揚げた料理、つまりトンカツは美味いということだ。
大猪を狩れば、肉は手に入る。 豚じゃなくて猪だから、少しワイルドで、肉の熟成と入念な筋切りが必要だけど、そう違いはない。
揚げるための油は、これは脂身を溶かして使うこともできるけど、大猪ではそれでは臭みが強くなる。 だけど僕らの領には、油は実はかなり採れるのだ。 綿を大々的に栽培し始めて、最初は女性用のアレの材料にしていたのだが、今ではもう糸を生産している。 その副産物として綿の種子も出る。 つまり綿実油が、かなり作ることができるのだ。 それが決め手だ。
余談だけど、圧搾設備を、もっと効率的できちんとしたモノにすれば、かなりの生産量になるのではと僕は期待している。 量が採れれば、食用だけではなくて、石鹸なども作れるかも知れない。 そうしたら高級石鹸が出来るかも。
ま、とにかく2人は、この領をとても楽しんでくれたのである。
しかし、さすがは貴族である。 今回の滞在で、この領の問題点にも即座に気がついたみたいだ。
「これは仕方のない事というより、そういう土地だったからこそ、クロキ男爵に与えられたのだろうが、増やそうと努力しているみたいだが木があまりに少ないのは、これは一朝一夕にはいかない大問題であるな。
それに、これも仕方のないことではあるが、土地の広さに対して、あまりに人の数が少な過ぎる。 増え出したとのことだが、今のままでは発展の速度は遅いだろう」
「だが、簡単に移住者を募れば用が済むという話でもないだろう。
ここでの生活は、良い悪いは別として、周りと比べるとかなり特殊化している。 開拓自体が、ここの特殊性に適応できる人材でなけけば難しそうだからなぁ。
逆にここの技術を盗もうとする者は、下手をするとたくさん出るだろう。 ま、一見するよりも難しくて、簡単には盗めはしないだろうが。
それよりも大きな問題は、ここの噂がここを現実以上に魅力的な場所に思わせる所だ。 僻地に追いやったと思ったクロキ男爵が、実はそこは魅力的な土地であったと、これまでの努力など全く考えないでやっかむ者が出てくるぞ」
「やっかむくらいなら良いが、余計なちょっかいを出してくる者が出る可能性も大きいだろうなぁ。
そうなると、如何ともし難い領民の数の差が大きくものをいうことになりかねん」
「最後は数の力だからなぁ。
その意味では、クロキ男爵、領境の壁は立派過ぎる。 あれではこの地が金になっていると言わんばかりだ」




