とうとう産まれたので
そうこうしているうちに、いつものように王都に向かう時期になってしまった。
さて、問題になったのは、誰が王都に領主様と共に行くか、ということだった。
普通なら、当然一緒に行くはずの妻であるシスターが、まず一番最初にゴネた。
「もう、いつマイアが出産してもおかしくないのです。
私は、ここを離れられません」
確かに、産院などないこの世界では、出産は教会のシスターが手伝っている。 シスターも、学校ではそういう知識も教わっていて、東の村にいる時には村人の出産にも立ち会ったりしているはずだ。 だが、シスタへの学校を出たばかりの、若い見習いシスターが本番で役に立つとも思えない。 実際には、本当に立ち会っただけで、もしもの時にヒールをかけるのを期待されていただけだろう。
今回のマイアの出産に関しても、それ以降の経験値が増えた訳ではないシスターだけが立ち会うは不安なので、町の方からベテランのシスターさんが来てくれることになっている。
だから実際的には、そのベテランシスターさんと、もしその人が来るのに時間がかかるようならば、経験者のキイロさんの奥さんのタイラさんがマイアの世話をすることになるだろう。
まあ、確かに何かあって、ヒールをかける必要が出てきたりしたら、その効果はシスターとルーミエが圧倒的だったりするから、シスターも立ち会うことに意味がない訳じゃない。
「町からもベテランのシスターが来てくれるのだろ。 それに経験者のキイロのところの何て言ったか、そうそうタイラだったな、その者もいるじゃないか。
カトリーヌが残っている必要はないだろう」
「そんなことはありません。
私にとっては、東の村の孤児院出のマイアは、ルーミエたちと同じに、娘のような存在なのです。 そのマイアの初めての出産なのです。
それだけじゃありません、マイアの出産は、この城下村を作った子達の初の子どもなんです。 マイアとウィリーの子どもというだけじゃない意味があるのです。 今までに、キイロくんとタイラさんの間の娘が、城下村を作った孤児院出身者の子としていますけど、キイロくんは後から孤児院の先輩として参加したので、少し意味合いというか、感覚が違うのです。
あなたもそれは理解できるでしょ」
領主様とシスターの話し合いが決着を迎える前に、マイアが出産してしまった。
回りの心配なんてどこ吹く風という感じで、町のシスターさんの到着がやっと間に合ったくらいの安産で、やはり一番の活躍をしたのはタイラさんだった。
産まれたのは女の子だった。
ウィリーは生まれるまでは、早くマイアが産んで、いくらか大きくなって、仕事に復帰してもらわないと、こちらはたまったもんじゃない。 なんて、照れ隠しだか何だか、ちょっと悪態をついていたのだけど、マイアが産気づいたら、予想通り予定通りのことなのに大慌てして騒ぐし、その後もオロオロするし、産まれたら、泣いて喜ぶし。 巷で笑い種になる夫のやる事を、全て満遍なくやってくれた。
僕らは、母子とも健康に問題なく出産が終わったことに喜び、ウィリーのドタバタ劇を笑い、普段は飲まない酒なんて物も、領主様や文官さんたちと一緒に飲んで、新たな命が生まれたことを祝った。
で、シスターは王都に向かうかと思ったら、逆に完全拒否となった。
「生まれたばかりの赤ん坊が、どれほど危うい存在であるかは知っているでしょう。 こんな時に私はここを離れることは出来ません」
領主様は説得を諦めた。
それでまあ、僕は王都に行かなければならないのかな、と覚悟していたのだけど、シスターに便乗した訳でもないだろうに、ルーミエとフランソワちゃんも王都行きを拒否した。
こちらは自分たちの時に備えて、実際の乳幼児の世話を経験する、滅多にない良い機会だからだ、とのことだ。
つまり、ルーミエとフランソワちゃんは、マイアの子育ての手伝いを何よりも優先するということだ。 フランソワちゃんは弟がいるから、少しは乳幼児の世話も経験があるだろうけど、孤児院にも流石に乳児はいなかったから、ルーミエは初の経験だ。
それで、僕も今回は王都に行かないことになった。
ルーミエとフランソワちゃんは行かなくても、僕は前にも1人だけ領主様と行ったりしたし、僕は行くことになるのだろうと思っていたのだが、領主様がちょっとだけ方針変更しだのだ。
今回は、まだ王都に行ったことがない者を王都に連れて行って、王都を経験させることにしたのだ。
領主様の王都行きは、あくまでも男爵としての公務で、物見遊山に行く訳ではないし、随行する人数も限られる。 一応護衛の騎士の1人という建前で、今回一緒に行くのは、ウォルフたちとジャンたちということになった。 たちというのは、エレナとアリーも同行するからだ。
ウォルフとジャンは単純に王都に行けることを喜んだし、アリーは王都が初めてという訳ではないらしいが、今回は市場調査が出来ると喜んだ。 スパイダーシルクの糸や、布が王都ではどんな風に扱われているかを、自分の目で見て、今後の生産に活かしていくことを考えているようだ。
アリーは最初は気弱で、何も出来ないような弱々しい感じだったのだけど、今ではそっち方面の領の責任者だ。
王都行きを迷ったのはエレナだ。
エレナは今は、鍛治たちの植林のための苗木確保の為の探索の中心人物で、仕事を離れることに躊躇いがあった。
そしてそれ以上に、次に子どもを産むのは自分だと思っていたから、その為にもマイアの子育てを最も身近で見て学びたいと思っていたからだ。
「それは分かるけど、今回の機会を逃すと、次はエレナが子どもを産むつもりなのだろ、そうなると随分先にならないと次の機会がないと思う。
俺やジャンもだけど、これからはナリートたちと同じように、領全体を考えて行動しなければならないことが増えると思うし、意見も求められるだろう。 そうした時に王都に行ったことも見たこともないとなると、話が理解できなかったり、何も考えを持てなくなってしまうかも知れない。
エレナにもルーミエやフランソワちゃんと同じように、俺たちと一緒に話をして考えて、領主様たちの役に立ってほしいと思うんだ。
そんなに長くここを離れる訳じゃないから、一緒に来てほしいと思う」
ウォルフの説得で、エレナも王都に向かうことになった。
エレナの子分たちにとっても、自立を促す良い機会じゃないだろうかと、僕はちょっと思った。 エレナの子分たちって、じぶんたちでは考えず、なんでもエレナに頼っている気がするんだよね。 エレナの子分たちって、城下村の孤児院出の中でも古株なんだから、もっとそれぞれに活躍してほしいのだ。
今年は王都で、領主様が王様にシスターと僕たちを紹介したり、家名を変更したりというような重要なイベントは予定されていなかったから、割と平穏な日々だったらしい。
「僕はさ、ナリート、実はかなり緊張していたんだよ。
アリーは王都に行ったことがあると言ってたけど、僕ははじめてだろ。 あんまりキョロキョロしたりしたら、何だか恥ずかしいじゃん。 だけど、自分ではそうしないように気をつけていても、珍しさに負けてキョロキョロしちゃうんじゃないかと、かなり心配だったんだ。 アリーに恥ずかしい思いをさせたくないからね。
だけど、やっぱり王都だからって期待している部分もかなりあったのだけど、正直に言って期待が大き過ぎて、期待外れだったな。 あれっ、普通じゃん、て」
「いや、やっぱり人は多いし、建物なんかも大きかったり、広かったりしたろ」
「そりゃあ、確かにそうなんだけど、規模は確かに大きい建物なんかもあったけど、あれっ、このくらいの建物、僕らでも作ろうと思えば作れるな、って思ってしまって、そうしたら、そんなに驚くほどじゃないな、って思っちゃったんだよ」
ああ、それは確かに分かるかも知れない。
ジャンやウォルフは王宮には行かなかったみたいだから、豪華さに圧倒されるってこともなかったのかな。
「ただまあ、やっぱりこっちとは違って、街中にも緑が多くて、それだけは羨ましく感じたよ。
僕らはまだ水を引いても、生活用水や田畑の為で、村の中に木々を植えて、緑を楽しんだり、花を楽しんだりしようとは考えなかった。 これからはそういうのも必要だよね」
あ、言われてみれば、町としての景観なんていうことは全く僕は考えていなかった。
確かに領主様が意図した通り、違う人が行くと、違う視点で物事を感じるんだな。
でもなぁ、僕はともかく、ルーミエとフランソワちゃんは、そういうことは感じなかったのだろうか。
あ、そうか、王都の教会とか孤児院とかに何箇所も行かされて、それどころじゃなかったからか。 それに王宮で王様や王妃様に会うなんていう特大のインパクトがあったから、そっちに全部持って行かれてしまったからかも。
「アリーもね、あまり得るものはなかったみたいだよ。 服なんかの流行の形とかは参考になったらしいけど、王都で売っている布の質とか、染色とかは、かえってこのクロキ男爵領の方が上だって、少し鼻高々だったよ」
「ウォルフとエレナはどうだったの?」
「ウォルフは、僕と同じような調子だったのだけど、エレナは本当に僕が恐れていた、僕がなるかも知れないと思っていた状態になっちゃって、完全におのぼりさんだった。
まあ、ウォルフはそれに付き合わされて大変そうだったよ。 ほら、エレナは建築とかはほとんどタッチしてないから、単純に凄く見えたんだよ思うよ。
えっ、僕はアリーに付き合わされると言っても、商店を見て回ったりで、それは必要があるからするだろうなと最初から覚悟していたことだからね」
うんうん、なるほど、ジャンにとってアリーの王都での行動は、予想していた範囲内だったんだな。 ウォルフだってエレナの行動というか反応は予想していただろうけど、その範囲以上だったってことか。
僕は何だかニヤニヤしてしまった。
その僕に全く気づかず、ジャンは話を続けた。
「でもね、ナリート、聞いてよ。 それでも今回の旅で、アリーも興奮することがあったんだ。 これは僕も全く考えてなかった。
何だと思う? ナリートだって、ちょっと考えつかないと思うな。
アリーが見て驚いて、そして興奮したのは、なんと僕らが作った領境の壁なんだよ。 アリーは、あの壁を見て、一番驚いて、一番興奮したんだよ。
考えてみれば、アリーは糸クモさんの世話もあるし、そもそも糸や布の責任者だから、この城下村を離れることがなかったじゃん。 だから、あの壁なんて見たことがなかったんだよ。 だから、あの壁を見て、僕らのしたことにとても驚いて、感動して、興奮したんだよ。 それに気がついたら、確かにそれ以前に、アリーは馬車に乗っていたんだけど、馬車の中でも、道に感動していたらしいんだ。
そんなの、僕らは考えてもみないだろ。 僕は、ちょっと意外過ぎてびっくりしたのだけど、なんかさ、僕らのしたことをとても評価してくれた気がして、とても嬉しい気がしちゃったんだよ」
ああ、そうか。 ジャンは、これを僕に言いたかったんだなと、僕は凄く納得してしまった。 そして僕も、ジャンと同じように嬉しく思った。
僕らは作った当事者だから何も思わないし、ルーミエやフランソワちゃんも、かなりのの頻度で行き来しているから、壁を見ても何も特別に思うことはない。 半ば工事に参加しているようなものだからね。
関わりが無くて、初めて見た人には、そんな風に僕らのしたことは見えるんだ。 感動してくれる、評価してくれるようなことを僕らはしていたんだと思うと、嬉しく思うし、自慢出来ることだったのだと、何だか自分を褒めてやりたい気分になった。
うん、ジャン、なんかありがとう、教えてくれて。
少し後に、領主様たちと話している中でも、領境の壁のことが話題になった。
「ナリート、領境の壁だが、なかなか格好が良いじゃないか。
あれに関してはお前たちに任せてしまっていて、俺も見に行ったりしてなくて、初めて見て、なかなか良いじゃないかと思ったぞ。 まあ、さすがにアリーほど感動はしなかったがな。
ところで、あれはどのくらい出来上がっているんだ?」
「壁としては、こっちの新道側は3分の2くらい出来てます。 でも、関所付近のようにレンガで覆ってあるのは、まだその半分もできてません」
「まだそんなものか。 先は長いな」
「そうですね。 反対側は、まだ手付かずですから、こっち程の距離は無いですけど、それでもまだ当分はかかります」
「ま、あれだけの物を作るんだ。 時間がある程度かかるのは仕方ない。
いくらか長くかかるようでも、レンガでしっかり覆って、格好良く仕上げろよ」
「僕はそのつもりでしたが、良いのかなとも思っていたんで嬉しいです。
あそこまでにするのには、やっぱり時間と手間がかかりますから」
「見栄えの良さも重要だからな。
見た感じで、あれだけの物があるなら、乗り越えて行くなんてことは止めておこう、なんていう気にさせるのも重要だ。 ま、ハッタリも必要ということだ」
文官さんがちょっと口を出してきた。
「いや、あれはやり過ぎでしょう。
あれだけの壁を作れるということは、僻地だと思っていた男爵領は、実は割と良い領地を陛下よりもらったんじゃないか、なんて噂が大きくなってしまいますよ。
実際問題、この地が与えられた時には、何て酷い土地だと思いましたけど、今はまだ発展途上ですけど、かなり良い領地になるんじゃないかと、私も思うようになってきましたからね。
変な横槍が入ってこないことを祈るばかりです」




