ちょっと満足
普段ほとんどの働く時間を、領境の壁作りをさせられて辟易としていた僕たち新は、新たな移住者たちを前にして、風呂を作ると言われても、あまり乗り気ではなかった。 前に家を作らされた時も、技術を教わるのは楽しかったが、壁作りと同じように、やはり限界まで魔力を使わされたのだ。
どうやら城下村での仕事では、なんであれ魔力は目一杯使わねばならないのだと、改めて認識させられた仕事だったのだ。
そんな事もあって、場所は変わるし、やる事も少しは違うから、少しは変化があって嬉しいけど、どうせ目一杯働かされる、という気持ちの方が強かったのだ。
そんな僕たちは、気乗りせずに作業する現場にやって来たのだが、現場に着くと、なおさら今回の仕事をするのが嫌になった。
どういう理由か知らないが、今回の移住してきた人たちも集まっていて、自分たちの作業を見学するというのだ。
集まった移住者も、元を辿れば、自分たちと同じこの地の孤児院の出身という事だけど、年齢も自分たちよりずっと上だし、少し前まではベテランの冒険者だったということで、迫力がある。 そんな人たちに、じっと見られながら仕事をするのは、言われた作業をするだけのことであっても、酷く居心地の悪い時間になるのはわかりきっていると思ったからだ。
ところが、予想外だった。
ずっと上の先輩に当たる移住者たちは、僕たち新人たちの作業に驚愕したのだ。
土壁作りをずっとさせられていた僕たちにとって、浴槽を土魔法を使って整形して作って、洗い場を少し傾斜をつけて水が溜まらないように作って、その後水で崩れないように、水漏れしないようにハーデンをかけるなんて、そんなに大した作業じゃない。 それ以外には目隠し用の囲いを竹で作って、ほんの一部に申し訳程度に屋根を作っただけだ。 これは雨の時に着替えの衣類を置いておけるようにだ。
どれもまあ、大した作業じゃない。 排水を少し考える程度のことだ。
簡単な作業だから、監督に来ている人たちも、設備を作る目印の棒を設置したら、あとは僕らにお任せで、おしゃべりをして休んでいる。
でも、僕らの作業を見て、移住して来た人たちが驚いているのは、想定していたようで、この後の予定なんかを移住者の世話役の人たちと話したりもしている。
それにしても、僕らは、もしかして、ずっと年上の元冒険者の先輩たちに、凄いと思われているのだろうか。
僕らはずっと、監督に来ている城下村の先輩たちの凄さに、自分たちを比べて、全然ダメだと思っていたのだけど、そんなことないのかもしれない。
結構、僕らも凄い?!!
風呂作りの後で、今度はルーミエとフランソワちゃんよる、治癒魔法の実演と指導が行われた。
さっきまでの風呂作りは、土魔法が主で、それに加えて少しの肉体労働だった。 移住者たちの男性陣には、凄くショックな光景だったようだが、どこか女性陣には他人事のような調子があった。
まあ、少し分からない事もない。 モンスターを狩ったりするのに、以前からの方法で戦おうとすると、どうしても力の劣る女性は後方支援系の役割をこなすことが多くなる。 それがもう長年の習い性になっているのだろう。
それだから、これから開拓者として暮らしていく中でも、土木工事や農業でも力仕事のようなことは男性陣の仕事だと思ってしまっているのだ。 そして自分たち女性陣の仕事は、これからは子どもを産んで、家庭内のことが優先だ、と。
それに自分たちも、冒険者をしていての経験で、もうヒールは使える。 何も問題ない、と。
ルーミエとフランソワちゃんは、治療の基礎から教えている。
彼女たちは、傷にはヒールをかける、それしか知らなかったみたいだ。
傷口を、ウォーターで出した水で良く洗い、異物が傷口にある時にはイクストラクトで取り除き、クリーンで消毒して、そうしてヒールをかける。 その一連の手順さえ知らなかったのだ。
「こういう手順で治療した方が、傷の治癒が格段に上手くいくことは、教会にも伝えてありましたし、冒険者組合でも、正しい傷の治し方として、広められているはずなのですけど、知りませんでしたか」
「私たちは、以前のやり方で慣れてしまっていたから、そういう話をきちんと聞いていなかったかもしれない」
移住者の女性陣が、小さな声で言い訳していた。 小さな声になってしまうのは、実際に見せた治療の効果が、2人は自分たちとは全く隔絶していたからだ。
流石にフロドさんが、少し慰めるようなことを言った。
「治癒魔法は、新人たちではあなた方と変わりない威力で、違いが分かりにくいだろうと思って、この2人に実演を頼みましたけど、安心してください。
治癒魔法の威力に関しては、この2人や、領主様の奥方になられたシスター・カトリーヌ様なんかは特別ですから」
「あの、よろしいでしょうか。 ルーミエ様は聖女とのことで、まだ分かる気がするのですが、フランソワ様は本当に[職業]農民なのですか?」
「はい、本当です」
「あの、フランソワ様は、農業の神様と呼ばれていることは知っていますが、ご自分でも畑を耕したりもするのですか?」
「もちろんです。 農作業は何でもやりますよ。 私だけじゃなくてルーミエもですが」
「あの、それでは先ほど男の子たちが使っていた土魔法、えーと、ソフテンとハーデンでしたか。 あれらの魔法も使われるのですか」
「当然、使えますよ。 城下村での農業は、それらの魔法を使うことは、もう前提となっていますから。
それに、それだけじゃなくて、火魔法もプチファイヤだけでなく、鍛治で使うメルトやメルトダウンも使えます。 ま、私はそっちはあまり得意ではないですけど。
他にもここでは色々な魔法を使いますが、男性も女性も関係なく、ここでは誰でも、まあ人によって使い慣れたりしての得意不得意はありますけど、みんな使えますよ。
ここではそれが当然なんです」
質問をした女性たちは、フランソワちゃんの言葉に撃沈した。
移住者たちには、当然のこととして、魔法の、まずは生活魔法レベルからの、全ての魔法が使えるようになるように、特訓が課せられることになった。
担当者3人の思惑どおりだろう。
普段の日常に戻った新人たちに、ウォルフが訓示している。
「お前たち、移住者の先輩方が、お前たちの魔法の実力に驚いていたからといって、城下村の孤児院出身者の中で、お前たちがまだ最も魔法力が少なくて、出来ることが少ないのは変わらないのだぞ。
ただ、お前たちが以前よりもずっと自分たちが鍛えられていると知ったことは良かったと思う。 周りの人たちよりも、魔力も増えているし、多くの魔法がちゃんと使えるようになっていることは保証しよう。
ただし、それで今みたいに少しでも良い気になっていると、あの先輩たちにすぐに追い抜かれるぞ。
あの人たちは元はベテランの冒険者だ。 レベルはお前たちよりも上だろう。 そうなると、練習と実践を積めば、魔力はどんどんあっという間に増える。
気がついたら、やっぱりあの先輩たちには敵いません、というんじゃ、お前たちもちょっと悲しいだろう。
そこでだ、今日からは今までとは少し違うこともやってもらう」
移住者たちよりも魔法が使えたことで、高くなってしまった新人の花を折るために僕らが用意した仕事は、レンガ作りだ。
「レンガの作り方は前に教えたし、関所周りの建物を作るときに、少しは実際にも作ってみたことを覚えていると思う。
しかし、大量にレンガを作るのは、今までの壁作りで使っていた魔法よりも、ずっとすぐに魔力を削られる。
水分を含んだ物から水分を抜くのは、単純に水を出すよりもずっと大変なんだ。 俺たち城下村を作った初期メンバーも、最初期の頃、レンガ作りではないが水抜きを文官さんに強要されて、もう泣きそうになりながら魔法を使ったものだ。 お前たちにもレンガ作りでその気分を味わってもらおうと思う。
また、単純なそれだけのレンガではなく、今回はそれにもう一手間かける。 具体的には窯に入れて、表面の一面を陶器のようにする。
これはメルトの魔法を使うが、本来はこれは鍛治用の魔法だ。 これにも熟達してもらって、その発展形のメルトダウンも使えるようになって、鉄作りでも将来は活躍してもらいたいと考えている」
レンガを作るのは、領の境の壁の表面をレンガで覆いたいからだ。
今現在は、定期的にハーデンをかけるという、田畑をスライムや一角兎から守っている土壁と同じ方法をとっている。 田畑の場合は人の出入りが確実に普段からある場所なので、常に少しでも問題がある時は補修して、その上でハーデンをかけるという処置が出来るから問題にはならない。 でも領境の壁では、わざわざ定期的にハーデンをかけなければならないという問題が発生するのだ。
それに高さもあるし、堀もある。 堀近くには、スライムもいるみたいだし、余計に定期的なメンテナンスを頻繁に行うのは面倒だ。
一般的に土を盛っての土塁の場合、雨などで崩れにくくするために、わざと草を生やしたりするのだけど、それではスライムが登って来やすくしていることにもなるので、それはしたくない。
としたら、表面を何かで覆うのが最適だ。
最初僕はコンクリートで覆うことを考えていたのだけど、コンクリートはまだ不評だ。
強度的にも、まだ鉄筋コンクリートという訳にはいかないので、わざわざコンクリートを塗るという意味があまりないのだ。
本当に僕が理想としているのは、石を積んだ壁なのだけど、これは今の段階では石を切り出す手間も考えると無理。 そのうち、絶対にどこかでやりたいけど。
となると、今までも使い慣れているレンガ一択だ。
ただ単純に、土に草を混ぜて整形して水分を抜いただけの日干しレンガもどきでは、土壁とほとんど変わらない。 そこでウォルフの言う一手間、表面になる部分だけ、灰を溶かした釉薬を塗って、表面だけ高温にして、陶器風にするのだ。 焼成レンガというよりは、どちらかというと、なんちゃってタイルブロックという感じかな。
その特製レンガで壁を覆って行く手間のかかる作業だけど、レンガを作る作業に比べると、積んだり並べたりの楽しさもあるのか、文句も言わずに励んでくれた。 作る作業はすごく嫌がられたけどね。
補強に竹を割った筋を適度な間隔で入れて、接着には漆喰を使った。 僕とルーミエが苦労して作ったセメントは本当に嫌われているのだ。
現実的には、どういう訳か漆喰での方が雨に強かったのだ。 僕らのセメントは乾くとどうも細かいヒビが入ってしまうようで、そこから内部に水分が染みてしまうみたいだ。
うーん、まだ研究の必要が。 いやそもそも型枠で固めることができないことがいちばんの問題なのかも。
領の境の壁は、まだ全面どころか、新道がある側の半分を越えた程度しか作れてないのだけど、それでもバカな無法者が罠にかかったりもしたから、補修が必要になった。 それもあって、良い機会だからと表面を覆うことも始めたのだけど、やってみたら我ながら感動してしまった。
土壁のままだと、少しだけ高くて厚みも増したけど、やっぱり少し離れただけで、今までの田畑や道を守るために作った壁とほとんど区別がつかない。
ところが表面をこの、なんちゃってタイル風レンガで覆うと、一気に他では見た事のない特別な壁というか、城壁のように見えるのだ。
うん、まるで万里の長城を見ているかのようだ。
万里の長城とは何ぞや、と問われたら答えられないのだけどね。 それなのに規模もその距離も全然違っていて、本物と比べたら月とスッポンだとは理解している。 それどころか、本物の万里の長城は、場所によって作られている素材も何も違っているなんてことも知っているし、実際の戦闘時にはあまり役に立たなかったらしい、なんて知識まで僕の頭の中にはある。
「ナリート、このレンガで土壁を覆ったら、なんだか凄いね。 僕、ちょっと感動しちゃったよ。
何度も何度も定期的にハーデンをかけるのは確かにめんどくさいから、補修の手間が減るなら、新人たちの訓練にもなるから良いかなと、僕は軽い気持ちだったのだけど、確かにこれはやるべきだね」
ジャンも出来た部分を見て、そう言ってくれたけど、きっと僕ほどの感動、満足感を味わってはいないと思う。
そうだよ、僕は城を作りたかったんだ。 城下村って名前にはなっているけど、壁と水堀を作って以来、城らしい設備なんて作ってなかったもんなぁ。
いつの間にか、忙しさに追われ、僕は初心を忘れてしまっていた。
僕は城を作りたいのだった。
僕は領境の壁は、全面的にレンガで覆うぞ、と固く決意した。
「気がついたらラミアに(なろう改訂版)」も50話を超えました。
そっちは毎日2話づつupしています。 時間に余裕があれば、そちらもよろしくお願いします。




