特訓だ
「あっ、トレドさん、ちょっと良いですか?」
「おう、ナリートか。 何だ、用か?」
僕はちょうどトレドさんを見かけたので、声を掛けた。 トレドさんたちも最初城下村に来た時は、何なんだこの人たちは、と思わないじゃなかったけど、ちょっと慣れたら、僕らに何かと気にかけてくれる良い人たちだった。
ま、何しろ僕らの直接の孤児院の先輩たちだから、それと分かっていれば、何も警戒する必要もないからね。
トレドさんたちは、キイロさんよりも年上だから、僕らは直接の面識がなかった。 いや、本当はあるのかも知れないけど、少なくとも僕は覚えていなかった。 キイロさんで、やっといくらか孤児院に居たような気がする程度なのだ。
僕らがだからトレドさんたちのことが分からなくて、最初警戒してしまった様に、トレドさんたちの方もキイロさんを除けば、僕らのことが孤児院の後輩だと分からなかったのだから、仕方ないよね。 ま、そのくらい年齢が離れているということだ。
しかし、トレドさんたちが、僕らの故郷と言えば良いのか、フランソワちゃんのお父さんが村長をしている東の村を、何だか拠点にしてしまって、見習いシスターさんとも仲が良くなったので、何かと時々会ったりするようになったら、気がついた時にはやはり孤児院の先輩後輩、兄弟ではないけど近しい年上の人の感じ、そうだなぁ従兄弟のお兄さんみたいな感じになってきてしまって、僕らは何かと少し気にしてもらえている様な感じで、ちょっと嬉しかったりする。
今回の移住者の担当にトレドさんたちがなったのは、僕も予想外の出来事で驚いたのだけど、僕らの間では好評だ。
僕ら城下村の古株の中では、色々なことの実際の意見の重みとかは別として、年齢が一番上だから、やはりキイロさんが一番上という感じがある。 ま、実際は奥さんのタイラさんだけど。 それがトレドさんたちがいると、キイロさんは全く頭が上がらないのだ。 それを僕とウィリーは面白がっていたりする。
「冒険者の移住者の様子はどうですか? 何か問題が出たりしてませんか?」
「おう、至って順調だぞ。 何も問題は無い、こともないか」
「えっ、何なんですか、その微妙な言い方は」
「んー、問題があるという程のことじゃないんだがな。 移住して来た人たちがな、今のあの住居で満足しちゃっているんだよ」
「えー、今の住居って、とりあえずって事で、新人たちの練習のために作らせたやつじゃないですか。 それで満足って、どういう事ですか」
移住して来てもらって、実際に移住してもらおうと計画している場所は、まだ全く整備できていない。 そもそも、その場所の干拓工事をしてもらうために、移住者を募集したのだから当然なんだけど。
それでも住居がないと困る訳で、僕らは移住者のために住居を用意した。 といっても、干拓工事が済んだ区画に次々と移住してもらうことが前提だから、本当にとりあえずの生活が出来る住居を作っただけだ。
で、まあ、領境の壁作りばかりさせていると飽きるので、良い機会、良い気晴らしの別仕事ということで、新人たちに家を作らせたのだ。 ま、土魔法や、今まで僕らが開発してきた工法を教える意図はあるのだけど、練習のためということもあり、本当に適当な作りの家だ。 それで満足という話はどういう意味なんだろうか。
「いや、どういう事と言われてもな。
移住して来た女の人とか、『これで安心して子どもを産める』とか言い出してしまっている訳だよ。
俺たちは、『いやいや、これはあくまで仮の家ですから。 家はこれから干拓したところにきちんとした物を建てましょう』と、言い回っているという感じさ」
「あー、やっぱ、そうですよね。
トレドさんたちよりも年上の人たちですもんね、大丈夫だと思うと、とにかく一刻も早く子どもを持とうとしますよね」
元孤児の人たちだ。 その辺の心境は僕にも分からない訳じゃない。 マイアやエレナ、そしてルーミエも子どもをすぐに産みたがったもんな。
「ま、そういうことだ。 俺たちは相手がいないから、そういうのは今のところ無いけど、移住して来た人はそれが第一の目的だと思うんだよな。 それだから、すぐにそっちに考えが行ってしまう。 それは理解できる。 ナリートもだろ」
「はい、わかります」
「でもな、こっちにしてみれば、いやいや、そうじゃなくて、干拓の作業をしてからじゃないと困るというか、本末転倒なんだよな。
そこを分かってもらえないとな」
うん、それなんだよな。 子どもが出来たら、生まれる前から干拓の工事の人手は減ってしまう。 そして子どもが生まれたからって、物入りだからと工事ではなくて、冒険者としての仕事に向かわれてしまっても困る。 だからといって、領として出せる資金は決まっているから、おいそれとまた移住者を増やす訳にもいかないしね。
ま、何であれ、仮の家で喜んで、子作りを優先されても困ってしまうのだ。 問題だらけだ。 トレドさんたちが、問題視するのは当して然だな。
「ま、なんと言うか、一番の問題は、先輩方はお前たちが用意した、ナリートに言わせれば新人に練習に作らせた仮の家で、十分に満足してしまうところにあると思うんだ。 でもその気持ちは、俺たちも分からないことじゃない。
俺たちも、最初ここに来て、ここでは俺たちは役に立たないと、軽い絶望感と挫折を味わって、また流れ者の冒険者に戻る前に、故郷の東の村を見に行って、そんなつもりは無かったのに居着いてしまったのだけど、その時はナリートも知っているあの宿舎で、十分満足だったんだよ。 孤児院では、今より孤児も多かったから、狭い所で何人も一緒で、それから冒険者になっても、金の節約で3人寝れればいい、休めればいいっていう安宿か野宿だったからなぁ、東の村のシスターにあの宿舎を『自由に使って構わない』と言われた時は、本当に良いのだろうかと思ったものさ。 仮の家はあの宿舎よりはマシだから、きっと俺たちが流れの冒険者をしてた時と、そう変わらない生活をしていたであろう先輩方にとっては、十分な暮らしの場に思えてしまうのだろう」
なるほどなぁ、僕たちは流れ者の冒険者という生活をしたことはないから、その辺の心情は良く分からない。 確かに孤児院を出て、すぐに冒険者としてだけ生きてきたら、家なんていう住環境に対する要求水準は低いものになってしまうのかもしれない。 僕らも城下村を作り始めた時には、技術も知識も、それになんだかんだ言っても今よりずっと余裕も無無かったから、孤児院時代より酷いんじゃないかという住環境だった時もあるけど、僕らにとってはそれはほんの少しの間の通過点に過ぎないという認識が最初からあった。 あの生活も楽しかったけど、それに満足なんてのは絶対なかったからなぁ。
考えてみると、僕らは、ジャンはちょっと除かれちゃうのだけど、領主様の館なんかの生活も知ってというか、そこでの生活も体験していたから、家とかに対しての要求水準も意識してなかったけど、孤児院出身者としては最初から高かったのかもしれない。
「ま、それで俺たち3人が思うにはだ、先輩方にも今のこの地の生活はそんなもんではないということを、しっかり理解してもらう必要があるということさ。
そうすれば、もう少しきちんとしてから、子どものことは考えようという風に、考え直すんじゃないかと思うんだ」
そんなものかなぁ、僕には良く分からない。
「冒険者の実力が俺たちより劣るということは理解したのだけど、それはあの人たちの中ではそれだから俺たちが、自分たちの世話役に役人さんから任命されているんだ、という解釈になっちゃっているんだよな」
「あ、それは分かります。 あの人たちはたぶん青銅級ですよね。 先輩たちは鉄級ですもんね」
「ナリート、違うぞ。 俺たちも一時良い気になって鉄級をもらったんだけど、後で問題に気がついて、西の村で組合の人に泣きついて青銅級に戻してもらったんだ。
お前、忘れているだろう。 鉄級は一角兎を狩るのは禁止だろ。 それじゃあ西の村では役に立たなかっただろ。
まあ、今では西の村の孤児院を出た奴らも、一角兎では困らない実力になっているから良いのだけどな」
そうだった。 僕らはその上の銀級になんてなってしまって、持ち込まれるのは領からの大蟻の駆除くらいだから、鉄級からは一角兎を狩の対象にしてはいけないことなんて忘れていた。
「ま、それはともかく、確かに冒険者としての実力は青銅級でも、あの人たちはそこそこの方だと思うけど、それだけじゃないだろ。
ここでの暮らしだとか、仕事に必要な実力では、とてもじゃないけど、城下村の新人にも劣ると俺たちも感じているんだよ。
厳しいようだけど、その認識をあの人たちにも、先輩たちだからちょっと気の毒にも思うのだけど、まずは持ってもらわないと駄目だと考えているんだ」
なるほどなぁ、確かにそうかもしれない。 なんだかトレドさんたちに教えてもらうばかりだ。
僕たちではきっと、僕たちのずっと先輩に当たるこの地域出身の冒険者たちを、移住者として指導するなんて上手く出来なかったんじゃないかという気がする。 特に僕はきっと全然駄目だな。
「それでナリートの用は何なんだよ」
「あ、そうでした。
仮の家の辺りはそれでも水から離れた場所なんですけど、基本あの辺りは水の多い所じゃないですか。 だからスライムは出ているだろうなぁ、と思って。
それでまあ、スライムの罠をあの人たちと一緒に設置したら良いかなと考えたんですけど」
「スライムの罠は、もう作っているぞ。 確かにどうしてもスライムは水場には多くいるからな。
あ、そうか、確かお前の職業の特別なところで、お前が関わって作ると、罠にかかったスライムの経験値が作った人にも入るんだったか」
「はい、そうなんです。
まあ、ベテラン冒険者にはスライムの経験値なんて微々たるものだろうから、大して意味ないと思いますけど、それでも少しは役に立つかもしれないと。
僕の経験上、レベルが上がる時に、それまでに鍛えていた色々のことが、一気に意味を持つような気がするんで、その足しになるかな、と」
「そのレベルが上がる時に、とかは俺たちには分からないんだよなぁ。
お前とルーミエが、レベルが見えるみたいだから、お前たちはレベルというのが分かって、実感としてそういうのが理解できるのだろうけど、俺たちには見えないから、何となく上がったぞ、くらいだからなぁ。
いいぞ、役に立つと少しでも思うなら、ぜひ、やってくれ。
それと共に、若い新人たちも使って、風呂を作ってくれないか?」
「風呂ですか? 風呂は作らなくても、城下村の風呂に入りに来ても大した手間じゃないと思うのですけど」
「まあ、そうなんだけど、どうも城下村の壁の中に入って行くのは、気が引けるみたいで、風呂のために行こうとは思わないみたいなんだ。
やっぱり領主様たちが居る所には入りにくいんだとさ」
「いえ、領主様たちは、そりゃ時々は下にもいますけど、大体は丘の上の元々の方にいますから大丈夫ですよ。 それに生活の場も丘の上ですし」
「そりゃ、お前たちにとっては、領主様やシスターも家族だからそんなもんかも知れないけど、俺でも気持ち分かるぞ。
それに、俺たちもだったけど、風呂に入る習慣なんてなかったしな。 水浴びとか、濡らした布で身体を拭くことで用は済むという感覚が強いんだ。 俺たちはもう風呂に慣れてしまって、風呂無しではいられないと思うのだけど、あの人たちはそうじゃないんだ」
「で、風呂を作れ、と」
「ま、それもあるのだけど、若い新人を連れてとも言ったろ。
家だって、若い子たちの魔法やら技術取得の練習だったということだけど、あの人たちは作っているところを見た訳じゃないから、何も分かっていない。
実際に風呂や、それに付随する設備とかを若い子たちが、魔法も駆使して作るところを見たり、風呂にお湯を張るところを見たりすれば、実感として自分たちが遅れていることが理解できると思うんだ。
そうだ、ルーミエとフランソワちゃんも連れて来いよ。 特にフランソワちゃんだ。
フランソワちゃんには、干拓が進んで、実際に田畑に作物を植えたりする時になれば、色々と教わることになるだろうから、その凄さを教えておくのも良いと思うんだ。 ルーミエは[職業]が特別だからと思っちゃうだろうけど、フランソワちゃんは違うからな。 そこも良いんだよ。 俺だって、フランソワちゃんの[職業]が単なる農民だなんて、いまだに信じられないくらいだからな」
トレドさんに言われたように、僕らはスライムの罠を作るだけじゃなく、若い子たちに風呂を作らせて、その作業を見せたり、ルーミエとフランソワちゃんが、ヒールや郁ストラクトなどの魔法を教えたりした。
移住に応募してきた冒険者の先輩たちは、みんなすごく驚いていた。
自分たちよりもずっと若くて、彼らの間でいう実力がずっと低いはずの孤児院の後輩たちが、自分たちが全く使えない魔法を使ったり、技術を持っていたりする。 そしてそれらは特別な[職業]の人のみが使えるのではなく、誰もが練習すれば出来ることだということは衝撃的なことだったようだ。
男性だけではない、冒険者だったのでヒールを使える人も多かったのだけど、ルーミエとフランソワちゃんほどの使い手は誰もいなかった。 クリーンをはじめとした他の魔法についても学び、女性たちも目から鱗だったようだ。
とにかく男性たちは土魔法のソフテンとハーデンが使えないと工事の役に立たないと。 女性たちもヒール、イクストラクトに加えて、クリーンももっとちゃんと使えるように、またウォーターももっとずっと必要だと気づいたみたいだ。
移住者たちの魔法の特訓が始まった。
きっとトレドさんたちの狙いの通りだったのだろう。
「ねえねえ、ナリート。 きっとスライムの罠もすごく役に立つよ」
「ま、少しはね」
「んーん、私、一応あの人たちの健康状態は気になるから、みんな見て回ったのよ。
だから、レベルも見ちゃったのだけど、思っていたよりずっと低いんだよ。
ベテランの冒険者だったのだから、もっと高いと思っていたんだけど。 それだから本当の意味で、スライムの罠、役に立つと思うよ」
そうかも知れないな。 城下村の元孤児たちは、もう遊びくらいの感じで、投石器でスライムや一角兎は狩ってしまう。 それを考えるとレベルはみんなそれなりになっている。
冒険者はそんな感じでは狩らないからなぁ。 あくまで組合からの依頼として、金に変えるために狩る。 ま、少しは自分たちのためにも狩るだろうけどさ。 そうなると狩る数は限られるんじゃないかな。 城下村の奴らは、近くにいると邪魔だからと狩ってしまうもんなぁ。
フランソワちゃんなんて、一角兎どころか、最近は大猪を喜んで狩っているものなぁ。 そりゃ経験値だって入るよ。 でも、その経験値をあまり感じないレベルになっちゃっているもんなぁ。
あれっ、そういえば、フランソワちゃんて、冒険者登録していたかな。




