次の移住者への対応
「おーい、トレド、次の移住希望者が到着したぞ」
「分かった。 ロン、俺もすぐにそっちに行く。 ほらフロド、仕事だ、仕事」
見習いシスターのリエッタの家族の移住受け入れが上手くいきはしたけど、それは最初だからこその例外で、そのまま同じような形の移住者を受け入れることにはならなかった。
今回はあくまで、受け入れ対象の家族の、こちら側の縁故のある人が見習いシスターで、西の村で見習いシスターも、大人を含む家族も、都合良く受け入れられる状況があったので、スムーズに事が進んだに過ぎない。 それは移住者受け入れ計画を提案した文官さんもよく理解していて、最初の例の成功で浮かれて、次々と移住者を受け入れるなんてことにはならなかった。
受け入れを提案した文官さんも、即座に大々的に受け入れようなどとは全く考えていなくて、きちんとターゲットを絞って少しづつ受け入れていく計画を立てた。
最初に受け入れるターゲットにしたのは、この領の孤児院卒院者の冒険者たちだった。
今、早急にこの領で受け入れたい人材は、沼地の干拓をするための力仕事が出来る人材だ。
今現在のこの領内の工事では、土魔法を使って工事をすることが普通になってしまっているから、土魔法が使える冒険者ならばなお良いけど、流石にそこまでは条件としては求めていない。
それに土魔法を使っても、最終的には肉体を使う土木作業になるのだ。 強健な肉体を持っていて、真面目に作業をしてくれれば、十分なのである。
この地方の孤児院出身の冒険者という括りは、この地の出身者ということで土地に対する愛着心も生まれやすいだろうし、冒険者をしていたなら、ある程度強健な身体をしているだろう。 それに[全体レベル]も平均より高い可能性が高い。 つまりは強健で、力も強い可能性が高いのである。 干拓などの土木作業にはうってつけだ。
それに孤児院出身で、移住して定着を考えているならば、もう自分の相手はそれぞれに見つけている可能性が高く、人口の構成に問題を起こさないだろう。 そんなことも計算のうちにはある。
相手のいない冒険者が定住を考えるなんていうのは、怪我で冒険者を続けられなくなった場合だけだ。 冒険者が死なずに済んだけど、引退をしなければならない怪我を負ったならば、その身で定住を前提に戻ってくることは考えにくい。 この地方の孤児院出身者ならば、開拓して自分の土地を持つことがどれほど困難であるかを熟知しているはずだからだ。 少なくとも今までのこの地方ではそうだったのだ。 当然そういう風に認識しているはずだ。
厳しさを知っているからか、今までは冒険者を引退しても、この地方に戻って来て定住するという者はほとんどいなかった。 余程運よく冒険者の仕事が上手くいって、尚且つきちんと自制して、資金を貯める事が出来たという、ほんの一握りの運と知識と計画性を持った者にしか、そんなことは出来なかったのだ。
ところが少し状況が変わった。
故郷の土地とはいえ、食べていくには厳しい環境だと思っていたのに、急に発展しているという話を聞くようになったのだ。
そういう噂だけでなく、変化を感じる事柄はあった。
あの地では、ある程度定期的に増え過ぎてしまったスライムや一角兎などを掃討するクエストが、領から出されるのが常で、孤児院育ちでもいくらかあの地に里心を感じる冒険者は、あまり報酬が高いとは言えないが、そのクエストが出されるという噂を聞くと戻って来ていたのだ。 それが大蟻の討伐依頼以来、完全に絶えてしまっているのだ。
大蟻はともかく、スライムの討伐依頼がないのは不思議に思っていたのだ。
そんな訳で、実際はどんなことになっているのだろうかと思い、少し活動拠点を儲からないだろうけど、故郷の地にしてみようかと思ったら、領内へ入ることも出来なかった。
今現在、故郷の領では冒険者の数は十分に足りていて、その数を増やす必要がないため、冒険者の入領は認められていないというのだ。
そもそも、自分たちが領を出た時どころか、つい最近まで、関所なんてものは名ばかりだったし、領の境さえ曖昧だったのだ。 それが今では厳しい審査のある関所があって、適当なところから入り込まれないようにするための壁が構築され出している。 そして関所を通らずに入ったことがバレると厳罰に処されるという。
冒険者としてモンスターを狩ったりするのにそれでは、全く入ることも出来ない。 モンスターを狩っても換金しなけりゃ意味がないし、換金するには冒険者組合を使う。 いつもはいない冒険者が組合に顔を見せれば、チェックされてしまうのは当然だ。
つまり冒険者として、故郷の地に戻ることはもう出来ないのかもしれない。 そんな風に思うと、今までは戻りたいなんて思わなかったのに、なんだかあの厳しくて、辛かった思いしかない場所が、とても懐かしく思えてきてしまった。
そんな時、見つけてしまったのだ。 僕らの故郷の領地で、冒険者を募集しているのを。
ただし、冒険者として募集しているんじゃない。 冒険者を辞めて、開拓民となろうとする移住者を募集しているのだ。
俺は考えてしまった。
冒険者の暮らしは、一攫千金を狙って、自分の実力に合わない無理をしたりしなければ、それなりに日々を暮らせる。 俺は自分の実力を忘れて、死んだり怪我をするような馬鹿じゃない。 それに俺の連れ合いは、俺たちの金の管理をきちんとして、無理をしなければならないような状況になるようなことを、俺たちに許さない。 女たちの力は男たちより強いのだ。
俺たちは、そんな日々を少しだけ窮屈には思うけど、不満はない。 一つの場所に飽きたら次の場所を目指す。 狩るモンスターは、俺たちの実力だと変わることはないけど、場所が変われば、狩り方の工夫も違ってくる。 そんな楽しさもある。 何より冒険者は自由だ。
だけど、この暮らしをずっと続けられるのだろうか。 十分以上に気をつけているが、冒険者に怪我は付きものだし、運が悪ければ命を落とす。 今は上手くいっているが、俺たちの中で、誰かが何かの拍子に大怪我をすれば、それだけで俺たちの今の生活は崩れてしまうのだ。
そして、もっと重要なことは、冒険者の生活で、流れ者の生活をしていては、自分たちの子どもを持つことが難しい。
冒険者の中には金を溜めて、自分たちの拠点となる家をどこかに持って、それで子どももいる家庭を営む者もいる。 だが、それは危うい道だ。
子どもが出来れば、女は子どもの世話をするために冒険に出ることが出来なくなる。 それはパーティーの戦力が大きいダウンするということだ。 子どもがいて拠点を設けた生活は、それまでの流れ者の生活よりも何かと金は掛かるのに、収入源となる狩りの戦力は減っているのだ。 余程計画的に事を運ばなければ上手く行く訳がない。
そうして男が無理をして怪我をしたり、死んだりしたら悲惨だ。 そういう冒険者を俺は何人も見ている。
それを考えると、冒険者は長く続けていて良い商売ではないんじゃないかと思う。
孤児院を出て、独り立ちして生きていかなければならなくなった時、冒険者の道を選んだのは失敗だったような気がする。 地味というか、惨めに見えても、どこかの家の雇われの小作の農民になったり、何かの商売の下働きに雇ってもらう道を探すべきだったかもしれない。 でも、あの時は、冒険者が一番輝いて見えたんだよなぁ。
そんなことを考えてしまうと、この故郷の領の募集は大きなチャンスではないかと思った。
今だったら、昔とは違って、冒険者としてそれなりに経験も積み、身体も力も強くなった今なら、俺たちだったら開拓だって出来るんじゃないだろうか。 領として募集しているのなら、きっとそれなりには考えていてくれていて、悪い条件ではないんじゃないだろうか。
冒険者を募集するというのは、それも故郷の領出身の冒険者を募集するというのは、きっとあの地を知っていて、身体の頑健な者を求めているという事なのだろう。 あんな木が少なくて、スライムと一角兎の多い過酷な地での開拓と考えれば、俺たちのような人間を求めるのは当然のことだ。
そうだ、冒険者として鍛えた俺の力を、俺たちの力を、領のお偉いさんに見せてやれ。 俺はそんな風に考えてしまった。
「何、馬鹿なこといっているの。
でも、その募集に応じるのは、私は賛成よ」
連れ合いには、そんな風に呆れられたけど、応募には賛成してもらえた。 パーティーの他のメンバーも概ねそんな調子だ。
冒険者を辞めるという事を提案するのが、素面ではとても出来なくて、酒を飲みながらしたのだけど、なかなか言い出せなくて、言い出すまでに飲み過ぎたので、そんな変な大言壮語になってしまったからだろう。 男はみんなそんなノリだったんだけどなぁ。
「ロン、今回は全部で何人だ?」
「18人だな。 5人パーティーが1組、6人パーティーが1組、それに最近になって合同で結成された7人パーティーが1組の3パーティーだ」
「それじゃあ、最初だけは合同でやって、あとはそれぞれのパーティー毎に、俺たちも別れて教えれば良いな」
「ああ、それで行こう。 最近1つになったというパーティーが、ちょっと気になるけど、まあ、大丈夫だろう」
3回目ともなれば、僕たちもだいぶ慣れた。
待たされている3パーティー18人は、そんな俺たちを訝しげな目で見ている。 まあ、それはそうだろう。 俺たち3人は、その18人のほとんどより年齢が下だと思う。 つまり、彼らはこの地出身の孤児としては、俺たちの先輩たちとなる訳だ。
領の募集に応じて、やって来たら、集められて、文官さんに言われて、自分たちより若い俺たちの指導を受けることになったのだ。 ちょっと考えてしまう、いや、はっきり言って腹が立ってきてしまうのは仕方のない事だと思う。
「それでは皆さん、集まってください。
僕は、これから少しの間皆さんを指導するというか、お世話することになるロンと言います。 そして、フロドとトレドです。
皆さんはこの領の出身ということですから、この領のことは知っていると考えられていると思いますが、最近のこの領は、かなり以前とは違ってきているので、色々とその違いを覚えてもらう必要があると思います。
その辺りを知ってもらうために、僕たち3人がこの役を命じられました。
まずはその点を理解しいただけると嬉しいです」
うん、ロンはきちんと話しているけど、でも、集まった人たちからすれば、少し「文句を言わずに、こっちに従ってね」と言われている気分になるだろうな、とちょっと思う。 最後の言葉なんて、煽られていると取られかねないよ。 ま、僕でも同じように話したと思うけど。
あ、ほら、年長でいかつい感じの人がロンに言い掛かりを付けた。
「俺たちは、たぶんお前たちより年長だと思うのだが、その俺たちに、お前らは教えることがあると言うのだな」
「はい、確かに僕らの方が年下でしょうし、きっと皆さんはこの領の孤児院の先輩たちに当たるのではないかと思います。 僕たちも孤児院出身ですから」
「なら、尚更、年上に対してどう振る舞うかは理解していると思う。 だが、今の立場は、そちらは領のお偉いさんから、俺たちに教えろと言われた立場、俺たちは教われと言われた立場だ。 そこは仕方ない。
しかし、やはりそれなりの実力を見ないと納得できないのが、少し長く冒険者をしてきた者の性だ。 その辺は理解してもらえるか?」
「はい。 僕らも冒険者ですから、冒険者として自分より実力がない者の下につく形になるのはプライドが傷付くと理解しています。
ところで、皆さんの冒険者ランクは何級ですか? やっぱりその辺が一番分かりやすい実力の示し方だと思うので」
「ああ、たぶん察しているだろうが、俺はベテランの銅級だ」
「はい、そうだと思いました。 僕たちも同じ銅級なんですよ。
銅級は、実力に幅の大きいクラスですが、僕たちは、一角兎を狩ることができなくなるのは嫌なので、鉄級になるのを拒否している銅級なんですよ。
それで、僕らの実力を分かっていただけると思うのですが」
話していた年長のいかつい人だけでなく、他の人たちにも驚きが広がって、ちょっとザワザワしている。
自分たちより若い僕らが、本当は鉄級クラスの冒険者だと言うのは意外だったのだろう。
「まあ、僕らの実力なんて大したことはありません。
何しろ僕らより年下で、銀級を持っているのが何人もいますからね。
それに今では、ここでは一角兎は何の脅威にも感じないで、本当に誰でもが倒せるのではないかというモンスターになっています。 ですから僕らの実力は誇るに値しません」
あ、言い過ぎだろうと僕は思った。 集まった人たちに、今度は本気で衝撃が走った。
それはそうだろう。 ここに集まった人たちは、基本、一角兎を狩って生計を立てていた冒険者だろうと思う。 平原狼や大猪も時々は狩ることがあったかもしれないけど、主な獲物はきっとそうだ。 何故なら、平原狼や大猪を常に狩ろうとするような冒険者は銅級ではなくて鉄級を目指している冒険者だ。 鉄級の冒険者は、その数がずっと少なくなって、収入も上がっているから、今回のような募集に応じる者は少ないだろう。 そんな人は当然雰囲気も違うだろうから、分かると思う。 今回そんな人はいない。 だとすれば、銅級をきちんとやっていた人たちだろうと思う、今回集まった人は。 そういう人たちは、リスクのある平原狼や大猪は、自分からは狙わないのだ。 大怪我をするリスクがずっと高くなるからね。
現実的には自分たちのレベルが上がっていれば、そんなに危険ではないし、ヒールも上達しているから、ある程度の怪我にも対処できるし、僕らにとってでももう苦戦する相手でもないのだけど。 ただ、僕らもこの領に来てから、レベルなんてのを気にするようになったし、魔法を使うことにも積極的になった。 戦闘の仕方も全く変わった。 その違いがなければ、僕らもずっと一角兎を危険な方法で狩っていただろうと思う。
「そんなの、言葉だけじゃ信じられない。
いや、お前たちが、あ、お前たちなんて言うのは失礼だな」
「いえ、構いませんよ。 僕らは年下の後輩なのですから」
「ま、とにかく、お前たちが銅級というのが信じられない訳じゃない。 そのくらいは俺にも分かる。
ただ、本来は鉄級の実力だというと、正直そこまでなのかという気持ちになる。
それ以上に、ここでは一角兎は誰でもが倒せる、脅威にならないモンスターだというのが信じられねぇ」
「ま、脅威がないということはないのですが。 そりゃ、あのツノが刺されば、場所によっては簡単に死にますからね。
良い機会ですから、今日は何故、今この地では一角兎が脅威ではなくなっているのかを、実際に見てもらうことにします。 途中で、スライムも問題になっていない理由も見ていただきましょう。
ちょっと歩いてもらうことになります。
最近は、人のいる場所近くは、スライムは当然ですけど、一角兎も狩り尽くされて、少し離れないといないんですよね」
その後集められた人たちは、竹の盾を使った一角兎の倒し方や、投石器での倒し方、それにスライムの罠なんかを見せられて、自分たちの常識が根底から覆されるのを感じさせられることになった。 それと共に、それらを見せる3人の動きを見て、年下だけど自分たちよりも実力があるのを認識した。 それからは全員が素直に3人の指導に従うようになった。 指導されることも、今までしたことがなかったり、使ったことがなかった魔法だったりもするので、四苦八苦することになった。
「おい、あいつらは上手くやっているのか?」
「なかなか上手くやっているようですよ。 しかし、良かったですよね、良い担当者が見つかって」
「全くだな、前にこの城下村に勝手に乗り込んで来た東の村のナリートたちの先輩孤児3人だったな。 城下村では何の役にも立たなくて、故郷の東の村に行ったら、見習いシスターと息が合って、何となく居着いてしまった奴らだったな。
それが、こうも役に立つとは、俺も思わなかったぞ。
カトリーヌがその見習いシスターの推薦を受けて、まあ試してみたのだけど、世の中、どんな才能が転がっているか分からないなぁ」




