表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

185/190

移住者問題

 「シスター、暇なお時間がありますでしょうか? もしお時間がありましたら、私、シスターに相談したいというか、お願いしたいことがありまして」


 普段の私は、あまり製薬の作業場の方に顔を出すことが出来ていない。 以前は毎日のようにこの作業場にルーミエと一緒に来て、せっせと製薬をしていた。 だけど最近は他のことが忙しくて、私だけじゃなくルーミエも、そしてフランソワちゃんも、この製薬の作業場に来ることがなくなってしまった。 フランソワちゃんは、畑の指導の方が忙しくて、元からか。


 そんな私が昼食を作業場で今みたいに摂っているのは、もっと珍しいことになっている。 今は私の夫となった領主様が、私と、それに可能ならばナリート、ルーミエ、フランソワちゃんたちと一緒に食事をしたがるからだ。

 ナリートたちまでが揃って食事する機会は、なかなか無いのだけど、それもあって私はなるべく領主様と一緒に食事をするようにしている。 それで、製薬の作業場に来ている時も食事時は領主様のところに戻ることが多いのだ。

 今日は領主様が出かけているので、作業場に来てそのまま、王都から来たシスター見習いが多いこの作業場の食堂で、みんなと一緒に食事をしていた。


 老シスターの肝入りで始まった、王都のシスターの受け入れも、もうみんな慣れていて、私が直接何かしなければならないことなんてない。

 老シスターは、王都のシスター養成校を出たばかりの見習いシスターや、若手のシスターを城下村で受け入れて、「シスターとしての修行をさせるのよ」なんて言われていたけど、何もここで特別なことはしていない。

 普通に製薬作業をして、普通に魔法を使わせているだけだ。 その使わせている魔法だって、何もヒールやイクストラクトの練習ばかりさせている訳じゃない。 この城下村の元孤児院出身の村人の子たちの使っている生活魔法と、そこからいつの間にか派生して広められた魔法を同じように使うようにさせているだけだ。

 これと言って、何も特別なことはない。 村民として主に受け持っている作業が、薬草の栽培を含む製薬に関わる作業というだけで、何ら違いはないのだ。

 それでもこの村で半年なり、一年なりを過ごして王都に戻ると、他よりも優れたシスターになっているという。 別にそんなことはないだろうと私は思うし、この城下村に来なければできないことでもないのに、とも思う。


 ともかく、私は製薬の作業場の方で一緒に食事をする機会は少ないので、その時には出来るだけ多くの見習いと若手のシスターたちと、会話しようと心がけている。 私自身がまだ若手という年齢なのだから、何だか偉そうな感じなのだけど、領主様の妻という肩書きのためか、聖女様なんて[称号]を得てしまったからか、彼女たちは私に対して敬うような感じで話しかけてくるので、そんな感じになってしまうのだ。

 特に見習いシスターたちは、私から声を掛けてあげたりしないと、なかなか自分から私には声を掛けにくいらしい。 城下村の元孤児たちは、ここまででは無い。 特に東の村出身の孤児たちは私に普通に接するから、そのせいかも知れない。 ま、この村をそもそも作ったのがその村出身の孤児なのだから、彼ら彼女らも特別視されている存在と言える。 今では立場も持っているし。


 そんな訳で私に、見習いシスターの方から声をかけて来るのは、ちょっとだけ珍しい。 きっと勇気を出す必要が、何かあるのだろう。


 「ごめんなさい。 あなた、お名前は何て言うのですか?」


 「はい、私はフロリエッテと言います。

  なんか両親が貴族に憧れて、私の名前をそんな変な名前にしちゃって、長すぎて呼びにくいから、普段はリエッテっと呼ばれています。

  両親もそうで、私、自分の本当の名前がフロリエッテであることを忘れてしまいそうになっているのですけど。 あ、そんなことはどうでも良かった」


 緊張しているのか、名前を聞いたら、必要のない情報まで教えてくれて、その後真っ赤になって俯いてしまった。


 「じゃあ、私もリエッテと呼ばせてもらうわ。

  私も同じようなものよ。 私の名前もそんな感じで付けられた名前よ。

  それで、今この場では出来ない真面目な話なのね」


 「はい、出来なくは無いのですが、ちょっと個人的な話なので、ここでするのは恥ずかしいというのもあるし、他のみんなに聞かせる話じゃない気もするし。

  でも、シスターにお時間がないのでしたら、今ここでちょっとだけでも良いし、無視してくれても、もちろん構いません」


 「わかったわ。 それじゃあ、今日の午後の作業が終わったら、事務室の方に来て。

  私もその時間が過ぎたら、そっちに行くから。 そこの小部屋で話をしましょう。

  それで良いかしら」


 「はい、ありがとうございます」


 リエッタは、ほっとしたような、やり遂げたというような、それでいて少し緊張感をまだ残した感じて離れていった。

 親しい友らしい娘が、「何の話をするのよ?」なんて興味津々に尋ねているが、それに対しては言わずに誤魔化しているみたいだから、本当にちょっと私的なことなのかな。


 午後の製薬の作業が終わり、私が事務室に戻ると、待つまでもなくリエッタがやって来た。 すぐに小部屋に移り、話を聞いた。


 「さて、どういう相談なのかしら?」


 「はい、私は養成校を出たばかりの見習いなのですが、元々は農家の娘なんです」


 うん、それは元々自分もその立場だったのだ、言われなくても一目でそれは分かる。 シスター養成校は、身分に関係なく[職業]がシスターだった娘が集まるため、貴族の娘、商人の娘、私やこのリエッタのような農民の娘、それに今、西の村にいるマーガレットのように孤児院に居た娘もいたりする。

 シスターになるのに、親の身分は関係ないことになっているけど、それはそれ、やはり学校の中に、それに基づく派閥みたいなのはあったよなあ、なんてことを私は少し思い出す。


 「それで私はここに来る決断をする時には、ここで修行して、より早く少し位の高いシスターになりたいな、なんて考えていました」


 うん、これも理解できる。 シスターは私財を持てないので、自分がシスターとして上の地位を得たとしても、直接実家に何かしてあげられることはない。

 でも、娘がそんな風に、一人前のシスターになったということになれば、実家の社会的な地位は上がり、直接的ではないが有利なことが多くなるのだ。 例えば、ちょっとしたことだけど、売りに出した農作物に変なケチを付けられなくなったりということがある。 これは小規模というか、零細農家にとっては馬鹿にならない大きなことなのだ。


 「そんな風に思って、早く修行を終えて、家のある所の近くに戻ろうと、最初は考えていたのですけど、ここに来て色々体験したり見たりしたら、ちょっと考えが変わって、シスターとしてのことだけじゃなくて、もっと色々なことをしっかりと覚えたい、勉強したいと考えるようになったんです。

  それで私も、一番早期に戻るんじゃなくて、もっとここでの生活を続ける組に入ったんです」


 ああ、それも分かる気がする。 製薬や薬草の栽培はシスターの仕事として、他の場所でもすることだけど、ここではもう総量が段違いだ。 ヒールやイクストラクトといったシスターが使用する魔法も、他の場所では惜しむように使われるが、ここではより多く使うことが勧められるし、それ以上に他の魔法の使用も常に求められる。 その違いは大きいだろう。 そして農家の娘であれば、この地で行われている農業は、自分が知っている物と違っていて、その効果を目の当たりにすれば、興味を感じて勉強したいと思うのは当然のことだろう。

 私は「良く理解できるわ」と相槌を打って、どんどん話を先に進めさせる。


 「勉強したら、単純に戻った時にシスターとして役に立つだけじゃなくて、もっと色々なことを周りの人にも教えることが出来て、役に立つんじゃないかと思ったんです」


 リエッタは、私でも眩しく感じるような希望に満ちた顔を一瞬見せて、すぐに表情を曇らせた。


 

 「そんな風に考えていたのですけど、つい最近両親から手紙が来まして、家の農地が水害で壊滅的な被害を受けたらしいんです。

  自然相手のことですから、それは仕方ないこと、運が悪いだけのことだと思うのですけど、どうしたら良いだろうかって考えても、私は単なる見習いシスターで何も出来ることなんてないとしか思えないし」


 辛い気持ちが伝わってきて、私の胸まで痛くなる。


 「とにかく、もう私が住んでいた家周辺の農地は、壊滅的らしくて、新たな土地を開拓しなければならないことになりそうだ、ということなんです。

  それで、私、考えて。 同じ開拓をするならば、この地で開拓をさせてもらえないだろうかと思ったんです。

  今、この地は色々な開発もしていますし、その作業を手伝うこともすれば、何とか当座の生活費も得られて、それで開拓して少しでも自分の農地が得られたら、進んでいるこの地の農法で、開拓地が狭いうちから少しでも楽に進められるかな、と。

  それで、私の家族をこの地に受け入れてもらえないかどうかという相談をさせてもらいたかったのです」


 話は良く分かったが、私が即答出来る話ではなかった。 私は必ず速やかに返答することを約束して、その場では話を待ってもらうことにした。



 「という話だったのです。

  私の気持ちとしては、一刻も早く彼女の家族をこちらの領内に引き取ってあげたいのですが、もちろんそうもいかないことを理解しています。

  どう対処するべきでしょうか? これは私個人としてではなく、領としての問題を含んでいると思うので」


 「そうだな、個人的にというなら、どこか開拓に向きそうな場所を与えてやれば、それでほとんど済んでしまう。 家と農地作りを少しだけ手伝ってやれば、それで用は済むだろう。

  カトリーヌがそういう形で援助してやるなら、子供たちも手を貸すだろうから、ほんの2・3日もあれば、今後の目処が付く程度のことはできるだろう」


 領主様の言う、子供たちというのは、僕とルーミエとフランソワちゃんだけのことじゃない。 シスターは、この城下村に来た元孤児たちを、みんな子どものように思ってくれているけど、今の場合はきっと東の村の孤児院で直接に関わった者たちのことを言っているのだろう。

 確かに僕たちが、いや、今の僕たちがやるなら、例えば僕とルーミエとフランソワちゃんと、ジャンも加わればアリーも来るだろうし、ウィリーはもういつマイアが産気づいてもおかしくないから無理だろうけど、ウォルフとエレナも参加しようとするだろう。 そうしたら1日で出来そうだ。 現実的には僕らはそれぞれに忙しいから、自分たちが手伝うのは無理だとしても、エレナの子分たちの代だとかが手伝えば、領主様の言うとおり2・3日で出来そうだ。


 「ええ、私もそう思ってしまうので、リエッタのご家族の苦難を思うと、即座にその提案が喉まで出てしまいました。

  しかし、男爵夫人の私が、個人的とはいえ、やはり一家族だけを特別扱いすることは出来ません」


 うん、そうだよな。 いくら自分たちが面倒を見ている見習いシスターの家族とはいえ、領主夫人がその一家族だけをと言うのは、問題となるだろう。

 領主様が、「そうだよな」と確かめるような視線を文官さんに送った。


 「そうですね。 今現在、この領は、他領からの入植を認めていません。

  これは、以前糸クモの飼育をめぐって、他領からの入植を認めたらトラブルになり、結局入植しなかったことから始まり、最近では商隊を狙ったならず者の流入を警戒したり、それ以上に問題になりそうな者の侵入を拒むため、より一層この領に入るものを制限している所です。

  そんな状況ですので、完全にストップしていますね」


 「そうだよな。 その状況で、領主夫人が個人的に認めてという訳にはいかないよな」


 領主様は、今度ははっきりと声に出して言った。 困ったという気持ちが強く滲み出ている。


 「まあ、今現在、他領からの入植を認めてはいないのですけど、この領内が人手不足なのも本当のことで、領の今後の発展のためには、他領からの入植者も許可したいくらいなのですよね。

  領内は、今は農地の単位面積あたりの収穫量も前より増えましたし、新たな農地の開墾も前より簡単に行えるようになりました。 この辺は本当にナリートくんたちや、フランソワちゃんの功績が大きいですね。

  それに薬や、糸クモだけじゃない糸と布の生産も軌道に乗りつつありますし、新たな道、領堺の壁作り、それに西の村の再開発という風に、公共工事もいくつも並行して行われています。

  そんな今の明るい領内を反映して、どこもどんどん子どもが増えている状況ですけど、その子たちが活躍できるようになるには、まだ時間がかかります。

  つまりは人手が足りていないのが、今のこの領の一番の問題でもありますね」


 「ん、お前、何が言いたいんだ」


 文官さんが色々と語り出して、領主様も訝しんでいるようだ。


 「つまりですね、良い機会ですから、他領から人が入ってくるのを、原則禁止から、少しは認める方向に舵を切りませんか、ということです。

  今までもすでに、こちらの領で暮らしたいという要望は、かなり来ていて、それを断っている状況ですからね。

  領主様やナリートくんたちは忘れてしまっているみたいですけど、冒険者も他所の場所を本拠地にしている人は、今は入って来てないのですよ。 大蟻騒ぎの時が最後です。 以前は定期的に、領として大量にクエストを出す必要があって、その資金を捻出するのに四苦八苦したので、それは助かりはするのですけど、その定期的なクエストを予定していた冒険者や、元はこの地にいて、今ではその時だけは戻って来ていた者なんてのも、結構いますからね」


 あ、そうか、前はスライムの大量討伐とか、一角兎も増えてしまえば領として冒険者を呼ばなければならなかったのだ。 大蟻なんて、その最たるものだ。

 でも、今ではみんな対処の仕方が確立してしまって、多くの者が安全に狩ることが出来るようになってしまっている。 流石にそれは一角兎までだけど、多くの冒険者はそこまでを対象にして狩をしているというか、仕事として受けているのだ。

 僕らはそれ以上のレベルのモンスターに対処できるし、大蟻なんて今では美味しいレベル上げのために経験値にしか思えない。 結局、領として冒険者組合に仕事として発注することはない。

 きっと定期的に、そういうクエストを受けにやって来ていた冒険者の中には、この領出身の者たちも結構いるのだろう。 多くは孤児院出身者だろう。 

 城下村に都合良く加わろうとして、今では東の村に居着いてしまった先輩たちも、そんな一部だし。 少し思い出したけど、僕がスライムに一番最初に襲われた時に助けてくれた冒険者も、孤児院出身者だったはずだ。

 冒険者はずっと続けられる仕事ではないから、いつかどこかに腰を落ち着けたいと思った時、もし出来たら故郷にと思うのは普通だろう。 今までこの領は、とてもそんな人たちを受け入れる余裕がなかったけど、今は周りから見て、暮らしたい場所になっているのかもしれない。 確かに好景気なのだろうと思う。


 「急に全面的に認めることはないと思うのですよ。 それはやはり危険が大きいと思うので。

  ただまあ、完全にダメということではなく、この領に関係というか何らかの縁がある者から少しづつ認める、という風にしても良い頃かなと、私は思うんですよね」


 うん、確かに良い機会なのかも知れないと、僕は聞いていて、そう思った。

 だけど領主様は、さっきよりも怪しんでいる顔をして言った。


 「お前、何を企んでいる。 もっとちゃんと全部吐け」


 「いや、私、ここと町の間の沼地を整備して農地として、それとともにここと町との交通の便を良くしたいんですよ。

  簡単なことじゃないですか、沼地になっちゃているのは、ここのそばの川の流れが平地に入ると高低差が少な過ぎて、流れを維持できずに広がってしまうからです。 沼地を切削して、川の流れをそのまま合流地点まで持って行きさえすれば、その両側は豊かな田んぼにできますよ。 魅力的じゃないですか。

  でも、今は他にも工事を抱えていますから、人手が全くなくて、手がつけられないのですよ。 勿体無いじゃないですか」


 なるほど、考えていて実現したいプランがあって、その人手が欲しいという気持ちが強いのね。

 まあ、そのプランは僕も考えたことがあったのだけど、人手がなくて無理と切り捨てたものだ。 人でさえあれば十分に実現可能なプランだと思う。


 結局、他領からの入植者を試しに、何らかの縁故がある人から少しづつ受け入れていくことに、領としての方針が変更になった。

 入植してくる者が、僕たちの領とどのような縁があるのかを調べたり、住民として登録したりといった、何というか骨の折れる事務作業はエレナの代の女性と、その夫となった騎士見習いたちの仕事となった。

 一番それに安心した顔をしたのはウィリーだ。 いや、今の忙しさを見たら、ウィリーには回せないよ、と僕は思ったのだけどね。 もう、早くマイアが子どもを産んで、子育てしながらも仕事出来る環境にしないと、ウィリーが過労死しそうだよ。


 見習いシスターのリエッタの家族は、その対象者の第一号となった。

 とはいえ、即座に文官さんのプランが実行に移せる訳はなく、どうしようかと考えたのだが、西の村に移住することになった。 西の村では、追放になった元村長の家や、それ以前に暮らしが成り立たなくなって逃散してしまった家もあるし、新たな方でも特に大人の人が足りてないし、孤児院に今現在は例外的に人手が必要でもある。 例外的にというのは、他の村の孤児院は今は孤児院に入る子どもが減っているからだ。 それもあって、リエッタも西の村に、見習いシスターとして行くことになった。

 この村にいて働いていると、シスターとしては籍が帳簿に載っているだけだけど、西の村の孤児院を手伝うことになると、正式な見習いシスター扱いとなる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ