日常は変えられない
僕が商人さんの面会なんかを受け付けたりと、少し城下村での事務仕事みたいなことをしているうちに、ウォルフとジャンが指揮する新人組は、関所の砦化の工事の準備に入った。 まずは関所近くに、自分たちの滞在施設作りだ。
一応、一工程3日で、2組に分けて、交互に工事をする予定だ。 それだから関所に向かうと、関所付近で2泊することになる。 その為の簡易的な建物を作るのが第一段階だ。
ま、工事している間だけ、雨風を凌いで寝ることが出来れば良いという施設だから、今ではもう懐かしく感じてしまう、城下村というよりは、僕らの城作りを始めた時に最初に寝泊まり出来る場所を作った方法で建物を作ることにした。 持って行かなくてはならない資材も道具も最も楽に済むからね。
ウォルフとジャンは、荷台に竹を満載して、あとはスコップといくらかの大工道具、そして縄を持って現場へと向かって行った。 満載とはいっても、主な荷物は軽い竹だ。 荷馬車は軽やかに進んで行った。
今回は最初なので、ウォルフとジャン二人とも現場に向かったけど、滞在施設が出来たら、二組に分けた片方をそれぞれが率いて仕事をすることになる。 僕はウィリーが補助要員だ。 問題が何か出れば、僕らも行って協力することになっているのだけど、実質的には僕ら二人が城下村での仕事に飽きたらというか疲れたら、そこから時々逃げる理由になるんじゃないかと思う。
僕が城下村から逃げることが出来なくて、もうウォルフとジャンが交互に向かうようになっていたのだけど、一応工事の進捗状況なんかは報告を受けている。 家でジャンに聞くだけだけど。
工事はどうも少し遅れ気味のようだ。 意外に簡易滞在施設作りに時間がかかっているのだ。
「まあ、新人たちは簡単な建物だって、自分たちで建てたことはないだろうから、初めての経験だから仕方ないのかな。
ジャンやウォルフがついているのだから、問題なく進められるのだろうけど、慣れないことは覚えるのに時間がかかることもあるしなぁ。 それに他のところの孤児院だった子も多いからなぁ」
僕らの元住んでいた村、つまりフランソワちゃんのお父さんが村長をしている村の孤児院、それに町の孤児院のことは良く分かるし、普段からやはり気になるので分かっている。 でも、そこ以外からの子たちのことは、完全にここに来てからでしか知らないし、やはり差はあるんだよなぁ。 ま、これからは西の村の孤児院は変わらなくなるだろうけど、何しろミランダさんが院長だからね。
「えーと、何ていうか、まぁ、そういうこともあるかな」
なんだかジャンの言葉は歯切れが悪い。
僕は城下村の中での仕事にも飽きていたので、ジャンの次の番に同行することにした。
「うん、まあ、良いよ。 下の子たちも喜ぶんじゃないかな」
今度はなんだか含みがある調子だった。 少しだけ、なんなんだろう、と思ったけど、わざわざ問いただす程のことではないな。
ジャンと一緒に関所に行って、そこで見たのは、予定外に充実した宿泊施設だった。
「建物の建て方とかは、予定通りだよ。 竹の骨組みに、最も簡単な土の壁さ。
最初はさ、若い子たちの、どうしてもという要望で、予定には無かった風呂を作ったんだよ。
『一日の作業が終わって、汗と埃に塗れたままで、宿舎で休む何て、どうにも耐えられません』
て、言われてさ。 それも女の子に言われるなら分かるけど、男の子に先に言われて、女の子たちも、『その通りです』という感じで僕とウォルフを見るのだもの。 風呂を作る許可を出さない訳にいかないじゃん。
それにさ、前は防水するのが大変で、最初なんて湯船や周りに使う度にハーデン掛けたりしたけど、今はコンクリートで防水が簡単に出来るから、ダメと言わなければならない程のことじゃない。
ま、でも、その排水をどうするかと考えて、堀の一部だけもう作ることになったけどね。 それに井戸も新たに一本新設した。 これは計画外だったけど、あって悪い物ではないし」
なるほどね、予定よりも少し遅れていたのは、こういった理由からなのか。
それにしても、若い子たちは城下村に来るまでは、毎日の仕事の後に風呂に入るなんて生活はしていなかったはずなのに、どうやらもうその生活が完全に普通の日常になってしまっていたらしい。
それでも僕らの方針としては、若い子たちには体力的にはともかく、魔力的には毎日目一杯限界まで使うように、作業を計画している。 その後で風呂のお湯を用意するのは・・・。 あ、そうか、それだから僕が来たら喜ぶだったんだな。 きっと、自分たちでは風呂のためにお湯を用意する余力は無くて、ジャンやウォルフが風呂のお湯は用意してあげていたのだろう。 僕が、いや僕だけじゃないけど、上の人がもう一人来れば、より潤沢にお湯を用意してもらえて、風呂が楽しめるという訳だな、きっと。
「あ、ナリートさん。
最近は私たちも、城下村の人たちに習って、土魔術の練習もしているのですよ。 関所の砦化の工事に関しては、ほとんど城下村から来てくれる人にお任せですが、私たちもこの簡易宿舎を習ったレンガで補強して、もう少し恒久的に使えるようにしたい、何て考えているのですよ。
それに、私たちも風呂を使わせてもらえて、とても助かっています。 女風呂の方はシスターの方もお湯を出せるので良いのですけど、男風呂の方はジャンさんやウォルフさんしかいないので、もう一人来てくれると、本当に嬉しいですね。
ジャンさんや、ウォルフさんは両方にお湯を満たしてからですから、それ以上に催促するのはちょっと気が引けるので」
関所の役人として来ている人も、作った風呂を利用しているみたいだ。 お湯を入れるのを、ちゃっかり依頼されちゃったけど、ま、風呂があれば利用したいよね、当然。 それから僕は頭に思い浮かばなかったけど、シスターや見習いシスターも関所に詰めるようになったから、彼女たちも居たら、それは風呂を作ろうということになるよね。
ジャンとウォルフに抵抗の余地はないな。 ま、この少しの遅れは仕方ないことだろう。
それはともかく、排水を溜めるために堀の一部をもう作ったのだとしたら、きっとすぐにスライムが発生して、その対策も考えておかないといけないかも知れない。
堀に水が溜まるというのは、もっと後のことだと思っていたので、スライム対策は先の予定になっていた気がする。
関所の辺りは、元々はスライムが発生するような水場はないから、もしかすると、どこかからスライムを連れて来ないと、スライムは発生しないかも知れない。 それとか雨季かなんかでスライムが別の場所から移動しないと、ここでは増えないとか。
そう都合よくはいかないだろうなぁ。
新人たちの日常は、2組に分けられていて、片方づつ交互に関所の砦化の工事に従事するのだが、別に城下村に残っている時間は暇にしている訳ではない。 しっかりと城下村での日常作業をすることになる。 まだまだ、そちらも修行中というか、先輩たちに教わって仕事をしている状態だ。
新人たちの中には、どちらかと言うと関所の方の仕事を好む者が多かったりする。 その理由は、城下村に滞在している時は、大急ぎだったり期限が限られていて忙しい時以外、一日に数時間の勉強の時間が設けられているからだ。
最近は、元の僕らの村の孤児院や、町の孤児院だけでなくて、他の村の孤児院でも読み書き計算などを教えられるようになって来たのだが、教える方の力量にも差が大きいのか、場所によっての差が大きい。 それにやはり僕らと比べると、教えられている知識量がかなり少ない所の方が多い。 元の僕らの村の孤児院でも、仕方ないのだけど僕らの居た頃との差はかなり大きい。 それをシスターがとても問題視して、しっかりと学習させているのだ。
差が大きいので新人たちを学習の進み具合別に分けて、学習を進めることにしたのだが、最初は各孤児院の差が大きくて、出身孤児院によって分けられているような感じだった。 しかし、暫くすると、学習に対する意欲の有る無しで習熟速度に差が出るようになって、分かれ方はバラけてくる。
最初の問題は、やはり学習というのは一つの習慣で、学習をあまりしたことのない者は、その時間は苦痛に感じるだけの者が多い。 少し学習に慣れてくると、知識を得るということに意欲を持つ者と、やはり興味の持てない者がどうしても出て来てしまう。 ま、それは仕方ない。
だが全体的に見ると、かなり学習は効率良く進んでいると思う。 その理由は、最近になって少し紙の生産が軌道に乗り出して、ノートを使えるようになったことだ。 頭の中になんとなく知識のある僕にとっては、まだ紙を糸で束ねただけのメモ用紙程度の物だが、僕らの学習時には石板に蝋石で書いて覚えていたのだから、大きな違いだ。 紙だと後に残して見直すことが出来るからね。
ただ僕にとっては、とても残念な事なのだけど、筆記具は全く進歩していない。 基本は木の枝を尖らせて、それに墨とも言えない、木炭を水と共に硯で擦って、動物の腱などから作った膠を少し混ぜたインクを付けて、書くのだ。 枝の削り方とかを工夫しても、一回インクを付けて書ける文字数は僅かだ。 とても面倒くさい。
そのうち時間に余裕が出来たら、僕としたら鉛筆を作りたい。 筆を作ることが先かも知れない。 最もすぐに出来る、鳥の羽を使ったペンというのは、この土地は鳥がいない、いや鶏はいるけど、少なくとも都合の良い鳥がいなくて無理なんだよな。
筆は一角兎は沢山狩れるから、きっとその毛を利用すれば簡単に作ることが出来るだろう。 鉛筆は、残念だけど黒鉛は領内で発見されていないが、炭の粉と細かい粘土で芯を作ることはできるんじゃないかと思う。 木が貴重ということもあり、僕の頭の中にある形そのままには作れないだろうけど、太めの芯の周りを竹で覆って持ったり、折れにくくすれば十分な実用性があるのではないだろうか。
ペンは羽根ペンは、今は他所から買っている。 主に文官さんが使用しているけど。 ペンもペン先を鉄で作ればとも思うけど、まだそこまで精密な加工技術がない。 それに鉄で作ったペン先で書いて問題のないレベルの表面の滑らかさと丈夫さを持つ紙は、厳選された高価な物のみになってしまうだろう。 そんなの普段使い出来ない。
この領内では、糸クモさんの糸、綿、麻と、最近は多くの種類の糸や布が作られていて、最近は王都でも知られるようになってきたくらいだ。 そしてそれらの糸や、布を作っていると、繊維としては短すぎて役に立たない屑もかなり出る。 その糸屑は、紙作りの原料の一つにもなっている。 ミツマタなどの紙の原料になる木も、植林の一環として増やしているが、糸屑も紙の原料の大きな一つなのだ。 しかしながら、最初から紙にすることを目指している訳ではない原料であることもあって、それらを混ぜた紙は質は劣ってしまう。 それらも紙作りに特化した原料として、品質優先で作れば、とても上質な紙が出来るはずなのだけど、あくまで廃品利用に近いから、そこは仕方ない。
こんなことを考えるようになったのには理由がある。
一部の新人たちが、なかなか学習する時間に慣れなくて、学習が進まない。 学習するという習慣がなかったことと、学習したことが役に立ったという実感を持つようなことが今までに無かったからだろうと思う。
そんな風だけど、新人たちを教えているのは、その指揮を執るというか、学校の校長先生みたいな役をしているのは、もちろんシスターだ。 その下でルーミエとフランソワちゃんが学習の進んでいる子たちを教えている。 ま、順当だよね。
基礎的なことの方を教えている、そしてより苦労しているのは、領内を回っていたエレナの代の女性たちだ。 実はエレナの代の女性たちの夫になった騎士見習いたちも、文官さんの許しを得て、その学習に参加している。 彼らは各地を妻と共に巡った中で、護衛として以外の部分で、つまり事務仕事その他に関して、妻たちの方が自分たちよりも優秀であることにショックを受けたのだ。
その武力の部分でも、確かに剣や槍、そして弓などの武具を扱ってなら自分たちの方が役に立つが、移動時などに遭遇することの多い、スライムや一角兎というモンスターとの戦いだと、彼女たちの投石の方が役に立つ。 夫である自分たちの方が活躍する時は、領内を巡回する仕事の間、ほとんど無かったのだ。 もちろん魔法の利用は、彼女たちの方が優れている。
この状況に、彼らは自分たちも勉強する道を選んだのだ。
その姿勢を、領主様、文官たち、それにシスターはとても高く評価した。 うん、僕も偉いなと思った。
きっとエレナの代の女性たちは、そういう風に自分を高める行動を取れる人だと判断したからこそ、彼らを夫にしたのだろうと思う。
話を戻して、新人たちの中には、周りから見れば学習面が重視されない孤児院から来た子でも、頭角を表してどんどん学習が進む子も出てくる。 それを見て、シスターが以前から構想していたらしいことを実行に移すことにした。
「領内の各村に学校を作り、子どもたち全員に教育をしましょう。 今なら出来るはずです」
シスターが領主様にそう主張して、この一大事業は始まることになった。 シスターの言う「今なら」というのは、以前と比べて、織物や糸などによって交易が盛んになり、税収が多くなったこと、それに住人調査と名簿化で、対象者がちゃんと把握できるようになったことだ。
「そうは言っても、親は素直に学校に子どもを通わせるか? 子どもも少し大きくなれば、その家にとっては重要な働き手だぞ」
「子どもを学校に通わしている家は、糸の買取値段に少し上乗せをすることにしましょう。 それに、学校では普通に教えられていることだけではなく、ここで使われている魔法も教えるようにしましょう。 そうすれば、学校で得られた知識が即座に役に立ち、学校に通うことに大きな意味があるのだと認識されると思います。
それに考えてみてください。 学校に通う子を増やすことが出来れば、その中から一定数の優秀な子を発見することが出来るでしょう。 そういう子は、町の学校、本当に優秀ならここに連れて来ても良い。 領内の優秀な人材の発掘に繋がるのです」
「なるほど、確かに人材の発掘はこの領の急務ですね」
シスターと領主様の話し合いに、文官さんも口を出した。
「そうなんです。 正直、私は村の子の夫となった騎士見習いが、学習の場に混ざる事態に、その姿勢は素晴らしいと思ったのですが、その必要があることには驚きました。
彼らは、騎士見習いに選抜されていたのですから、優秀な人物であると評価されていたはずですから。
確かに私から見ても、その行いを考えても優秀な人物だと私も思います。 ただ、私が今の自分たちの生活の中で、普通だと思ってしまっていた知識を彼らは得ていないのです。 そして改めて少し周りを見回すと、ここで領主を補佐している貴方のような一部の人を除くと、今の領内の重要な事業に使われているのは、ほとんどがこの城下村の、いえ、もっと限定して、私の元居た村の孤児院出身者がほとんどです」
「確かにそれは本当のことだな。 奴らは優秀だからな」
「そうでしょうか。 彼ら彼女らが特別優秀だったとは、私は思いません。 フランソワちゃんでも、何か特別に優秀な子では無かったと思います。 ナリートとルーミエは孤児院時代から特別でしたけど。
彼らが優秀になったのは、ナリート、ルーミエ、そしてフランソワちゃんが彼らに知識を教えたからです。
孤児院で読み書きや計算の基礎を教えることを始めたのは私ですが、生活魔法の活用も含めて、色々な知識を教えたのは、あの3人です。 そしてそのきっかけは、フランソワちゃんが学校に通うのに、ナリートとルーミエが付き合わされたという偶然からです。
私がしたのは、『二人に学校で習ったことを孤児院の友達にも教えてね』と依頼したことだけです。 それにフランソワちゃんが加わったのです。
ま、まさか、ナリートが学校で教えること以上のことを、孤児院の中で教えていたとは私も思っていなかったですけど。
とにかく私が今思うのは、広く多くの人に知識を教えないと、色々な発展は望めないし、優秀な人材は見つけられないし、育てられないということです」




