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試練の結果

 俺は、壁をさらに両手で壊して、上半身を起こす。


 パチパチパチ。


 拍手の音が聞こえる。


 まだ、光に慣れない目を細めながら、周りを見回す。そこは、試練を受ける前にいた校長室の中だった。

 山校長が笑顔で拍手をし、その隣には馬場教頭が微笑んでいた。


「おめでとうございます、溝口先生。

 試練は合格ですよ」


 山校長が、嬉しそうに話しかけてくる。


「俺…、私は…、合格でき…た…んですか?」


「ええ、お見事でした」


 やはり、真琴と別れるのが正解だったのだろう…。また、涙が溢れそうになるのを手で擦って、起き上がろうと自分の身体を見た。

 白い繭のようなものから、上半身を出している状態だった。


「…繭?」


「ええ、繭です」


「…」


 理解が追いつかない。

 なんで繭?


「制限時間が近かったので、妖化の準備が始まっていたんですよ」


 戸惑っていると、山校長が補足してくれる。


 とりあえず、繭をバリバリと破って、立ち上がる。パンパンとズボンをはたき、ふと自分の横を見ると、もう一つ小さな繭が置いてあった。


「…篠宮さんですよ」


 馬場教頭が、寂しそうに呟く。


「彼は…」


「まだ試練中です。あと30分程で時間切れです」


 馬場教頭が、目を伏せながら呟く。


 腕時計を見ると、朝の5:30近かった。彼は誰時の終了まで、あと僅かという時間だった。やはり、時間の流れが違ったのだろう。


「彼は、試練を越えられるんでしょうか?」


「…」


 その質問に二人が沈黙する。


「試練の中で、彼はひたすら死に続けているみたいです。

 …この調子では、おそらく…」


 馬場教頭が、耐えきれないといった様子で沈黙を破った。


「それはそうと、溝口先生。

 試練を終えた今、過去を変えるつもりはありますか?」


 山校長が無理矢理といった調子で、話題を変えた。


「試練の通りに変えてもいいですし、他の場面でもいいですし、もちろん変えないという事も選べますよ?」


 試練の通りに変えるという事は、真琴とは別れる事になるが、二人で生き残る事ができるという事だろう。


「真琴は…、自分の死を選んだんですよね?」


 山校長は少し困ったような顔をした。


「まぁ、試練も終わったんで、構わないでしょう。

 おっしゃる通り、須山先生はご自分の死を選びました」


「真琴は、自分の死で試練を合格したんですか?」


「…いいえ、運転を代わって、死ぬ立場が変わるのは、試練の一番最初に試した内容でしたが、合格したのは溝口先生と同じようにプロポーズの場面での選択によります」


「つまり…」


「須山先生は自分が死んででも、溝口先生と別れないという過去を選んだのです。

 溝口先生からプロポーズを受けた時は、死ぬ程嬉しかったそうです。

 その瞬間が自分の人生のクライマックスだったと言っていました。だから、そのプロポーズをなかった事にはしたくないし、断る事もしたくないと、そうおっしゃっていました」


 …。


「どうしますか?」


 …聞かなければよかった。


 結局、試練の通りに過去を変えても、自分が代わりに死ぬ選択をしても、真琴の選択を無駄にしてしまう事に変わりはないという事を意味している。


「…もし…、もし過去を変えなかった場合、私はどうなるんですか?」


「今、溝口先生は、意識を失って生死の境を彷徨っている状態です。 何も過去を変えなければ、そのまま回復するか、そのまま死ぬかのどちらかになります。

 それまでは、ここで教職を続けてもらう事になります。死んでしまった場合は、その後も教職を続ける事も出来ますが…。 ちなみに、回復するかどうかは、残念ながら教える事はできません」


「…教える事は出来ないって事は、どちらになるかはわかっているという事ですね」


 山校長が、苦笑いする。


「流石に…、そこまでは教えられないのですよ」


 …。


「…ちなみに、篠宮…さんは、どうなるんですか?」


「篠宮さんは…、亡くなる2年前のクリスマスに、貰ったプレゼントが気に入らなくて、駄々を捏ねた事がありまして…」


 山校長が、溜息まじりに篠宮少年について語り始めた。


 篠宮少年は、貰ったプレゼントが欲しかった物と違った事から、激しく駄々を捏ねたらしい。父親は呆れて、放っておけと言ったが、母親は違った。

 せっかくのクリスマスなんだからと、おもちゃの交換のために、購入したおもちゃ屋に自転車を走らせた。

 不幸だったのは、母親がおもちゃ屋にいる間に雪が降り始めた事だった。 母親がおもちゃの交換を終えて帰る頃には、雪が積もり始めていた状態だった。

 母親は、篠宮少年の喜ぶ姿を早く見たい一心で、自転車を走らせた。帰り道の途中、狭い道に差し掛かったところで、雪にタイヤを取られ車道にはみ出してしまった。そこを運悪く、走ってきた車に轢かれて亡くなってしまったという事だった。


 父親は、自分がおもちゃ屋に行けばよかったという後悔と、篠宮少年のせいで妻を失ったという気持ちが入り混じり、篠宮少年に辛く当たるようになり、篠宮少年も自分のワガママで母親を失った負い目から、従順な少年になり、父親の虐待を黙って耐える日々を過ごしていたと言う。


 その時の『駄々を捏ねる』という過去を変える事で試練は終わるのだそうだ。

 母親を失う事もなく、父親による虐待もなくなり、3人で幸せに暮らせるようになる。


 どんな選択をしても、真琴と二人で幸せに生きるという道がない私にとっては、なんとも羨ましい限りの話だが、残念ながら、篠宮少年は未だにその事に気付いておらず、死の直接的な原因となったコップにこだわり、何度も死のループを続けているのが現状という事だった。


「今の時点で、まだその段階なんですよ…。

 おそらく、試練を越える事は無理でしょう」


「妖化する…という事ですか?」


「…彼は、『かげ』という妖になるでしょう。

 人の影に潜み、憑いた相手をひたすら尾け回す。そんな妖になる予定です。

 代わりに『小さいおっさん』になっていた山賀(やまが) 健太(けんた)という生徒が、解放される事になります」


 あの『ニク』って言っていた小人か…。


「山賀さんは、あの妖になる前は、とても食いしん坊で体格の大きい少年でした。

 食欲に忠実なところを邪に目を付けられて、誘惑されて、試練を受ける事になった少年です。

 妖化した際に分裂して、沢山の小人になりましたが、元は一人の少年です」


 …。


「篠宮さんの事は、残念ながら、もうどうしようもないでしょうね。

 …で、溝口先生は、どうされますか?」


 山校長が、溜息を吐きながら質問してくる。


 どうしよう…。過去を変えるべきか。変えるとしたら、どう変えるか…。

 ぐるぐると、いろんな可能性を模索する。


 しばらく考えて、私は一つの結論を出した。


「…わかりました。 私は…」

怪7完

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