旅立ちの時
「卒業生、入場!」
司会の先生の言葉で、待機していた2人の先生により、体育館の扉が開かれる。
それを合図に、吹奏楽部の演奏が流れる。私のクラスにも、吹奏楽部のメンバーがいる。チラリとそちらを見ると、立派に演奏しているようだ。
一斉に入口から、卒業生が男女で2列に並んだ状態で、自分達の座る場所に向かって歩いている。
卒業生が位置に着いた所で、司会の先生が在校生に起立の指示を出す。
国歌斉唱だ。
体育館を見渡す。
何も知らない状態であったなら、この不自然さにどういう反応をしていただろう?
なんせ、卒業式に付き物の生徒達の父兄が一切いないのだから。
それも仕方ない事だ。
なぜなら、この福徳小学校は死者達の学校なのだから…。
結局、私は未だ、この学校で教師を続けていた。この先、何年続けられるかはわからないが…。
もうすぐ、この学校に来て1年が過ぎる。長いようで、あっと言う間だったような気がする。…いろいろな事があった。
全ては、この体育館から始まったのだ。
この体育館で、車の鍵を落としたせいで、奇妙な妖に出逢い、それをキッカケに6不思議を体験。
最終的には、試練をクリアしたのだから。
物思いに耽っていると、卒業証書授与が始まっていた。順番に卒業生が呼ばれ、山校長から証書を受け取っていく。
皆、いい顔をしている。
これで、成仏できるのだから、感慨深いものがあるのだろう。
次々と卒業生の名前が読み上げられていく。
そして…。
「篠宮 京!」
「はい!」
篠宮少年の名前が読み上げられ、少し小柄な少年が元気に返事をした。
不意に世界が滲む。
意識的に瞬きをしないようにする。
今、瞬きをしたら…、きっと…、この目に溜まった涙が溢れてしまうから…。
私が変えた過去は…、入学式の準備の時の事だ。
釣り看板が落下した際に、沢田先生を助けなかったのだ。
結果、沢田先生に看板が直撃したのを見てかなり焦る事になったが、すでに死んでいる身だからか、ものすごく痛いくらいで済んだようだった。
そして、私は車の鍵を落とす事もなかったし、篠宮少年も私に興味を持つ事はなかった。
それが意味する事は、私と篠宮少年が6匹の妖と会う事がなくなるという事だった。
つまり、試練を受けた事になっていないのだ。
その結果、篠宮少年が妖化する事もなくなった。
試練関連の出来事を変える事が可能かどうかは賭けだったが、蓋を開けてみると試練を受けた記憶と試練を受けなかった記憶がダブって存在する不思議な状態に落ち着いた。
不思議な感覚だった。
まぁ、思えば最初から、『過去を変えられる』と言われていたのだから、『過去からやり直せる』という訳ではないのだろう。
どの過去をどう変えるかという決意を口にした途端、その選択肢を選んだ際の記憶が溢れるように脳裏に浮かんだのだ。その記憶の中では、篠宮少年との接点は一切なかった。
不思議なことに、篠宮少年と共に試練を受けたという記憶や、ここが死者の学校だという記憶が消えることはなかった。
慌てて、篠宮少年の繭を見ると、そこには最初から何もなかったかのように、一切の痕跡がなかった。
思わず、山校長と馬場教頭を見ると、二人とも満足そうに微笑みながら頷いていたのを覚えている。
その後、山校長は、これで試練と過去の変更が終わった事を告げ、始業までお茶でも飲まないかと誘われた。
その席で、馬場教頭の三尸に対する愚痴や、真琴の学校での様子などを語らい合い、これからもよろしくと言われて、解散となった。
試練の時の事を考えているうちに、篠宮少年は、立派に壇上まで上がり、山校長から証書を受け取っていた。
彼は、私の事など覚えていないだろうが、私にとって彼は特別な存在だった。
今とは別の時間の流れの中で、一緒に試練に挑む戦友だったのだから…。
無事に卒業証書の授与が終わり、山校長のスピーチが始まる。
卒業式が終われば、皆、正式にあの世へ旅立っていく。 山校長は、天国や地獄があるかどうかは教えてくれなかったが、皆、輪廻の輪の中へと還っていくのだ。
私の受け持つ学年にとってのメインイベントである送辞が始まり、卒業生全員による答辞が終わる。
そして、体育館の扉が再び開けられ、卒業生が退場を始める。教師と在校生が、盛大に拍手する中、卒業生が照れ臭そうに歩いていく。ふとキョロキョロしながら歩いている篠宮少年と目が合う。
何故か、彼は首を傾げながら立ち止まる。
篠宮少年が立ち止まったせいで、後ろに続いていた生徒達も止まらざるを得なくなり、そこで渋滞が起きた。
後ろの生徒に突かれて、篠宮少年が仕方なさそうに歩き始める。…が、再び立ち止まり、しっかりとこちらを見て礼をした。
その瞬間、堪えていた何かが崩れるのを感じた。
…溢れる涙が止められない。私は、流れる涙を拭う事なく、より大きな拍手を送る。
憶えていないはずなのに…。
なんで…。
願わくば、彼の来世が幸せなものでありますように…。そう祈りながら拍手を続けた。
篠宮少年は、少し微笑みながら歩みを再開する。
開かれた扉をくぐる篠宮少年をしっかりと見届けた。 外には、まだ蕾のはずの桜の花びらが青空に舞っているように見えた。 私は、彼の姿が見えなくなっても拍手を続けた。
その音は、3月の澄んだ空へと吸い込まれていった。
福徳小学校の七不思議 完
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