対峙
「こんな所に呼び出して、何かあったんですか?」
体育館の裏に呼び出したのた谷口先生が、口を開く。
『猿の手』の回答では、谷口先生に憑いている『邪』と契約する事が書いてあったが、その契約するための手順までは書かれていなかった。
上手く受け答えしないと、今までの苦労が水泡と帰す事となる。
そこまで考えて、自然に笑みが溢れる。
なまじ、『猿の手』の回答があるせいで、その内容から外れる事が出来なくなっている自分が可笑しかったのだ。
そんなものさえなければ、ここまで悩まずに済んだかもしれない。
失敗を恐れるという事は、余裕を失う事だと実感し、知ってしまった以上、知る前に戻る事は出来ないという事を思い知った。
「…何が可笑しいんですか?」
自嘲している私を見て、谷口先生が怪訝そうな表情を浮かべる。
「…いや、あまりに自然に谷口先生を演じているのが、ちゃんちゃら可笑しくて…。
まだ、バレてないと思ってるんですか?
あなた、『邪』って奴ですよね?」
とりあえず、流れに乗って、挑発してみる。
さて、どんな反応をするんだろうか?
谷口先生は、一瞬、驚いた顔をして、すぐに笑顔になった。
『…なんだ、知ってやがったのか』
谷口先生の話し方が、急に変わる。隠す気は、さらさらないといった感じで、あっさりと認めた。
『なんで知ってたかなんて、野暮な話をするつもりはねぇよ。
どうせ猿のせいだろうしな。
俺も、お前とは一度話したかったんだ』
「…なんで、後藤少年に『猿の手』の事を教えたんですか?」
『あん?
決まってるさ。
その方が面白そうだったからに決まってるだろうが?』
谷口先生の姿をした『邪』は、心底、不思議そうな顔をしながら答える。
当たり前だろう?と言わんばかりの態度だった。
『それに、わざわざお前のクラスのガキを選んだのは、俺からお前へのプレゼントっこった』
谷口先生が、時々、舌をチロチロ出しながら続ける。
その姿は、正に蛇を連想させるものだった。
「わざわざ、どうも…」
『…で?
聞きたい事は聞けたのか?』
急に真顔になって、話しかけてくる。
聞きたい事?
きっと、『猿の手』に対して、聞きたい事が聞けたか、という確認らしい。
「ええ、これが遭遇とカウントされるなら、あとは我魔と遭遇できれば、コンプリートです」
『あん?
…あぁ、七不思議の話か…。
なんだ?
まだ気付いてないのか?』
?
「…何をですか?」
その答えを聞いて、心底、楽しそうな表情に変わる。
その、人をバカにしたような笑顔は、心底不快なものだった。
『はっ!
マジで気付いてないのか?』
「…」
『じゃあ聞くが、この学校に来てから、昔の知り合いに会った事があるか?』
昔の知り合い?
私は、真琴を失ってから、引き篭もりになったせいで、人との関係を絶っていた。
山校長に会い、この学校に赴任が決まってからは、多少立ち直ったものの昔の知り合い、特に真琴との共通の知り合いに会うのは、避けていた。
そういった事もあり、この学校に赴任が決まって、引っ越しもして、まったく新しい環境になったのだ。昔の知り合いに会う事なんて皆無だった。
だが、それがどうしたと言うのだ。邪の意図がまったく読めない。
「いえ。会ってません。
でも、それがどうかしましたか?」
『なるほど、なるほど。
じゃあ、もう一つ質問だ。
この学校に通っている生徒の父兄に会った事はあるか?』
…ない。
…そうだ。
年間行事のスケジュールをもらった時に、軽く違和感を覚えたのだが、この学校には、家庭訪問もなければ、三者面談も、授業参観もないのだ。
私立中学を受験する者がいないという話だったが、本来、そういった進路を相談する場が、必要な学年のはずなのに、そんな場が一切なかったのだ。
『…ないんだろ?
なんでかわかるか?』
なんで?
学校の方針?
昨今では、PTA活動がない学校も珍しくはないはずだ。それと同じように、生徒の親と会わない方針の学校があっても、おかしくないはずだ。
違う。
ごまかすな。
確かに不自然なのだ。
なんで?
頭が混乱する。
ほんの些細な質問なのに、何故か、頭の中で、それ以上聞いてはいけないという警鐘が鳴り響く。
『答えは簡単さ。
…みんな親がいないからさ』
邪が、楽しそうに言う。
みんな?
そんな事あるのか?
それとも親のいない子達ばかり集めた学校だったのか?孤児達を集めているのか?
いや、そんな話聞いてないはずだ。
『…今、親を失くした孤児達を集めた学校と思ったか?』
邪の声が遠くから聞こえてくる気がする。
『…逆さ。
死んでるのは、生徒達の方さ』
何を言っているのか、まったくわからない。
邪が、ゲラゲラ笑いながら、不快な声を出す。
声が、ますます遠のく。
視界が歪む。
『生徒も教師も、みんな、み〜んな死んでるのさ。
この学校は、死者達の学校ってわけだ。
…知らないのは、お前、ただ一人だけって事さ。
まったく、笑えるぜぇ』
思わず、空を見上げる。
透き通るような青い空に、邪の不快な笑い声が吸い込まれていくような気がした。




