ヘビとカエルとナメクジと
篠宮少年が、不安そうにこちらを見ている。
「大丈夫です。心配いりません」
「ふむ。
大丈夫という言葉は、大丈夫じゃない奴もよく使う言葉である」
カエルが、間髪入れずに突っ込んでくる。
「…確かに、私の中には邪がいます。
でも、それはそういう契約なんです。
すべての条件をクリアして試練を受けるには、これが一番効率が良かったんです。
篠宮さんも、変えたい過去があるなら、わかりますよね?」
「ふむ。
邪は、実に誘惑が上手である。
言葉巧みに思考を誘導するのである。
自分は間違えない、しっかりと考えれば正しい結果になる、と信じて疑わない者ほど、思考の誘導を受けると脆いものである。
故に、君の思っているような理想の結果には繋がらないと、助言するのである」
「…契約って、どんな契約なの?
いつ邪と遭遇したの?
本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です。
我魔と遭遇して無事に戻るには、邪の協力が必要だったんです。
現に、邪の能力を使う事で、このカエルと遭遇する事ができたんですから…」
私は、我魔の匂いを辿って、この手洗い場に来た事を思い出す。
舌を出し入れする事で、匂いのする方角を割り出したのだ。
…図らずとも、蛇がチロチロと舌を出す理由を実感できた。嗅覚を強く感じる器官は、口の中の鼻腔とつながっている(…と思われる)部分にあるようで、舌を出し入れする事で、より強く匂いを感じる事ができたのだ。
「ふむ。
試練を餌に憑かれたか?
残念ながら、邪に憑かれた状態では、試練を受ける権利は得られないのである」
「それは、想定内。
邪を取り除くアテはあるので、心配無用です」
「ふむ。
たかが人間に邪を取り除く事が出来るとは思えないのである」
『ごちゃごちゃ、うるせぇ〜!』
自分の喉から、意図せぬ言葉が飛び出した。
『…会いたかったぜぇ、引きこもりのヒキガエル野郎よぉ。
こいつの言っている事は、本当だ。
俺は、てめぇをギッタギタの挽肉にしてやりたい。
こいつは、試練を受けるために、てめぇに会いたい。
お互いの利害が一致したって訳さ。
いわゆる、ウィンウィンって奴さぁ』
自分の喉から、次々と紡がれる言葉。
きっと、邪が喋っているのだろう。
「ふむ。
吾輩、君にギッタギタにされる理由に見当がつかないのである」
『…あるさぁ。
試練を受けたい奴は、さっさと受けさせてやればいいのさぁ。
それを、いつもいつも邪魔しやがってぇ』
「ふむ。
これは奇な事を。
我々だけは、試練を受けた者が失敗したとしても、解放される立場ではないはずである。
閻魔様より受けた命に従い、粛々と、試練を受けるに値するかどうかを見極めるのが使命のはずである。
何故に試練を受けさせたがるのであるか?」
「はっ!
そんなん決まってらぁ。
試練に失敗して、物言わぬ妖に変化する様が見たいからさぁ。
その方が面白いからさぁ」
「ふむ。
誠に悪趣味である」
「待った!
待て待て待て待ってください!
私の口を勝手に使って、自分達だけで会話するのはやめてくれませんか?
今、ちょっと気になる事があったんですが…、解放されないってどういう事ですか?」
なんとか、話に割って入る。
話によっては、試練を失敗した時のリスクが増える事になるからだ。
「ふむ。
人間ごときが我々の会話に入ってくるとは…。
…まぁ、いい。教えてやるのである。
吾輩、邪、大ナメクジの三体は、元々妖なのである。
故に、解放される事がないのである。
他の試練に失敗した奴らと、一緒にされては心外なのである。
我々が、解放されるのは、閻魔様の気が変わった時だけなのである」
それを聞いて、少し安心した。
その答えは、試練を失敗したとしても、いつかは解放されるという事と同義だったからだ。
「…ふむ。
その顔は、試練を失敗したとしても、いつかは解放されると思っている顔なのである。
その思考は、浅はかと言わざるを得ないのである。
解放云々ではなく、妖化自体が地獄の責め苦なのである」
『それ以上、余計な事、言うんじゃねぇよ!
こいつの気が変わって、試練を棄権でもしたら、面白くねぇだろうがぁ!』
邪が、私の口を使って、威嚇をする。
自分の口が、勝手に喋るという現象は、なかなか慣れないものだ。
そんなに妖化ってのは苦痛を感じるものなのだろうか?
…。
「…あの、閻魔様って…。
試練ってのは、閻魔様も絡んでるの?…ですか?」
篠宮少年が、沈黙を破って口を開く。
「ふむ。
試練は、閻魔様による深い慈悲によって、執り行われるものなのである。
自分の過去を変えるなど、そんな理に反する願いを聞き入れるのである。
閻魔様ほどの力がなければ、叶えられるわけがないのである」
「…試練について、知っている事を教えてくれませんか?」
思い切って、聞いてみる。
「ふむ。
試練については、口にできない決まりがあるのである。
それは、『猿の手』も同じなのである。
彼奴に聞いてみたとしても、その答えは返って来ないのである」
…。
試練については、受けてみなければわからないという事か…。
『まぁ、いい。
お喋りはここまでだぜ。
せっかく、引きこもりのヒキガエル野郎に会えたんだ。
とりあえず…、てめぇをブッ飛ばす!
じゃねぇと、今まで散々邪魔されてきた腹の虫が治まらねぇからなぁ!』
そう言うと、勝手に足が動き出す。
我魔に向かって…。
シャー!
喉が勝手に鳴る。
勝手に喋るだけでなく、体まで操れるのか?
…それは想定外だった。
「ふむ。
ここらが潮時なのである。
人間よ。せいぜい足掻くがいいのである」
我魔が、そう言った瞬間、我魔の身体が光り輝き始める。
眩しくて、目を細めていると、世界が白く染まっていった。
…。
…気が付くと、元の北階段の踊り場の鏡に向かって、篠宮少年と立っていた。
鏡には、右下に『記念贈呈』と普通の文字で書かれていた。
怪5完




