鏡の世界
思わず周りを見回す。
いつもの壁にいつもの階段。特に変わったところは見当たらない。ただ、左右対称という一点を除いて…。
篠宮少年を見る。
特にケガがあるわけではないようだが、先程の私と同じように周りを見回している。
「篠宮さん、大丈夫ですか?」
篠宮少年は軽く頷いて、こちらを振り向く。
「なに?ここ…」
「おそらく、鏡の中の世界です」
にわかには信じられないが、鏡の中に引きずり込まれたようだ。
「…これから、どうするの?」
「カエルを探します。
…引きこもりのヒキガエル野郎の奴を引きずり出してやるぜぇ」
篠宮少年が、ギョッとした顔でこちらを見てくる。
「…コホン。
…鏡の中に引きずり込まれた場合は、カエルを鏡の前におびき出して、合わせ鏡の間にカエルが来るようにしてやれば、元の世界に戻れるそうなんです」
そう言って、ポケットから手鏡を取り出して見せる。
「それも『猿の手』の答えなの?」
私は、篠宮少年に頷いてみせる。
猿の手の回答では、合わせ鏡の間に我魔を配置すると、我魔から大量の油が出てきて、その油に飲み込まれることで、元の世界に帰る事ができると書いてあった。
ただし、その難易度は高く、結局、我魔の協力が必須となるとの事だった。
あくまで、『正攻法では』の話だが…。
「ここにいても、何も変わりません。カエルを探しに行きましょう」
そう言って、篠宮少年と共に歩き出す。
歩き出すと、ものすごい違和感を覚える。
普段、見慣れた場所の左右対称の世界というのは、こんなにも不安定な気持ちになるものなのだろうか?
それとも、我魔の能力か何かだろうか?
「ねぇ、なんかすごい気持ちが悪い感じが、するだけど…」
「…多分、左右対称の世界だからでしょう」
本当は、二手に分かれて探しに行きたいところだが、一度別れてしまうと、カエルを見つけた時に一緒に帰れなくなる可能性がある。
効率は悪いが、一緒に行動するのがベストだろう。
「ねぇ、どこに向かってるの?」
「カエルは水場を好みます。まずは、体育館の近くにある手洗い場へ向かいます」
「それも『猿の手』の答えに書いてあったの?」
「いえ、ただの勘です」
誰もいない職員室の前を通り抜け、職員用の玄関に向かい、そのまま外に出る。篠宮少年が、上履きで外に出る事に戸惑いを感じたようだが、大丈夫と声を掛け外に出る。
運動場にも誰もいない。
先程まで、始業式が終わり、下校の生徒達が溢れていた児童玄関の方を見ても、人っ子一人見当たらない。
おそらく、この世界で動いているのは、私達と我魔だけなのだろう。そうならば、動くものを探せば、それが我魔だという事になる。それを篠宮少年に伝え、動くものがあったら、教え合うよう提案する。
そこで、『猿の手』に我魔の大きさを書いてもらうのを忘れていた事に気付く。
アマガエルほどの大きさなら探すのは、かなり骨が折れる。
ある程度の大きさがあるように祈りながら、周りを見回す。
それにしても、違和感がすごい。
記念贈呈された鏡を起点に左右対称。
ただ、それだけの事なのに…、なかなか、集中できない。
これは、攻略法があっても、難易度が高い。
先に『猿の手』と遭遇していなかったら、と思うとゾッとする。
「ねぇ、外にはいないんじゃない?」
篠宮少年が、不安そうに声を掛けてくる。
「大丈夫。校舎の中にはいないはずです」
「なんで?それも勘?」
「…」
篠宮少年を無視して、辺りを見回す。
隠れられそうなところは、どこだろうか?
匂いを辿るために、舌を出し入れしてみる。
…児童玄関の方が匂いが強い気がする。そういえば、児童玄関の近くにも手洗い場があったはずだ。
「…こっちだ。
こっちの方から、ヒキガエル野郎の脂臭え匂いがプンプンするぜぇ」
「…ねぇ、先生。さっきから、なんか変じゃない?」
「黙ってろ、小僧」
篠宮少年を連れて、児童玄関に近付いていく。
ゲコ。
どこからか、カエルの鳴き声が聞こえた気がした。
「ビンゴ!」
そう言って、児童玄関の近くの手洗い場に近付いた時、それを制止する声が響いた。
「ストップ!
それ以上近付くのは、ご遠慮願うのである」
声が響くと同時に、手洗い場の後ろから人影が現れた。
厳密に言うと人ではなかった。なぜなら、それは私と同じくらいの背丈で、人と同じように二足歩行するカエルだったからだ。
「ふむ。
少年の方だけ、こちらち招待したかったのだが…、余計な輩が一緒について来たのである」
そのカエルは、シルクハットを被り、燕尾服を小粋に着こなしていた。
手に持ったステッキのような物をクルクル回しながら、微妙な口調で独り言を呟いていた。
こいつが、我魔?
カエルの顔が、人と同じようなサイズになると、ここまでグロテスクになるのか、と一人で感心していると、さらにカエルが呟く。
「そうまでして、吾輩の領域に侵入してくるとは…。
そこの少年、その男から離れるのである」
そう言って、クルクル回していたステッキの先をこちらに向けて、芝居掛かったポーズを決める。
「その男は、邪に憑かれておるのである」
その言葉を聞き、ゆっくりと振り向くと、不安そうに、こちらを見ている篠宮少年と目が合った。




