第30話【最終日】希望を託す
悟は準決勝の疲労を癒すために、プレハブ棟の会議室で静養していた。
ここまで連れて来てくれた奈緒さんは既に体育館に戻っている。
悟が椅子に座り目を閉じているといつの間にか、少し眠ってしまっていた。
ふと気配を感じて目を開けると冬真さんが会議室に入ってくるところだった。
「準決勝、勝ちましたよ」
冬真さんが静かに言って椅子に座った。
「そうか。良かった」
悟はうなずいて冬真さんを見ながら続けた。
「私はもうしばらくここで休んでおくよ。歩けるようになったら合流するつもりだ」
「はい。無理せずにゆっくり休んでいてください」
冬真さんが元気に力強く言ってくれたので悟は安心した。
「元気になったようで良かった。決勝では皆を導いて欲しい。今の冬真さんなら大丈夫だ」
「……なりたい姿、今の自分の実力、そのギャップを乗り越えるために一歩踏み出す勇気を室さんから貰った気がします」
そういうことか。室さんがサービスで〝あと一押し〟をプレゼントしてくれたようだ。
冬真さんが悟をまっすぐ見た。情熱がありつつも落ち着いていて気力が充実している、良い目をしている。
「皆を導くために全力を尽くします」
「ああ。任せたよ」
……これで〝ビジョンに向かって進むための勇気〟をクリアした。残る条件はあと1つ、〝他者を受け入れる度量〟だ。
冬真さんが立ち上がって会議室から出ようとしたところで悟は声をかけた。
「大切な人を守る覚悟はできたかい?」
冬真さんが振り返って悟を見た。何か言おうとしたが、黙って下を向いた。
「……。出来ない人はそもそも悩んだりしない。冬真さんは実現するための素養、真摯さを備えている。自分を受け入れる事の出来た今の冬真さんなら、きっと出来る」
しばらく2人は沈黙した。
「悟さんが……出来ると言ってくれたので、出来るイメージが持てるようになった気がします。必ずやり遂げてみせます」
冬真さんの決意に満ちた表情に、悟は満足してうなずいた。
冬真さんが会議室を出て行った後、悟は目を閉じた。
伝えるべきことは全て伝えた。後は信じるだけだ。
藤堂、時には大衆に迎合せずに突き進む信念が必要になる場面もあるだろう。
だが……、大勢の人達の協力を得て目的を達成する為には、冬真さんが手に入れつつある力もまた、必要なのだ。
悟さんとプレハブ棟で会話した後、冬真は食堂に向かった。
なぎささんが食堂入口で待ってくれていた。
「おつかれさまー。悟さん、どうだった?」
「うん、つらそうだったけど、安静にしてるからおそらく大丈夫だと思う。回復したら合流するってさ」
「そう、良かった。みんなは先に食べてるから、わたし達も行きましょー」
なぎささんがスタスタと食堂の中へ入っていったので冬真も付いていった。
食堂の中は思ったよりも混んでいた。もう決勝なのでほとんど参加者はいないのだが、残って観客になっている人がそれだけ多いということだ。
おそらく決勝の観客はかなり多くなるだろう。みんな緊張してなきゃいいけど、と冬真は思った。
なぎささんと冬真は食事をカウンターで受け取って、他のみんなが座ってる席の付近まで来た。
なぎささんが先に座り、隣に座るようにうながしたので冬真は彼女の隣に座り、一緒に昼食を食べ始めた。
玲央奈ちゃんがその様子をちらりと見ながら、
「決勝で対戦するパーティーは神崎さん達やで」
と、教えてくれた。
「今まで2回負けてるから今度こそ勝ちたいですね」
奈緒さんが気合を入れている。
「決勝は前半と後半に分かれていて、対戦形式もパーティー同盟同士、パーティー同士、一騎打ちの中から、神崎さん達が選んで決めるみたいよ」
緒方さんが付け加えて言った。
「神崎さん達が選ぶのは、3日目終了時点のパーティー平均スコアが高いからかな?」
冬真が問うと、
「そうです。ただでさえ強敵なのに、対戦形式まで神崎さん達に決められちゃうと苦しくなりそうですね」
と、蒼大君が答えてくれた。
「ちなみに前半と後半はそれぞれ、知力、体力、運の中から任意で、これまた神崎さん達が選んで、運営側がミッションを決定するそうです」
三浦さんが溜め息をつきながら言うと、
「ま……、神崎さん達だから当然、知力は入れてくるやろな」
と玲央奈ちゃんが冷静に答えた。
ちょっと雰囲気が重苦しくなってきた。
冬真は食べる手を止めて話した。
「みんな。俺達は決勝まで残った。運に恵まれた面はあるかもしれないけど、一生懸命考えながら努力を続けて、成長して、大勢いた参加者の中で残るべくして残ったんだと思う」
冬真はみんなを見回して続けた。
「難しく考える必要は無いよ。やることは今までと一緒だ。出来ることを積み重ねて神崎さん達に今度こそ勝とう!」
空気が少し温まった気がする。みんなの目に輝きが戻った。
「ダーリン、かっこいいじゃん。大好き」
隣に座っているなぎささんが目を輝かせて、珍しく素直に褒めてくれた。冬真はちょっと照れくさくなった。
「奥村さんと一緒のパーティーで本当に良かったです。最後の戦い、みんなで勝ちましょう」
三浦さんがしみじみとした感じで言うとみんながうなずいた。
昼食を終え、冬真達は体育館に向かった。体育館のステージで決勝の説明があるからだ。
体育館は決勝への期待で準決勝よりも更に熱気に包まれているように感じた。
13時30分ちょうど、悟さんを除く冬真達9人、そして神崎達4人がステージ上に集まり、用意されていた折りたたみ椅子に座った。
ステージ上には、他にも運営の佐伯さんと正木さんがいて、ステージ袖には藤堂さんが腕組みをして立っていた。
体育館にはざっと見て100人以上の観客が集まっていて熱気に包まれていた。ここにいない人達も涼しい宿泊棟の自室で中継をスマホで見ているのだろう。
「神崎パーティーの皆さん、奥村パーティー同盟の皆さん、決勝進出おめでとうございます。決勝の審判を務めさせていただく正木です」
正木さんが決勝の説明を始めた。
「まず、決勝の対戦形式ですが、神崎パーティー側の意向で一騎打ちとなります。前半、後半を通じて、代表者1名同士で対戦していただきます」
一騎打ち……? どうしてだろう、と冬真が思っていると、神崎が、
「奥村君、私と勝負しよう。どちらが山本さんに相応しい男か決めようじゃないか」
と勝手に話し始め、神崎の隣に座っている佐藤さんが慌てて、神崎さんやめてください、と制止した。
「ほう。面白いドラマが生まれたようだ。楽しみじゃないか」
ステージ袖にいたはずの藤堂さんがわざわざステージ中央付近まで来ていた。佐伯さんが額に手を当てて、あちゃーっとなっている。
体育館がざわつき始めた中で不意に、
「ちょっと! 勝手にわたしを賞品にしないでちょーだい!」
と、冬真の隣に座っていたなぎささんが抗議すると、今度は体育館の中がおぉっと沸いた。
神崎がちょっとしょんぼりしているが、奈緒さんと玲央奈ちゃんはケタケタ笑っている。
「えー……。説明を続けてもよろしいでしょうか?」
正木さんがなんとか立て直そうとしていた。可哀想に……。冬真は同情した。
「続けます。神崎パーティー側は決勝前半に体力ミッションを選択しました。ステージ上のプロジェクターにも表示していますが、みなさんのスマホでも確認可能です」
<決勝前半【体力】>
・1500m走。
・代表者1名を走者として選出する。
代表者1名は決勝後半も続けて代表となるため、慎重に決めること。
・先に奥村パーティー側が走り、タイム確定後に神崎パーティー側が走る。
<勝利条件:1500mを相手よりも早いタイムで走る>
・なお、勝利した側は決勝後半の対戦で常に先手側となる。
玲央奈ちゃんが手を上げたので正木さんが発言をうながした。
「決勝後半のミッション内容は何ですか? 〝先手側〟がどう有利になるのかをご教示いただきたいです」
「決勝後半は神崎パーティー側の意向で知力ミッションとなります。知力ミッションの内容は決勝前半が終わってから公開予定です。先手側が有利になる意味もその時に分かります」
玲央奈ちゃんがうなずいた。
「他に質問はありませんか?」
正木さんが確認したが、質問は無いようだった。
「では、決勝前半は15時にグラウンドにて開始します。皆様、遅れないように集合お願いします」
と正木さんが言って一旦解散となった。
冬真達は早速、プレハブ棟の会議室に集まって作戦会議を始めることにした。
悟さんが休んでいる会議室とは別室にみんなで集まった。
「代表者1名か。誰にするかだけど……」
冬真は念の為、室さんを見たが、室さんは首を横に振った。
準決勝で役目は終わった、ということだなと冬真は何となく理解した。
室さんが出ない前提なら、神崎のご指名通りにするのもいいかな、と冬真は思った。
うまく言語化出来ないけど、今、冬真は充実した気分になっている。それでいて興奮しすぎて落ち着かないわけでもない。間違いなくベストコンディションだと自分でも分かる。
感覚的に、今の冬真なら神崎に食らいついていけるかもしれない、と思う。
「私は冬真さんがいいと思います」
奈緒さんが手を上げて言った。そして冬真を見てうなずいた。おそらく波動を見ても調子が良いということだろう。
「自分も奥村さんに一票です。感覚の鋭い青木さんが推薦するのなら調子が良いのだと思いますし、それに今の奥村さんは午前中とは明らかに雰囲気が違います」
緒方さんも同意して、雰囲気的に決まりそうになったところで玲央奈ちゃんが待ったをかけた。
「ところで、冬真さんって1500m走のタイムってどのぐらいなん?」
「そうだな……多分、10年近く1500mも走ってないから、タイムは分からないけど、運動習慣が無くて体が大分なまってるからだいぶ遅いと思う」
冬真は正直に答えた。
「神崎さんも体がなまってるのではないでしょうか?」
三浦さんが疑問を呈したが、
「神崎さんは日頃から定期的にジムに通ったりジョギングしてるって言ってたよー」
となぎささんが教えてくれた。
確かに神崎の体型はシュッとしていてだらしない印象が無い。おそらく本当に運動習慣があるのだろうと冬真は考えた。
「俺が代表の場合、決勝前半は捨てることになるかもな。もちろんベストは尽くすけど」
冬真は冷静に言った。
「ちなみに、ウチが代表になってもええけど、特に決勝後半は、今の時点だと神崎さんに勝たれへんと思う」
知力+の玲央奈ちゃんが勝てないと言うのなら、他の誰が出ても勝てないだろうとみんな思ったのか、少し空気が重くなった。
蒼大君がはっと思いついたように言った。
「今の時点ってことは将来的には勝てるってこと?」
「うん。神崎さんは多分、お母さんレベルぐらいの人やから、遺伝子を継ぐウチなら将来は対抗できるようになるはずや」
玲央奈ちゃんが当然のように言うので、
「やっぱり才能のある人は凄いなぁ」
と蒼大君は感心した。
「……玲央奈ちゃんの1500m走のタイムってどのぐらい?」
一応冬真は聞いてみた。
「そうやな。スニーカーやし多分6分台で走れるで。調子良ければ6分台前半ぐらいやな」
え……女子高生にしてはすごく早いのでは? と冬真は驚いた。
「前半でもしも玲央奈ちゃんが神崎さんに勝てれば、そのアドバンテージで後半の勝ち目があるッスか?」
「うーん……。それなら勝ち目が出てくるかもしれへん。でもな、高校生男子なら5分台で走れる人、結構おるで。さすがに社会人の神崎さんがそこまで早いとは思えへんけど、ウチが先に走るわけやろ? 神崎さんがもしも6分台ぐらいで走れるとしたら、きっと、気合でウチのタイムを抜いてくるで。そういう白石さんはどうなん?」
「オイラは多分、あんまり最近は運動してないから6分台ぐらいだと思うッス。申し訳ないッス」
「蒼大さんのタイムはどうなん?」
「僕は5分台で走れると思うよ。スニーカーじゃないけど、普通に走る分には問題無いシューズだし」
蒼大君が自信を持って答えた。
冬真は少し考え込んだ。
冬真が出るとしたら決勝前半を捨てて、知力で神崎との後半勝負に懸けることになる。
それでも良い勝負ができるイメージはある。……が、良い勝負ではダメなのだ。勝たなくては。
冬真は決意した。
「決めたよ」
一斉にみんなが冬真を見た。
「代表者は蒼大君にしたい。神崎さんに前半勝てる可能性があるのはおそらく蒼大君だけだ。そして、後半だけど玲央奈ちゃんでも無理なら、勝てる人はいない。前半で勝って、後半を有利な状況で迎える事で勝ち目を作ろう」
蒼大君が驚いた。
「いえいえ! 僕じゃ無理です! 決勝の観客って結構、多そうだし、責任重大だし、プレッシャーもかなり大きいです。こんな大事な役目、僕だと務まらないです。ごめんなさい」
そう言うと蒼大君は俯いてしまった。
「もしも俺が代表として神崎さんと対戦するとしたら、うぬぼれかもしれないけど多分、良い勝負は出来るんじゃないかって思うんだ。でも俺の責務はみんなで勝つ事だ。勝つ事を諦めないなら蒼大君以外の選択肢は無いよ」
冬真が熱意を込めて言うと、蒼大君が顔を上げた。2人の目が合った。
「全てを蒼大君に押し付けるわけじゃない。決勝後半の内容がまだ明らかになってないから、無責任な事は言えないけど、みんなで協力できる事があるかもしれない」
冬真が言うと蒼大君は唇を噛み締めた。迷っているようだ。
「1人で戦うわけじゃないですよ。みんなで戦うんです」
三浦さんが諭すように言った。
会議室に沈黙が訪れた。今回ばかりは女性陣も蒼大君をノセてやらせようとはしないようだ。ここは本人に決起してもらうしかない。
「……もし、負けた場合、皆さんが僕に責任を押し付けてくるような事は無いってことは分かっています。でも、僕は神崎さんみたいなすごい人に対抗できるような人間じゃないです。それでも信じてくれるんですか?」
蒼大君が勇気を出してくれたようだ。
「信じてるよ。蒼大君ならみんなの期待を背負って神崎さんに対抗できるって」
奈緒さんが静かに言った。
「頼りないかもしれないけど、できるところまでやってみます」
蒼大君が言うと、拍手が沸き起こった。
冬真はうなずいた。
「では、我々の代表は蒼大君とします」
会議室が高揚した雰囲気に包まれた。
15時。冬真達はグラウンドに集合した。今日も外は暑い。
数十人の観客達がミネラルウォーターを手に持って集まってきていて、熱戦の予感に期待が高まっていた。
蒼大君と神崎が準備運動をしている。
審判の正木さんが代表者2人をスタート地点に招集した。
「ただ今より、決勝前半を行います。神崎パーティー側の代表は神崎啓介さん、奥村パーティー側の代表は山本蒼大さんです」
正木さんがマイクでアナウンスすると観客から歓声が湧いた。
冬真は奈緒さんに聞いてみた。
「蒼大君の調子はどう?」
「緊張はしていますが、適度なレベルだと思います。思ったよりも落ち着いていてコンディションが良さそうです。ただ、神崎さんの調子も良さそうですけど」
「そうか、ありがとう」
蒼大君がスタート位置についた。
審判の正木さんがスタートコールをする。
「位置について」
パンッ!
スターターピストルが鳴ると同時に蒼大君が走り始めた。
足取りが軽快に見える。確かに調子が良さそうだ。
トラックは1周200mなので7週半でゴールだ。
3周目ぐらいまで蒼大君はややゆったりと走っているように見えた。
そして4周目からぐんとペースを上げて6周目に入ってからスパートをかけた。
かなり早い。冬真は手元のスマホのストップウォッチ表示を見た。確かに5分台でゴールできそうだ。
そして蒼大君がゴールした。
「ただ今のタイム、5分22秒です」
正木さんの報告に観客から歓声が上がった。
神崎は無表情だ。
冬真は再び奈緒さんに聞いてみた。
「神崎さんの様子はどう?」
「動揺しています。厳しいのだと思います」
よし! 勝てるかもしれない。
続いて神崎がスタート位置についた。
審判の正木さんがスタートコールをする。
「位置について」
パンッ!
スターターピストルが鳴ると同時に神崎が悠然と走り始めた。
しっかりとした足取りで走っている。ジョギングの習慣は伊達ではなさそうだ。
正直、体がなまりきっている冬真では全く勝ち目が無い。
神崎は時々スマホを見ながら走っている。おそらくタイムを確認しているのだろう。
蒼大君と異なり、最初から少し早めに走っているように見える。
そして最後の1周ぐらいで神崎がラストスパートをかけた。
そしてゴールした。冬真は手元のストップウォッチを見て安心した。
「ただ今のタイム、6分15秒です」
正木さんの報告にまたもや観客から歓声が上がった。
危ないところだった。玲央奈ちゃんだと負けていたかもしれない。
30代の社会人でこのタイムとは……。流石は文武両道の神崎である。
とはいえ、冬真達は目論見通り決勝前半を勝利し、決勝後半のアドバンテージを得た。
希望を繋げることができた。冬真はみんなと喜びを分かち合った。




