第26話【4日目】大切な人を守る
奈緒子は準々決勝後、宿泊棟の自室のベッドで目を閉じて横になって休んでいたが、いつの間にか眠ってしまっていた。
スマホの通知音で目が覚めた。なぎささんからチャットが来ていて、夕食のお誘いだった。
なぎささんがチャットで奈緒子の体調を心配していたが、少し寝たのが良かったのか、すっかり回復している。
奈緒子はチャットで大丈夫です、と返して食堂に向かった。
宿泊棟を出ると、すっかり日が暮れていて、涼しい風が奈緒子の周囲を駆け抜けていった。
奈緒子は体の中心から湧き上がってくる充実感を味わいながら、ゆっくり歩いた。
食堂に到着すると、なぎささん、蒼大君、玲央奈ちゃんが座って待っていた。
奈緒子も着席すると蒼大君が心配そうに話しかけてきた。
「奈緒さん、体調は回復したんですか? さっきは大分、つらそうでしたけど」
「うん。すっかり元気になったよ。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから。蒼大君は疲れてない?」
「いや、僕も白石君も全然大丈夫ですよ。あんなに早く勝負が決まるとは思ってなかったので逆に拍子抜けでした」
「それなら良かった」
奈緒子が蒼大君に微笑みかけると彼から幸せの波動が出た。可愛い。
なぎささんがスマホを見てみんなに伝えた。
「ダーリンから今、連絡があって用事が終わったからこっちに来るってさ。悟さんも一緒だよー」
「じゃあ、2人が到着したら、夕食にしますか」
蒼大君が言ってみんながうなずいた。
奈緒子はなぎささんを見た。
「なぎささん、私、今日必死に頑張りました。明日、もしも準決勝で負けても夜の打ち上げは一緒に参加しましょうね」
「え? 当然やろ。まさか、帰るつもりやったん?」
「うん、明日は帰らないわよ。奈緒さんには敵わないなー」
なぎささんが苦笑して言った。
「なぎささん、お忙しいんですか?」
蒼大君が心配そうになぎささんを見つめた。
「ううん。全然大丈夫だから。それに帰ると奈緒さんが怖いしねー」
となぎささんが言うとみんなで笑った。
楽しいな、ずっとこうしてみんなで過ごせるといいのにな……、と奈緒子は願った。
しばらくみんなで雑談した。
玲央奈ちゃんがテーブルの上にペンギンのぬいぐるみを乗せている。
奈緒子が、
「可愛いペンギンさんだね。いつも一緒にいるの?」
と聞いたところで、冬真さんと悟さんが来て、着席した。冬真さんの考え事をしている表情が少し気になった。
「うん。明日、いよいよ準決勝で緊張してきたから一緒にいるんや。ペル君って名前やで」
「そうなんだ、ペル君がいて心強いね」
奈緒子は微笑ましい気持ちになった。
「僕もお気に入りのポケモンのぬいぐるみ、持ってきてます。落ち着くので」
体の大きい蒼大君が意外な事を言う。ギャップを感じてしまい、奈緒子は蒼大君が可愛くてたまらない気持ちになった。
「わたしも、今回は連れてきてないけど大事にしてる猫のぬいぐるみが家でお留守番してるよー。昔、飼ってた猫の名前……、鳴き声由来なんだけど、名前をつけて可愛がってるよー」
となぎささんが言うので奈緒子も、
「私も家のぬいぐるみ達に名前付けてみようかな」
と言って何気なく冬真さんを見た。
??? 冬真さんの波動がこれまでにないほど動揺している。おそらく2日目の褒賞発表直後よりも更に揺らいでいる。何事だろうか?
しかし、冬真さんの表情には変化が無い。……、というか、食堂に来た時よりも、更に深く考え事をしているように見える。
「全員揃ったし、夕食にしましょうよ」
蒼大君が言って、席を立って食事を取りに行ったので他のみんなも続いた。
全員食事が終わった後、宿泊棟に戻りましょう、ということになったけど、冬真さんが座ったまま考え事をしている。さっきから話を振られてもずっと上の空だ。
「ダーリン、宿泊棟に戻らないの?」
なぎささんが心配そうに言う。
「ああ。ちょっと疲れてて。お茶をあと1杯飲んで落ち着いてから帰るよ。みんなは先に帰っておいて」
冬真さんが優しくなぎささんに微笑んで言った。
冬真さんを残してみんなが歩き始めた。
なぎささんが奈緒子にさっと寄ってきた。そして小声で、
「共感覚はもう使える?」
と聞いてきた。
「はい、全然大丈夫です。任せてください」
「うん。ダーリンのことよろしくねー」
小声でやりとりした後、なぎささんはスタスタと歩き去った。
奈緒子はしばらく、立ったまま冬真さんを見守った。冬真さんは奈緒子が残っていることに気付いていないようだ。
奈緒子は歩いて冬真さんのすぐ横に立った。そしてじっと見つめた。
この波動はまさか……。
おそらく冬真さんはナオの事に気付いたようだ。
冬真さんがはっとして顔を上げた。
「私、冬真さんの力になれることありますか?」
「……。奈緒さんには隠せないな」
と冬真さんは苦笑しながら続けた。
「でも……。これはどうしても自分自身で乗り越えないといけない事だって感じるんだ。みんなに迷惑はかけないように責任はしっかりと果たすから心配しないで欲しい」
冬真さんが引き締まったかっこいい顔で奈緒子に言うので、うなずくしかなかった。
「うん。冬真さんの事、信じてます」
奈緒子は冬真さんを残して食堂から出た。
食堂でしばらく1人で考え事をした冬真は、お茶が無くなったタイミングで宿泊棟に向かってゆっくり歩いた。
空には満月が昇り、辺りを優しく照らしていた。
自室に辿り着くと、ベッドに横になった。
無性に悟さんと話したくなって、チャットを送ってみた。
すぐに悟さんから通話のコールが来たので、ベッドから飛び起きて冬真は応答した。
「お疲れ様です。急にすいません」
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
悟さんが心配そうな声で言った。
「いえ……。実は大した用事じゃなくて。なんだか悟さんと話したくなってしまって。それだけなんです。お疲れのところ、申し訳ないです」
「そうか。全然構わないよ」
2人はしばらく無言になった。
冬真は唐突に聞いた。
「大切な人を守るには、どうすればいいですか?」
冬真は悟さんがはっと息を飲んだ気がした。
「……大切にしたい相手がいるなら。思想・価値観を丸ごと受け入れる覚悟が必要だ」
「ありがとうございます。悟さんに聞いてみて良かったです」
「そうか、それなら良かった」
「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
冬真は通話を切った。
そうか、2日目のパーティーが崩壊した夜、なぎささんは冬真を守ってくれたのだ……。
冬真もなぎささんと同じことができるだろうか? 4ヶ月前。縋ってきた彼女を、自分のことばかり考えて受け入れられなかった自分に。
こんな自分がビジョンに向けてみんなを導くことができるのだろうか。
冬真の悩みはどんどん深くなっていった。




