第25話【4日目】議論を挑む
冬真は手を上げて発言した。
「仮に婚姻率が思惑通りに上昇したとしても、出生率の向上にそのまま結びつかない可能性があると思います。子育てに多くの費用がかかるのにもかかわらず収入が思うように上がらないですし、老後の不安もあります。子供を産んで増やすには厳しい状況なのでこちらも対策が必要では?」
「うん、まさに奥村君の言う通りだ。実は奥村君の言うところの対策がトリニティミッションのもう1つの目的にも関わってくるのだが……」
「国民の収入を増やしたり、政府からの子供の学費支援の拡充ですか?」
冬真が聞いてみたが、藤堂さんは首を横に振った。
「確かにその2つもやるべきだ。しかし、それよりも、もっとドラスティックに解決する方法を進めようと考えている。次回以降のトリニティミッションで実験するつもりだ」
「ほう。ただ、藤堂の考えることだ。先程の話からすると、これも賛否が出そうな内容になりそうだな。まぁ聞いてみようじゃないか」
悟さんは目を閉じて先をうながした。
藤堂さんはうなずいた。
「そうだな。方向性としては子育てにかかる費用を大幅に削減する、ということだ。具体的には高校卒業以降の大学進学は〝勉強したい者〟だけに絞るということだ。子供の学費問題とは、即ち大学にかかる費用のことだからね。高校までは無償化で対応すればいいだろう。大学以外の高専や専門学校等は従来通りで良いと考えている」
「え? どういうことですか? 大学への進学者を少なくする? 政府がそんなことを決めるんですか?」
冬真は驚いて聞いた。
「いや、政府は決めないよ。ただ、自然の成り行きでそうなるように仕向けるということだ。ところで、奥村君、君は何のために大学に進学したのかね? 勉強するためかね?」
「……。いえ、大学での勉強に興味があったわけではなく、就職を見据えて大学に進学しました」
「うん、奥村君以外の大学進学者も大半が就職を目的としているだろう。おそらく〝大学で高度な勉強がしたいという目的のみ〟で進学する者は少数派だろう」
「まさか……、企業の募集要項から大卒要件を無くす方向に持っていくということですか?」
「ははは。奥村君、なかなか冴えてるじゃないか。その通りだ。そもそも企業が求めているのは勉強ができる人材かね? 奥村君は就職試験で学業にどれだけ熱心に取り組んだかをガクチカ(学生時代に力を入れて取り組んだこと)としてアピールしたかね? したとしても卒業研究の内容ぐらいではないかな」
「……。確かに藤堂さんのおっしゃる通り、企業が求めているのはインプットである勉強では……いや、それ自体ができることは当然の前提条件として、なおかつアウトプット……企業に利益をもたらすことができる人材を求めていますね」
「そうだ。それが原則だ。つまり、企業にとっては事業貢献に直結する一部の学問を除いて、大学で勉強をしてもらうことがMustというわけではない。講義をサボりつつ要領良く単位を取得していた学生がいたとしても、その人材を〝優秀〟だと判断すれば内定を出しているのが現実だ。そしてその逆も然りだ」
「確かにそういう現実はあると思います。でも、受験を勝ち抜いて大学に入学したという実績を目当てに、企業側もそれを目安に学歴フィルター等を駆使して選考しているわけですよね? 企業にとってはやはり大学が必要なのでは?」
「選考方法が別に存在すれば問題無いだろう? 企業、そして官公庁も従来の選考方法よりも、低コストで精度の高い選考方法を求めている。そして、トリニティミッションではそれを実現できると思わないかね?」
悟さんが口を開いた。
「なるほど。次回以降、テレビ局かネット配信事業者と共同運営すると言っていたのはそちらの理由もあるわけだ。参加者達のミッション取り組み状況をカメラ等で観測し、アウトプットを出すためのプロセスを含めて評価するためのデータ収集をするわけか」
「その通り。参加者毎にAIで判定しスコアを付ける。データを蓄積していけば、参加者本人すら気付いていない特性も含めて能力を客観的に見定め、適材適所に人材を供給するための仕組みが提供できるようになるだろう。大学入学共通テストのような位置付けになる想定だ。嘘で塗り固めたガクチカなど不要になる」
「そのルートで優良企業に就職できるスキームが確立すれば、就職目的での大学進学者が激減しそうだな。大学への経営インパクトも大きいだろう」
悟さんが心配そうに言った。
「学業を含めた人材育成、そして我が国の研究活動にしっかりと寄与できる大学は当然、国が支援する前提だよ。だが、そうでない大学は必死に生き残る道を考えないと自然に淘汰されるだろう」
一見、藤堂さんの考えは非情ではあるものの合理的に見える……。ただ、冬真にはどうしても納得がいかなかった。
「大学生活は学業だけでは無いと思います。学業に熱心で無い学生だったとしても、このモラトリアム期間で趣味やサークル活動に打ち込んだり、バイトや学外活動等を通じて社会へ出るための準備をしている側面があります」
「確かにそうだが、それは学費という多大なコストがかかる大学でないとダメなのかね? 他にそれに代わるシステムを用意すればいいのでは無いかね? 例えばサークル活動は、大学毎に存在するよりも、一つの場所に機材や活動場所を集約するほうが低コストだ。アスリートが在籍するような一部の例外を除けば実現可能だとは思わないかね?」
「しかし……、他にも負の副作用や背反は発生すると思います。大学に勤めている人達や大学周辺の経済にも悪影響がでるのでは? 何かを犠牲にしてまでやることなのでしょうか?」
「少子化要因の1つとして、大学進学の費用高騰があると先程から言っているつもりだ。未来に生まれるはずの子供を犠牲にして、現存する全ての大学を維持することを優先すべきではない、と言っている」
「国民の収入を増やしたり、子供の大学進学への政府からの学費支援の拡充、奨学金の増強など、他にもやれることはありますよね?」
「……もう、我が国にはそんな余力は無いよ。全てを手当するためのリソースは無い。苦しくても、より重要なところ、より優先すべきところにリソースを集中して改革するしか無いんだ」
「藤堂さんのおっしゃることは理解しました。でも、もっと良い方法があるかもしれない。国民で議論を尽くしたとは思えない。藤堂さんは国民を信じていないのではないですか?」
悟さんがうなずいて言った。
「どの道、国民のコンセンサス無しで進めることはできないだろう」
「だから、世間には不自然の無いよう、既成事実を作りながら進めていく。いつの間にかそうなっていた、という形が理想だ。そのために慎重に進めている。君達2人には話しすぎてしまったな。ここでの話は他言無用で頼むよ」
「……このまま、進める以外に方法が無いと思っているんですか?」
「もちろんこれがベストだとは考えていない。ただ……、私や水無瀬を含めた団塊ジュニア世代もあと20年程で後期高齢者になる。もはや時間が残されていない。重要な地位にいても責任は取りたくないという人間が多すぎる我が国で、真っ当に議論していては20年経っても今と何も変わらないだろう。現にバブル崩壊後、我が国は数十年停滞したままだ」
悟さんが目を開いて藤堂さんを見た。
「これ以上の議論はお互い平行線だしここまでにしておこう。ところで、藤堂は我々に用事があったのだろう? それを聞こうじゃないか」
「そうだ。明日の準決勝は3戦勝負となる。そこで、2戦目は私と水無瀬で対戦したいと思っていてね。そこでリーダーの奥村君も呼んだというわけだ。お願いできるかな?」
「それを受けて、こちらに利があるとでも?」
「いや、利は無いだろう。だから〝お願い〟ということになる。どちらにせよ、明日の準決勝で奥村君達には敗退してもらうからね。だから利の有無には関係しないから、お願いしたい」
冬真は藤堂さんをまっすぐ見て対峙した。
「それはどういうことですか? やってみないと分からないですよね。そう簡単に負けるつもりはないですよ」
「ふふ。なかなか勇ましいね。立派なリーダーで好感が持てる。ところで、先日発表した褒賞は確認してくれただろう? 賞金はいいとして、問題は賞金以外の褒賞だ。おそらく我々世代よりもお金にあまり価値を感じないであろう、君のような若者達に必死になってもらうために考えた褒賞ではあるが、受けるに相応しいパーティー同盟に優勝してもらう必要があると考えていてね」
「我々は相応しくないということですか?」
「客観的に見てそう判断した。奥村君達のパーティーは高ステータス者が少ないだろう? バトルロイヤルで最大戦力の水無瀬をつぶしておけば奥村君達の実力の程が分かると思ったんだが、逆に我々が撃退されてしまったのは計算外だった。ただ、水無瀬は準々決勝には参加していなかったからね。だから準々決勝で見定めようと考えた」
なるほど。藤堂さんはテストプレイがてら、褒賞を受けるに値しないパーティー同盟をイレギュラーとしてつぶす役割があるわけか。
しかし、こちらも仲間達と知恵を絞って必死にミッションに挑んできたのだ。冬真は少し意地になって虚勢を張ってみた。
「準々決勝は圧勝しましたが?」
「いや、ヒット時の桁確定の精度が異常だった。何か仕組んでいたのか、あるいは単純に豪運だったのか……。あれでは判断出来ない。だから準決勝で見定める、ということだ」
「見定めると言いつつも、先程の口ぶりだと我々が勝利することを想定していないようですね」
「そうだ。水無瀬のお嬢さんは優秀でポテンシャルはあるが、まだまだ我々のパーティーの戦力には及ばないだろう。室君が出るとなれば話が変わってくるが、彼は我々の諜報担当からの情報ではあまり表に立たない意向のようだからね」
「室さんは温存してるだけですよ。準決勝では出るかもしれませんよ」
「いや、負けたら終わりの準々決勝で出なかったんだ。準決勝でも出ることは無いだろう」
冬真よりも藤堂さんのほうがやはり上手だ。見透かされている。
「では……準決勝でもしも室さんが出たら、負けを覚悟してください」
何の根拠も無いけど言うだけ言ってみた。
悟さんが割って入ってきた。
「君の目の前にいる冬真さんはステータスでは測れない、周囲からの信頼を大きな力にまとめることができるポテンシャルを秘めている。私はいつか冬真さんならそれを実現してくれると信じている。藤堂、お前が成し遂げようとするプランはやはり独りよがりなもので、このまま進めても実現はできないだろう。冬真さんのような力を持つ若者達こそがこの国を救う原動力になるはずだ」
藤堂さんが穏やかな顔で微笑した。
「ふふ。そうか、彼が君の後継者というわけか」
「後継者などではないよ。私など到底敵わないような立派な人間だ」
「分かったよ。ただ、我々は社会人だ。議論で分かり合えないなら、後は実績で証明するのみだ」
藤堂さんが冬真を見た。冬真はうなずいて答えた。
「……。2戦目の対戦の件は持ち帰って検討しておきますよ」
「うん、是非、前向きに検討していただきたいね。よろしく頼むよ」
悟さんと冬真は会議室を出て、夕食のために食堂へ向かった。
日が落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。




