第2話【1日目】彼を探す
話はトリニティミッション開始から3か月ほど前に遡る……。
◇◆◇
1月下旬。関東のとある地方銀行にて。
繁忙期でせわしない雰囲気の中で、青木奈緒子、銀行員24歳は窓口業務に忙殺されていた。
そんな中で、不意に上司に呼ばれ、支店長室へ行くように、と指示された。
奈緒子の代わりに先輩が窓口業務に入ってくれた。
このくそ忙しいときに……。
奈緒子は先輩に申し訳ないなと思いつつ2階の支店長室へ向かった。
それにしても支店長が入行2年目の下っ端の私に用事って何なのだろう?
私、やらかしちゃいました? というどこかの異世界ラノベフレーズが頭に思い浮かんだが身に覚えはない。
……などと考えていたら支店長室の前まで着いてしまった。
いったん深呼吸して落ち着いてから扉をノックすると、
「どうぞ」
と中から声がしたので失礼します、と言って支店長室へ入った。
部屋の中は支店長の井上さん1人だけだった。
窓からは穏やかな光が差し込み、静かで落ち着いた雰囲気だ。
実直を絵にかいたような人柄の井上さんをじっと見つめてみる。
ネガティブな波動は出ていないから、どうやら奈緒子がやらかしたわけではなさそうだ。
奈緒子には生まれつき共感覚の1種を持っており、じっと見つめた人の出している波動を視覚として捉えることができる。
応接用のソファに座るようにうながされ、奈緒子は失礼します、と言って座った。
井上さんはテーブルを挟んだ奈緒子の対面側のソファに座った。
「実は青木さんにゴールデンウィーク中に参加してもらいたいイベントがあってね。既にゴールデンウィークの予定が入っているかどうか教えてほしい」
「いえ、特に予定は入ってないです」
しまった、答えた後で後悔した。
具体的な計画はまだだけど、ゴールデンウィークは友人を誘って旅行に行きたいと思っていたので、そう言えば良かった。
「では、これは業務命令になるのでそのつもりでイベントに参加してほしい。しっかりと代休が取得できるように手配しておくから安心しなさい」
代休もらえるんなら、閑散期にお安く一人旅もありかな、と奈緒子は頭の中で思い直した。
「承知しました。ところでどのようなイベントなのでしょうか?」
「うん、詳細は後日、青木さんの自宅に運営事務局から郵便が届くそうなのでそちらを確認してほしい。この場では概要を説明しておくよ」
と言って井上さんは説明用のA4用紙1枚を奈緒子の方に向けてテーブルの上に置いた。
冒頭に〝トリニティミッション開催に伴うご協力のお願い〟と記載してある。
「この度の新政権誕生の際に、新たに発足した成長改革省のことは知っているね?」
政治のことには興味無いので知らないけど、
「はい」
と奈緒子は答えておいた。
「成長改革省が主催するイベント……トリニティミッションと言うらしいが、幅広い年代の人材を一堂に集めて行う実験的なプロジェクトとのことだ」
井上さんは紙に書いてあることをそのまま読み上げて奈緒子に説明するつもりのようだ。
奈緒子は心の中で耳をちょっとふさいで聞き流す構えに入った。
井上さんが続けて説明する。
「様々な業界の社会人・学生達がコミュニケーションし、多種多様な人間関係が生まれ、企業間・産学連携を促進することで国家発展に向けてのイノベーションを起こす為のシーズ作りをしたいとのことだ」
ふーん……よく分からん、というのが奈緒子の正直な感想だが、もっとよく分からないことがある。
「イベントの概要については承知しました。でも、なぜ私が選ばれたのでしょうか?」
政府が主催するお堅そうなイベントなら奈緒子のような下っ端ではなく、もっと適任者がいるように思う。
「AIで無作為に選出して青木さんを指定してきたらしい。念のため、事前にイベント参加に問題が無い人材かどうかを、各企業の責任者が判断することになっているんだ。私は青木さんが期待に応えられる人材だと判断しているよ」
井上さんに期待されてるなら、がんばってみるか。
「承知しました。ご期待に沿えるよう精いっぱい努めます」
と奈緒子は答え、支店長室から出た。
数日後、奈緒子が銀行業務を終えて自宅に帰り、
「ただいまー」
と言うと
「おかえりー! ご飯、もうできてるってさー」
とリビングのほうから弟の声だけが出迎えてくれた。
「わかったー! 着替えてから行くー」
と言って自分の部屋に向かう。
部屋に入って明かりを付けると、落ち着いた色味で統一感があり、主の性格を表すような整理整頓された部屋が映し出された。
机の上を何気なく見ると、簡易書留で届いた大きい封筒が置いてあった。
どうやら先日、井上さんから参加を依頼されたトリニティミッションについての案内資料のようだった。
なんとなく気になって封筒をハサミで切って開封してみた。
中には数枚の紙とストラップ付きの参加証が入っていた。
まずは紙の方をざっと確認してみる。
3月頃に県内の公共施設で体力テストとペーパーテストが実施されるようだ。
下の方にQRコードが印刷してある。続きはWebからというやつか。
続いて、〝青木奈緒子〟と書かれた参加証を見ていて、あれ? と気になった。
ノートPCで奈緒子が普段遊んでいるゲームアプリを起動し、気になったことを確認した。
偶然じゃないとしたらもしかして……、このイベントに〝彼〟も参加するのかもしれない。
奈緒子が着替えるのを忘れて考え込んでいると、
「奈緒姉、まだー!?」
と声がしたので、
「ごめん、今行くー!」
と言って慌てて奈緒子は着替え始めた。
そして3か月後、ついにトリニティミッションの初日がやってきた。
◇◆◇
朝9時に第1チェックポイントのミッションが発表された。
1~1000の足し算だったら電卓アプリで一人でも十分間に合いそうね。
業務で使い慣れた電卓ではないが、銀行員の奈緒子には問題無いだろう。
クリアの目途が立ったところで〝彼〟を探さなければと思った。
スマホの地図アプリで〝彼〟のGPS表示を見ながら他の人とぶつからないように注意して歩いていると、不意に前方から声をかけられた。
「あの、ちょっといいですか」
奈緒子は視線を感じたので顔を上げた。
すると身長150cmちょっとぐらいの奈緒子と比較して、15cm程度は背が高いポニーテールの美少女が正面に立っていた。高校生ぐらいかな。
彼女の少し後ろに30後半~40歳前後ぐらいのフチなしメガネをかけている男性が立っている。
2人組のようだ。
周囲にはこのイベントに参加している大勢の人達がいるが、明らかに彼女は奈緒子を見ているので、声をかけられたのは自分で間違いなさそうだ。
「はい、何か御用でしょうか?」
と奈緒子が尋ねてみる。
「私は水無瀬玲央奈と申します。一緒に私たちとパーティーを組みませんか」
どうして私?
それよりも早く〝彼〟を探さなければ。
「申し訳ありませんが、急いでいるので……」
と奈緒子が言って立ち去ろうとしたところで、
「〝彼〟を探してるんでしょ?」
と彼女に言われてドキリとした。
彼女は続けて、
「参加者検索アプリで調べたら〝彼〟は既にパーティーを組んでいるようです。でも第1チェックポイントをクリアしたら、たぶんパーティーを一旦解散すると思うので、そのときに〝彼〟を捕まえた方がいいと思います。体育館を出たところで待ってたほうがGPSの精度も上がるし、そのほうが合流できる可能性が高いと思います」
と説明した。
奈緒子は彼女とそばに立つ男性をじっと見つめた。
2人とも初対面のはずだが、親しみのある波動が出ている。
この人達はもしかして……。
「承知しました。パーティーを組みましょう」
と奈緒子は承諾した。
彼女が奈緒子の参加証をスマホで読み取りパーティーを組んだ。
奈緒子はスマホで残り時間を確認した。
まだ1人でも十分間に合いそうだけど、せっかくだし3人で分担したほうがいいよね。
「じゃあ早速ですが水無瀬さん。分担して電卓アプリで計算しましょうか?」
と奈緒子から提案した。奈緒子が多めに分担を引き受けるつもりだ。
彼女は、
「ううん、それは必要ないで。回答はもう分かってるし」
と言って、手帳を開き、さらさらっと回答を書いて奈緒子に見せた。
ボーナスミッション分も含めて全ての回答が書いてある。
半信半疑で奈緒子が回答アプリで入力してみると全て正解だった。
「嘘でしょ……。水無瀬さん天才!!」
と奈緒子が驚くと彼女は顔を赤らめて照れている。
「別に天才とちゃうで。暗算で出来る方法があるから。それよりもウチのことは玲央奈って呼んでほしい。水無瀬だとお父さんとかぶっちゃうし」
え、お父さん?
奈緒子は男性のほうを見た。
改めて見直してもやっぱり40歳より前ぐらいに見える……ずいぶん若いお父さんだね。
「うん、分かった。玲央奈ちゃん、よろしくね」
玲央奈ちゃんが、
「ちなみにお父さんの方は悟やで」
と教えてくれた。
「青木奈緒子と申します。悟さん、よろしくお願いします」
奈緒子はぺこりと頭を下げた。
「水無瀬悟です。こちらこそよろしくお願いします」
悟さんも頭を下げた。
玲央奈ちゃんが、
「ね、ウチからもう1つお願いがあるんやけど」
とお願いのポーズで言ってきた。
「なぁに?」
「青木さんじゃなくて奈緒子さんって呼んでもええ?」
と親しみを込めてお願いされた。
「いいよ。でも奈緒子じゃなくて奈緒って呼んでほしい」
奈緒子自身はなんとなく昭和っぽい響きの〝子〟が無いほうが可愛いと思っていて、親しい友人達からも奈緒と呼ばれている。
「うん、分かった。よろしくね、奈緒さん」
と、玲央奈ちゃんが嬉しそうに呼んでくれた。
お互いの最初の挨拶が終わったところで体育館を出た。
「ウチ、先に行って第2チェックポイントのミッションを確認してくるで」
と言って玲央奈ちゃんが走り去っていった。
奈緒子は悟さんと一緒に地図アプリでGPS表示をチェックしながら、〝彼〟が体育館から出てくるのを待つことにした。
「ずいぶんお若いんですね」
と奈緒子は悟に話しかけた。
「いえ、もう50代ですよ。若いと勘違いされることが良くありますが」
と悟さんが答えたので、奈緒子はえー、嘘でしょ、と思ってパーティー管理アプリで2人の情報を確認してみた。
玲央奈ちゃんはクラスがF1(女性10代)、高校生だ。
ステータスに〝知力+〟と表示されている。
一方、悟さんの方はクラスがM5(男性50代)、無職と表示されていて驚いた。
そしてもっと驚いたのがステータスに〝知力-、体力-、運-〟と表示されている。
奈緒子は悟をじっと見た。
頼もしく安定した波動が出ている。いかにも仕事がデキそうな雰囲気だ。
事前のペーパーテストと体力テストの時に手を抜いたのかな?
手を抜くようないいかげんな雰囲気では無さそうだけど……
悟さん、穏やかな雰囲気だし、質問しても大丈夫そうだよね。
奈緒子は聞いてみることにした。
「悟さん、事前テストの時に何かトラブルでもあったのでしょうか? ステータスが全てマイナス表示になっていますけど」
「ああ。玲央奈は3か月程前に招待されたんだが、私は2週間前に突然招待されてね。事前テストは受けられなかったんだ。おそらくそのせいだと思う」
「えー、そんなことあるんですね」
奈緒子はとりあえず納得した。
「ところで、差し支えなければ青木さんの事をいろいろと聞かせてもらってもいいだろうか?」
「はい、全然問題無いです」
悟さんが奈緒子の仕事内容について色々と質問してきたので、簡単に答えておいた。
「青木さんは窓口業務を務めているだけあって、人当たりが良いですね。パーティーの雰囲気を良くしていけそうです」
「ありがとうございます。恐縮です」
悟さんに褒められて、奈緒子は嬉しくなった。
悟さんと2人で話していると、玲央奈ちゃんが走って戻ってきた。
そして玲央奈ちゃんが第2チェックポイントのミッションを教えてくれた。
「第2チェックポイントはパーティー同盟を組んだほうがええと思う」
そして具体的な進め方の案を玲央奈ちゃんが説明してくれた。
説明が一通り終わったところで、玲央奈ちゃんがスマホを見て、あっと言って体育館の方に歩いて行った。
奈緒子と悟さんも玲央奈ちゃんの後を追う。
体育館から出てきて、こちらのほうへ歩いている男女のペアに玲央奈ちゃんがまっすぐ向かっている。
そして、玲央奈ちゃんは〝彼〟に近づくと話しかけた。
「すいません。ちょっといいですか。私たちと一緒にパーティーを組みませんか?」




