第1話【1日目】巡り逢う
「わたし、師匠のことが好き。LikeじゃなくてLoveの意味で大好きです」
今日はクリスマス・イブ。
師匠とわたしが初めて出会ったお花畑での告白。
風が優しくそよいで、色とりどりの美しい花たちが気持ち良さそうに揺らぎ、真剣な告白を演出している。
ここまでお膳立てすればいくら鈍感とはいえ、このおと……わたしのお師匠様にもきっと伝わるだろう。
わたしは小さな体でも映えるお気に入りのローブ、いや〝勝負服〟を身にまとってこの場に臨んでいる。
人事は尽くした。後は天命を待つのみ。
「いつも好きって言われていたからずっとLikeの意味だと思っていたよ」
わたしは師匠の言葉の続きをじっと待った。
「私もナオのことが大好きだよ。震えるほど嬉しく思う。嬉しい気持ちで胸が満たされて本当に幸せだよ」
良かった……。もちろん、これまでわたしのことを好きになるように仕向けてきたのだから予想の範囲内ではある。でも、それでも嬉しい。
ただ本番はここからだ。
これからわたしが言おうとしてることは自分自身でもありえないと感じることだし、できれば伝えたくない。
でも誠実な師匠に隠し通して前に進むことなど絶対にできない。
叶うことなら、わたしのことを受け止めてほしい。
わたしは全身の勇気を振り絞って、そして、言った。
それから4か月が経った。
◇◆◇
当分の間、恋愛はしたくないな。
ふとそんな考えが、28歳会社員、奥村冬真の頭に浮かんだ。
ぼーっと時間が過ぎるのを待っていると、つい、どうでもいいことを考えてしまう。
参加者たちが協力して、知力・体力・運で挑むトリニティミッション。
冬真は政府主催のこのイベントに会社からの指示で参加していた。
今日はゴールデンウィーク初日。最大で5日間、会社からの〝業務〟としてこのイベントに参加することになっている。
上司からは代休を取って良いと言われているが……。
代休を取ったところで、代休明けに会社へ行けば待ってましたー、とばかりに全く進まない状態で溜まりに溜まった憎らし……いや、可愛い仕事達が冬真に殺到してくるだろう。
彼女いない歴=年齢の冬真にモテ期到来である。
……まったくモチベーションが上がらないな。
しかし、〝業務〟である限りは、やり遂げなくてはならない。
今、冬真はとある少年自然の家の敷地内にある体育館に300名ほどの参加者とともに待機していた。
さきほどオープニングセレモニーが終わり、今から5分後の午前9時ちょうどに第1チェックポイントにおけるミッションが発表される。
スマホでネットニュースでも見て時間をつぶしたいな……。
しかし、イベント期間中は私物のスマホを運営に預けるルールなので手元には無い。
仕方なく、冬真は運営からこのイベント用に配布されたスマホにインストールされているアプリを一通り確認してみた。
ちなみに運営からの説明によると、このスマホではインターネットには接続できず、生成AIも使用できないとのことだ。
最悪の場合、5日間もインターネット無しの生活。山奥にある少年自然の家。
デジタルデトックスできて、ありがとうございます!
そんなわけあるかーい、と自分自身に突っ込んでいたら、ふと周囲のざわめきに気が付いた。
いつの間にか午前9時になっていて、最初のミッションが発表されたようだ。
体育館前方ステージの壁に備え付けられたスクリーンに内容が表示されている。
なお、スマホのアプリでもミッション内容の確認が可能だ。
<第1チェックポイント【知力】>
・1+2+3+4+5+...と順に自然数を加算していき1000までの合計値を求め、スマホの回答用アプリで回答せよ。
<獲得スコア:100>
・制限時間は午前10時までの1時間とする。
・本ミッションはパーティーを組んで挑むことを推奨する。
・なお、追加で下記ボーナスミッションを達成するとスコアが更に加算される。
①1から5000までの合計値を回答できた場合<ボーナススコア+20>。※パーティー同盟推奨
②1から10000までの合計値を回答できた場合<ボーナススコア+10>。
もしも生成AIが使用できればすぐにクリアできそうなミッションだな。
冬真は運営が生成AIを封じた理由が理解できた。
ただ、IT企業に勤務する冬真には有力な別の手段があった。
先ほど、スマホのアプリを確認したときに、プログラミングができるアプリがインストールされていることを確認していた。
冬真なら回答を計算するプログラムを数分で作成可能だろう。
このミッションは1人でも楽勝だな。さくっとクリアしてしまおう。
早速、冬真がプログラミング用アプリを起動したところで若くて綺麗な女性に声をかけられた。
「すいません、よろしければ一緒にパーティー同盟を組んで、みんなで分担して電卓で計算しませんか?」
どうやらスマホの電卓アプリを使って地道に計算しようとしているようだ。
せっかくの女性からの誘い……。だが断るっ。
冬真がそう思って口に出しかけたところで、彼女は冬真が首にかけているストラップに手を伸ばして参加証に記載されたQRコードを自分のスマホで読み込み、パーティー登録の手続きを済ませてしまった。
断る選択肢を与えない彼女の強引さに冬真はあっけにとられた。
「あの、ちょっと待っ……」
「他のメンバーを集めてくるので、あそこのホワイトボードの近くまで行ってお待ちいただけますか?」
体育館の隅にいくつかホワイトボードや折りたたみ式の机が設置されており、彼女がそこを指さしていた。
そしてすぐに彼女は冬真の前から去り、他のパーティーメンバーを集めに向かった。
周囲を確認すると、彼女以外の他の参加者にも同じようにメンバーを集めるために歩きまわっている人、あるいは大声でメンバーを募集している人がいた。
俺って、女性からの押しに弱いんだな……。
冬真は、仕方なくホワイトボードのそばに移動した。
ほどなくして、彼女が2人の男女をメンバーとして連れてきた。
2人とも40~50代ぐらいかな、夫婦かもしれない。
「取り急ぎ、この方達とパーティーを組んでおいてください」
そう言い残すとまたもや彼女は素早く立ち去り、更なるメンバー集めに向かった。
パーティー管理アプリを起動して確認すると、いつの間にか冬真がパーティーリーダーとして登録されていた。
冬真は彼女が連れてきた2名の男女をパーティー登録した。
ついでに、押しの強い彼女の名前を確認しておこう。
〝山本なぎさ〟と表示されていた。
これでパーティーメンバーは4名。1パーティーの最大人数となった。
山本さんが更に次々とメンバーを連れてきた。
これ以上、メンバーを増やすには最大3つのパーティーで同盟を組むことが必要だ。
4名×3パーティー=最大12名で各ミッションに挑むことが可能だ。
冬真は山本さんが連れてきたメンバー達をパーティー同盟として組み入れていく。
山本さんが人集めしている間にプログラムを作っておくか。
冬真はミッションクリアに向けてプログラムを作成した。
プログラムの内容は、〝aから順に整数を加算していきbまでの合計値を求める〟というものである。
aとbは任意に変更できるため、ボーナス分のミッションも含めてすぐに回答を出すことができる。
更に山本さんの案である、〝みんなで分担して電卓で計算する〟際も、このプログラムを使えば各分担毎の回答をすぐに出すことが可能なので冬真がこっそりと検算する時にも役立つだろう。
そしてついに、このミッションに共に挑む12名の勇者達が集まったのだった。
勇者山本がホワイトボードに分担案を書いていった。
まず、1~500、501~1000、……4501~5000と計算範囲を書いていき、続いて各勇者の名前を書いていった。
冬真の名前は書かれなかった。冬真は勇者失格らしい。
勇者山本がみんなに説明を始めた。
「ボーナスミッション①のクリアを目指して10名で分担して作業します。1人当たりのノルマはホワイトボードに記載したとおり、足し算500回です。もしも時間に余裕があればボーナスミッション②の1~10000までの足し算にも挑戦したいと思います。何か質問はありますか?」
勇者達からの返事が無い。ただの参加者達だったようだ。
「では開始してください。計算が終わったら私までご連絡お願いします。奥村さんには遅れている方のサポートをしていただきます」
「了解です」
冬真はうなずいた。もしかして頼りにされてる?
まず冬真はプログラムを使って各メンバーの分担毎の合計値を算出し、運営から配布されたA5サイズのデカい手帳のメモ用ページに書いていった。
この手帳にはトリニティミッションの概要や基本ルールなどが記載されており、付録としてメモ用のページもかなりの量があった。
冬真が全員分の回答を手帳に記入し終えたところで山本さんから声をかけられた。
「あの方の進捗が少し悪いみたいなのでフォローお願いできますか?」
山本さんが冬真の次に連れてきた男女2名の内、男性のほうらしい。
やっぱり頼りにされてるっぽい。期待に応えないとな。
冬真が男性のそばまで寄って行って電卓アプリを覗き込んだ。
確かに他の人よりも遅れてるな。
どうやら2001~2500の範囲を担当しているようだ。
冬真は一瞬考えた後、声をかけた。
「計算する範囲は2001から2300まででいいので、2301から2500までは私に任せてもらってもいいですか?」
男性が同意してくれた。
冬真は、じゃあ電卓アプリで計算しちゃうもんねっというフリをしてプログラムで2301から2500までを一瞬で算出した。
みんなで作業を開始してから30分弱ぐらいの時間で回答が出揃った。
「パーティーに入ってない人達に見られないように、みなさんから集約した回答はホワイトボードじゃなくて、わたしの手帳に書きました」
山本さんが手帳を折りたたみ式の机の上に置き、みんながそれをのぞきこんだ。
分かりやすい丁寧な字で10名分の計算結果が書いてある。
続いて、山本さんが電卓アプリでミッション回答用の数値を手帳に書いた。
1~1000は500,500、1~5000は12,504,663とのことだ。
山本さんの手帳を見て、みんなが一斉に回答アプリに入力している。
「あれ?」
メンバーの1人が声をあげる。
「回答用アプリに入力したら、1~1000の方は正解でしたが、ボーナスミッション①の1~5000のほうは不正解になりました」
冬真は自分の手帳のメモと山本さんの手帳のメモを見比べてみた。
さきほど手伝った男性の2001~2500の計算結果が間違っているな。
正解との差分を電卓アプリで計算すると正解よりも数値が2163大きかったので、おそらく2163を2重に加算したケアレスミスだろう。
冬真はどう説明しようかと少し考えてから口を開いた。
「10名分の各計算結果を見比べると下3桁が〝250〟で共通してると思うんですが、2001~2500だけ、そうなってないのでここが間違っていそうですね」
ありゃりゃ、さっきの男性の顔が青ざめてるぞ。
冬真は慌てて、
「いえ、私が引き受けた範囲で計算ミスしたのかもしれません。もしもそうだとしたら申し訳ありません」
とフォローした。
山本さんが感謝の気持ちを目線で伝えてくれた気がした。
期待に応えられたかな。
落ち着いた口調で山本さんがメンバー達に指示を出した。
「では2001~2500を改めてみんなで分担して計算しましょう」
今度は5分もしないうちに回答が出揃い、山本さんが電卓アプリで2001~2500の合計値を計算して、結果をメンバー達に見せた。
数値の下3桁が〝250〟だったのでみんながほっとした顔をしている。
続いて山本さんが1~5000の合計値を再計算して手帳に12,502,500と書いてメンバー達に見せた。
みんなが一斉に回答用アプリで回答し、正解できたので歓声があがった。
「みなさんのおかげで無事に第1チェックポイントをクリアできました。ありがとうございます。残り時間があまり無いので、ボーナスミッション②の1~10000の足し算は挑戦せず、ここで解散させていただきます」
山本さんがみんなに向けてお礼を言った。
みんなも、こちらこそありがとうございました、と山本さんにお礼を言っている。
リーダー登録されていた冬真がパーティー管理アプリで解散の操作を行い、
「じゃあ、俺もこれで失礼します」
と山本さんに別れを告げて歩き出した。
なんとかクリアできて良かったな。
しかし冬真はすぐに申し訳ない気持ちになってきた。
一瞬、躊躇したが、回答用アプリを起動し、ボーナスミッション②の1~10000までの合計値をアプリに入力してボーナスを得た。
プログラムで簡単に計算出来ることを、みんなに言い出しにくい雰囲気だったし仕方ないよな。
なんとなく沈んだ気持ちで歩いていると後ろから声をかけられた。
「あの、すいません、ちょっと待ってください」
振り返ると山本さんだった。
「先ほどはありがとうございました。次の第2チェックポイントもパーティーで挑んだほうが有利なミッションかもしれませんし、よろしければパーティーを組みませんか?」
山本さんがじっと冬真を見つめている。
やっぱり俺、頼りにされてる?
今度は強引にパーティーを組もうとはせず、冬真の返事を待っているようだ。
冬真は山本さんを改めて見ながら考えた。
肩にかかるぐらいの黒い髪と上品さを感じるメイク、センスの良さそうな服装で全体的に綺麗な雰囲気の女性である。
大抵の男性は山本さんから声をかけられたら、2つ返事どころか、3つ4つ返事でパーティーを組みそうな気がする。
だがしかしっ。冬真の好みは綺麗系よりも可愛い系なのだ。
山本さんとのパーティーなら男女2人きりでも変な雰囲気にならずにミッションに挑めそうで安心だな。頼りになりそうだし。
「分かりました。俺でよければよろしくお願いします」
と冬真は答えた。
山本さんがほっとした顔をしたと同時に寂しそうな表情になった感じがした。
冬真は、一瞬だけ周囲のざわめきが消え、時間がゆっくり流れる錯覚を覚えた。
では失礼します、と言いながら山本さんが冬真の参加証を手に取りじっと見つめた。
参加証には名前、クラス、参加者ID、QRコードが記載されている。
クラスとは性別と年代を表したものであり、冬真の場合はM2H(男性・20代後半の意味)である。
ちなみに山本さんはF2H(女性・20代後半の意味)だ。
原則、同じクラス同士ではパーティーを組むことができない。
異なるクラスで集まってパーティーを組んで欲しい、という運営側の意図を感じる。
必然的に女性と組むことも多くなるだろう。まさか政府公認の婚活パーティーじゃないよな。
山本さんがスマホで冬真の参加証のQRコードを読み込んでパーティー登録をした。
冬真がパーティー管理アプリで確認するとまたもや冬真がリーダー登録されていた。
「リーダーは山本さんじゃないんですか?」
少し慌てて聞いてみると、
「こーゆー場合、男性が女性をリードするものなんですよー」
と山本さんが今までと違って、くだけた口調で返してきた。
「いや、令和の今はジェンダー平等でしょう?」
と冬真が反論したが、山本さんは無視してスタスタと歩き出した。
「さっ、早く第2チェックポイントに行きましょー」
冬真は苦笑しながら慌てて彼女の後ろ姿を追いかけた。
あ、そうだ。
「山本さん、ボーナスミッション②の回答を教えるので回答用アプリで入力してください」
と後ろから冬真が声をかけた。
え? と山本さんが振り返る。
「まずは何も聞かずに俺が言うとおりに入力お願いします。そのあと、事情を説明します」
山本さんが回答アプリに冬真が教えた回答を入力した。驚きの表情を冬真に見せた。
「どういうこと?」
冬真はプログラムで簡単に計算できるのだが、言い出すタイミングが無かったことを説明して申し訳ない、と謝った。
「わたしのほうこそ、みんなを集めた段階でもっといい手段がないかどうか確認すれば良かったね。ごめんなさい」
山本さんはそれに、と続けた。
「奥村さんはわたしのやり方を尊重してサポートしてくれてたんでしょ。ありがとう」
と言われてしまった。
なんだか照れるな……。
冬真が喜んでいると、ふいに山本さんが冬真の着ているシャツの襟に手を伸ばした。
「シャツがよれよれなのは仕方ないとしても、襟ぐらいちゃんと伸ばさないと」
山本さんは冬真の襟を伸ばして整えてくれた。
あなたは俺のお母さんだったのか。
「ありがとうございます……」
「しょーがないわねー」
今度は山本さんと並んで歩く。
第2チェックポイントは体育館を出て併設されているグラウンドを突っ切ったあたりにある。
2人は体育館の外に出た。
眩しい光が冬真の目に飛び込み、体を熱気が包んだ。
太陽がジリジリと照り付けている。まだ4月下旬だというのに暑すぎるな。
体育館を出て少し歩いたところでまたしても若い女性に声をかけられた。
「すいません。ちょっといいですか。私たちと一緒にパーティーを組みませんか?」
やれやれ、またか。
ラノベでモテない主人公が異世界で急にモテまくるような展開に、今日は厄日かもしれない……と、冬真はため息をついた。




