一日二度もラチられたっ!
まったく想定していなかった。
ただ呑気に。二時間三分前の現代日本の気分のままでいた。
足下にその矢が刺さるまでは。
なんだぁ?と森を見る俺の目に……。
ゆらりゆらりと揺らめく人影が、樹々の隙間の闇から沁み出てくるように現れた。
樹木の立ち込みから俺のいる少し開けた草地まで二十五メートル前後。
物陰から一人また一人と現れる何者かは、草地で身を低くし、ブッシュに隠れ、じりじりと迫ってきている。褐色の面影しか判別出来ない。
原住民の襲撃、ということを一番に考えたが……。
実はイマドキ、ネットは世界中を覆っている。衛星システムは何処であれ地表上をメートル単位を飛び越え、センチ単位でサーチ出来る時代だ。
敵対的な原住民など地球上にそう残っていないというのが現状のハズだ。
有名どころでは北センチネル島とかね。かなり特殊なところだけ。
何せ、マサイがiPadを自在に使いこなす時代なのだ。
現代文明はどんな深い森の中にも確実に浸透している。
まぁ……墜ちた飛行機を警戒し、警告の意味での弓矢の射かけ、ということならわからんでも……?
ひゅん、と耳元で風の唸る音。
わお!アタマ狙ってきやがった!!
さすがに身を低くする。
どこまで警告か?どこまで殺傷の意思があるのか?
まずは……敵対の意思がないことを知らせなければ……。
恐る恐る立ち上がると、両手を高くさし上げぶんぶんと振り回す。
ナニも持ってないぞ、のゼスチャーは万国共通だ。
がさごそと草むらに潜み接近してくる物陰はもはや五、六メートル先まで迫っている。
甲高い声が凜、と響いた。女の声?えっ?
ざっと、一斉に潜んでいた者達が立ち上がった。
……全員。褐色グラマーの女性だ。ほえっ?
一人としてこちらに引き絞った矢を向けてない者が無い。
統率ぶりはたいしたものだ。
十有余の弓矢に狙いをつけられて、腹の底が冷える。が、ここは胆力だ。
ぐっと堪えて、手を上げたままで……相手のアクションを待つ。
無抵抗、攻撃の意思無し、それを表明することを止めない。動けばかえって危ない。ちょっとでも刺激すれば、俺はぶすぶすと藁の矢立ての的のようになっちまうだろう。
しかし……なんで女性だけ?女性?女性だな。あのおっぱい。
それは世界各国で見られる原住民女性の基準を大きく超え、いや……現代日本の基準すら軽く超えた……巨乳揃い、といっても過言では無かった。
一瞬見とれたわけでは無い。無いったら無い。
しかし、どうリアクションしたらいいか、戸惑ったのは事実だ。
ぼへーと、半ば口を開け、褐色巨乳の群れをフィールドワークしていた俺の廻りを素早く女性戦士達が囲んでくる。
その目はどれもギラギラと闘志に輝いている。
あっという間に距離を縮められ、輪は狭まり、二、三メーターまで詰め寄られてしまった。
鋭い矢先に取り囲まれ、事実上、俺の出来ることは無くなった。
女性戦士達は、その褐色肌の豊満な肉体を簡素な衣装……にも程がある小っさいブラとミニスカートでかろうじて覆っているのみ。
尻のでかさはやはり……南米女性的な特徴だろう。
一言で言って……エロい。
足下は膝まで皮で覆い、革紐でまとめている。太腿は丸出しだ。
髪をとめる意味があるのだろう、額に革の鉢巻き。革製の房あり。
髪は黒が多い。色が抜けている娘もいる。長さはまちまちだが長髪はいない。
頬、二の腕、胸元、太腿などにボディペイントあり。
鉢巻きに鳥の羽をつけている何名かが鋭く何語かで指示を出す。その中でもとりわけ艶やかで大きな羽をつけている女性戦士がゆっくりと構えた弓矢を下ろし、腰に着けていた鉈をゆっくりと抜き放った。
日本でも山に入る人、猟をする人とかが持っているのと同じ形だ。
切っ先は無く、ただの大きな菜切り包丁のようなシンプルな鉈。
だからといって………殺傷能力に劣ると言うことは全くない。
鉈を手にした女性戦士がゆっくりと迫ってくる。
ううう……更に腹の底が恐怖で冷える。トイレ行きてぇ……。
しかし、動くと余計アブない。ギリギリまで相手の出方をうかがわなければ。
よく見ると……女性戦士達には階級があるのか、鉢巻きの革製の房が違っている。
大きい房をつけている女性戦士は鏃つきの矢を構え、房無しの女性戦士はただの削り上げた木枝。一概に若いような気がする。
腰に鉈のようなものを下げているのは二名、いや三名だけか。鉈の大きさはそれぞれ違うが、腰に鉈を下げている彼女らは例外なく房は大きい。
乳房では無いゾ。あはは。大笑い。
こんな枯れたギャグも脳内では必要だった。気を逸らす為、紛らわす為に。
何せ、構えた鉈は喉元まで迫っていた。
そして、それを突きつける女性戦士の革の房は中でも一番大きく、鉈も最大のものだった。ちなみに乳房もだ。あはは。もう笑えない。
鉈の刃先は俺の顎をくい、と持ち上げていた。
頑張った。俺、頑張ったよ……。
ごめん母さん。オヤジ。
ニッポン男児、牧田和夫……どことも知れぬジャングルに散る……。
ううう……ぎりりと歯を食い縛った。やるんなら出来るだけ痛くないようにぃぃ……お願いしますぅぅぅ……。
脳内をそんな言葉が駆け巡る。
が、晒された喉で一閃するかと思われた鉈がゆっくりと引かれていく。
何事か、俺にはわからぬ会話で女性戦士達が相談している。
手は上げたままだ。完全無抵抗だ。それが功を奏したのかも知れない。
鉈を腰に戻し、収めた女性戦士が俺のシャツを掴み、何事か廻りに説明している。
どういう情勢か知らないが、周りを取り囲んでいた構えた弓矢がゆっくりと下がっていく。
誠心天に通ず。でいいのか……な?
とにかく、野ブタのように喉を切り開かれて惨殺される、というのは……免れたと見ていいのだろう……たぶん。
と思ったら、艶やかな羽根飾りの女性戦士がまたすらりと鉈を構え、俺に突きつけてくる。
何か言っているがさっぱりだ。
周囲は警戒しているものの、弓矢を構え直す、ということは無い。
どうやらどこかにラチられる感じだ。
よくラチられる人生である。流されるままか。
ただし、完全降伏したわけでは無い事を示さねばならない。
今後の交渉の為にも。
俺は突きつけられた鉈を二の腕の外で弾いた。
「!」という女性戦士の反応。刃先を外に躱し、ぐい、と踏み込むと、その鉈を握る手首を逆手に決め、がっと引きつける。
「!!」
何事か短く叫んだ女性戦士の身体を俺の背後に放るようにふわりと投げ上げ、自分ごと倒れ込み、草むらの上に腰から落とした。
どさり、と重い音。大きな鉈が手から離れ、地面に転がる。
それを踏み、腕をキメたまま仰向けの女戦士を転がすと、横たわるその背中にのし掛かりプレスを決める。
やった……キマッタ……。
教授のお供で海外を方々行くことが常だが、治安がいい場所ばかりでは無い。
というより教授の行きたがるところは未開の地が多く、身体の危険に晒されることなど日常茶飯事と言ってイイ。
どのみち、日本程安全な場所はない。逆に言えば、どこもアブないのだ。
教授は例のわけわからんマシンがあるし、どうせ格闘技をやったって一流なんでしょ!なんだからいいとして、自らの身は自らで守らねばならないと決意した俺は、三ヶ月前から、総合格闘技教室通いを始めていたのだ。
うん、三ヶ月だけだが。現状。
しかし、警戒していない者には見事にキマる程度には上達していたようだ。
俺の体の下で、艶やかな羽根飾りの女性戦士がうめく。
ざわついた取り巻きが一斉に弓矢を構えた。
ここが一番の勝負だった。
ゆっくりと足で踏み押さえていた鉈に手を伸ばし、握りしめ、固めた腕は離さずそのまま女性戦士を立たせた。
女性戦士を人質に取れる形だ。
まだ取り巻きは矢を撃たない。判断がつきかねる様子。
艶やかな羽根飾りの女性戦士を巻き込むことを怖れているのだろう。
ここだ。
すっと、キメていた腕を解放し、鉈を逆手に持ち替えると、その艶やかな羽の女性戦士をこちらに向かせる。
痛そうに眉をしかめているその娘の目に驚きの色が浮かんでいた。
俺は人生一番の笑みをニカッと浮かべ、俺の手の中の鉈にキスを一つすると、その女性戦士の腰の鞘に戻してやった。
彼女の目が更に驚きに見開かれる。
「まあまあ。イイじゃ無いか。どっか連れてくなら連れてってくれ。出来れば茶ーのひとつも出るところがいいなぁ。あっはっはっはっと」
俺が“強い者”“互角な者”であると同時に、“友好的な者”である事を示す為、軽く肩を叩きながら努めて明るく親しげに話しかける。日本語でだ。
言語というものは意味の他にも伝えるものがある。そこに賭けた。
……伝わったか?
艶やかな羽根飾りの女性戦士は、悔しげにざっと振り向くと何事か一言叫び、背を向け歩き出した。
背中を向ける、ということは……信用を少し得たらしい。
まあ……ついてこい、とでも言っているのだろう。
俺はおとなしく、そのデカい尻の後をついていった。
一足一足、歩くたび!くりんくりんと右左に派手に揺れる雄大かつ豊艶な褐色尻はなかなかの見応え。退屈はしなくて済みそうだ。
はぁぁぁ……と俺は腹の底からの溜息を一つついた。
なんとか……初手は乗り切ったか……。はふー。
取り巻きも何名かは弓を番えたままだったが構える事は無く、温和しくぞろぞろと付き従う。
腰の鉈を抜く者は誰もいなかった。
行き先は彼女らの集落だろう、と付けていた予想は的中した。
が。
着いて早々、檻の中行き。
おい。………。やっぱそうなの?
そうなのかよー。
不審人物扱いは簡単には解けないようで、俺は簡素とは言え、木の枝で造られた檻の中入り、という処分に課せられた。
だがしかし、その対処も……納得がいくといえばいく。
集落を行き交う者行き交う者、皆全てが……女性。
先程の女性戦士の格好のものもあれば、より軽装の者もいる。
まぁ、腰に弓矢の一式が有るか無いかだが。
不審人物扱いはまだ納得がいった。
だが……未知の生物扱いは勘弁してくれ。
ナマのネズミの死骸は喰わないって!
わかって欲しい!
しかし……男はどこにいる?
放置される何時間かずっと右に左に集落を眺めていたが、ついに男の姿は一人も見かけなかった。
これでは……これは……あの。
伝説のアマゾネスそのものでは無いか。
アレは風説だ、というのが一般的な学術的認識のハズ。
が……目の前の風景は……伝説が、そのイメージがそのまま形になったよう。
女性戦士の格好といい、女ばかりの集落といい。
ここはどこだ?
飛行機事故で着地したのだから、ここの外は現代社会のはずだ。
何故、伝説の集落がそのままの姿でここにある???
いきなりブザーが鳴った。
ヅーッヅーッヅーッとスマホのマナーモードのような。
え、どこから?そんな文明的なものは!どこにも!
きょろきょろと周囲を見回すが、それらしきモノなど。
でも確かに聞こえる。あれ?
そもそも、自分の財布、スマホすら持つことが出来ずラチられたはずだ。
教授がなんか代わりのモン持たせてくれていたのか?とポケットを探っても何もなし。
え?どこから?
「マキタ。聞コえるか?」
声は、耳の裏から聞こえてきていた。
「教授?……え??………聞こえる?なんだぁ、なんですか?これ?」
「きミの首裏に埋メ込んだマイクロチップから通信しテイる。音セイは良こウか?」
「いつ埋め込んだんですかっ!!」
「君がガク内でイ眠りしているときにダ。スキが多すギるぞ。マキタ」
…………。
隙があったら俺の首にマイクロチップを埋め込むのかよっっ!
そんな隙もアンタに見せちゃいけないのかよ!
「“疲れたから英語にする。その超高集積マイクロチップはなかなかの優れもののはずだ。翻訳機能も備えているから起動させておいてやろう”」
キン!と鋭い硬い音が耳裏で小さく響く。
耳骨に直接音声振動を伝えているのか?
これで……彼女らの話がわかるようになったのだろうか?
もうさっきの女の子達は一団となってきゃいきゃいとどこかへと去ってしまっていた。
今は誰も居ないので確認のしようが無いが……。
「“南米系の言語は網羅しているはずだから、AIがオートマティックに翻訳する。キミの発声も翻訳し喉を操作する機能も搭載している。今居るその場所で活用しろ”」
それは………正直有り難いが……納得しにくいぃぃ。
これで、俺の身体を好き勝手に操ってやがったんだな。くっそぉ。
「“重大トラブルが発生した。なかなか、忘れると言うことがない私としては失態であった”」
耳を疑うような一言が飛び込んできた。
あの!ド天才、かつ理不尽なまでに万能な教授が?
トラブル??珍しい。
「“一度日本に帰らないといけない。しばらく迎えに行けないが自活しろ”」
「えっ……大丈夫なんですか……時間がかかる感じっすか」
「“緊急の事態である。ツ○ヤでDVDを返さねばならん”」
目の前にいたら。
間違いなく絞め殺していただろう。
「“ネットではどうにもならん”」
「アンタ!ツタ○で借りなくたって!いくらでも買えるだろっっっ!!」
「“期限が今日までなのだ。日付変更線をまたげばおそらく間に合うだろう”」
どんな顔して言ってやんだ。この野郎。しれっと!
と、その時!俺の頭の中にイナズマのように閃光が走った!
「教授っ!俺の!俺のマンガとDVDも返しておいて下さいぃぃっっ!」
「“君の部屋は汚い。エロビだらけでどれが借りたものか私は知らん”」
何故知っている!いやそれどころでは!
「袋!黒い袋にレシートが!……明日までなんス!日本時間で!」
「“気が向いたらな。迎えを待て”」
冷酷極まりない短いメッセージを最後に、音声は途絶えた。
腹の底が冷え切っている……しまった……借りっぱなし……になるのかっ。
なってしまうのかっ!
いつ帰れるかわからないというのに!延滞料金!
うおおおおっっ!!
はやくかえりてぇ。
全身の力が抜け、檻の床の地べたにくたっとしている耳元に誰かが立つ気配がした。
小さな音に気付き、うろん、と見上げると……。
すっかり輝きを増している月の光。
照らされて浮かび上がる僅かな布で隠されている褐色巨乳とすらりとした太腿。
いや。ソコしか見ていないわけでは無い。断じて。
腰には長々とした鉈の鞘。短くざっくりと切り整えられた頭には革の鉢巻きに吊り下がっている大きめの房。月明かりの逆光の暗がりに爛爛と光る闘志に充ち満ちた瞳。
先程投げ飛ばした女戦士がすっくと立っていた。
女戦士は腰の鉈の柄に手をかけ、ぐっと握りしめた。
「もう一度、私と戦え」
その声は深く沈み込むように、俺の頭上から降ってきた。
明日もやるで。




