いきなりジャングル そしてそもそもの始まり
夜闇に浸されつつある深いジャングルのどこかで。
ぎゃあぎゃあと見知らぬ鳥が鳴いている。
それはヤケに攻撃的な鳴き声で、耳の奥まで鋭く響く。
二日酔いの朝など……大変そうだ。ここに酒があるのかどうか知らないが。
そんなことをぼんやりと考えていた。
うほーほほ……うほー……と見知らぬ獣がどこかで喚く。
がさがさと枝を揺する音と共に。
しかし、一切は姿を見せない。どこにいるとも知れない。
目線を上げれば、緑、緑、緑、また緑。
雑な削りの細い木を立て込み、組み合わせ、囲われた籠の中から見る頭上は緑一色、得体の知れぬ木々の広い葉で埋め尽くされていた。植相は南国。熱帯雨林のものだ。ねっとりと湿度の高い空気がゆたりと流れていた。
視線を下に転ずれば、これがまた茶色一色。薄い茶色は木々の根元。
濃い茶色はただの泥土。
俺がふてくされて体育座りしている粗末な木枝造りの檻は、ただの剥き出しの地面にちょん、と置かれていた。置かれているだけだ。
ニワトリ籠か。
なんでこうなった!!
文明的なものが何もないんですけど!現代社会的なものとか!
「くそぉぉ!」
頭上の檻の木枠を握り、ガンガンと揺すってみる。
作りが弱く、枝を硬い蔓で緩く結んであるだけの構造で、すぐバラバラに壊れそうだ。そもそもが軽く、ひょいと持ち上げられる。
しかし、壊したところでどこに行く当てもなく。
勝手に出たところで、話が面倒くさくなるだけ、とわかっている。
はぁ!と大きく溜息をつき、膝を抱え、顎を乗せ……
まずは何事が起こるのかを……待った。
二時間前には、飛行機の中にいた。
その三分間前(俺の記憶では!たった!)には自宅、木造アパートの一室で寝転がって、うはうは笑いながらマンガを読んでいた。
TUTA○Aから借りてきたものだ。
ありふれた日本の現実から二時間三分。俺の感覚上。
今はきっと昼前の十一時から午後一時ちょい過ぎ。日本時間でだがな!
そして今。
ただ一人、何処とも知れぬジャングルの中。粗雑な木枝の檻の中……。
人生というものはこうも急転直下するものか……!
腸捻転もびっくりのねじれっぷりだ!
それもこれも全てあのマッド教授の!
俺の正統的八つ当たりが細っこい安造りな檻枠に炸裂する寸前。
とたとたと軽い足取りの駆け込む音。そして、華やかな気配。
一瞬で目の前は、ムチムチの太腿に埋め尽くされていた。
その若い女の子ばかりの集団は粗末な布で作られた簡素な衣装、端的に言えば布面積が少ない!ミニスカ、ブラジャーのみの衣服を纏い、俺の檻を取り囲んでいる。
何せ短いスカートだ。檻の枠の近くに四人も寄られると視界の全てが若い女性のナマの太腿に覆い尽くされてしまう。
妙に肉感的な、健康そのもの、といった爽やかな色気を放っている太腿に、どきり、とする。
それに……妙に巨乳の娘が多いのは……栄養状態がいいのか?
それはこの集落が豊かに営まれていることを示している。
駆け込んできた肌の浅黒い娘達はその巨乳を揺らし、チラチラとこちらを見ながら、目線を交わし何事かかしましく囁き合っている。
一切意味の酌み取れぬ言語でも、若い女性達のきゃわわとした雰囲気は国も時空も越えて共通なのだろう。
どこぞの女子校とかと、そのあたりの醸し出す空気は変わらない。
何事か話し合っていた彼女らの一人が、おずおずと近づくと、俺の入っている檻の中に何かを投げ入れた。
どさり、と隙間から落ちてきたのは……。
まだ血も生々しいネズミの死骸。
……。
…………。
俺、牧田和夫は、山都総合国際大学嘱託、文化人類学のフィールドワーカーだ。
教授のお供として、助手として、世界各国をフィールドワークするのが、今の仕事。ネズミの死骸如きでは驚きはしないが。
……。
これを喰えと?
眉をしかめて見上げると、無邪気に笑う朴訥な瞳が一斉に俺を見つめてきた。
この子等は、俺がナニを喰うのかわからず、これを持ってきたのか?
……。
女の子達は期待満々の目で、俺を見つめている。
この目は知っている。
捕まえた亀にイトミミズをやる子供達の目と同じだ。
……このネズミの死骸にかぶりつけば、この娘等は喜ぶのだろうが!
あいにく動物の死骸を生齧りするほどワイルドではない。
せめて焼こうよっ!皮も剥いて!
そっとネズミの死骸を脇に寄せると、オォゥ……と、女の子達は一斉に残念そうな声を上げた。
イントネーション的には……やはり南米の言語の響きがある。
ここは……やはり……。いやしかし……現代に……現代なのか?……ここは?今は?。
全ては……不透明。
二時間三分前の日本が!俺の木造アパートの一室が!なんのこたぁないあまり冴えないグダった日常が!もはやすでに懐かしい。
女の子の右腰には短い弓、反対側には矢筒。足下は皮で覆い、革紐で結びつけている。
褐色かつ豊満な身体のあちこちに入れられたボディペイントは、きっとオンナノコらしい装いのたぐいなのだろう。あるいは呪術的意味合いか?
金気は一切ない。金属加工されたものは何一つとして身に纏っていない。
くるりと後ろを向いたイキオイでふわっと巻き上がったミニスカの下は……まるまるとした裸の尻。
下着、という概念もナシ。違う!スケベ心ではない!
フィールドワークなのだ!
言い伝えでしか聞いたことはない。それはただのデンセツだ、と。
作り話だ、由縁の知れない風説だ、と。
しかし、目の前の事象は、イメージとの一致を表している。
ここは……アマゾネスの集落なのだ、と。
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そして、そもそもの始まり
教授のオモチャにえらばれたっ!
侘しくも心安らかでお気楽な一人部屋にその憂鬱な連絡は入ってきた。
「フィールドワークに行くゾ。マキタ」
「……はい。準備します……」
俺はいつもの通り……全てを諦めきって返事をした。
この門を潜るもの、全ての希望を棄てよ。
そんなカンバンはここにもあった。現代日本の木造アパートの一室にも。
電話越しに聞くと合成音声かとも聴きまがう、教授の妙にざらざらしたと硬質な声がスマホの中から囁く。
「イーや。要ラない。こっちで用意スル」
と、通話が切れた瞬間。
俺の意識はぶつり、と途切れた。
……。
……。
ふと目を覚ますと、飛行機の中。しかももうすでにフライト中。
なんだ?!何をした?!ナニをされたのだ?また!!
「いつマデ寝てる。マキタ」
イントネーションのおかしな日本語が隣の座席から聞こえる。
ぴしりと濃紺のヘリンボーンのスーツを着こなし、丸く小さい眼鏡を鼻先に乗せた浅野教授がゆったりとこちらを振り向く。
その唇の薄い口端を軽く吊り上げ、皮肉たっぷりの笑みのようなものを浮かべた横顔は小憎たらしいまでに余裕綽々だ。
こういうヤツなのだ。こんなことするヤツなのだ。
「またこんな!教授!!ナニをしたんですかっ?!」
「ナニ、というと? 物質転送のことカ? 心理凍結のことカ?」
「全部です! 状況の説明を求めます!」
元々……アシスタントになったときから教授の強引さは際立っていた。
その日のうちに中東へ、とか、いきなり南アフリカとか、このバカ優秀な頭脳が何事かを思いつく限り、現地を見たいという欲望を抑えきれなくなるのだろう。
最近ではもう、その強引さは拉致に等しくなってきている。
まだ四十代まではいっていない若々しさと、さりげなく鍛え上げられている、そのしなやかな身体を上品なヘリンボーン柄のスーツで包み、くるりと巻いて垂れ下がる前髪を指先でくじる。
超絶アタマがいいばかりで無く……ムカつくことにクソ二枚目だ。
俳優モデルだっていけんだろ、という整った美貌、切れ味鋭くシュッとした目、嫉妬することすら放棄せざるを得ない、ああ、もうこういう人だからしょうが無いよね!的な!
いつものヒトを小馬鹿にしたような、ナチュラル見下し目線の教授の表情がそこにあった。
「メヒコのカカシュトラ遺跡の壁画のヒトつに、オルメカ=シカランカ族の性風俗をイコン化していルと思われる壁画があるノだヨ。それニ触れに行ク。ナワトル語はわかルかね。マキタ?」
「わかりません。一切わかりません! 始めから終わりまで何一つ!」
「勉キョウ不足ダ。マキタ。キミの好奇心は小サすぎる」
オォゥ……と両手を広げるジェスチャーはまるで外人だ。西洋人だ。
「教授がデカすぎるんですよっ!」
触れに行く、というのは教授の大重要視する手法の一つだ。
アサノ教授はサイコメトリングだかリーディングだかの才があるらしく、実際に遺跡に触れ、指触りからなにをか感じ取り、その匂いをかぐことで詳細にイメージする、という特殊能力があるらしい。
まぁ……もう、この教授の場合、何があっても、どんな能力があっても驚きはしないが。
断言しよう。
浅野教授はマッドである。
アタマオカシイ位に優秀、という言葉を1万回ほど掛け合わせてようやっと表現できるぐらい。ほんとオカシイ。
一々名前は出さないが、ハーとかマサーとか世界的有名優秀大学の学位を二十だか三十だか修め、その中から文化人類学を選び、教授職として俺の所属する山都国際総合大学に勤めている。
ヒトの営みの全てを学問する、という意味で文化人類学を選んだそうだが、なかなかどうして。
電子工学から機械工学、生物学、大脳生理学、情報工学、心理学、哲学、と理系文系を問わず最先端理論まで精通する様はまさに八面六臂。
当たるとこ叶わざるは無きがごとし。
そのうちのかなりの分野で最先端論文を発表し、各学会を騒然とさせている。
プロフェッサー・カゲミツ・アサノとは一人の人物なのか?
複数名のプロジェクトチームネームではないのか?と。
歯科医学まで修めているから、いつでも歯医者出来るゾ、などとあっさりおっしゃる。
機械工学も電子工学も医学も極めている文化人類学者ってどうなのよ。
そっチは趣味だ、とか軽く言い放つし!
天才ッぷりにむかつく。
ちなみに外国歴が長すぎて、日本語がオカシイ。
日本の高校を中退して、ハー○ードに飛び級入学、という経歴自体がそもそもオカシ過ぎる。
ちなみにちなみに浅野左衛門ノ丞景光、というのが正しい戸籍上の本名だ。
何ですかそのミドルネーム。外人ですか。
実家が旧家だとは聞いているが……。
俺の“牧田和夫”とは違いすぎる……マキタカズオ……。
……。
……オヤジもお袋も……もうすこしなんか考えてもよかったのでは?
この世界中どこの大学でも好き放題に選べる万能教授がウチの山都国際総合大学を選んだ理由は、予算度外視の研究費の保証らしい。
教授として必須履修講座を持たずともイイ、という契約もしているらしい。
つまり……いてくれるだけで、あのアサノ教授が所属する大学、ということで世界的名声が転がり込んでくる、という大学の格が一気にランクアップするマジックアイテムのような?
そんなもんで教授は興味の赴くままに、インディージョーンズ張りに世界を股にかけるフィールドワークに駆け回っている。
で、お供するのが……俺。大概一人。
必須履修講座もゼミも持たない浅野教授は身軽を尊ぶ、という名目で大概単独行動か、俺一人を連れて飛行機に飛び乗ることが多い。
その行動は突発的で、インスピレーション次第でどこへでも飛んでいく。
飛行機の座席に着いてから行く先を知らされる、と言うことすらしばしば。
無理矢理つきあわされる俺も大概いい迷惑だが……今の俺の身分は大学の嘱託職員……浅野教授専門の……助教。アシスタント。
まあ……実質体のいい……つかいっぱ。荷物持ち。
はい…………言いたくはないが……就職活動全滅でした……。
路頭に迷う寸前、親に顔向け出来ぬ、という事態を救ったのが、教授からの一本のメール、ということで、まず他の選択肢がなかったのだ。
助教としての待遇がつき、給料は大学から出ている、という形ではあるが実質は浅野教授のポケットマネーらしい。
元々家が資産家でその上好きなだけ大学職で稼ぐことが出来た浅野教授にとってはまったくたいしたことはない金額なのだろう。
金に困る、ということが想像つかないぐらいの金満家なのだ。
しかし……。
何で浅野教授が俺のことを知っていたのかは知る由もない。
それまで、教授がたまさか気が向いたときにやる特別講座だって受講したりしたことはなかったのだ。
ナニを持って俺に注目したのかがわからない……。
大学でやっていたことと言えば、陸上部で競歩を中途半端にやっていたことと、男ばかりのザ体育会系飲み会と、バイトバイト(主に力仕事)の日々、ぐらいのものだ。
卒業が迫って就職活動に焦り、準備不足で全滅したのはかえすがえす無念であった。アレさえなければ……。
こんなことには……くっ……ころ。
飛行機はすでに水平飛行。何処にか向けてぶっ飛んで行っている。
今更止めろ戻せ、と騒いでも無駄なことはわかっているが!
どうしたって言わずにはいられない。
「どうして俺はもうここに居るんです?! フライト手続きは?パスポートはぁっ?」
「なんとカしておイタよ。ネットでちょいチョい」
パイプでも握らせればさぞかし似合いそうながっしりとした大きな手を宙に振り、そんなことをおっしゃる。
ハッカーとしての腕前も超一流ってか。
それとも、世界的名声を持つ研究者として外交特権でも持ってんのか。
底知れない……。胡散臭い、というより薄ら寒いものがある。
非常識もいいところでしょ? このウチの教授は。
着の身着のままかよ。
家で寝転がっていたときのままの服。ウールのシャツに下はTシャツ。だけ!
くたくたのジーンズ。
何故か靴だけはいつものよれたワークブーツを履いている。
履いた記憶が無いんだがな!
スマホはおろか、財布すら無いんだよ! それが一番の不安だっ。
パスポートどうなってんだよ。一応国家のっ!いや、他にもっ!
「飛行機のチケットはっっ!」
「心配するナ。マキタ。ダイジョウブ。なんとかした。ネットのアレコレ」
あっさりとそんなことは何でも無いとばかり、ふふん、とナチュラル見下し目線を崩さない。くそぉ!金持ちめっ!!
そのアレコレが不安なんですよっ!
あんたホントなんでも出来るな!!
いきなり、機長のアナウンスが響いた。
ぐらり、と機体が揺れる。
いきなりで耳に入りきらなかった英語のアナウンスからは緊張した面持ちしか聞き取れない。
座席のあちこちでオー……とか、ジーザス……!というつぶやきが聞こえる。
「なんです、教授?どういうことですか?」
「聞いてナかったノか?マキタ。英ゴだぞ?」
小学生の算数問題に答えられなかった大学生を見るような目つきで、教授が目を見開き、俺を見つめた。
目の奥には“信じられない(アンビリバボー)”とはっきり書いてある。
くそぉ、と腹の底で無念を噛み締めるも、語学力の違いはいかんともしがたい。
「飛行キ……墜ちるソウだ」
教授はあっさりと、確定事項でもあるかのように告げた。
座席のあちこちで悲鳴が上がる。
機体全体がガクガクと揺さぶられるように縦に震えた。
かと思うと、ゆっくりと左に傾くように、滑り降りているような感覚が。
なんだ?エンジンの不調?
早口の機長英語アナウンスは俺には聴き取りきれない。
教授はそんな中でも、悠然、泰然と物思いに耽っている。
まさか遺書を頭の中で……教授!
「まっタく……ヤってくれる……」
形のいい片眉をくいっ、跳ね上げて教授がふてぶてしくつぶやいた。
「なラ……攻メ込むとしヨウかね。こチラの一手ヲ」
なんすか?なんすか?その余裕!
徐々に機体の中は悲鳴と怒号の阿鼻叫喚と化してきている。
そんな中、忙しくスチュワードが走り回り、マスクがばらん、と落ちてくる。
その使い方を説明しに座席を回るスチュワーデス達。
かなり荒々しくなりつつある機長アナウンスの背後からは、コンソールから響いているのであろうアラーム音が二種三種と鳴り響いている。
「どうなんすか!ダメなんすか!なんか書き残した方が!」
俺はうろたえまくっていることを隠すことも思いつかず、浅野教授のスーツの肩を握って揺さぶった。
教授はその俺の手を邪魔くさげに剥ぎ取り、ぺい、と投げ捨てる。
「ダイジョウブ。空間移動自在システムがあるカラ」
しれっとおっしゃるけど!おっしゃいますけど!なんなんすかそれ??
いや!このマッド教授がなんか創って持ってるってことは!
なんかスゴいもの持っているに違いない!わからないけど!
「そのなんだかわかんない機械使って、墜ちないようにして下さいよっ!」
そんな便利マシンがあって何故墜ちる???
ああああっっっ!
機首が下がり、シートベルトを着けた身体がふわりと持ち上がる。
視界がぐるりぐるりと回っている。世界が回っている。
いや、機体そのものが大きく旋回し、高度を下げているのだ。
小さな窓の外はジャングル。地平線の果てまで緑が続いている。
その地平線が斜めってる!!
やべぇ!こりゃもうだめだぁっ!
思わず!目をつぶった瞬間!
またぶつり、と意識が途絶えた。
墜落!
したはずだった。
………………。
はっ!と気を取り戻すと。
俺は両腕に外人さんを抱え、機体の中を早足で歩いていた。
元競歩の選手、というのは染みついているものだ。
競技用の歩き方で、走るのと同じぐらい素早く、俺は狭い機体の中を移動していた。
左腕で抱え込んだ年かさの男性はううん、と唸り、ぐったり身を任せている。
右腕に抱え込んだお婆さんは、うっすらとこちらを見上げ、何語かで囁いている。
俺に何か感謝を伝えようとしているようだが、言葉がわからない。
英語以外はからきし、その英語だって適当極まりない俺の語学力には手に余る。
それでも何か答えようとして気付いた。まったく口が動かない。
勝手に俺の身体はおばあちゃんから目線を外し、オートマチックに動き続けている。
思い当たる節はある!
こうやって俺の身体を運びやがったな。それと自分の荷物も!
浅野教授!
俺の身体は俺の意思とはまったく関わりなく、ほとんど空となっている座席の間を素早く歩き抜けていった。
しかし……俺がこんな力持ちだとは……知らなかった。
勝手に動く身体がすいすいと歩いている。
かなり大柄の外国人二人抱えたまま。
脱出用のスロープがすでに出ていて、そこから両腕の外国人を一人ずつゆっくり下ろすと、浅野教授が降りてきたお婆さんを優しく支え、立ち上がらせた。
「マキタ! あと何人グらいだ?」
「七、八人です! あとは自力で立てそうです。あと少し経てば!」
俺の口から、アタマを介さずに言葉が飛び出ていく。
意識とは別に口が動く、という奇妙な体験。
教授とつきあってると奇妙な体験ばっかりなんだがな!
「ふむ。オりてきたまエ。解除しヨウ」
俺の身体はすっと座り込み、スロープを下って降りていった。
だーかーらー。
俺の身体を自由に使わないで下さいよっ!俺の意思抜きでぇっ!
「見テ」
教授がおれの目の前で、印を描くように空中に指先を走らせる。
耳の後ろでぱきっ、と乾いた音が鳴り……
途端に、俺の身体のコントロールは俺のものに戻った。
「お、お、俺の身体にナニをしたんですかっ!教授!」
「かラだにはナにも。ココろにはちょっト」
ナニがちょっとだよ! 便利に使いすぎだろおおっ!
ロボットか俺は!
「キミの意思がナい方が、君はチカら持ちなのだよ。行動モ理解もハヤい」
「人権蹂躙っっ!」
「あったのかネ?きミに?くすすっ」
くくっ………………ないのかもしれない。くっそぉぉ……。
飛行機はまったくもって理解出来ないことに、ほぼ無傷。
しかしジャングル深く横たわっているので離陸は不可能だろう。
燃料が残っていても滑走路がとれない。
機長等のクルーはひとまとまりになり、ぐったりしている。
何事が起きたのか理解出来ていないのだろう。茫然自失を絵に描いたような様で草むらに座り込んでいる。
乗客は全員無事と、歩み寄ってきた教授が告げた。
三々五々、集まってはいるが、どの顔を見ても呆然としていることは変わりない。
ただ一人すっくと立つ浅野教授が、それらを睥睨して声を上げた。
「では。マキタ。指示をダす。“乗客を各自の国に戻す。私のマシンでね。国ごとに分かれてまとまっていてくれと話はしてある。それまで一人で待機していてくれ。”」
日本語はガタガタなくせに、指示を英語に切り替えた途端流暢になるところが、何だかな、という所だ。左衛門ノ丞のくせしやがって。
「不服はありますが了解です。どれぐらいかかりますか?」
「すグ。わたシの……ああ……“時空間移動装置を使えば、それほど時間はかからないはずだ。……トラブルがなければね”」
途中で面倒くさくなったのか、英語に切り替えやがった。
俺の語学力では大体しか訳せていないのだが……
「………時空間移動装置……?であってるのですか?」
「“君の知性レベルに合わせて言えば……タイムマシンでも何でもかまわんよ。どうせ理解は不可だろう”」
しれっと英語でもイヤミぶっ込んできやがるところが教授である。
「“では取りかかる。その間の生活は自活せよ”」
「へいへい。教授のことですから不可能は無いと思いますが……何カ国ぐらいいくんですか?」
「“二十”」
「……はぁ」
「ダイジョウブ。48カ国語しゃベレルから」
何で48ですか?四十八手ですか?AKBですか?
外国語覚えすぎだから、日本語ヘンになるんですよっ!
ン……?……その間の生活……??……俺のアタマの翻訳ミスか?
頭に芽生えた微かな疑問に首をひねる俺に頓着せず、教授はあっさりと身を翻すと、乗客のサークルに近づき、さあ、行くよ、とばかり片手を上げて合図するといきなり姿を消した。
その乗客のサークルごと。
Oh……と残されたサークルから歓声が上がる。
一応の説明は受けていたようだ。
相変わらずというか……理不尽が人の形をしているのが教授である。
こちらは……もう教授に任せてもいい……というか任せるしかない、というか。
俺はまぁ……待つしか無いか、と独りごち、どさりと土の上に腰掛けると、少し体力回復を図った。
時折、ちらりちらりと振り返ると、教授が現れたり消えたりして、その都度ごと、輪になっている乗客が消えていく。
送り届けは順調なようだ。
この様子なら、陽が落ちるまでにどこか宿が在る処に移動出来るだろう。
教授の計算は信用出来る。人格はさておき。
目前に広がるのは完全に赤道直下あたり熱帯雨林の樹林相。
メキシコ行きに乗っていたと思われるのだが……かなり航路が逸れてしまったのかも知れない。
カリブ海をまたいでしまった様子はなかったが……。
まぁ、現在位置など、教授が戻れば知る必要は無い。
何とかかんとか万能マシンとやらですっと移動して……ここもおさらばだ。
俺は気楽にただ教授が戻るのを待ち続けていた。
と、背後で大きな存在感がすっと消える気配がした。
足下に伸びかけていた影がかき消えるように無くなった。
えっ?と振り返ると……墜落していた機体が無い。
思わず立ち上がり、辺りを見回した。あの巨大な物体が面影も無く消え去っている。クルーも、一緒に消えている。
というか、乗客も……もはや一人も残っていない……。
機体まで運べるのかよ……すげぇな……。
ただその時はそう思っていた。ただ呑気に。
風が突然、ひょう、と吹き抜け……俺はジャングルの中にただ一人でいることにいきなり気付いた。
ずずん!と孤独感が背中からのし掛かってくる。
傾きかけた陽がジャングルの高い梢にかかりつつある。
樹々の間からしっとりとした闇の気配もじわじわと迫ってきていた。
「んんん……教授!早くして下さいよ……ホントにもう」
何かにじわじわ炙られるような感じがして、じたじたと足踏みをする。
その足下に、何かが飛来した。
なんだ?土に刺さっているのは棒だ。引き抜く。鏃がある。矢だ。
創られたもの。そして意思を持ってそれは放たれていた。
甲高く鋭いウォークライが、闇を孕みつつある森に響き渡った。
復帰です(笑)
もうアダルトとは言わせない。
シルバーウィーク中連続掲載いたします。




