リザレオと夕焼けを眺めながら丸太の上で、しゅんとしたっ!
俺を外に残して、自分だけエリゼの家に入るのは気が引けるのだろう。
頑なにリザレオはエリゼの誘いを断り続けていた。
「あ……リザ……丁度リザの好きだったごはん今日作ったの……少し持って行きなさい……今包むからちょっと待っててね……」
そそくさとエリゼがその雄大な尻を揺らし、家の中に戻っていく。どの世界でも母親は喰わせたがるモンだなー、などと感心してしまった。
「んっ……エリゼのごはん……じゅるり……ひさしぶり……んんぅ……」
「……リザレオ、上がって食べていってもいいぞ。俺は先に戻っていよう」
「ダメ。それはダメ。きっと。これからのためにダメ。でも……エリゼのごはん……ううううう」
深い葛藤があるらしい。唸りながら頭を抱えるリザレオが少し可愛い。
入り口の所にいたアミリーニャも、部屋に入っていったエリゼの後を追い、引っ込んでしまった。ぱたぱたとまた出てきたエリゼの後に、アミリーニャはくっついていた。いかにもまだ幼い。
エリゼが抱えてきたのは俺達の想像を遙かに上回る量だった。
エリゼ一人では持ちきれないためか、後ろのアミリーニャも少し抱えていた。
「はい……二人分用意したから、いっぱい食べてね……仲良く分けるのよ」
「こんなに?うう……そしたらエリゼ達の分が……」
「また作るから大丈夫……アミーは料理上手なのよ……リザと違うわね。うふふっ」
「……わたしも結構したよ……エリゼ」
「木登りついでに実を取ってきてくれたり、水に潜るついでに魚を捕ってきてくれたりしたのは憶えてますよ。リザ……ふふふ……また今度来るとき、もってきてくれたら嬉しいわ……ミニーニ・リザ……」
なにやら大きな青い葉っぱにくるんだ包みをどさどさと。
エリゼはリザレオに手渡した。そのリザレオの瞳が潤む。
いっぱいに抱えたその腕の中に、背伸びしたアミリーニャも積み上げていく。
腕の中の葉包みの重さと暖かさ。
うつむいたリザレオの肩が細かく震えている。
俺までもらい泣きしそうだ。
きっ、と、顔を上げたリザレオが素早く目頭を拭い、明るく告げた。
「ん、今度ね。いっぱい獲ってくるから! また今度!二人で来るからねっ!」
ことさら大きな声を張り上げるリザレオをアミリーニャが熱く見つめている。
「え、えっと……アミリーニャも待ってるからっ……また、獲物の話してね……カーマ・リザ……楽しみにしてますからっ……」
初めて聞いたアミリーニャの声は甲高く細い。真っ直ぐにリザレオを見つめ熱い尊敬の眼差しを注ぐ少女を見やると、俺の視線に気付いたのか、少し動揺し、それでもぺこりと頭を下げた。
初めてちゃんとこの少女と目が合ったような気がする。
「ん! アミーも頑張ってね。今度いい矢尻をお土産にもってくるから。腕を上げとくんだよっ!」
「はい! カーマ・リザ!」
元気のいい返事が可愛く頼もしい。きっと近い将来そうなるのだろう。
このちびっ子がいつかあの集会所で、気勢を上げカーマ・リザ!と叫んでいるところが思い浮かんだ。
ま、その頃までこのちびっ子状態とは限らないわけだが。
名残惜しげにリザレオは何度も振り返り、大きく手を振り……俺達はエリゼの所を辞した。青い葉包みを半分持ち、俺も頭を下げる。
何度も振り返るたび、エリゼとアミリーニャの姿は小さくなる。
家々の影に姿が隠れるまで。
二人は立ったまま、俺達を見送ってくれていた。
通りすがる人々全てにリザレオの顔は知れていた。
この集落じゃ一角の人物らしい、とはわかっていたが。その顔の広さはやはりさすがだった。
そして、俺はリザレオを介して大勢の集落の人に紹介されたが……
残念ながら。
取り繕ったような反応が大半だった。
集落の入り口で出会ったハファエラの態度が、集落の大勢の反応を正しく表していたのだ。
それでも粘り強くリザレオは話しかけてくる人々に、俺を紹介していく。
未知の生物ではないのだと。
あのね。そうだけどね。
悪いイキモノではない、と解説して回ってくれるのは有り難いが。
反応は様々だ。すぐ受け入れるように表面的には見えるもの、あからさまに警戒するもの、はっきりと嫌悪を示すもの、これからの危惧をリザレオに延々と説くもの。
総じて俺の得た印象は……やはり閉鎖的だ。当たり前だが。
味方はリザレオだけ。熱心に俺を擁護してくれているが、表っかわだけでも柔らかい反応が返ってくる方が少数派だ。
リザレオと日頃近しいかどうか、そこが大きく差を生むのだろう。
歩き続けていくとさすがに人影も途絶え、集落の端が見えてくる。ここはカーマ・ハファの守備範囲だとリザレオが説明してくれた。
リザレオの家と同じような高い監視台の付いた平屋の大きな家が見えてくる。
「ここがカーマ・ハファの家だ。リザレオの家と同じ。一番端でスーランを守っている」
作りが似たハファエラの家は静まりかえり、中はまだ無人のようだった。
「帰ってないのかな?ハファエラー……カーマ・ハファー……」
結構無遠慮にリザレオがそのすだれのような葉のシェイドをあげて中を覗き込む。
「監視台の所かな……仕事熱心はいいけど……気を張り詰めすぎ……」
ふぅ、とリザレオが溜息を吐く。これでも心配しているようだ。
「もうこれで一通り、集落の中は案内してもらったか……ありがとリザレオ……ずいぶん参考になったよ」
「マキタ……ごめん……」
くるりと向き直ったリザレオの顔は、わっかりやすくしょげかえっていて、こんなリザレオを見るのは初めてだった。
「みんな……ちょっと怖がってる……ガンツォじゃないけど……そう見えちゃうのかな?……戦わないヒト、戦うことを終えたヒトには少しコワいみたい……ごめんねマキタ……」
「気にしてないよ。こういう女性ばかりの集落で、男が怖がられない方がオカシイ。それはまったく正常な反応だから。リザレオが落ち込むことはないって。なっ」
リザレオの肩を抱き、近場にあった大きな丸太の上に並んで腰を下ろす。
腰を降ろして初めて気付いた。かなり深い疲れを感じた。
ずっと歩きっぱな上に……次々と注がれる冷たい視線は結構しんどかった。
ふぅ……とリザレオも深く肩を落とす溜息を吐いた。
「ちなみにリザレオ。ずっと聞きたかったんだが、ガンツォって何だ?」
「胸毛」
リザレオがぽつりと応える。
????胸毛?
確かに俺はないけど。胸毛。
またぁ……教授翻訳システムのバカかぁ。仕事しろ。ちゃんと。
陽は早くも傾き、ジャングルの奥からは夜の闇が滲み出てきている。二人で並んで丸太の上に腰掛けて、並んではぁぁ……なんて溜息を吐いていると。
まるで二人して迷子になったような気にもなる。
行き暮れて夕焼け。なんか子供の頃にそんなことあったような。
俺は煙草は吸わないけど……きっと吸う人ならここで火をつけるのだろうな。
代わりに何度目かの溜息を盛大に吐き出した。
それでも。
一緒になって落ち込んでいるリザレオに大きく感謝だ。
本当に本当にリザレオは俺のことを考えてくれているのだ。
その事が泣けるほど有り難く嬉しい。
「ありがとう。リザレオ。でも大丈夫さ。後は俺次第だ」
くたりと垂れていたリザレオの頭が上がる。その短い髪の頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
「信用は俺自らの手で作り上げていかねばならない。俺のこれからの振る舞いがそれを決めていくのだろうしね。心せねば、だな」
「……マキタ……」
「信用には時間がかかる。それは当たり前のことさ」
深みを増していく夕日の朱の中で、並んで腰掛けるリザレオの頭が、俺の肩にこてり、と倒れた。やんわりと身体を預けるように傾いてくる。
囁くような声が聞こえてくる。
「……マキタはやさしい。勝っても強くてもやさしい……」
「そこが一番スゴい。一番むつかしいことだからだ」
「だから、みんなにいっぱい紹介した」
「不思議なイキモノだから、だけじゃない」
「ネワザがあるから……だけじゃない。や。ちょっとある」
「……おい」
「でも!」
「マキタやさしいから……きっとみんな好きになる」
「みんなもきっと……マキタ好きになる。集落の一人になれる」
「絶対いいことだよ。そう思う」
「そうなったらいいのに……な……」
しっとりと柔らかいリザレオの身体は温かく、少し冷えてきた風の中で唯一の灯火のようだった。
向き直すように肩を抱き、リザレオの顎にちょっと触るだけで、くい、と顔が上がり瞳が向き合った。その瞳の奥の光りが徐々に霞み、何かを期待するように口が小さく開いていく。
その眼差しが柔らかく溶けていった。
「優しいのはリザレオだ……。俺は一番最初にリザレオに逢えて……本当によかった……もう、アマゾネス現地嫁だな……いいか?……そう思っちゃっても……」
「ヨメ……?……わからないけど……リザレオは……ずっとマキタの味方……でいるよ……いたいと思ってるよ……それでいい……??」
「ああ……すげぇうれしいよ……リザレオ……」
「マキタっ……ああっ……」
リザレオの目がきゅっとつむり、また口が少し開いた。
くん、と顎を上げ……その抱いている肩が小さく震えている。
リザレオは待っていた。俺は望んでいた。
後ほんの少し、顔を倒すだけだった。
感極まり……キスの寸前……声が響く。
「ガンツォっ!ガンツォっっ!!」
鋭く遠くまで響く少女の甲高い声が警戒を告げている。
一瞬にして、ドン!と俺は突き飛ばされていた。リザレオ?リザレオっ?!?
椅子にしていた丸太からドサァ!と転げ落ち、地べたにひっくり返っていた。
「ガンツォ?!……?……こんな夕方にっ……!」
リザレオが、その声の響く方を固く尖らせた視線で眺めている。
甘い雰囲気など一瞬でかなぐり捨てたリザレオの横顔は、戦士そのものだった。
今日は二度更新(笑)




