↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/144

第45話 水面の下(中編)

お読みいただきありがとうございます。


第45話の中編です。

 夜が来た。

 堤の先端に灯りが五つ並んだ。三人の男が丸太を縄で組んで筏を作り、細長い装置をその上に載せていく。舟がなかった理由は、それだった。舟は運べない。筏なら、その場で組める。

 対岸の葦の陰で、リオとテッサは並んで伏せていた。


「……今夜、あれを池の一番深いところへ運んで、沈める。沈めて、起動する」


 テッサが遠眼鏡を覗いたまま言った。


「起動したら、あの装置の周りの水が、眠る。魔力が眠るってことは、あの池の主が眠るってこと。……一度眠ったら、この水が干上がるまで起きない」

「壊せますか」

「壊せる。……あの人の癖で、封じの芯は熱を通す作りになってる。硝子の管が何本かあって、その一本が芯。あそこに熱を当てれば、芯が死ぬ。……ただ、今は暗くて見分けられない。起動して光れば、芯だけ色が違って見えるはず。原図で、そう読んだ」

「起動した後、ですか」

「起動した後。それも、近くで。……筏の真上くらいで」


 リオは鞄を見た。

 鞄の中で、あかりが帽子を直した。


「……あかりに、頼めますか。あの筏の上まで飛んで、テッサさんの言う管に、熱を当てる」

「飛べる。……あつい、すき」


 光の妖精は、火の側の子とは違う。だが、閃光の熱は持っている。工人展の夜に手すりを砕いた、あの熱だ。

 テッサはあかりを見て、それからリオを見た。


「じゃあ、分担だね。私は装置側。遠眼鏡で読んで、あかりに管を教える。……覆面くんは」

「池側です。あれが水に入ったら、主が眠りかける。眠らせない」

「どうやって」


 リオは答えなかった。

 答え方が分からなかった。分からないまま、水際に座っているちゃぷを見た。ちゃぷは水面を見ている。二日間、ずっとそうしている。


「……起こし続けます」


 それだけ言った。


     ◇


 筏が堤を離れた。

 三人が長い棹で、闇の水面を押していく。灯りは筏の上に一つだけ。装置は筏の中央に、縄で固定されていた。

 リオは、糸を投げた。

 昼のうちに、群れの長たちには頼んであった。水鳥の長、蛙の長、鼠の長。糸は一度に一本しか伸ばせない。だから群れごと動かす時は、長に話して、長から群れへ伝えてもらう。それが、この二日で覚えたやり方だった。

 水鳥の群れが、筏の周りの水面に降りた。何百羽。筏が進もうとするたびに水鳥が進路に浮かんで、棹を押す手が止まる。蛙が筏の縁に上がり、鼠が固定の縄を齧った。

 筏は遅れた。

 だが、止まらなかった。三人は鳥を払い、蛙を蹴落とし、縄を結び直しながら池の中央へ進んだ。獣は人間の仕事を遅らせることはできても、止めることはできない。それは、一日目に分かっていたことだった。

 池の中央で、筏が止まった。

 三人が装置を水へ滑り込ませた。

 細長い影が水面の下へ消えた。

 一呼吸。

 二呼吸。

 水の底から、青白い光が滲んだ。

 竜が起きた夜の、あの青い光とは違う。もっと冷たい、眠りの色の光が、装置を中心に水の中で丸く広がっていく。


「――起動した」


 テッサの声が、堤の上から飛んできた。テッサは、葦の陰を出て堤の付け根まで走っていた。遠眼鏡で筏を追いながら。


「読む! あかり、行って!」


 光の塊が鞄から飛び出した。

 夜の水面の上を、赤い帽子の光が一直線に筏へ向かった。

 筏の上で、三人が空を見上げた。


「……なんだ、あれは」


 答える者はいなかった。


     ◇


 リオは水の中に入っていた。

 岸から、膝まで。腰まで。

 伸ばしていない糸の側から、竜の重さが沈んでいくのが分かった。起きた夜に胸を押した、あの池一つぶんの重さが、下へ下へ。眠りの光に引かれている。

 ――眠るな。

 リオは水面に手を置いた。

 糸は伸ばさない。結ばない。グラントに結ぶなと言われた。並ぶ相手だ、と。並ぶというのは、隣に立って同じ方を向くことだ。

 だから、隣に立った。水の中に。

 ――眠るな。まだだ。人間が止めるまで、あと一晩だ。

 重さが一瞬止まった。

 止まって、また沈み始めた。眠りの光は強い。あの人の道具は、いつも強い。

 岸で、ちゃぷが立ち上がった。

 立ち上がって、水の中へリオの隣まで来た。膝まで。腰まで。小さな両手を水面に置いた。


「……おきて」


 子供の声が水の上で震えた。


「おきて。ねると、もう、おきない。……おきて」


 重さが、また止まった。

 リオはネムの歌を思い出していた。眠らせる歌。眠るための道を、一つずつ敷いていく歌。今やっているのは、その逆だ。起きるための道を、一つずつ水の上に置いている。呼びかけ一つで、一段。ちゃぷの声で、一段。

 眠りの光が水の底で押している。

 リオとちゃぷの声が、水の上で押し返している。

 どちらが強いかは、分からなかった。分からないまま、呼び続けた。

 負けていた。

 重さが、また沈む。声で押し返しても、眠りの光の方が強い。あの人の道具は、いつも強い。呼びかけ一段では、足りない。

 リオは、水面に置いた手を、握った。

 ――並ぶってのは、隣で見てることじゃないだろ。

 太い線を、撚った。

 契約の線だ。結ばない。結ぶなと言われた。だから、結ばずに――叩きつけた。

 差し出しも、置きもしない。撚り上げた太い線を、糸の側から全力で、眠りかけた意識に叩き込んだ。大型三、四頭分の魔力を猫のように大人しくさせる糸で、逆のことをした。眠っている相手を、力ずくで揺さぶる。

 水面が、爆ぜた。

 池の中央から岸まで一度に波が立った。筏が揺れて、三人が縄にしがみついた。

 ――……いたい。

 水の底から、声が来た。

 眠りかけた声とは違う。起こされた声だった。夏の午後を返した時の声と同じ、はっきりした声。

 ――……なにを、する。

 ――起きてろ。あと一晩だ。……眠ったら、二度と起きられない。

 ――……らんぼう。

 ちゃぷが、隣で、小さく噴き出した。


「……おきた」


 沈んでいた重さが、止まった。止まって、水の底で、はっきりと目を開けた。眠りの光はまだ押している。だが、叩き起こされた古い竜は、もう眠らなかった。


     ◇


 筏の真上で、あかりが止まった。


「――見えた! 三本並んでる管の、真ん中! 一本だけ色が違う! それが芯!」


 テッサの声が、堤から届いた。

 筏の上で、三人が装置を見た。装置はもう水の中だ。だが水面のすぐ下で、青白い光を放っている。光の中に硝子の管が三本、透けて見えた。


「……あの光は、何だ」

「知るか! 払え!」


 一人が棹を振り上げた。

 あかりは棹より高くふわりと上がった。

 上がって光を細く絞った。

 工人展の夜の閃光の、百分の一。細い、針のような光が、水面を貫いて真ん中の管に落ちた。

 水の中で、管が白く光った。

 光って――割れた。

 水を通して、小さな乾いた音がした。

 青白い眠りの光が、水の底で揺れた。揺れて、縮んで消えた。

 リオの胸で、竜の重さが、ふっと軽くなった。

 眠りの光が消えて、押されるものがなくなったのだ。


「……ひかり、きえた」


 隣で、ちゃぷが言った。

 リオは水面から手を離した。膝が笑って、水の中に座り込みそうになった。ちゃぷが小さな手でリオの袖を掴んで、支えた。支えになる重さではなかったが、ありがたかった。


     ◇


 筏の上で、三人は動かなかった。

 動かないで、水の中の死んだ装置を見ていた。


「……反応が、消えました」

「消えた?」

「芯が割れてます。……この光、狙って割った。芯の位置を知ってる誰かが、向こうにいる」


 一人が、堤の付け根の灯りを見た。灯りの中に、工具鞄を抱えた小さな影が立っている。


「……ちっ。次から次へと、邪魔が入る」

「どうします」

「引き上げる。装置が死んだ以上、今夜やることはない。……上に報告だ。獣使いと、装置を読む奴と、あの光。三つ揃ってると」


 三人は、それ以上言わなかった。

 言わないまま、装置を縄で引き上げ、筏を堤へ戻し、灯りを消した。灯りが消えると、三人の姿は堤の闇に溶けて見えなくなった。

 追わなかった。

 追えば、荒事になる。装置は死んだ。それで、今夜は終わりだった。

 あかりが水面の上を戻ってきた。

 リオの、濡れた肩の上に降りて帽子を直した。


「……つかれた」

「ありがとう」

「ありがとう、じゃない。……あつかった。なかは、つめたかった」


 水の中の管を割る、というのは、この子にとっても初めてだったらしい。

 テッサが堤の付け根から走ってきた。


「覆面くん! 大丈夫!? ずぶ濡れ!」

「大丈夫です。……テッサさん、読み、ありがとうございました」

「読んだだけ! 割ったのはあかりで、起こしてたのは覆面くんで――」


 テッサは、そこで言葉を切った。

 切って、水の中に立っているリオと、その隣のちゃぷと、水面の下で静かに続いている青い光を見た。

 何も言わなかった。

 工人展の夜と同じ、何も言わない目だった。


     ◇


 夜明け前、堤の付け根の葦ががさりと揺れた。

 誰かが葦を掻き分けて出てきた。欠伸をしながら。


「……ああ、遅れた。湿地ってのは、歩きにくいな」


 ガルドだった。

 泥だらけの靴で、肩に木剣を担いで、欠伸を噛みながら堤を見た。堤には誰もいない。水面は静かだった。


「……終わったのか」

「終わりました。……装置は、死にました。三人は、堤の向こうへ」

「荒事は」

「なかったです。誰も、殴ってません」


 ガルドは、しばらくリオの顔を見た。濡れた服と、覆面と、その肩の光の妖精を見て、それから欠伸を一つした。


「……そうか。なら、いい」


 木剣を肩に担ぎ直す。


「殴らずに済んだなら、俺の出番はねえ。それが一番だ。……朝まで寝る。グラントが来たら起こせ」


 それだけ言って、葦の陰に腰を下ろして、本当に寝た。

 殴らずに済んだ夜に、殴る人が来て、寝る。この人の仕事は、そういう仕事らしかった。

 リオは、濡れた服のまま岸に座って水面を見た。

 青い光が底で静かに続いている。

 グラントが戻る朝まであと二刻だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回、後編です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。