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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第43話 光る刃(後編)

お読みいただきありがとうございます。


第43話、これで完結です。

 火口の底で、炎が跳ね回っていた。 

 ――剣! 剣だ! おれ、剣に入ったことない! 燃やすの、おれ得意だぞ!


「……ちょっと、待ってくれ」


 リオは煙の中で咳き込みながら、糸の向こうへ言った。

 ――燃やすのは、剣じゃない。剣が、燃えるんだ。相手を切る時だけ。それ以外は、大人しくしててほしい。

 ――大人しく?

 炎が少しだけ縮んだ。

 ――……つまらん。

 ――つまらないか。

 ――でも、剣は面白そうだ。ここは、つまらん。火口には、おれしかいない。燃やすものもない。百年、同じ岩を焼いてる。

 百年。

 あかりが帳場の燭台に居着いた理由と少し似ていた。あたたかい場所が欲しかったあかりと、燃やすものが欲しいこの子。欲しがっているものは違う。だが、一人でいるのが嫌なのは同じらしかった。

 ――友達ってのは、どんなやつだ。

 ――……剣が好きで、声が大きくて、悔しいと剣が燃える。

 ――剣が燃える!? 人間なのに!?

 ――そういう奴なんだ。

 炎が火口の縁まで一気に伸びた。

 ――会う! 会わせろ! おれより熱いか、見てやる!

 リオは糸を太く撚った。

 太い一本の線。契約の線だ。今日この子を山から連れ出すには、結ぶしかない。あかりの時と違って、この子は姿を消せない。火を鞄には入れられない。

 線の端を炎の前に置いた。

 結ばない。受けるかどうかは、そちらが決める。

 炎は検分しなかった。

 線を見た次の瞬間、噛みついていた。

 どん、と胸に来た。

 熱い。あかりの熱の、十倍。胸の奥で、子供が跳ね回っている。じっとしていない意識だ。上へ、下へ右へ左へ。一瞬も止まらない。

 ――わ! 人間の中は、せまいな!

 ――……少し、静かにしてくれ。降りられない。

 ――分かった!

 分かったと言って、跳ね回るのをやめなかった。


     ◇


 下山は登りより楽だった。

 理由は精霊にあった。

 煙の濃いところに来ると、リオの前を火が一筋走る。煙が火に払われて道が開く。

 ――けむり、きらい!

 精霊は煙が嫌いだった。火の子だから当然だろう、とリオは思った。火は煙を出すが、火そのものは煙の中では燃えにくい。

 白い煙が火に払われて視界が戻る。

 リオは、初めて煙の山を息を切らさずに降りた。

 ――お前、煙が駄目なんだろ。おれが払ってやる。

 ――……ありがとう。

 ――礼はいい。剣に会わせろ。

 麓の岩場で、ノワールが翼をたたんで待っていた。若い竜は、リオの胸で跳ね回る火を鼻で嗅ぎ取ったらしい。首を傾げて一声鳴いた。

 ――なんだ、これ。

 ――カイルの剣に、宿る子だ。

 ――……騒がしいな。

 同感だった。


     ◇


 職人街の奥の、看板のない店。

 グラントの紹介状を渡すと、店の奥から腕の太い無口な老人が出てきた。財団ご用達の鍛冶師、ハインツ。名乗ったのはそれだけで、あとは折れた剣を見て、リオを見て、リオの胸の火を見た。見えるはずのないものを、見た。


「……火の側のは、そいつか」

「はい」

「入れ」


 カイルは鍛冶場の隅で、折れた父親の剣を布から出した。


「先生に、ここへ持ってこいって言われて。……なあリオ、お前、なんで昨日休んでた。それに、なんか熱くないか、お前の周り」

「後で話す」

「後でって」

「後で。……ハインツさん、鉄は」

「火に耐える鉄は、ある。財団の倉庫から、これのために出させた。だが、鉄だけじゃ足りん。火の側が、炉に入らんとな」


 老人は炉を顎で示した。

 リオは糸の向こうへ言った。

 ――炉に、入れるか。この剣を打つ間、炉の火になってくれ。

 ――炉! 火になっていいのか!?

 ――ああ。

 返事より先に、リオの胸から熱が抜けた。

 炉の中で、火が爆ぜた。

 普通の炭の火ではない。白に近い、澄んだ橙。鍛冶場の温度が、一段上がった。


「うおっ、熱っ!」


 カイルが跳び退いた。跳び退いて、それからまた炉に近づいた。


「……なんだ、この火」

「お前の剣を打つ火だ」


 ハインツはそれ以上何も言わず、折れた剣と火に耐える鉄を炉に入れた。

 鍛冶が始まった。


     ◇


 打つ間、カイルは炉の前を離れなかった。

 熱い。近づけば髪が焦げる熱さだ。ハインツが「下がってろ」と言った。カイルは半歩だけ下がって、それ以上は下がらなかった。

 自分の剣が打たれるのを見ていたいのだ。

 父親の剣の折れた鉄と火に耐える新しい鉄が、炉の火の中で溶け合い、金床の上で一本になっていく。

 その火の中から、精霊がカイルを見ていた。

 リオには糸越しに分かった。炉の火が、打たれる鉄ではなく鉄を見つめる人間の方を見ている。

 ――こいつか。

 ――そうだ。

 ――……熱いな、こいつ。

 火のことではない。カイルのことを言っている。

 ――おれより熱いかは、分からん。でも、面白い。剣を打たれてる間、ずっと燃えてる目をしてる。

 ――そういう奴なんだ。

 ――気に入った。

 炉の火がひときわ高く上がった。

 ハインツが初めて口の端を上げた。


「……火が、乗ったな」


 打ち上がった剣は、見た目は以前とほとんど変わらなかった。飾り気のない、数打ちのような剣。父親の剣の面影が、柄の形に残っている。

 だが、刃の芯に橙の筋が一本通っていた。

 ハインツはそれをカイルに渡さなかった。

 リオに渡した。


「火の側が、決める」


 リオは剣を受け取った。

 受け取って、糸をほどいた。

 契約を、解いた。

 炉の火が消えた。

 消えた次の瞬間、剣の刃が一瞬、橙に光った。

 精霊が自分で刃に入ったのだ。契約ではない。リオが結んだ線は、もうない。この子は自分の意思でこの剣を選んだ。

 あかりが帳場の燭台を選んだのと同じ形だった。

 リオは剣をカイルに差し出した。


「……お前の剣だ」


 カイルは両手で受け取った。

 受け取った瞬間、目を丸くした。


「……熱い」

「そいつが、宿ってる」

「そいつって」

「後で話す」

「後でばっかりだな、お前!」


 カイルは文句を言いながら、剣をしばらく両手で持っていた。

 剣が少しだけ温かかった。


     ◇


 翌日の稽古場で、カイルは新しい剣を初めて振った。

 ガルドが壁にもたれて、欠伸をせずに見ていた。


「纏え。紙一枚」

「……はい」


 カイルが息を吸った。

 刃が赤くなった。

 七日目に折れた時と同じ赤さ。だが今度は刃は割れなかった。赤を、芯の橙が内側から受け止めている。

 赤が白に近づいた。

 そして光った。

 刃の輪郭が橙の光を纏って、稽古場の砂の上に細く長い影を落とした。

 光る刃。

 カイルが藁束を切った。

 切り口は焦げていなかった。溶けて、滑らかに鏡のように光っていた。

 稽古場が静まった。

 見学の一年生が、柵の外で誰も声を出せずにいた。ノアの足元で、ゼルが刃の光に目を細めていた。

 ガルドが壁から背中を離した。


「……上等だ」


 それだけ言って、欠伸を一つした。

 カイルは光る刃をしばらく見ていた。

 見てから、剣を下ろして鞘に納めた。納まった。刃こぼれもひび割れもない。


「……なあ、こいつ、名前あるのか」

「ない。お前が付けろ」


 カイルは少し考えた。

 考えて、鞘の上から刃を叩いて言った。


「ホムラ。……単純でいいだろ、こいつには」


 鞘の中で、剣が一度だけ熱を上げた。

 気に入ったらしい。


     ◇


 教室で、カイルは机に肘をついてリオを見た。


「なあ」

「なんだ」

「俺、なんかすげえのがあるらしい」

「ああ」

「先生が言うには、魔法科の首席になれたかもしれねえって。で、剣に火を纏えるようになった。で、その剣には、なんか火の奴が入ってる」

「入ってるな」

「……お前、驚かねえのな」


 リオは机に突っ伏したまま、片目だけ開けた。


「昔から、知ってた。お前がすげえのは」


 カイルが少し黙った。

 黙って、それから机を叩いて笑った。


「――そういうこと言うなよ! お前が言うと、本当みたいに聞こえるだろ!」

「本当だから」


 窓の外で、初夏の日が稽古場の砂を白く照らしていた。


     ◇


 その夜、帳場にガルドが来た。

 帳場に来る時のガルドは、非常勤講師ではない。二番である。


「――グラント」

「なんだ」

「レオンハートの小僧。……あれ、そのうち、こっちの戸を叩くぞ」


 グラントは帳面から顔を上げなかった。


「叩かせるかどうかは、そいつ次第だ。……うちは、人を斡旋しねえ」

「勧誘もしねえ、か」

「しねえ。来る奴は、勝手に来る」


 ガルドは欠伸をして帳場の隅の席を見た。

 リオがいつもの席で船を漕いでいた。


「……こいつも、勝手に来たな」

「こいつは、拾った」


 それ以上、二人は話さなかった。

 帳場の燭台の隣で、あかりが赤い帽子を直した。

 今夜も帳面には私用の一件は載らない。載らなくていいものが、リオの周りに一つ増えた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


三話にお付き合いいただき、ありがとうございました。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


【登場人物メモ】

 ハインツ……財団ご用達の鍛冶師。職人街の奥の、看板のない店の主。

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