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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第43話 光る刃(中編)

お読みいただきありがとうございます。


第43話の中編です。

 翌日の放課後、カイルは剣術科の稽古場の隅に呼び出された。

 呼び出したのはガルドで、呼び出された理由をカイルは知らない。リオは稽古場の外の柵に寄りかかって、聞こえるか聞こえないかの距離でそれを見ていた。


「昨日の、あれな」


 ガルドは木剣を肩に担いで、欠伸をひとつしてから言った。


「お前、魔力の出口が変わってる。普通なら、あの量の火は術に変えて放つもんだ。魔法科の連中がやるように。……お前のは、術にならねえで、そのまま剣に出た」

「……それ、まずいんですか」

「まずくはねえ。珍しいだけだ。ただな」


 ガルドは、稽古場の砂に木剣の先で線を一本引いた。


「昨日出た火の量な。魔法科で測ったら、たぶん上から数えた方が早い。お前、剣なんぞ振ってねえで魔法科に入ってりゃ、今ごろ首席を走ってたかもしれねえ。天職は、魔法使いだったかもしれねえぞ」


 カイルはしばらく黙っていた。

 黙って砂に引かれた線を見て、それから顔を上げた。


「先生。俺、剣がいいです」


 即答ではなかった。だが、迷いもなかった。


「剣が好きなんです。ガキの頃から、親父の剣を振ってた。魔法が嫌いってわけじゃない。でも今は、剣を極めたい。……剣の方が、俺には合ってる」


 ガルドは欠伸をしかけてやめた。


「……剣がいい、か」

「はい」

「魔法使いになれば、今の倍は稼げるぞ」

「剣がいいです」

「三回言ったな」

「何回でも言います」


 ガルドは木剣を肩から下ろして、砂の線を足で消した。


「なら、一緒に使え」

「……は?」

「剣に纏え。昨日、勝手に出たあれを、自分で出せるようにしろ。術にせずに、刃に乗せる。魔法剣士ってやつだ。剣も好き、魔力もでかい。どっちも捨てなくていい。両方使え」


 カイルの口が、ぽかんと開いた。

 開いたまま、ゆっくりと笑いになった。


「……両方」

「両方だ。ただし、剣士の方が本業だ。魔力は、剣の足しに使え。順番を間違えるな」


 柵の外で、リオは息を吐いた。

 聞こえてしまった。知らない顔で聞くしかない会話だ。だが、胸の内では少しだけ拳を握っていた。親友が、自分の知らない場所で、自分の知っている人に見出された。それは、嬉しいことに決まっている。


     ◇


 稽古はその日から始まった。

 ガルドの教え方は、リオが知っている通り容赦がなかった。だがカイルは、リオと違ってそれを楽しんでいるように見えた。


「魔力を剣に乗せろ。……違う。乗せるんじゃねえ、纏え。刃の表面に薄く張る」

「薄くって、どのくらい」

「紙一枚」

「無理ですよ!」

「無理でも、やれ」


 三日目に刃が赤くなった。

 五日目に赤い刃で藁束を切った。切り口が焦げていた。

 七日目に刃が割れた。

 カイルの剣だった。父親から譲られて一年磨いてきた、飾り気のない数打ちの剣。それが纏った火の熱に耐えきれず、根元からひびが入って真ん中で折れた。


「……あ」


 カイルは折れた剣を両手で拾った。

 ガルドはそれを見て欠伸をしなかった。

 しばらく折れた剣を見て、それから頭を掻いた。


「……悪かったな。数打ちがどこまで持つか、俺も測りかねてた。俺の見立てが甘かった」

「先生のせいじゃ――」

「俺のせいだ。教える側の責任だ」


 ガルドは、折れた刃を一本、指で摘み上げた。


「魔力の火に耐える剣ってのはな、鍛冶の腕だけじゃ足りねえ。火に耐える鉄と、火の側の何かがいる。……そうそう転がってるもんじゃねえが、当たってみる。少し待て」

「当たるって、どこに」

「知り合いだ」


 それ以上は言わなかった。だが、この人が「少し待て」と言う時は本当に何かをする時だと、リオは知っていた。

 カイルは折れた剣を布に包んで、稽古場を出た。


「まあ、なんとかなるだろ」


 そう言って笑った。

 リオは隣を歩きながら、なんとかならないことを知っていた。

 魔力の火に耐える剣。そんなものは、そうそうない。あるとすれば、鍛冶の腕か、剣そのものに火を宿らせるか。後者は剣の側に火の側の何かが要る。

 火の側の、何か。

 リオは歩きながら考え始めていた。


     ◇


 その夜、帳場でリオは言った。


「グラントさん。……明日、休みをもらえますか」

「仕事か」

「いえ。……私用です」


 グラントの筆が止まった。


「珍しいな。お前が私用で休むのは、初めてじゃねえか」

「……そうかもしれません」


 グラントはそれ以上聞かなかった。聞かない代わりに、引き出しから紙を一枚出して机の端に置いた。


「持っていけ」

「これは」

「紹介状だ。財団ご用達の鍛冶師でな。職人街の奥の、看板のない店だ。……焼け山から戻ったら、その足で行け」


 リオは紙を見た。それから、グラントを見た。


「……焼け山って、俺、言ってませんけど」

「言ってねえな」

「なんで」

「帳場には、耳がある」


 それだけ。だが耳の正体は分かっていた。稽古場で「当たってみる」と言った人が、その足で帳場に寄ったのだ。

 カイルの剣が折れたことも、リオが何を考えているかも、この人はもう知っていて先に鍛冶師の手配まで済ませている。二番が動き、一番が手配する。窓口の仕事の順番が、カイルの剣のために回っていた。


「……ありがとうございます」

「礼は、帰ってから言え。焼け山は煙が濃い。……お前には、きついぞ」


 リオが煙を苦手なことも、知っている。

 リオは紹介状を懐に入れて頭を下げた。


     ◇


 翌朝、リオはまず尾根の塩舐め場へ行った。

 山と山の噂が行き交う、獣界の井戸端だ。以前、配達のついでに塩を一袋置いていった場所だ。

 降り立つと、居合わせた獣たちが今度は固まらなかった。塩を置いていった変な人間、として覚えられているらしい。

 リオは岩の窪みに、また塩を一袋置いて糸を細く投げた。

 ――聞きたいことがある。火の精霊が住む山を、知らないか。

 獣たちはしばらく顔を見合わせた。やがて角の欠けた山羊が、東の空を鼻で示した。

 ――東の焼け山。煙の絶えない山だ。あそこの火口には、火の精霊がいる。近づく獣は、いない。

 ――……煙が、絶えない。

 ――絶えない。行くのか、人間。

 ――行く。

 山羊はそれ以上何も言わなかった。獣は人間の事情を聞かない。

 塩舐め場から、リオは竜技団の竜舎へ向かった。

 翁は、竜舎の前でリオの顔を見るなり言った。


「仕事じゃねえな。顔で分かる」

「……私用です。ノワールを、借りられますか」

「仕事がなくても乗りに来い、と言ったのはあいつだ。俺じゃねえ。……あいつに聞け」


 ノワールはリオを見て首を低くした。

 聞くまでもない。


     ◇


 東の焼け山は、遠くから見てもそこだけ空の色が違った。

 山頂から、絶えず薄い煙が上がっている。硫黄の匂いが、風に乗って飛竜の背まで届いた。

 ノワールが山の麓の岩場に降りた。

 ――ここから先は、飛べない。煙で、翼が重くなる。

 ――分かった。待っててくれ。

 リオは岩場に立った。

 鞄の中で、あかりが動いた。


「……あつい。でも、こわくない」


 あかりは光の妖精だ。火の精霊とは、種が近い。この山の熱を、あかりは怖がらない。

 リオは怖かった。

 山道に煙が流れてくる。薄い、白い煙。それが足元に絡むたび、胸の奥で何かが縮む。理由は分からない。分からないまま、リオはこの感覚とずっと付き合ってきた。煙の店には戸口までしか入れず、祭りの焚き火からは半歩下がる。それで済んでいた。

 今日は済まない。

 この山の煙の中に、火の精霊がいる。それをカイルの剣に連れて帰る。そのために、リオは煙の中を登らなければならない。


「……行こう」


 リオは布を口に巻いて、山道に足を踏み入れた。

 最初の四半刻は、平気だった。

 次の四半刻で、煙が濃くなった。

 視界が白く霞む。硫黄の匂いが、布越しに喉を刺す。足元の岩が熱を持っている。

 胸の奥が縮み続けている。

 白く囲まれる。あの感じだ。灰の魔女の店の戸口でいつも感じていた、あれ。今日は戸口で止まれない。囲まれたまま、進む。

 膝が一度落ちた。

 岩に手をついて息を整える。息が煙で整わない。

 白い。四方が白い。

 その白の中で、声がした。

 自分の名前を呼ぶ声。

 誰の声かは分からない。分からないのに、聞き覚えがある。獣に囲まれて眠る夜に聞こえる気がする、あの声と同じものだ。煙は、リオの一番苦手なものだった。同時に、その声を思い出すたった一つの合図でもあったらしい。

 怖い。

 怖いのに、あたたかい。

 鞄から、あかりが出てきた。

 光の塊がリオの目の前でふわりと膨らんだ。周りの煙が、光に押されて少しだけ薄くなった。


「リオ。……いく? かえる?」


 リオはあかりを見た。

 行く、と言うつもりだった。だが声が煙で出なかった。

 代わりに、立ち上がった。

 白の中の声に、背中を押されるように。

 立ち上がって、あかりの光を頼りに、また一歩登った。

 火口が近づくにつれて熱が変わった。

 煙の熱ではない。もっと澄んだ、乾いた熱。あかりの熱に似て、あかりよりずっと大きい熱。

 火口の縁で、リオは足を止めた。

 火口の底にそれはいた。

 赤い岩の裂け目から、炎が一本立ち上がっている。炎に見える。だが、風に揺れない。揺れずにこちらを見ている。炎の中に人の形の輪郭が、ぼんやりと浮かんでいた。あかりを十倍にして火にしたような。

 火の精霊だ。

 糸を伸ばした。

 触れるだけの、細い糸。

 その糸が炎に触れる前に声が来た。

 ――おい! 人間!

 大きな声だった。あかりの鈴の声を、そのまま十倍にしたような。

 ――煙も火も熱も苦手だろ、おまえ! なんでこんなとこまで来た!

 見抜かれていた。だが責める声ではなかった。面白がっている声だった。

 リオは膝をついた。煙のせいでもあり、そうしたかったせいでもある。

 ――友達の剣に、宿ってくれる火を探してる。

 ――剣!?

 炎が、跳ねた。

 ――剣って、あの、振り回すやつか!? おれ、剣に宿っていいのか!? 燃やしていいのか!?

 火口の底で、炎が、子供が飛び跳ねるように二度三度、高く高く伸びた。

 風のせいでは、ない。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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次回、後編です。

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