↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/144

第36話 白い花の客(後編)

 グラントは、依頼を請けてもすぐには動かなかった。まず、下調べである。

 敵の持ってきた話を、敵の言った通りに信じるほど十三番窓口は甘くない。

 リオの糸がまず街の獣に聞いて回った。ゾルン商会の裏口に、夜中荷が出入りしていないか。版工房の煙突は、いつ煙を吐くか。屋根の鳩と、路地の猫と、堀のネズミは、人間の見張りより口が堅くなく目は確かである。

 ほどなく、絵が揃った。

 エルムの話は、癪なことに全部本当だった。ゾルン商会の金庫には夜も番人が付き、版工房は表向き鍋の修理屋で、夜だけ地下の炉が回る。写しと部材は工房、原図は商会の金庫。喋った通りの配置である。


「本当のことしか言わねえ客ってのは、な」


 グラントは、地図に二本目の印を打ちながら言った。


「嘘つきの倍、気をつけるもんだ」


     ◇


 決行は月のない夜だった。

 二手に分かれる。

 版工房にはガルドとテッサ。ゾルン商会の金庫には、リッツとリオ。互いの間を、リオの糸に繋がれた屋根の鳩が一羽で往復する。

 工房の方はあっけなかったらしい。

 裏口の錠が外れ、地下で炉番をしていた男たちが何かに気づくより早く、ガルドが灯りを消し、気づいた頃には全員、芋俵のように積まれていた。物音は、鍋一つ分もしなかったという。

 商会の方はリッツの独壇場だった。

 道具袋から出た古いオルゴールの蓋が開き、小さな影が澄んだ声で短い旋律を紡ぐ。リッツの相棒、歌う影のリラである。歌に合わせてリッツの指が空中で錠を編むと、廊下と番人の詰め所の間に音の壁が一枚、立った。


「これで、こっちの音は向こうに聞こえねえ。……さて」


 金庫の錠は三重だった。

 リッツは、それを鼻歌まじりに順番に外した。錠前師に言わせれば、金のかかった錠ほど作りが素直なのだそうである。

 原図は金庫の一番奥の、筒の中にあった。

 引き上げ際、リオは商会の帳場の机に糸で運ばせた一枚の紙を置いた。匿名の垂れ込め状である。この商会と工房が何を作って売っていたか、朝には憲兵が知ることになる。派手な摘発はしない。だが、次の商売もさせない。

 静かに一夜で。

 依頼の条件は、守った。守った上で、それ以外のこともした。


     ◇


 夜明け前の帳場に、回収品が並んだ。

 写しが九枚。試作の部材が木箱に二つ。そして、筒に入った原図が、一枚。

 検品はテッサの仕事である。

 ゴーグルを額に上げたテッサは、原図を作業台に広げてしばらく黙り込んだ。

 それから、ぽつりと言った。


「……すごい」

「すごい、って、何が」

「これ描いた人、天才だよ。性格は最悪だと思うけど」


 テッサの指が、図面の線をなぞった。


「線の一本一本に、組んだ人の癖が出てるの。力の逃がし方、封の重ね方、数字の丸め方。……指紋みたい。この図面、あの祭りの道具と、同じ手だ」


 リオは、覆面の下で息を一つ止めた。

 祭りの夜、保管庫を狙ったあの精巧な道具。それと同じ手が描いた原図が、今この作業台の上にある。


「グラントさん。これ、朝までに返すんですよね」

「ああ。全量、耳を揃えてな。……請けた仕事だ」

「じゃあ」


 テッサはゴーグルを下ろした。


「朝まで、借りるね」


 それからの数刻を、リオは多分忘れない。

 テッサは原図を一度も写さなかった。写せば、写した事実が残る。代わりに読んだ。図面の全部を覚えたわけではない。封の順と、弱点の位置と、解きほぐす手順。解くために要るものだけを選んで読み解き、自分の頭に沈めた。時々自分の帳面に書き付けるのは、図ではなく、彼女自身の言葉で書かれた解き方の覚えだけである。


「――終わった」


 窓の外が白む頃、テッサはぐっと伸びをした。


「この型の道具はね、もう、怖くない。今度どこかで見つけたら、私、目をつぶってても外せる」


 依頼は写しを消すことだった。

 そして朝が来る頃には、図面の写しではなく解き方の写しが一枚、テッサの頭の中に残っていた。


     ◇


 エルムは約束の朝に来た。

 写し九枚。部材の木箱二つ。原図一枚。

 品目と数を彼は丁寧に確かめ、満足そうに頷いた。


「完璧です。一夜で、騒ぎ一つなく。……いや、お見事でした」

「仕事だからな」

「ときに」


 為替を差し出しながら、エルムは世間話の調子で言った。


「原図の中身は――ご覧に、なりましたか」


 直球だった。


「検品したからな。品目と、数を確かめた」

「品目と、数」

「ああ」


 グラントは眉一つ動かさなかった。


「それ以上のことは、しろとも、するなとも、依頼書には書いてなかった。だから、それ以上のことを聞かれても、答える義理もねえな」


 短い沈黙があった。

 エルムは、原図の筒にちらりと目を落とした。封も、紙も開けられた痕跡ひとつない。中身を読まれたのか読まれていないのか、確かめる術はもうどこにもない。


「……こちらの、落ち度です」


 感じのいい微笑が、ほんの少し深くなった。


「次の依頼書では、文言を詰めることにします」

「そうしな」

「ええ。……次が、あれば」


 エルムは立ち上がり、戸口で例によって一度だけ振り返った。


「良い仕事でした。この街の水準が、よく分かりましたよ。――では」


 客は朝の光の中に消えた。

 褒め言葉がこんなに嬉しくない朝も、珍しい。


     ◇


 その日の帳面の品目欄には、几帳面な字でこう載った。

『図面ならびに写し・部材の回収 一式(依頼主・シラード商会)』

 敵の名前がうちの帳面に初めて載った。

 帳面を閉じながら、グラントは隅で船を漕ぎかけているリオに言った。


「リオ。今回の仕事、何だったと思う」

「……回収、じゃないんですか」

「半分な。もう半分は、値踏みだ。あちらさんは、うちの腕を、金を払って測りに来た」

「じゃあ、損したのは、うちですか」

「どうかな」


 グラントは湯呑みを傾けた。


「敵の仕事を請けるってのはな、金をもらって、敵の手の内を覗くってことでもある。……あの原図の中身は、もう、うちの嬢ちゃんの頭ん中だ。勘定は、悪くねえよ」


     ◇


 遠い部屋で、灯りが一つ点いていた。

 白い花の隣で、穏やかな声が報告をしていた。


「――回収、完了です。全量、一夜で、騒ぎもなく」

「例の連中は、どうでした」

「いい仕事をしますよ」


 穏やかな声は、淀みなく答えた。


「早くて、静かで、確かだ。値切りもしないが、付け込ませもしない。……この目で確かめられただけでも、安い買い物でした」


 白い花が一枚散った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。