↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/144

第34話 学生割引

お読みいただきありがとうございます。


今回は、お金の話です。

 事の起こりは、昼休みの教室だった。


「リオ! 今日の放課後、鍛錬用のグローブ買いに行くから付き合えよ。革物屋の親父が、いいのが入ったって」

「パス」

「即答かよ。なんでだよ」

「金がない」


 リオは財布を逆さにして見せた。

 机の上に銅貨が三枚落ちた。

 三枚である。それが今週の残りの全財産だった。


「……お前さあ」


 カイルが銅貨とリオの顔を交互に見た。


「バイト、しまくってるよな? 夜も、休みの日も。なんで金ないんだよ」

「うちは、薄給だから」

「大変なバイトなんだろ? 危なくはないけど、たまに階段から落ちるやつ」

「危なくはない。……給料も、危なくない。低空で安定してる」


 隣の席で聞いていたネイトが、腕を組んで唸った。


「分からんな。労働の対価というものが、正しく支払われていないのではないか?」

「ネイトくん、いいこと言いますね」


 トトが図鑑から顔を上げてこくこく頷いた。

 リオとしても、返す言葉がない。

 実際のところ、家計は毎月綱渡りなのである。宿代と、飯代と教材費。制服の修繕費が、これがまた結構かかる。仕事柄、制服も普段着もよく破れるのだ。先週は靴の底が剥がれ、今週は筆記具が寿命を迎えた。

 先日焼き菓子を買ってもらった時は、正直、涙が出るほどうまかった。あの味は、菓子の味というより他人の財布の味だったと思う。


「まあ、飯は職場のまかないがあるから、死にはしない」

「お前の生活、まかないで支えられてんのな……」


     ◇


 その放課後、廊下でテッサに会った。

 正確には、テッサの新しい工具鞄に会った。


「よ、テッサ。……ん? お前、その鞄」


 カイルが目ざとく気づいた。真鍮の金具の光る、職人向けの上等な革鞄である。腰の工具ベルトも、見たことのない新品だった。


「えへへ、いいでしょ! 念願の十二段ポケット!」

「お前、最近、急に羽振りよくないか? こないだも新しいゴーグル買ってたろ」

「あー、それがさ、聞いてよ」


 テッサは鞄を撫でながら、声を弾ませた。


「最近、突発で入るバイトがあるんだけど、それがめちゃくちゃ良くて! 魔道具の目利きとか解析とか、私の専門ど真ん中の仕事でさ。半日入るだけで、工具が一式買えるの!」

「半日で工具一式!? どこのバイトだよ、それ」

「ヴェイル系の派遣! ほら、ヴェイル人材派遣ってあるでしょ、王都の」

「あー……」


 カイルとネイトが、顔を見合わせて頷いた。


「聞いたことあるぜ。腕のいい職人ほど囲われるってやつだろ。給料がいいんで有名な」

「王都の三大優良職場、というのを瓦版で読みました」


 トトまで知っていた。

 リオは廊下の壁を見つめていた。

 ヴェイル人材派遣。

 王都の、三大優良職場。

 給料がいいんで、有名。


「……あのさ」


 気づけば、口が動いていた。


「俺のバイト先も、そこなんだけど」


 廊下がしんとした。


「……は?」

「ヴェイル人材派遣。俺、そこでバイトしてる。ずっと」


 四人の目が一斉にリオを見た。それから机に落ちた銅貨三枚を思い出したのだろう、カイルの顔がゆっくりと歪んでいった。


「――なんでお前だけ、金ねえんだよ!!」

「俺が聞きたい」


 心の底から、俺が聞きたい。


「え、待って、リオくんも!? どの部署!? 私、目利きの臨時枠だけど」

「……俺は、その、配達とか、雑用とか」

「雑用でも、あそこなら普通いいはずだよ!? だって私の半日で工具一式――」

「テッサ。それ以上は、俺の心が破れる」


 その夜、リオは決意した。

 一度、ちゃんと聞いてみよう。


     ◇


 夜の帳場で、リオは主任の机の前に立った。


「グラントさん。話があります」

「金の話か」

「なんで分かるんですか」

「顔に『銅貨三枚』って書いてある」


 グラントは帳簿から顔も上げずに言った。この人の目は、たまに本当に怖い。

 リオは腹に力を入れて切り出した。


「単刀直入に聞きます。……なんで俺の給料、こんなに安いんですか」

「安くねえだろ。相場通りだ」

「相場って、何のですか」

「学生バイトの相場だ」

「うちが、王都の三大優良職場だって、今日知りました。テッサは半日で工具一式買えるそうです。俺は今週、銅貨三枚です。靴の底が剥がれました」

「嬢ちゃんのは、腕のいい魔道具士としての職人価格だ。専門職ってのは高くつく。……で、お前のは」


 グラントはそこで初めて顔を上げ、事もなげに言った。


「学生割引だ」

「割引されてるの、俺の給料の方なんですけど」

「そうとも言う」


 言うのか。

 リオはめげずに食い下がった。仕事の量なら、テッサに負けていないはずである。夜も出ている。朝帰りもしている。階段からも落ちている。


「俺、結構、働いてると思うんです。その、仕事の中身も……安くない類の、はずで」

「ああ。お前の仕事は、安くねえよ」


 グラントはあっさり認めた。

 認めた上で、帳簿をぱたりと閉じた。


「だがな、リオ。金ってのは、持てるだけの器がいる。学生の身の丈に、大人の金を載せてみろ。宿を変える。物を変える。付き合いが変わる。そのうち、学園の椅子が、退屈になる」

「……俺は、そんな」

「お前がどうかの話じゃねえ。金がそういう性質だ、って話をしてる」


 声は静かだった。


「いいか。お前の同い年どもは、銅貨を数えて、菓子を買うか買わねえかで唸ってる。焼き菓子一つで涙が出る。友達の誘いを、財布と相談して断る。――それが、学生の暮らしだ。高いも安いもねえ。それが、相場なんだ」


 グラントは指を一本立てた。


「うちがお前に払ってる一番高い給料はな、金じゃねえ。……学生らしく過ごせる暮らし、そのものだ。分かったら、それを使い潰せ。今しか買えねえ品だぞ」


 リオはしばらく黙っていた。

 腑に落ちたかと言えば、半分である。銅貨三枚はやはり銅貨三枚なのだ。

 だが、言い返す言葉は見つからなかった。


「……せめて」

「あん?」

「まかないの、おかわりの権利を」

「……バルカに言っとく。三杯までだ」

「五杯で」

「四杯。以上、交渉終わり」


 その時、厨房の方から鍋をがんと叩く音がした。


「――おい。聞こえてんぞ」


 バルカの声である。


「言っとくがな、給料なんぞ上げるんじゃねえぞ。金を持ったガキは、いい店の飯を覚える。そうなったら、あいつ、うちの飯を食いに来なくなるじゃねえか」

「来ますよ!? 給料が上がっても来ますよ!?」

「どうだかな。……ほれ」


 仏頂面のバルカが厨房から出てきて、握り飯を二つ押し付けてきた。


「四杯の件は、聞いた。明日から、椀を大きくしとく」


 昇給の直談判は、飯のおかわり一杯半分と椀の大型化という勝利に終わった。

 他人の飯は、今夜もうまかった。


     ◇


 リオが帰った後の帳場で、グラントは一人棚の奥へ手を伸ばした。

 出てきたのは、一冊の帳面である。表紙に名前はない。ただ、頁を開けば几帳面な字が並んでいる。

 日付。品目。金額。

 池の主の移送。竜の代役。湖の装置。祭りの夜の働き。空の値札、十二枚。

 この数年、あの子供がこなしてきた仕事の依頼料が、一行も欠けずに書き付けてある。

 断っておくが、勝手に取り上げているわけではない。学費も、怪我の治療も、破れた装備の修理も、窓口が別に出している。給料として渡しているのは、あの子供が今の暮らしで使う分だ。残りは預かる。採用の日に、そう取り決めた。本人は「はい」とだけ言って、中身を聞かなかった。聞かないところが、あの子供らしい。

 帳面の一番下には、いつでも出せる分が別に書いてある。困ったと言えば、出す。言わないから、出していないだけだ。

 金額の列は頁を追うごとに、積み上がっていく。学生の身の丈どころか、そこらの大人の身の丈もとうに超えた高さまで。

 引き出された跡は、一度もない。

 入る一方の、帳面である。

 給料を上げない理由は、説教で言った通りだ。……だが実を言えば、もう一つある。

 いつだったか、一度だけ上げてやろうかと考えた晩があった。その晩のうちに、厨房から苦情が来た。翌朝には薬草棚からも来た。飯を食いに来なくなる。夜食を届ける口実がなくなる。……あの連中の苦情が、存外どれも本気の声だったのである。

 グラントは今日の日付を書き、今日の品目を書き、金額を書き入れて筆を置いた。

 利子でも付けてやるか、と柄にもないことを考えてやめた。

 帳面を閉じ、棚の奥へ戻す。

 その隣には角の潰れたもう一冊。

 空欄の行のある帳面と満杯の頁の帳面が、棚の奥で並んで眠っている。

 どちらも開く日を決めるのは、俺じゃない。

 帳場の灯りが、落ちた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。