第32話 空に舞う値札(後編)
お読みいただきありがとうございます。
第32話の後編です。
王都の朝の空は、広かった。
ゼノの背から見下ろすと、目抜き通りも入り組んだ路地も、一枚の地図になった。前にはリオ、後ろの副座には、ゴーグルを着けたテッサと、道具袋を抱えたリッツ。
「区画ごとに流して! なるべく、ゆっくり!」
テッサの声が、風の中で弾んでいた。怖がるかと思えば、この人は空でも平常運転である。
――ゼノ、聞こえた通りに。
――承知。
ゼノが翼の角度を変え、王都の東の端から櫛で梳くように屋根の上を流し始めた。
最初の声はすぐに上がった。
「――あった! 右の橋! 欄干の裏、反応してる!」
橋のたもとに降りると、たちまち人垣ができた。
「ゼノだ! 竜技団のゼノだぞ!」
「なんだなんだ、興行の宣伝か?」
「新しい出し物の稽古じゃねえのか?」
王都の空で一番顔の売れた竜は、騒ぎにならない代わりに見世物になった。ゼノは慣れたもので、人垣に愛想よく首を振ってみせる。
その隙にリッツが欄干の裏へ潜り込んだ。
「橋の点検だ。離れてくんな」
嘘は言っていない。橋の下の、危ないものの点検である。
テッサがゴーグル越しに包みを睨み、小さく頷いた。
「……本物。芯が、生きてる」
「よし」
リッツの指が継ぎ目を三度撫で、細い工具が二度沈み――かちりと小さな音がして、包みの奥の唸りが止まった。
「一つ」
「残り、十」
◇
二個目は鐘楼の梁の上にあった。三個目は倉庫街の空き樽の底。四個目は市場の屋根の雨樋の中。
降りるたびに人垣ができ、そのたびにゼノが首を振り、子供が沸き、リッツが「点検だ」で通した。王都の民にとって、その日の空はちょっとした祭りだった。まんじゅう屋が「竜見物には団子だろう」と、屋台ごと追いかけてくる始末である。
四個のうち、二個は不発品だった。
「開けてみるまで、分からねえ。……ほんとに、質の悪い代物だぜ」
と、リッツが工具を仕舞いながらぼやいた。
テッサの判定は、開けた後にしか下りない。だから、全部に同じ手間をかける。
昼を回って、八個目までが空の目で見つかった。
残り、三個。
そこで、止まった。
「……拾えない。屋根の下か、床の下。上からじゃ、見えない場所」
テッサがゴーグルを額に上げて唇を噛んだ。日は少しずつ傾き始めている。
リオは糸を下へ投げることにした。
街には街の目がある。
広場の鳩。市場の猫。パン屋の裏の犬。
触れ糸を一瞬ずつ飛ばして、短く同じことを聞いて回る。
――見慣れない箱を、見なかったか。変な匂いの場所は、ないか。
答えは方々から返ってきた。
パン屋の犬は、隣の空き家の床下に見慣れない男が潜り込んでいった、と言った。水場の鴨は、橋脚の陰に、夜中、舟も着けないで人が張り付いていた、と言った。
九個目。十個目。
空の目と地の網。
残りは――一個になった。
◇
最後の一個が見つかったのは、日が屋根の高さまで落ちた頃だった。
場所が最悪だった。
夕市で賑わう中央広場の、時計塔の中腹。鐘の裏に括りつけてある。
ゴーグル越しにそれを見た瞬間、テッサの顔色が変わった。
「……駄目。これ、もう回り始めてる」
「外せないのか」
「外せない! 当たりの、暴走型! 継ぎ目に触ったら、そこで弾ける!」
眼下には夕市の人波。
リッツが道具袋の口を開いた。
出てきたのは、小さな、古いオルゴールだった。
蓋が開き――影が、歌った。
道具袋の陰から伸びた小さな影が、澄んだ声で短い旋律を紡ぐ。リッツの相棒、歌う影のリラである。
リッツの両手が、歌に合わせて空中で錠を編むように動いた。
鐘の裏の包みに、音でできた結界が幾重にも巻かれていく。
「音と衝撃は、しばらく封じた。――だが、中身は止まってねえぞ!」
「空へ運びます」
リオはゼノの首筋に掌を置いた。
――ゼノ。あれ、掴んで飛べる?
――儂の街の上で、好きにはさせん。
ゼノが時計塔の縁を蹴って舞い上がり、後脚の鉤爪が結界ごと包みを毟り取った。
一直線に空へ。
王都の屋根が、みるみる遠くなる。人のいない高さまで翼の三打ち。
――放してください。
包みが夕空へ投げ上げられ――
弾けた。
結界越しの爆発は音を殺され、光だけが大輪に開いた。夕焼けの中に白金の花が一つ、咲いて散った。
一拍おいて、眼下の夕市からわあと歓声が上がった。
「花火だ!」
「竜技団、粋なことしやがる!」
「新しい出し物の披露目か! こりゃあ次の興行が楽しみだ!」
拍手まで起きていた。
空の上で、三人はしばらく無言だった。
「……あのね。今の、花火じゃないんだけど」
「言うな。……平和で、何よりだ」
◇
犯人の居場所は、実のところ昼のうちに割れていた。
テッサが空から、装置と同じ型のひとまとまりの強い反応――作り残しの在庫を、倉庫街の空き家に見つけていたのである。あとは、リオの網が出入りする男の顔を覚えた。
日暮れと同時に、王の息のかかった衛兵が静かに空き家を囲んだ。
男は抵抗らしい抵抗もしなかった。ルヴィナで粗悪な魔道具を仕入れ、金に換えようとしただけのどこにでもいる小悪党だった。
ただし、設置の手口だけは小悪党のものと違った。配送組合の札を偽造して点検人を装い、時計塔の鐘の裏まで堂々と上がっていたのである。札の偽造は、本人の腕ではない。誰かが、札を用意して渡していた。
半分は、はったりのつもりだった――と、男は言ったそうである。
まさか、一日で全部見つかるとは思わなかった、とも。
どれがはったりのつもりだったのか。
それを、仕掛けた本人が言えなかったこと。この事件の一番怖いところは、結局そこだった。
◇
その夜、窓口の帳場にフードの客がもう一度現れた。
「早かったな」
それだけ言って、国王はしばらく黙って出された茶を飲んだ。
勘定は済んでいる。装置は十二、数が合った。在庫も、道具も押収された。
「……出所は」
「ルヴィナだ。祭りの夜のやつの、粗悪な写し。……図面が、外に流れ始めてる」
「そうか」
王は湯呑みを置いた。それきり、その話はしなかった。今夜より先の話は、今夜の勘定には入らない。
窓の外、路地を挟んだ荷広場から若い声が届いていた。
ゼノを囲んで、テッサが今日の解析を語り倒し、リッツが茶々を入れている。覆面のままのリオは、ゼノの首に凭れてうつらうつらと船を漕いでいた。返却は明朝の約束で、今夜だけのささやかな打ち上げである。
「……若いのは、元気だな」
「うるせえだけだ」
グラントは、帳面に几帳面な字で品目を書き入れた。
『時限魔道具の回収 十二件(内一件、打ち上げ)』
王は窓の外を眺めたまま、ぽつりと言った。
「なあ、グラント。……あれが、お前が、あの時拾った子か」
筆の先が一瞬だけ止まった。
「……ああ」
「そうか」
王はそれ以上何も聞かなかった。詮索をしないのは、こちらの流儀でもあるらしかった。
「……大きくなったもんだ」
しみじみとそう言った横顔は、王というより、ただの古い友人のものだった。
グラントは答えなかった。
答える代わりに帳面を閉じて、少しだけ遠い夜のことを思い出していた。
煙の匂いと、泣かない子供と、書きかけの帳面のこと――。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。
次回は、少し、昔のお話です。




