↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/144

第31話 山を越えた客人

お読みいただきありがとうございます。


今回は、少し遠くの国の話から始まります。

 その依頼は緊急扱いの札がついていた。

 国境の村で、魔物が一体暴れている。討伐隊が組まれる前に様子を見てきてほしい――窓口に持ち込まれたのは、そういう依頼だった。


「討伐じゃ、ないんですか」


 リオが聞くと、グラントは帳面から顔も上げずに答えた。


「村の猟師が言うにはな、その魔物、暴れちゃいるが、人を襲っちゃいないんだと。ただ、怯えて暴れてるだけに見えると。……で、討つ前に、話が通じる相手かどうか、確かめてくれと」


 人を襲わず、ただ怯えて暴れる魔物。

 それはリオの仕事の匂いがした。


「話が通じなけりゃ、どうするんです」

「その時は、討伐隊の仕事だ。……うちの国――レニオはな、魔物と共に暮らす国だ。話の通じる魔物とは組んで、畑を耕し、荷を運び、暮らしを回してる。テイマーってのは、その要だ。……だがな、それは、なんでもかんでも仲良くするって意味じゃねえ。人に牙を剥く獣は、討つ。話が通じない相手とは、線を引く。その線引きができるから、俺たちは魔物と暮らしていられる。それが、獣と暮らす国の、筋ってもんだ」


 筋の通った話だった。


「行ってきます」

「おう。……無理はするな。ダメそうなら、引け」


     ◇


 国境の村はレニオの西の端、険しい山脈の麓にあった。

 山の向こうは、ルヴィナ王国である。

 村の広場では猟師や自警団が、遠巻きに納屋を囲んでいた。壊れた柵、荒らされた畑。その奥の納屋の中で、何かが低くうなっている。

 リオは覆面を着け、人垣の後ろからそっと近づいた。


「おい、あんた、窓口の人かい」


 年嵩の猟師が、声をかけてきた。


「そうです。……あれ、いつから」

「昨日の夜からだ。山から降りてきて、あの納屋に潜り込んじまった。何度か出てこさせようとしたが、そのたびに暴れる。……もう三度も、柵を壊された」

「怪我人は」

「いない。それが、妙でな」


 猟師は顎を撫でた。


「あれだけ暴れてりゃ、誰か噛まれてもおかしくねえ。だが、あいつ、人には向かってこねえんだ。ただ、囲まれると暴れる。追い詰めると暴れる。……逃げ場を探して、暴れてるみたいに見える」


 逃げ場を探している。

 リオは納屋の暗がりに目を凝らした。


     ◇


 その時、人垣の中で誰かが苛立った声を上げた。


「なあ、もう討伐しちまえばいいだろ。魔物なんざ、素材にすりゃ金になる。何をぐずぐず」

「よせ」


 年嵩の猟師が、たしなめた。


「うちは、そういう村じゃねえ。討つと決めるのは、ギルドの許可が要る。勝手に殺せば、こっちが罰せられる。……お前さん、ルヴィナから流れてきた冒険者だろう。あっちのやり方を、こっちで振り回すな」

「けっ。手ぬるいねえ、レニオは」


 男は舌打ちして、それでも引き下がった。

 そのルヴィナという言葉に、リオは少し引っかかった。


「……ルヴィナじゃ、勝手に討伐していいんですか」

「ああ」


 年嵩の猟師が、声を落とした。


「山の向こうは、魔物を狩って暮らす国だ。冒険者が魔物を狩って、素材を売って、金にする。それが立派な商売として成り立ってる。討伐に、許可なんざ要らねえ。見つけたら、狩る。それだけだ」

「……そういう国も、あるんですね」

「どっちがいいって話じゃねえよ」


 猟師は山の稜線を見上げた。


「向こうは向こうで、魔物に襲われて死ぬ人間が、うんと減ったって聞く。安全な国さ。……ただな、近ごろ、山を越えてくる魔物が、増えてる。狩られて、棲家を追われて、こっちへ逃げてくるんだ。あれも、たぶん、その口だろう」


 狩られて、棲家を追われて逃げてくる。

 納屋の暗がりで低くうなる何かを、リオはもう一度見た。


     ◇


 人垣を下がらせ、リオは一人で納屋の前に立った。

 中にいるのは、大型の獣だった。

 狼に似ているが、もっと大きい。灰色の毛並みに賢そうな目。片方の前足を、庇うように上げている。怪我をしているのだ。追われる途中でついた傷だろう。

 目が合った。

 その目には明確な敵意があった。人間への、拭いようのない不信。

 リオは目をそっと外した。

 じっと見るのは、挑発になる。父さんに一番最初に教わった作法だ。

 それから床に片膝をつき、細く撚った糸をゆっくりと獣の足元へ這わせた。押さえつけず、ただ届くように。

 ――怖がらせて、ごめん。

 ――俺は、狩りに来たんじゃない。

 獣が牙を剥いた。糸を拒む。

 当然だった。この獣にとって、人間はずっと「敵」だったのだ。追いかけてくる、槍と杖を持った恐ろしいもの。糸を伸ばしてくる人間なんて、罠にしか見えないだろう。

 リオは糸を引っ込めなかった。

 拒まれたまま、ただそこに置いておく。無理には繋がない。

 ――お前が山で見てきた人間は、みんな、槍と弓を持ってたんだろうな。

 ――ここには、それがない。

 ――俺は、お前を、山まで送りたいだけなんだ。

 どれだけの時間が経ったろう。

 獣の、荒い息が少しずつ静かになっていった。

 牙が収まる。

 庇っていた前足が、そろそろと地に降りる。

 そして――灰色の獣は、リオの伸ばした糸に鼻先をそっと寄せた。

 繋がった、瞬間。

 流れ込んできたのは、山の記憶だった。

 仲間と駆けた稜線。その仲間が次々と人間たちに倒されていく光景。放たれる火の球。振り下ろされる、光る刃。空を裂く、無数の矢。冒険者と呼ばれる者たちの、狩りだった。水場が、いつの間にか干上がっていたこと。棲家に、知らない匂いの人間たちが大きな機械を運び込んできたこと。追われて、追われて山を越えて――知らない土地で、また囲まれたこと。

 最後の記憶が、一番鮮明だった。

 水場が干上がっていた。

 リオの背筋を、冷たいものが伝った。

 水を抜かれた山。

 どこかで、聞いた話だった。


     ◇


 「――もう、大丈夫です」

 リオが振り返ると、人垣が息を呑んだ。

 あれだけ暴れていた大型の獣が、覆面の少年のすぐ隣で大人しく伏せていたからである。


「こいつは、人を襲う気はありません。ただ、逃げてきただけです。山の向こうで棲家を追われて、傷を負って、逃げ場を探してました」

「……そいつを、どうするんだ」


 年嵩の猟師が、聞いた。


「送っていきます。レニオの北の、魔物の領域まで。あそこなら、この子の仲間もいるし、人も入らない。……この国で、新しい棲家を見つけられるように」

「わざわざ、そこまでするのか」

「はい」


 リオは迷わなかった。


「こいつは、話が通じました。害もない。ただ、帰る場所をなくしただけです。……なら、帰る場所まで、送るのが筋だと思います」


 こいつは、聞けた。

 なら、あとは簡単な話だった。


     ◇


 北へ向かう道すがら、灰色の獣はリオの隣を静かに歩いた。

 傷ついた前足をかばいながら、それでももう怯えてはいなかった。

 時々、糸越しに短い感覚が流れてくる。

 ――ここは、水がある。

 ――ここの土は、いい匂いがする。

 この国の山を、値踏みしているらしい。棲むに値するかどうか、確かめているのだ。

 リオは少しだけ笑った。

 魔物の領域の入り口まで来て、リオは片膝をついた。


「ここから先は、お前の世界だ。……人は、入らない」


 糸を、そっと緩める。

 契約を解く。

 その場で結んで、その場で返す。それがリオのやり方だった。

 灰色の獣は解かれた糸の名残を惜しむように、一度だけリオの手に鼻を寄せた。

 それから、山の奥へ駆けていった。

 途中で一度だけ振り返り、遠く短く吠えた。

 礼、だったのかもしれない。

 あるいは、ただの別れの挨拶だったのかもしれない。

 リオには分からなかった。

 繋いでいる間は、誰よりも深く分かる。けれど、返した後はもう分からない。

 それで、いいのだと思う。

 あの獣には、これからこの国で見つける新しい仲間がいる。返さなくていい相手が、きっと見つかる。

 ――いつか、返さなくていい子が、見つかるといいわね。

 誰かの言葉が、ふと耳の奥で鳴った。

 リオは山の稜線をしばらく見ていた。


     ◇


 その夜、窓口への報告で、リオは一つだけ気になったことを付け加えた。


「あの獣の、山の記憶に……水場が、干上がってる光景がありました。棲家を追われた理由の一つが、それみたいで」


 グラントの、帳面をめくる手が止まった。


「……水場が、干上がってた、だと」

「はい。ルヴィナ側の、山の水場です」


 しばらく、沈黙があった。

 財団が掴んでいた水抜きの装置は、いずれもレニオ国内のものだった。北の湖、西の大河南の井戸。国の中ばかりを調べていた。

 だが、山の向こうは。

 国境を越えた先のルヴィナの水場は――誰も調べていない。


「……足元ばかり、見てたな」


 グラントは低い声で言った。


「連中の本店は、そもそも山の向こうだ。あっちで同じことをやってねえと考える方が、おかしい。……水を抜かれてんのは、レニオの湖だけじゃ、なかったのかもしれねえ」


 水を抜く。

 その言葉が指す名前を、二人とももう知っていた。

 山の向こうの国が、魔物のいない安全な街を目指して何をしているのか。

 その答えの尻尾が、傷ついた獣の記憶の中に確かに残っていた。


「……当分は、増えるかもしれん。山を越えてくる客人が」


 グラントは帳面に何かを書き付けながら、呟いた。


「その時ゃ、また、送ってやれ。……お前の仕事だ」

「はい」


 窓の外で、西の山脈が夜の色に沈んでいた。

 その向こうの国では今夜も、誰かが安全な街の夢を見て、誰かが棲家を追われている。

 どちらが正しいのかを、リオはまだうまく言えなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。