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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第30話 灰の魔女の香(前編)

お読みいただきありがとうございます。


新しいお話です。今回は、香りのお話。

 その相談は昼休みの中庭で、二人がかりで持ち込まれた。


「アルクスさん。少し、お知恵を貸していただけないかしら」

「折り入って、相談がありますの」


 クラリスとエリアナである。

 同じクラスの令嬢と、隣に立つ侯爵家の令嬢。廊下を歩けば視線を集める二人が揃ってこちらへ来るだけで、中庭の空気が少しざわついた。目立つ。この上なく、目立つ。


「……俺で分かることなら」

「香りのこと、なんですの」


 エリアナが少し声を落とした。


「近く、いくつか夜会がありますでしょう。それで、香りを新しくしたいのだけれど……最近の王都は、どこのお店も、同じような流行りの香ばかり売るんですの。深窓の令嬢は皆、判で押したように同じ香り。……つまらないと、思いませんこと?」

「思う、と言われても、香りは、あんまり」

「そこですのよ」


 エリアナの目が、きらりとした。


「わたくしたち、女同士で選ぶと、どうしても『流行っているか』で選んでしまうの。でも、香りって、本当は他の人が、どう感じるかでしょう。……同じ年頃の、殿方の、忌憚のない意見が、聞きたいんですの」

「殿方といっても、周りの貴公子は、これまた同じ流行りの香りばかりで」


 クラリスがそっと付け足す。


「その点、アルクスさんは……流行りとは、無縁でいらっしゃるので」


 それは褒められているのだろうか。


「率直に言ってくださって、いいの。『これは苦手』と言ってくださる殿方が、一番ありがたいんですのよ」

「……エリアナ様は、いつも周りに、褒める方しかいらっしゃらないから」


 クラリスが小さく言った。


「本当のことを仰る方が、貴重ですの。……アルクスさんは、その、嘘が下手でいらっしゃるので」


 それは、この二人が一番よく知っていることだった。片や依頼で正体を見抜いた令嬢、片や取り調べのように注ぎ方を見抜いた令嬢である。嘘の下手さの証人としては、これ以上ない布陣だった。

 なるほどと思った。同時に面倒だとも思った。

 貴族の令嬢二人の、夜会用の香り選び。目立つし、専門外だし、丸一日潰れる予感しかしない。

 だが――ふと、一つだけ心当たりがあった。

 香りの、玄人。

 王都で一番流行りと無縁で、王都で一番香りに正直な人。


「……あてが、一人だけあります」


 リオは観念して言った。


「知り合いに、腕のいい調香師がいるんです。……ただし、変わり者です。流行りの香りは、たぶん鼻で笑います」


 王都の裏通りに、灰の魔女と呼ばれる調香師がいる。

 その正体が窓口の三番であることは、もちろん言わない。リオにとっては煙の苦手な店の主人で、依頼のたびに世話になる相手だった。店の煙が苦手でいつも戸口で用を済ませる、あまり褒められた客ではないのだが。


「まあ!」


 エリアナの顔が、ぱっと明るくなった。


「素敵。ぜひ、その方に」

「鼻で笑う調香師なんて、最高ですわ」


 クラリスまで乗り気だった。令嬢というのは、時々こういう変化球を喜ぶ。

 こうして話は決まった。

 週末、リオが令嬢二人を連れて灰の魔女の店を訪ねる。

 この時のリオは、まだ知らなかった。

 この約束が、別の方角にもしっかり聞かれていたことを。


     ◇


 放課後の獣舎の片付けの最中にその話をすると、セナは藁束を抱えたままふと笑った。


「香り選び。あなたが」

「なんだよ」

「いいえ。……ふふ。想像したら、ちょっと、おかしくて」


 セナは、堪えきれないという顔で肩を揺らした。


「だって、あなた、うちの子たちの匂いは嗅ぎ分けるくせに、香水の善し悪しなんて、何も分からないでしょう。それを、あの二人の前で品定めするの? 絶対、あたふたするわよ」


 図星である。返す言葉がなかった。


「見てみたいわ、それ。特等席で」

「見物料は取らないぞ」

「あら、いただくわよ。……フワのおやつ代くらいは、ね」


 肩のフワが名前を聞いて、期待に満ちた目でこちらを見た。

 この余裕である。

 悔しいが、たぶん当たっている。


「……ま、頑張ってらっしゃい。香りの、目利きさん」


 セナはからかうように言って、藁束を小屋へ運んでいった。

 そして戻ってくる途中でふと足を止めて、こちらを見ないまま付け足した。


「……あんまり、遅くならないようにね」

「?」

「――べ、別に。片付けが残るのに、あなたがいないと、困るってだけよ」


 早口で言って、セナは残りの藁束を抱え直してさっさと小屋へ歩いていった。

 その耳の先が少しだけ赤かったのは夕日のせいだと、リオは思うことにした。


     ◇


 その夜、剣術科の寮の一室。


「――というわけでよ」


 カイルは床に転がって干し肉を齧りながら、同室の友人相手にその話を披露していた。剣術科の、いつもつるんでいる連中である。


「リオのやつ、週末、令嬢二人と香り選びだとよ」

「はぁ!? あのアルクスが? あの、いつも寝てる」

「そうそう、あいつ」

「嘘だろ、どういう手品だよ」


 同室の連中は、口々に羨望とも野次ともつかない声を上げた。カイルはまあまあと手を振って、干し肉をもう一本抜く。

 もっともとカイルは思う。

 あいつが令嬢二人にただ振り回されるとは、思えない。理由は言えないが、リオはああ見えてなんかすごいやつなのだ。昔から、なんとなくそう思っている。何がと聞かれると困るのだが。


「カイル」


 低い声がした。

 いつの間にか部屋の入口に、栗色の髪の少女が立っていた。手には、なぜか変装用らしき地味な外套を二着抱えている。


「な、なんだセナ。男子寮に何しに」

「週末、暇?」

「は? いや、暇だけど」

「決まりね」


 セナは、外套の一着をカイルに放って寄越した。


「尾行するわよ」

「はァ!?」

「あなたも来るの。一人で見張るの、退屈だもの」

「いや待て、なんで俺が」

「干し肉、あと二十本あげるわ」

「行く」


 交渉は五秒で終わった。

 こうして、香りの店を目指す令嬢たちとリオの一行に、もう一組、こっそり後をつける二人組が加わることになった。

 週末の天気は、幸か不幸か快晴の予報である。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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