第28話 怖い返事 〜学園祭と、裏からの手紙〜(後編)
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第28話の後編です。
――同じ頃。王都のどこか、灯りを落とした商館の奥。
長い卓にいくつかの人影があった。灯りは卓の中央に一つだけ。互いの顔は闇に沈み、声だけが行き交う。この席ではそれが作法である。
卓の上には、白い花を一輪挿した小さな花器がぽつりと置かれていた。
「――本日も、私は本店の意向を預かって参っただけの、ただの使いです。決めるのは、庭の主。私どもは、決まったことを形にするだけ。……そのおつもりで、お聞きください」
落ち着いた男の声が、いつもの前置きで会議を開いた。
「まず、王都の保管庫の件から。財団の解析は、続いています。装置の術式、部品の出どころ、組みの癖。……直近の報告では、封じの大半が、すでに読み解かれたと」
「……あり得ない」
別の声が低く応じた。
初めて口を開いたその声の主は、静かで乾いていて、そして今、明らかに軋んでいた。
「あの装置の封じは、王都の解析班が総掛かりで挑んでも、半年は保つように作ってあります。読み解かれる頃には、こちらは手口ごと工房を移している。……そういう計算で、組んだ物だ」
「その半年が、ひと月で破られました」
「解析の担当者は、どこの何者です」
「財団の抱えた専門家では、ありません。……学生です。学園の、魔導具工学科の一年。町の修理屋の、娘だそうで」
卓の上に短い沈黙が落ちた。
「…………学生?」
乾いた声が乾いたまま裏返った。
「町の修理屋の娘が、私の仕事を、ひと月で?」
「腕は本物のようです。魔力の視える目を持つ、という噂も」
「――――」
軋みが静かな怒りに変わっていくのが、声のない沈黙から伝わった。
職人の誇りに、傷がついた音だった。
「……まずい。冗談抜きに、まずいですよ、それは」
乾いた声は怒りの底から実務の声に戻った。
「組みの癖というのは、指紋と同じです。それだけ読める目なら、いずれ癖から工房が割れる。工房が割れれば、私が割れる。私が割れれば――庭まで、一本道だ。あの装置は燃やすべきです。一号機ごと、財団の解析記録ごと、灰にしてしまうべきだ」
「悪い報せは、続きます」
落ち着いた声が、紙をめくった。
「各地に埋けた水送りの装置が、三基、財団に掘り当てられました。想定より、半年は早い。……財団の動きの速さは、もう偶然では説明がつきません」
卓の空気が重くなった。
「――ここからは、庭の意向を、お伝えします」
空気がさらに一段冷えた。
「一つ。保管庫の装置と、解析の記録は、始末する。二つ。それに合わせて、王都で――例の品の、実験を行う」
「例の品……」
三つ目の声が、初めて口を開いた。
若く、柔らかく聞く者の耳に馴染む声だった。
「二年前の、あれですか。ルヴィナの北の森で試した。……一夜で、森がひとつ、音もなく消えた。木も、獣も、匂いも、何もかも。翌朝そこにあったのは、ただの、まっさらな更地だったという」
「ご名答です」
「あれの実験を、王都で。……で、場所は? どこを消すおつもりです」
「学園を」
「――やりすぎです」
柔らかい声が、はっきりと言った。
「祭りの学園には、貴族の子弟と、来賓の王侯貴族が集まります。そこを消すというのは、もはや実験ではない。王国そのものを敵に回す戦です。それに――商いの話をさせていただくなら、うちが十年かけて積んだ王都の信用も、一晩で灰になります。恩は財産ですが、死人は負債だ。それも、返しようのない負債です」
「ご懸念は、一言残らず、本店へ上げます」
落ち着いた声は、揺れなかった。
「ですが、意向は変わらないでしょう。装置を読んだ学生と、解析の場と、装置を見た記憶。……それらをまとめて消せるのなら、安い買い物だと。庭の主なら、そう仰るはずです。……あの方は、帳面の右側しか、ご覧になりませんので」
長い沈黙が卓に落ちた。
「……なら、こちらからも一つ、条件を」
乾いた声が沈黙を破った。
「実験の記録は、完全な形で、私に頂きたい。観測点は、最低でも十二。……森の時は、急ごしらえで三点しか置けなかった。おかげで、なぜ消えるのかの、半分も分からずじまいだ。作った私が、です。……今度こそ、あれが何をしているのかを、知りたい」
自分の作った物が何をしているのか、作った本人が知らない。
そして、それを確かめるために街一つ分の的が欲しい。
卓の誰も、その言葉の座りの悪さを指摘しなかった。
「記録は、お約束します」
「なら、結構」
やがて、柔らかい声が静かに息を吐いた。
「……決まるのなら、仕方ありませんね」
反対した男の声が、そこからすうと商人のものに戻った。
「ならば、日取りだけは、こちらで選ばせていただきます。――ちょうど、良い日がありますよ」
紙をめくる音がした。
「学園祭の、二日目。王都中の目が学園を向き、警備の重心が来賓に寄り、門という門が祭りの荷で緩む日です。……うちは協賛で、荷を入れる立場にあります。人の流れも、荷の道筋も、こちらで引けます」
「……見事なものだ」
「商人ですから」
柔らかい声は、最後まで柔らかいままだった。
「良い日に、良いものを、届けるのが本望です」
◇
学園祭まであと三日。
学園はもう半分祭りだった。
中庭には屋台の骨組みが並び、講堂には垂れ幕が上がり、契約術科の獣舎予定地ではセナが十匹と一匹を連れて本番さながらの予行を繰り返している。
「ノルは当日、午後から夜の部の担当よ。昼は人が多すぎるから、無理はさせない。……リオ、配置図のここ、日陰の逃げ場をもう一つ増やしたいの」
「なら、この衝立を斜めにして、風の抜け道ごと作るのがいいと思う」
「採用」
予行の途中、来賓受付の下見に来たらしい一団が獣舎の前を通りかかった。
金の髪の令嬢と、その後ろにあの初老の家令である。
「あら、アルクスさん。ごきげんよう」
エリアナは足を止め、予行中の十匹を見て目を細めた。
「まあ、可愛らしい。当日は、必ず伺いますわね。……ね、じい」
「お嬢様のお好きに。当日は、わたくしもお供いたしますので」
家令の目が一瞬だけこちらで止まった。値踏みの色は前より少しだけ、濃くなっている気がした。
当日この獣舎には、勘の鋭い家令と答え合わせの好きな令嬢が来る。
祭りの日の胃薬を、真剣に検討し始めたリオである。
隣の区画では、魔導具工学科が展示の搬入をしていた。テッサの新作は、大人の背丈ほどの何かに布を掛けた状態で運び込まれ、当の本人が「触らないで! まだ秘密!」と、荷運びの上級生を追い回している。
そして、正門の方から荷馬車の列が入ってきた。
幌に見覚えのある商会の紋章。
――シラード商会。
協賛の物資である。祭りで配る水、灯りの油提灯、雨天用の天幕。樽と木箱が、次々と学園の倉庫へ運び込まれていく。
「やあ。……おや」
荷の指図をしていた上着姿の若当主が、リオに気づいて柔らかく目を細めた。
「クレールの調査団の。確か……リオさん、でしたか。こちらの学生さんだったのですね」
「……はい。その節は、水を、ごちそうさまでした」
「いえいえ。縁というのは、面白いものだ」
エルム・シラードは倉庫へ運ばれていく荷の列を眺めながら、目を細めた。
「祭りは、いい。人の集まるところに、良いものを届ける。……商人の、本望です」
嘘の徴は、今日もどこにもない。
どこにもないことが、今日も一番怖い。
「では、良い祭りを。リオさん」
若当主は完璧な会釈を残して、荷馬車の列へ戻っていった。
リオはその夜のうちに、エルムが学園に来たこと、協賛の荷の量と種類、倉庫の場所を文にしてグラントへ飛ばした。
返事は一行だった。
『荷は財団の名目で検品させる。お前は祭りを楽しめ。……楽しみつつ、目は開けとけ』
どっちなんですか、と思ったがたぶんどっちもなのだった。
検品はその翌日――祭りの二日前に、財団立ち会いのもとで行われた。倉庫の樽と木箱は一つ残らず開けられ、水も油も天幕も、全部がただのまっとうな協賛品だった。
まっとうな検品が済んだ、まっとうな倉庫。
そこに何かを足すなら、検品の後である。
◇
祭りの前夜。
眠り鹿の宿の自室で、リオは明日の支度をした。
机の上に学生服。鞄の底に畳んだ覆面。
並べて置くと、我ながら妙な荷物である。祭りを回る学生の顔と、何かあれば走る窓口の顔。明日一日どちらの自分で過ごすことになるのかは、明日にならなければ分からない。
支度を終えて、リオはふと気づいた。
明日を、少し楽しみにしている自分がいる。
初めての学園祭である。セナの獣舎の仕上がりも、テッサの秘密の新作も、カイルの屋台の売れ行きも見てみたいと思っている。窓口の若いのではなく、ただの学生として。
……そういう欲が自分にあることが、少しだけ意外だった。
窓の外では、王都のあちこちに祭りの提灯の火が入り始めていた。
――そして、同じ夜。
北の街道を、協賛の最後の荷馬車が一台学園へ向かって走っていた。
荷台に積まれた木箱の列。その一番奥、油の樽の陰に、他とまったく同じ顔をした木箱が一つ。
送り状には雨天用天幕・予備、とある。
箱は静かだった。
静かなまま――中の何かが、目を覚ます時を待っていた。
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次回、学園祭当日です。




